第2話「完璧な進行、ただし――どこかがおかしい」
朝の光が、やけに眩しかった。
(……変な夢、見た気がする)
ぼんやりとした違和感。
でも、それもすぐに消える。
今日は――大事な日だから。
(断罪イベント前日)
ここで仕込みを完璧にしておけば、明日は“勝ち確”。
私は鏡の前で、ゆっくりと息を整える。
「……大丈夫。全部、知ってる」
そう呟いて、部屋を出た。
⸻
最初の確認は、証人の一人。
気弱な男爵令嬢、ミリア。
彼女は原作でも、レティシアに怯えていたキャラだ。
「え、エリナ様……おはようございます……」
震える声。
うん、知ってる。この反応。
(ここで優しくすれば、完全に味方になる)
「おはよう、ミリア。無理してない?」
「は、はい……!」
目が潤む。
よし、成功。
「明日のことだけど……怖いよね」
「……っ」
「でも、大丈夫。私がいるから」
そっと手を取る。
体温が伝わる。
――この瞬間、好感度が上がる。
見えないけど、わかる。
(これで証言は完璧)
「……あの、エリナ様」
「ん?」
「本当に……いいのでしょうか」
「え?」
「その……レティシア様のこと……」
来た。
ここで不安を吐かせるイベント。
「いいの」
きっぱりと言い切る。
「だって、事実でしょ?」
「……はい」
「なら、怖がる必要なんてないよ」
微笑む。
完璧なヒロインの顔で。
ミリアは、ゆっくりと頷いた。
「……はい。証言、いたします」
(よし)
これで一人。
あとは同じように進めればいい。
簡単な作業。
――そのはずだった。
⸻
二人目、三人目。
証言は順調に集まっていく。
誰もが私に感謝し、味方になってくれる。
(ほら、やっぱり)
世界は、知っている通りに動く。
何も問題ない。
――なのに。
「……おかしいな」
ぽつりと呟く。
手元のメモを見ながら、眉をひそめた。
(こんなに、スムーズだっけ?)
もっとこう……
少し抵抗があったはず。
説得に時間がかかったり。
迷う人がいたり。
でも今回は――
(全部、一回で通る)
まるで。
(最初から“そうなるように”決まってるみたいに)
背中に、じわりとした感覚が走る。
「……気のせい、だよね」
小さく首を振る。
深く考える必要はない。
むしろ好都合。
早く終わるに越したことはない。
(問題ない。むしろ、最高の流れ)
そう思い込もうとする。
――そのとき。
「あら」
不意に、声が落ちてきた。
静かで、よく通る声。
反射的に振り返る。
そこに立っていたのは――
「楽しそうですわね、エリナ様」
レティシア・アルヴェイン。
完璧な悪役令嬢。
その姿を見た瞬間、空気が変わった。
「……っ」
喉が、詰まる。
なんでここに?
このタイミングで会うイベント、あったっけ?
「何をしていらっしゃるの?」
穏やかな声。
責めるでもなく、ただ問いかけるだけ。
――なのに。
(怖い)
理由がわからない。
でも、本能が警告してくる。
「えっと……その……」
言葉がうまく出てこない。
こんなはずじゃない。
私は“全部知ってる”はずなのに。
レティシアは、ゆっくりと視線を巡らせる。
私の手元。
メモ。
周囲の人間。
――一瞬で、全部を把握したみたいに。
「……なるほど」
小さく、頷いた。
「順調そうで、何よりですわ」
「え……?」
予想外の言葉に、間抜けな声が出る。
責められると思った。
邪魔されると思った。
でも違う。
彼女はただ――
「どうぞ、そのまま続けてくださいな」
にこりと、微笑んだ。
それは。
完璧な令嬢の笑顔。
非の打ち所がない。
――なのに。
(なんで……)
背筋が、凍る。
(なんで、止めないの?)
私がやっていることは、彼女を断罪する準備だ。
普通なら、阻止するはず。
怒るはず。
焦るはず。
なのに。
「……ああ、そうですわ」
レティシアが、思い出したように言う。
「一つだけ、忠告を」
「ちゅ、忠告……?」
「ええ」
彼女は、ほんの少しだけ距離を詰めた。
耳元に届く声は、ひどく静かで。
「――やりすぎには、お気をつけて」
心臓が、跳ねた。
「……っ」
何も言えない。
意味がわからない。
でも。
(知ってる)
これは、良くないやつだ。
ゲームにはない、“何か”だ。
レティシアは、何事もなかったかのように離れる。
「それでは」
優雅に一礼。
「明日、楽しみにしておりますわ」
そう言って、去っていく。
ドレスの裾が、静かに揺れた。
⸻
残された私は、動けなかった。
手が、震えている。
(今の、なに……?)
イベント外の行動。
想定外の言葉。
そして――あの余裕。
「……まさか」
喉が、ひどく乾く。
「そんなはず、ないよね……」
だって私は。
全部知ってる。
知らないことなんて――
――ないはずなのに。
視線を落とす。
手元のメモ。
完璧な計画。
完璧な証拠。
完璧な流れ。
――完璧すぎる。
「……これ」
ぽつりと、呟く。
「本当に、“私が作った流れ”なの……?」
答える者はいない。
ただ。
静かに、確実に。
何かがズレている。
⸻
その日の夜。
王城の一室。
「――接触しましたわ」
レティシアが、淡々と報告する。
「ああ。聞いている」
王太子は、窓の外を見たまま答えた。
「反応は?」
「想定通り。“違和感”を抱き始めています」
「そうか」
短い沈黙。
そして。
「逃げ場は?」
「ございませんわ」
即答だった。
レティシアは、わずかに微笑む。
「すでに“選ばせ終えておりますもの”」
王太子が、ゆっくりと振り返る。
その目は、冷静で。
どこまでも冷たかった。
「では――明日だな」
「ええ」
二人の視線が重なる。
そこに迷いはない。
「“幕を下ろしましょう”」
「――その選択、もう取り消せませんわよ?」




