第4話「仕組まれた証拠」
――完璧。
その一言に尽きる。
(ここまで揃えば、もう負けようがない)
私は手元の書類を見つめながら、満足げに息を吐いた。
証言書、被害報告、目撃記録。
どれもこれも、レティシアの“罪”を裏付けるものばかり。
(すごい……こんなに簡単に集まるなんて)
むしろ拍子抜けするほどだった。
本来なら、もっと苦労するはずのパート。
でも今回は違う。
誰もが協力的で、迷いもなく、証言をくれた。
(やっぱり、流れがいい)
そう、これは“勝ちの流れ”。
物語が、正しい方向に進んでいる証拠。
――そのはずなのに。
「……多すぎない?」
ぽつりと、呟いた。
机の上に広がる紙の束。
その量に、わずかな違和感を覚える。
(こんなにあったっけ……?)
記憶を辿る。
確かに証拠はあった。
でも、ここまで“完璧”ではなかった気がする。
(……まあ、いいか)
多い分には問題ない。
むしろ強力な材料になる。
私は一枚を手に取り、目を通す。
「……あれ?」
眉が寄る。
そこに書かれていたのは、ある貴族令嬢の証言。
内容は問題ない。
レティシアに嫌がらせを受けた、というもの。
でも。
(この人……こんなこと言ってた?)
記憶と、微妙にズレている。
確か昨日は、もっと曖昧な言い方だったはず。
それが今は、はっきりと断言している。
(あとで書き直した……?)
ありえなくはない。
でも、なぜ?
不思議に思いながら、次の紙に目を移す。
――同じだ。
どれもこれも。
昨日より“強く”、断定的になっている。
(なんで……?)
喉の奥が、じわりと乾く。
違和感が、形を持ち始める。
そのとき。
「エリナ様」
声がかかった。
振り返ると、侍女が一礼する。
「王太子殿下がお呼びです」
「……殿下が?」
「はい。至急とのことです」
心臓が、少しだけ早くなる。
(このタイミングで?)
でも、悪いことじゃない。
むしろ――
(最終確認かな)
そう思って、立ち上がった。
⸻
王城の一室。
重厚な扉を叩く。
「エリナです」
「入れ」
短い声。
扉を開けると、そこにいたのは王太子。
机の前に立ち、書類を見ている。
「お呼びでしょうか」
「ああ」
彼は顔を上げた。
その表情は、いつも通り穏やかで。
――どこか、静かすぎた。
「明日の件について、最終確認だ」
「はい」
私は頷く。
「証拠は、すべて揃っています」
「そうか」
王太子は、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「見せてもらえるか」
「もちろんです」
私は、用意していた書類を差し出す。
自信はある。
これ以上ないほど、完璧な証拠。
王太子は、それを受け取り、目を通す。
静かに。
淡々と。
一枚ずつ。
部屋に、紙をめくる音だけが響く。
時間が、やけに長く感じた。
(……?)
妙だ。
普通なら、ここで何かしらの反応があるはず。
驚きとか、怒りとか。
でも彼は――
何も言わない。
「……殿下?」
思わず声をかける。
その瞬間。
ぱさり、と音がした。
王太子が、書類を机に置く。
そして。
「……見事だな」
小さく、呟いた。
「え?」
「ここまで揃えるとは思わなかった」
顔を上げる。
その目は、こちらをまっすぐ見ていた。
穏やかで。
――底が見えない。
「……ありがとうございます」
少し戸惑いながらも、頭を下げる。
「これで、明日は……」
「ああ」
王太子は頷く。
「“完璧な断罪”になる」
その言葉に、ほっと息をつく。
(よかった……)
やっぱり、問題ない。
すべて順調。
そう思った、そのとき。
「……エリナ」
「はい?」
「一つだけ、確認したい」
「なんでしょう?」
王太子は、机の書類に軽く触れた。
「この証言書だが」
「はい」
「この表現――」
指先が、ある一文をなぞる。
「昨日は、もう少し曖昧ではなかったか?」
心臓が、止まりかけた。
「……っ」
言葉が出ない。
なんで。
なんでそれを。
「い、いえ……その……」
必死に考える。
言い訳。
理由。
何か――
「……まあ、いい」
王太子は、あっさりと手を引いた。
「証言は変わるものだ」
「……」
「より正確になることもある」
にこりと笑う。
いつもの優しい笑顔。
――なのに。
(今の……完全に気づいてたよね?)
背筋に冷たいものが流れる。
「明日は予定通りだ」
王太子は、静かに言った。
「すべて、このままでいい」
「……はい」
頷くしかない。
でも、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
(なんか……おかしい)
何かが、決定的におかしい。
でも、それが何なのか――
わからない。
「下がっていい」
「……失礼します」
部屋を出る。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
⸻
廊下を歩きながら、息を吐く。
うまく呼吸ができない。
(大丈夫……大丈夫)
そう言い聞かせる。
証拠は揃っている。
王太子も認めた。
明日は、成功する。
――そのはず。
なのに。
「……なんで」
小さく、呟く。
「こんなに、怖いの……?」
答えは、出ない。
ただ。
逃げ場がない、という感覚だけが残った。
⸻
その夜。
同じ部屋で。
「……やりすぎでは?」
王太子が、ぽつりと呟いた。
「証言の強度を上げすぎている」
「問題ありませんわ」
レティシアは、迷いなく答える。
「むしろ、このくらいでなければ“確信”には至りません」
「……確信、か」
「ええ」
彼女は、書類を一枚手に取る。
「自分が正しいと、疑わない状態」
くすり、と微笑む。
「そこまで誘導してこそ、意味がありますの」
「なるほどな」
王太子は、軽く息を吐く。
「完全に、自分の意思で選んだと思わせるわけか」
「ええ」
「逃げ場を、残さないために」
静かな肯定。
その言葉には、容赦がなかった。
「……明日」
王太子が、低く言う。
「すべて終わるな」
「はい」
レティシアは、優雅に一礼した。
「“彼女の物語”が、ですけれど」
「――その証拠、すべて“用意されたもの”ですのにね」




