第5話「断罪劇、開幕」
夜会は、華やかだった。
煌びやかな光。
重なり合う音楽。
笑い声と、囁き。
すべてが――“舞台”として整っている。
(……来た)
エリナは、胸の奥で息を整えた。
ここが、運命の分岐点。
すべてが報われる瞬間。
視線の先。
そこに立つのは、レティシア・アルヴェイン。
完璧な悪役令嬢。
今日で、終わる存在。
(……これで終わり)
そう思ったとき。
音楽が、止んだ。
ざわめきが広がる。
そして。
「レティシア・アルヴェイン」
王太子の声が、会場に響いた。
空気が、一瞬で変わる。
「貴様との婚約を、ここに破棄する」
――宣言。
その言葉に、誰もが息を呑む。
エリナの胸が、高鳴る。
(きた……!)
知っている展開。
知っている言葉。
すべてが、記憶通り。
――完璧だ。
「そして」
王太子は、続ける。
「これまでの数々の不正行為について、ここで明らかにする」
ざわめきが、さらに大きくなる。
視線が、一斉にレティシアへ向けられる。
だが。
彼女は、微動だにしなかった。
「……」
静かに立っている。
ただ、それだけ。
焦りも、怒りも、動揺もない。
(……強がってるだけ)
エリナは、自分に言い聞かせる。
もう逃げられない。
証拠は揃っている。
すべて終わり。
「エリナ」
王太子が、手を差し出す。
「前へ」
「……はい」
一歩、踏み出す。
視線が集まる。
怖くない。
これは“勝つための舞台”だから。
「私は――」
声を張る。
「これまで、レティシア様から数々の嫌がらせを受けてきました!」
会場がざわつく。
「証拠も、証言も、すべて揃っています!」
用意していた書類を掲げる。
完璧な流れ。
誰もが納得する構図。
――そのはず。
「ほう」
誰かが、静かに言った。
それは。
レティシアだった。
「すべて、ですの?」
穏やかな声。
挑発でも、否定でもない。
ただの確認。
「……ええ」
エリナは、強く頷く。
「すべてです」
「そう」
レティシアは、ほんのわずかに微笑んだ。
その笑みに。
(……なに?)
一瞬だけ、背筋が冷える。
「では」
彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「私の罪を、どうぞお聞かせくださいな」
会場が、静まり返る。
その声音には、恐れがなかった。
まるで。
(……準備してる?)
ありえない。
そんなはずない。
エリナは、書類を開く。
声が震えないように、意識する。
「レティシア・アルヴェインは――」
一つ一つ、読み上げる。
嫌がらせの内容。
証人の名前。
証言の詳細。
すべて、完璧に。
誰が聞いても、有罪は明らか。
読み終えたとき。
会場には、重い沈黙が落ちていた。
(……勝った)
確信する。
これで終わり。
あとは――
「レティシア」
王太子が、低く言う。
「何か言い残すことはあるか」
すべてが、決まる一言。
レティシアは、静かに目を伏せた。
そして。
「ええ」
顔を上げる。
その表情は、変わらない。
完璧な、令嬢の微笑み。
「すべて事実ですわ」
――その瞬間。
空気が、壊れた。
「……は?」
エリナの口から、間抜けな声が漏れる。
否定するはずだった。
取り乱すはずだった。
それが。
「私が彼女に対して行ったことは、すべて今の証言通りです」
あまりにも、あっさりと。
「なっ……」
ざわめきが広がる。
予想外。
完全に、予想外。
(なんで……?)
理解が追いつかない。
「認めるのですか!?」
思わず叫ぶ。
「ええ」
レティシアは、頷いた。
「すべて」
その目は、揺れていない。
まるで――
(……終わってない?)
いや、違う。
終わりのはず。
なのに。
「ですが」
レティシアは、一歩前へ出た。
その動きだけで、場の主導権が移る。
「それが、どうかいたしましたか?」
静かな声。
なのに。
全員の耳に、はっきりと届く。
「……え?」
「私は、必要なことをしたまでですわ」
言葉の意味が、理解できない。
「必要……?」
「ええ」
レティシアは、エリナをまっすぐ見た。
逃げ場のない視線。
「すべて、“予定通り”に」
心臓が、強く打つ。
「……予定?」
その一言が、引っかかる。
嫌な予感。
昨日から続く違和感が、形になる。
「殿下」
レティシアは、ゆっくりと視線を移した。
「ここからは、よろしいですか?」
会場が、凍る。
(……え?)
今、なんて言った?
“ここからは”?
王太子は、静かに頷いた。
「ああ」
短い返事。
その声は――
今までとは、まるで違った。
「問題ない」
冷たい。
感情のない、声。
エリナの背筋に、氷のような感覚が走る。
(……なに、これ)
何かが、決定的に間違っている。
でも、もう遅い。
レティシアは、ゆっくりと微笑んだ。
その笑みは、今までで一番――
美しかった。
「では」
静かに、告げる。
「――第二幕と参りましょう」
その瞬間。
エリナは、はっきりと理解した。
(あ、これ……)
遅すぎる理解。
取り返しのつかない認識。
(私、舞台に乗せられてる)
でも。
もう、降りられない。
「――第二幕は、“こちらの脚本”ですわ」




