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酒を飲むと女子高生になる俺、35歳にして高校生活をやり直す  作者: ワグ
第三章:宿泊学習、何も起きないはずがない!
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第52話 楽しい思い出と、これからにつながる一枚の名刺【挿絵あり】

 ……生きて帰ってきた。


 宿泊施設の駐車場に到着したバスから降りた瞬間、俺は心の底からそう思った。


 行きのバスで酔い、ラフティングで酔い、帰りのバスでも酔ったのである。しかも、途中で一度吐いている。


 ……何だ、この地獄の三連戦は。


「麻由ちゃん、大丈夫?歩ける?」


「う、うん……何とか……」


「本当に無理なさらないでくださいましね?」


 遥と麗奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。


 そんな二人に支えられながら広場へ向かうと、ちょうど別の活動を終えた生徒たちが戻ってきたところだった。


「あっ、花川さん……!」


 声をかけてきたのは柴田だった。隣には、相変わらず眠たそうな顔をした佐々木もいる。


「柴田さん……佐々木さん……お、お疲れさま……」


「……お疲れ」


 佐々木は俺の顔をじっと見つめると、少しだけ眉をひそめた。


「……ひどい顔してるよ」


「……えっ?」


「顔色、悪すぎ。何があったの?」


 ……そんなにひどいのか。


「え、えっと……ちょっと乗り物酔いしちゃって……」


「……ラフティングで?」


「……行きのバスから……」


「……は?」


「それで、ラフティングでも酔って……帰りのバスでも……」


「……全部じゃん」


 ……そうなんだよ!


「そ、それに……途中で吐いちゃって……」


「ええっ!?だ、大丈夫なんですか!?」


 柴田が驚いて声を上げた。


「う、うん……もうだいぶ落ち着いたから……」


「……ラフティング、向いてないね」


 佐々木が容赦なく言い放つ。


 ……知ってるよ!できれば昨日の俺に教えてやってほしかったよ!


 しかも、今日の災難は乗り物酔いだけではない。


 山田に何度もぶつかり、事故とはいえ頬に唇が触れ、もう一度告白された直後に吐いてしまったのである。


 ……おまけに、俺がまったく望んでいないラブコメ展開までついてきたんだぞ!?


 普通、ラフティングってもっと爽やかな青春イベントじゃないのか?


「……麻由ちゃん、ごめんね」


 そんなことを考えていると、遥が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「私がラフティングに誘っちゃったから……」


「わたくしもですわ……。麻由さんがこんなに大変な思いをなさるなんて……」


 麗奈までしょんぼりと肩を落としてしまった。


 ……ああ、しまった。別に二人が悪いわけじゃないのに。


「ち、違うよ!二人のせいじゃないから!」


「でも……」


「確かに大変だったけど……二人と一緒に体験できたのは、すごく貴重な時間だったと思うんだ」


 俺はできるだけ明るく笑ってみせた。


「だって、あんな綺麗な川をみんなで下るなんて、なかなかできないでしょ?私も、一緒に行けてよかったよ!」


「……麻由ちゃん!」


「まあ……麻由さん……!」


 二人の表情がぱっと明るくなる。


「私も!麻由ちゃんと一緒だったから、すっごく楽しかったよ!」


「わたくしもですわ!一生の思い出にいたします!」


「うん!私も!」


 ……まあ、嘘は言っていない。


 確かに散々な目には遭ったけど、二人と過ごした時間が楽しかったのも事実だ。


 ……もっとも、次に誘われたら全力で遠慮するけどな!


「……何か、いい話になってる」


 佐々木がぼそっと呟いた。


「……でも、顔色は全然よくなってないよ」


「……それは言わないで……」


 せっかく綺麗にまとまったのに!


 ☆☆


 その後、俺たちは更衣室へ向かい、ウェットスーツから体操服に着替えた。


「はあ……やっと脱げた……」


 身体を締め付けていたウェットスーツから解放されると、それだけで随分と楽になった気がする。


 着替えを終えた俺たちは、部屋に置いていた荷物をまとめ、帰りの準備を進めた。


 宿泊学習も、いよいよ終わりである。


 思い返せば、本当にいろいろなことがあった。


 カレー作りにクイズラリー、大浴場でのぼせたこと、男子からの告白、そして昨夜の館長との出会い。


 ……いや、最後の二つは予想外すぎるだろ。


 特に館長の存在は、俺にとって大きかった。


 酒を飲むと女の姿になるという、俺とまったく同じ体質の人間。


 以前、水瀬先生にも何となく似たような気配を感じたことはあったが、あくまで俺の勝手な疑いでしかなかった。


 それに対して、館長は実際に俺の目の前で姿が変わっている。


 同じ秘密を抱えた相手と話せたことは、何よりも心強かった。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。


「ごめん、少しいいかな?」


「……えっ?」


 振り返ると、そこには六十代くらいに見える、落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。


 ……あっ!館長だ!


「は、はい!」


 館長は俺を人の少ない廊下の端へと案内した。


「お疲れさま、麻由ちゃん」


「お、お疲れさまです……」


 ……何だか、ちょっと緊張するな。


 昨夜も今日も、若い女性の姿をした館長とは普通に話していた。しかし、男性の姿をした館長と会話するのは初めてなのである。


 同一人物だと分かっていても、目の前にいるのはどう見ても年上の男性だ。


 ……いや、俺だって似たようなことをしているんだけどさ。


「……もう、アルコールが抜けたんですか?」


「うん。ちょうど効果が切れたところでね。仕事も一段落したし、今はこっちの姿なんだ」


「……そうなんですね」


 ……なるほど。仕事が終わる頃に、ちょうど効果が切れるようにしていたわけか。


 俺なんて毎日のように、いつ元の姿に戻るか心配しているというのに。


 ……さすが、何十年もこの体質と付き合っているだけのことはあるな。


「それより、あのあと大丈夫だった?ボートの上で随分つらそうだったから」


「あ、はい……。帰りのバスでも酔っちゃいましたけど、今はだいぶ落ち着きました」


「そっか。それならよかった。ボクも今日はなかなか大変だったよ」


「……本当ですよ」


 ……いや、あんたはインストラクターなんだから、俺以上に気をつけてくれよ!?


「声を掛けたのはね、最後にこれを渡しておこうと思ってたんだ」


 館長は胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。


「何か困ったことがあったら、いつでも連絡しておいで。ボクに分かることなら相談に乗るから」


「えっ……いいんですか?」


「もちろん。同じ体質の人に出会えたのも、何かの縁だしね」


「……ありがとうございます!」


 俺は名刺を両手で受け取った。


 そこには施設名と連絡先、そして館長の名前が印刷されていた。


『館長(みなせ) 水瀬勇蔵(ゆうぞう)』


 ……水瀬?


 俺は思わず、その名字をもう一度見つめた。


 以前、俺の身体について診察してくれた、あの女医さん。水瀬千尋先生と同じ名字なのか。


 まあ、水瀬という名字の人が二人いたって、別に不思議じゃないけど……。


「……どうかした?」


「あっ、いえ!何でもないです!」


 慌てて顔を上げると、館長は不思議そうに首を傾げていた。


「そう?それじゃあ、気をつけて帰ってね」


「はい!本当にありがとうございました!」


 俺は深く頭を下げ、館長と別れた。まさか、今回の宿泊学習でこんな出会いがあるとは思わなかった。


 俺は名刺を大切に財布へしまい、集合場所へと向かった。


 ☆☆


「それでは皆さん!忘れ物はありませんね?」


 施設の駐車場では、永井先生が帰りのバスに乗る生徒たちへ声をかけていた。


「お家に帰るまでが宿泊学習ですからね!最後まで気をつけてください!」


 ……ああ。ついに帰れるのか。


 長かったような、短かったような二日間だった。


「麻由ちゃーん!早く乗ろう!」


「麻由さん!こちらですわ!」


「あっ、うん!」


 遥と麗奈がバスの入口から手を振っている。


 俺も二人のもとへ向かおうとしたのだが、そこでふと足を止めた。


 ……待てよ。


 帰りのバスって、大丈夫なのか?


 行きのバスですら、あんなに酔ったのである。しかも、胃の調子だって完全には戻っていない。


 ……いや、絶対また酔うだろ、これ。


 それに、もう一つ心配なことがあった。


 ……朝に飲んだ分の効果、帰宅まで持つよな?


 もし帰りのバスの中で元の姿に戻ってしまったら、それこそ大騒ぎである。


 俺は周囲を確認すると、荷物の中からエナジードリンクの缶を取り出した。


 もちろん、中身は例のビールである。


 ……念のため、保険をかけておくか。


 俺は誰にも見られていないことを確かめ、ほんの少しだけ口をつけた。


「……ぐぇっ……!」


 ……うわっ!やっぱりまずい!


 ただでさえ胃の調子が悪いところに、さらに酒を流し込んだのである。


 ……もう、本当に勘弁してくれ。


 酒を飲まなければ元の姿に戻ってしまうし、飲めば飲んだで身体がつらい。


 ……次回からは、本気で何か対策を考えた方がいいな。


 俺は小さくため息をつき、缶を荷物の中へしまった。


「麻由ちゃーん!どうしたのー?」


「麻由さん!バスが出発してしまいますわよー!」


「あっ!今行くー!」


 二人に呼ばれ、俺は慌ててバスへ向かった。


 ……頼むぞ、俺の胃袋。


 せめて帰りくらいは、何事もなく終わってくれ。


 こうして、俺にとって初めての宿泊学習は幕を閉じた。


 楽しいことも、恥ずかしいことも、思い出したくないことも、数えきれないほどあった二日間。


 それでも、きっと忘れられない思い出になるのだろう。


 ……ただし。


 しばらくの間、バスとボートだけは勘弁してほしい。


挿絵(By みてみん)


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