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酒を飲むと女子高生になる俺、35歳にして高校生活をやり直す  作者: ワグ
第三章:宿泊学習、何も起きないはずがない!
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第47話 酒も正体も、まとめてバレてしまいました【挿絵あり】

 消灯時間になり、部屋の明かりが落とされた。


「それでは皆さん、おやすみなさいませ!」


「おやすみー!麻由ちゃん、また明日ね!」


「うん、おやすみ。麗奈ちゃんも、遥ちゃんも!」


「……お、おやすみなさい……」


 すでに眠っていた佐々木に続き、ほかの三人も次第に静かになっていった。


 窓から差し込む月明かりが畳を淡く照らし、しばらくすると、あちこちの布団から静かな寝息が聞こえ始める。


 どうやら、みんな眠ってしまったらしい。


 ……さて、俺はどうしたものか。


 仰向けになって天井を見つめながら、何度目か分からないため息をつく。


 身体は疲れている。朝からバスに揺られ、カレーを作り、クイズラリーで歩き回り、風呂ではのぼせた。おまけに夕食後には男子から告白までされたのだから、今日は本当に盛りだくさんだった。


 普通なら、布団に入った途端に眠ってしまってもおかしくない。


 ところが、俺の頭は妙にはっきりしていた。


 ……寝ている間に、元の姿へ戻ったらどうしよう。


 これが怖くて仕方ないのである。


 今朝は普段より多めに酒を飲み、夕方にも追加した。それでも、朝まで麻由の姿でいられる保証なんてどこにもない。


 もし眠っている間に効果が切れたら、隣で眠っている麗奈たちは、朝起きた瞬間に見知らぬ三十五歳の男と対面することになる。


 ……想像しただけで恐ろしい。


 女子生徒の宿泊部屋に男が紛れ込んでいたとなれば、大騒ぎどころでは済まないだろう。先生を呼ばれ、警察沙汰になり、俺は必死に事情を説明することになる。


 もっとも、酒を飲むと女子高生になるなんて説明を、誰が信じてくれるのかという問題があるのだが。


 ……駄目だ。考えれば考えるほど眠れなくなる。


 俺は寝返りを打ち、枕元のリュックへ目を向けた。


 中には、まだ予備が残っている。


 ☆☆


 それからしばらくして、俺は布団の中でこっそり缶を口に運んでいた。


 もちろん、エナジードリンクに偽装したビールである。


 さっきから少しずつ飲んでいるのだが、これがもう、とんでもなくまずい。炭酸はすっかり抜け、朝から持ち歩いていたせいで生ぬるくなっている。


 以前の俺なら、こんな状態のビールを出されたら文句の一つも言っていただろう。


 それでも飲んでいるのは、少しでも酒の効果を長持ちさせたいからだ。


 しかし、いくら必要だからといって、身体が平気なわけではない。


「……うっ」


 また胃のあたりがむかついてきた。


 朝からずっと酒が入っている状態なのだ。途中で食事もしているとはいえ、さすがに負担が大きいらしい。


 頭は重いし、胃は気持ち悪い。おまけに口の中には、ぬるいビールの嫌な味が残っている。


 ……水が飲みたい。


 できれば冷たい水を飲んで、それから少し夜風に当たりたいところだ。


 俺は缶をリュックに戻し、そっと身体を起こした。


 消灯後は部屋から出ないように言われているが、今のままでは気持ち悪くて眠るどころではない。水を買って少し休んだら、すぐ戻ってこよう。


 そう決めて財布を取り出したところで、隣の布団が目に入った。


 遥が気持ちよさそうに眠っている。


 普段はあんなに元気いっぱいなのに、眠っているとずいぶん静かだ。隣の麗奈も穏やかな寝顔をしており、ハニーブラウンの髪が枕の上に広がっている。


 ……おお、天使が二人。


 さらに視線を向けると、眼鏡を外した柴田も、いつも眠そうな佐々木も、すっかり夢の中だった。


 ……何だよ、この部屋。天使しかいないじゃないか。


 俺は思わず頬を緩めたが、すぐに我に返った。


 ……いや、見惚れてる場合じゃない!


 この天使たちの隣で、朝になったら男に戻っているかもしれないんだぞ!


 俺はみんなを起こさないように立ち上がり、そっと襖を開けた。


 ☆☆


 夜の廊下は、昼間とは別の建物のように静まり返っていた。


 俺は足音を忍ばせながら階段を下り、一階の自動販売機で水を買った。冷たいペットボトルを手にすると、それだけで少し安心する。


 さっそくキャップを開けて一口飲んだ。


「……はあ、生き返る」


 ただの水が、こんなに美味しく感じるとは。


 もう一口飲んでから、建物の外にある広場へ続く扉を開けた。


 外へ出ると、涼しい風が頬を撫でた。山の夜は思っていた以上に冷え込むらしく、昼間の暑さが嘘のようだ。


 俺は大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。


 ……ああ、気持ちいい。


 これなら少し休めば、気分もよくなりそうだ。


 そう思いながら広場を見渡したとき、奥のベンチに人影があることに気づいた。


 ……あれ?誰かいる。


 先生だったらまずいと思い、慌てて近くの植え込みに身を寄せる。


 ベンチに座っていたのは、スウェット姿の女性だった。二十代から三十代くらいに見える、すっきりとした顔立ちの人で、スマホを眺めながらくつろいでいる。


 その顔には見覚えがあった。


 ……あの人、昼間のスタッフさんじゃないか?


 クイズラリーのゴールで、お茶を配ってくれた女性だ。


 佐々木が、一瞬お酒の匂いがしたと言っていた相手でもある。


 今は制服ではなくスウェット姿だから、もう仕事は終わったのだろう。こんな時間に一人で何をしているのかは分からないが、休憩中なら邪魔しないほうがよさそうだ。


 俺が部屋へ戻ろうか迷っていた、そのときだった。


 ベンチに座る女性の姿が、ふいに変わり始めた。


「……えっ?」


 背が伸び、肩幅が広くなり、顔立ちが変わっていく。長かった髪も短くなり、ほんのわずかな時間で、そこには一人の男性が座っていた。


 俺は思わず植え込みの陰にしゃがみ込んだ。


 ……今の、まさか。


 自分自身が何度も経験していることだから、何が起きたのかは分かる。


 問題は、目の前でそれが起きたという事実だ。


 しかも、その男性の顔を見て、俺はさらに驚いた。







 ……館長!?






 昼間、玄関ホールで館内の説明をしてくれた、白髪交じりの男性館長だった。


 あの若い女性スタッフと館長が、同じ人物だったとは。


 俺が息を潜めていると、館長は自分の手を見下ろし、小さく呟いた。


「……あら、切れちゃったか」


 そして、ベンチの横に置いてあった袋から缶ビールを取り出し、慣れた手つきで開けた。


 プシュッという音が、静かな広場に響く。


 館長はそのまま缶に口をつけ、何口か飲んだ。


 すると、再び身体が変わり始めた。


 背丈が低くなり、肩幅が狭まり、顔立ちも若返っていく。髪が伸び、ほどなくして、さっきまでの女性スタッフの姿に戻ってしまった。


 女性は何事もなかったように缶を脇へ置き、再びスマホを操作し始めた。


 ……間違いない。


 この人も、俺と同じような体質なんだ。


 酒の効果が切れると男性の姿に戻り、飲めば女性の姿になる。細かい仕組みまで同じかは分からないが、少なくとも今見た限りでは、俺とそっくりだった。


 それにしても、館長が女性スタッフだったとはなあ。


 そういえば、昼間の館内説明が終わってから、館長の姿を一度も見ていない気がする。


 カレー作りのときも、クイズラリーのときも、食堂で夕食を食べたときも、ほかのスタッフはたくさん見かけたのに、館長だけは見かけなかった。


 ……なるほど。ずっと女性スタッフとして働いていたのかもしれない。


 そして、遥が話していた『何十年も年を取らない女性』の都市伝説。


 ……あれ?


 ちょっと待てよ。


 噂になっている女性が、この人だとしたら……。


 ……何十年も年を取らないって、どういうことだ?


 確かに、女性の姿は若く見える。

もし何十年も前から同じ女性の姿で働いているのなら、どうして今もあんなに若いんだ?


 俺の場合、麻由の姿になれば十六歳くらいに見えるけど、それが何十年も続いたらどうなるのかなんて、考えたこともなかった。


 ……まさか、あの姿のまま年を取らないのか?


 いや、そんなことがあるのだろうか。


 もっとも、酒を飲んで女子高生になっている俺が、今さら常識を持ち出すのもおかしな話ではある。




 ……この人、いったい何者なんだ?




 俺はベンチの女性を見つめた。


 水瀬先生以外にも、自分と似たような秘密を持つ人がいたなんて。


 しかも、こんな宿泊学習の最中に出会うとは思わなかった。


 ……ちょっと話を聞いてみたい気もするが、今は消灯時間を過ぎている。


 何より、こちらから声をかければ、自分の秘密まで明かすことになりかねない。


 俺が迷っていた、そのときだった。


 パッ!


「ひゃっ!?」


 突然、頭上の照明が点灯した。


 どうやら人感センサーが反応したらしい。植え込みの陰に隠れていたつもりだったのに、俺の立っている場所が一気に明るくなってしまった。


 ……まずい!


「あら?」


 ベンチの女性が顔を上げた。


 そして、こちらに気づくと、不思議そうに首を傾げる。


「こんな時間にどうしたの?」


「……あ、あの!」


 俺は慌てて姿勢を正した。


「す、すみません!ちょっと喉が渇いて、水を買いに……」


 手に持っていたペットボトルを見せると、女性は小さく頷いた。


「ああ、そうなんだ。でも、消灯時間は過ぎているでしょう?早くお部屋へ戻らないと」


「は、はい!すぐ戻ります!」


 よかった。どうやら、普通に注意されるだけで済みそうだ。


 俺は頭を下げ、その場を離れようとした。


 ところが。


「……ねえ、キミ」


「……はい?」


 女性がスマホを置き、ゆっくりと立ち上がった。





「見てた?」





「…………っ!」


 ヒュッ、と喉が鳴った。


 ……気づかれた!


「え、えっと……その……」


 否定しようにも、何と言えばいいのか分からない。


 女性は俺の反応を見て、何かを察したらしい。少し困ったように笑いながら、こちらへ近づいてきた。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だから」


「ひ、ひぃ……!ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ……!」


 俺は慌てて頭を下げた。


 その拍子に、ポケットへ入れていた財布が滑り落ちた。


「あっ!」


 地面に落ちた財布が開き、中から一枚のカードが飛び出す。


 ……しまった!


 急いで拾おうとしたが、女性のほうが先にそれを見つけた。


「ん?免許証?」


「…………っ!」


 ……ああああ!


 よりによって、それかよ!


 地面に落ちていたのは、花川正由の運転免許証だった。


 もちろん、顔写真も名前も、三十五歳の男のものだ。


 女性は不思議そうに首を傾げる。


「今日泊まる宿泊学習の生徒は高校一年生だよね?どうして免許証なんて持っているの?」


「あ、あの……これは、その……!」


 俺は慌てて免許証を拾い、財布に押し込んだ。


「兄のです!ちょっと預かってまして!」


 ……また兄かよ!


 竹内に説明したときといい、俺は困るとすぐ架空の兄を登場させるらしい。


「お兄さんの免許証?」


「は、はい!」


「ふうん……」


 女性はそれ以上何も言わず、俺の顔をじっと見つめていた。


 ……頼む。納得してくれ。


 だが、次の瞬間、女性がふと鼻を動かした。


「あれ……?」


「……え?」


「それに、……この匂い」


 女性は少しだけ顔を近づけ、確かめるように尋ねてきた。



「もしかして、今お酒が入っているの?」



「…………っ!?」


 ……バレた!


 そりゃそうだ。さっきまで、あのぬるいビールをちびちび飲んでいたのだから。


 しかも朝からずっと酒が入った状態である。自分では気づかなくても、相当匂っているのかもしれない。


「ち、違います!これは……!」


 とっさに否定しかけたが、うまい言い訳が浮かばない。


 目の前の女性は、ついさっきビールを飲んで姿が変わったばかりなのだ。そんな相手に酒の匂いをごまかそうとしても、無理があるだろう。


 女性はしばらく俺を見つめていたが、やがて何かに気づいたように目を細めた。


「……ああ、なるほど」


「……え?」


 女性の視線が、俺の財布へ向けられる。


 それから、俺の顔へ戻った。


「免許証を持っている高校一年生の女の子。それに、お酒の匂い……」


「…………」


 ……まずい。


 この人、察しがいい。


 女性は小さく頷くと、納得したように微笑んだ。


「そういうことね……」


「……な、何がですか……?」


 俺は最後の望みをかけて、とぼけてみた。


 しかし、女性はそんな俺の反応を見て、ますます確信を深めたらしい。





「キミも、同類なんだね」





「…………っ!」


 ……終わった。


 今の一言で、完全に分かった。


 この人には、酒のことだけでなく、俺の正体まで見抜かれてしまったのだ。


 いや、考えてみれば当然かもしれない。


 自分と同じような体質の人間が、酒の匂いをさせながら男の免許証を持っていたら、俺だって疑うだろう。


 それでも、まさかこんなにあっさり見破られるとは思わなかった。


 女性は穏やかに微笑んでいる。


 怒っている様子はないし、むしろ少し嬉しそうにさえ見えた。


 しかし、俺にはその笑顔を見て安心する余裕などなかった。





 ……酒も、正体も、両方バレた。




 俺は財布を握りしめたまま、目の前の女性を呆然と見つめるしかなかった。


挿絵(By みてみん)


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