第3話「王太子は、何も知らないふりをする」
――大丈夫。
昨日の違和感は、もう消えていた。
(考えすぎ)
そう結論づける。
だって現実は変わっていない。
証拠は揃っている。
証人も、味方になった。
あとは――
(殿下が、選んでくれるだけ)
それだけで、すべてが終わる。
⸻
王城の中庭。
昼下がりの陽光が、やわらかく降り注ぐ。
「エリナ」
呼ばれて、振り返る。
「殿下……!」
そこにいたのは、王太子。
優しく微笑むその姿に、胸が高鳴る。
(この人が、私を選ぶ)
そう思うだけで、安心できる。
「どうした?少し顔色が悪いぞ」
「え、あ……大丈夫です」
心配そうに覗き込まれる。
距離が近い。
思わず視線を逸らす。
「無理はするな。君は……その、優しすぎるから」
照れたように言う。
――うん、知ってる。
この人はこういう人だ。
優しくて、少し頼りなくて。
でも、最後にはちゃんと決断する。
(だから大丈夫)
何も問題ない。
「明日のパーティーのことですが……」
切り出す。
ここは重要なポイント。
彼の気持ちを、確かめる。
「……ああ」
王太子は、少しだけ表情を曇らせた。
「レティシアの件、だな」
「はい……」
うつむく。
“傷ついたヒロイン”の演技。
「その……本当に、よろしいのですか?」
「……」
沈黙。
少し長い。
(あれ?)
こんなに迷うシーン、あったっけ?
「彼女は……その、長い付き合いでな」
ぽつりと呟く。
「簡単に切り捨てられる相手ではない」
胸が、ちくりと痛む。
(……でも、それでも)
私は顔を上げる。
「ですが……被害は、事実です」
「……ああ」
「このままでは、もっと多くの人が傷つきます」
まっすぐに見つめる。
正義のヒロインとして。
「だから、どうか……」
言葉を、選ぶ。
「正しい判断を、してください」
王太子は、じっとこちらを見ていた。
その視線は、どこか深くて。
一瞬だけ。
(……え?)
何かを見透かされたような感覚。
でも。
「……わかった」
彼は、小さく頷いた。
「明日、決着をつける」
その言葉に、胸が軽くなる。
(よかった……)
やっぱり、予定通り。
「君の言う通りにしよう」
「……ありがとうございます!」
思わず笑みがこぼれる。
勝ちだ。
これで、すべて整った。
⸻
「……エリナ」
呼び止められる。
「はい?」
「一つだけ、聞いてもいいか」
「え?」
振り返る。
王太子は、少しだけ困ったように笑った。
「君は……どうしてそこまで、確信できるんだ?」
「確信……?」
「レティシアが“必ず有罪である”と」
どくん、と心臓が鳴る。
(なんで、そんなこと……)
ゲームだから、なんて言えるわけがない。
「そ、それは……証拠が……」
「証拠、か」
彼は、ゆっくりと繰り返す。
その声音は穏やかで。
でも。
(なんか……変)
空気が、少しだけ違う。
「……まあ、いい」
王太子は、ふっと息を吐いた。
「君がそう信じるなら、それでいい」
いつもの優しい笑顔に戻る。
さっきの違和感は、もうない。
「ありがとう、エリナ」
その言葉に、安心する。
(やっぱり、気のせい)
私は一礼して、その場を後にした。
足取りは、軽い。
明日で全部終わる。
そう信じて疑わなかった。
⸻
――静かになった中庭。
「……行ったか」
王太子は、ぽつりと呟いた。
その表情からは、先ほどの優しさは消えている。
残っているのは、冷静な思考だけ。
「聞いていたな」
背後に向けて、言う。
「ええ、すべて」
影の中から、レティシアが姿を現した。
音もなく。
まるで最初からそこにいたかのように。
「どうでしたか、殿下」
「予想以上だな」
王太子は、わずかに口元を歪める。
「“確信している理由”を、言えなかった」
「でしょうね」
レティシアは、当然のように頷く。
「あれは“知っている者”の反応ですもの」
「だが――」
王太子は、空を見上げる。
「完全に、こちらの想定通りに動いている」
「ええ」
「一手も、外さずに」
短い沈黙。
そして。
「……見えているとも、全部な」
低く、呟いた。
それは、先ほどまでの“優しい王太子”の声ではない。
獲物を追い詰める者の声。
「殿下」
レティシアが、わずかに微笑む。
「いよいよですわね」
「ああ」
王太子は、静かに頷いた。
「明日で終わりだ」
その瞳に、迷いはない。
「“舞台”は整った」
「――見えているとも、全部な」




