第46話 女子高生たちの恋バナが、俺には刺激的すぎます【挿絵あり】
男子生徒の姿が廊下の向こうに消えたあと、俺はようやく階段へ向かって歩き始めた。
それにしても、まさか宿泊学習の夜に告白されるとは思わなかった。昔の高校生活では一度も経験しなかったことを、三十五歳になってから味わうことになるなんて、人生というのは本当に分からないものである。
しかも、相手は男の子だ。以前の俺なら想像すらしなかっただろう。
……まあ、告白してくれた相手の名前すら覚えていなかったのは、さすがに申し訳なかったけど。
そんなことを考えながら二階へ上がり、俺たちの部屋の襖を開けた。
「ただいまー!」
「あっ!麻由ちゃん、おかえり!」
「おかえりなさいませ、麻由さん!」
部屋では四人が座卓を囲んでおり、遥と麗奈が笑顔で迎えてくれた。柴田も小さく頭を下げ、佐々木は壁際に座ったまま、ちらりとこちらを見ている。
「ごめんね、待たせちゃって」
「全然いいよ!それよりさ、麻由ちゃん!」
遥が待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「さっき山田君と何の話してたの?」
「…………」
……山田君。
なるほど、あいつ山田っていうのか。
……遥、教えてくれてありがとう!
これで次に顔を合わせたとき、名前が分からず困ることはなくなった。いやあ、助かった助かった。
……って、喜んでいる場合じゃない!
「え、えっと……山田君と?」
「うん!わざわざ二人きりで話したいって言ってたじゃん。何だったの?」
「そ、それは……」
俺は思わず言葉に詰まった。
まさか、告白されたなんて正直に話すわけにもいかない。彼だって、振られたことを周囲に知られたくはないだろうし、俺がうっかり話したせいで噂が広まったら申し訳なさすぎる。
「麻由さん、何かお困りのことでもございましたの?」
麗奈まで心配そうに尋ねてきた。本人は俺を気遣っているつもりなのだろうが、その表情には少しばかり好奇心も混じっているように見える。
まあ、友達が男子に呼び出されて二人きりで話してきたのだから、気になるのも当然か。
「う、ううん!別に困ってるわけじゃないよ!」
「そうですの?それでしたらよろしいのですが……」
「ねえねえ!もしかして、何か秘密の話?」
遥がさらに身を乗り出してくる。
……まずい。この子、こういう話になると本当に遠慮がなくなるんだよな。
俺が必死に言い訳を考えていると、それまで黙っていた佐々木が、ふいに口を開いた。
「……ねえ、坂井。あんたが話してた都市伝説の件、何か分かったの?」
「あっ!それ!」
遥がぱっと顔を上げた。
「そうそう!それなんだよ!」
……おおっ!?
見事に話題が切り替わった!
俺が思わず佐々木へ目を向けると、本人は何食わぬ顔でスマホを眺めていた。
そういえば、山田君に呼び出されたときも、真っ先にみんなを連れて部屋へ戻ってくれたのは佐々木だった。
……もしかして、今回も助けてくれたのか?
無愛想で必要最低限のことしか話さないくせに、こういうところは妙に気が利く。
……こいつ、空気読みの天才か!
俺は心の中で佐々木に深々と頭を下げた。
☆☆
「そういえば、佐々木さんにも都市伝説の話をしたんだ?」
「うん!麻由ちゃんを待ってる間にね!」
遥は嬉しそうに頷いた。
「白川さんと柴田さんはバスの中で聞いてたけど、佐々木さんはまだ知らなかったでしょ?」
「……聞かされた」
「えー!そんな言い方しなくてもいいじゃん!」
遥が頬を膨らませると、佐々木は面倒くさそうにため息をついた。
「……それで、何か分かったの?」
「あー、それがねえ……」
遥は腕を組んで難しそうな顔をしたものの、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
「……全然分かんない!」
「……えっ?」
「だって、スタッフの人たちは何人か見かけたけど、誰が噂の人なのか分かんないんだもん!それに、本人に年齢を聞くのも失礼じゃん?」
「まあ、それはそうだね」
到着したときに見かけた女性スタッフたちは、みんな若く見えた。誰が何歳なのかなんて、見た目だけでは判断できないだろう。
それにしても、バスの中ではあんなに張り切っていたのに、結局何も調べられなかったらしい。
「……そもそも、ただの噂なんじゃないの?」
佐々木がぼそっと呟くと、遥は少し考え込んだあと、何かを思いついたように手を打った。
「あっ!もしかして、都市伝説研究部を盛り上げるために、昔の先輩が作った話だったりして!」
「……自分たちで作り話を広めてどうすんの」
「えへへ!それもそうだね!」
……認めるのかよ!
俺が呆れていると、遥は楽しそうに笑いながら続けた。
「でもさ、本当かどうか分からないからこそ、都市伝説って面白いんじゃない?それに、今こうしてみんなで宿泊学習を楽しめてるし!」
「……うん?」
「私、今が楽しいから、もうそれでいいや!」
……おい!あれだけ意気込んでいたのに、もう満足しちゃったのかよ!
高瀬部長が聞いたら、眼鏡を直しながら静かにため息をつきそうである。
「まあ!素敵な考え方ですわね!」
しかし、麗奈は素直に感心していた。
「わたくしも、皆さんとご一緒できて、とても楽しいですわ!」
「でしょー!」
二人が顔を見合わせて笑うのを見て、俺もつられて頬が緩んだ。
確かに、今日一日は楽しかった。みんなでカレーを作り、クイズラリーでは麗奈の方向音痴に振り回され、大浴場では思いがけず背中まで流してもらった。
最後はのぼせて介抱される羽目になったけど、それも含めて忘れられない思い出になりそうだ。
「よーし!じゃあ、都市伝説の話はこのくらいにして!」
遥が突然、元気よく声を上げた。
「今度は恋バナしよう!」
「……は?」
……何でそうなる!?
「だってさー!せっかくのお泊まりだよ?こういうときは恋バナするものでしょ!」
「まあ!恋のお話ですのね!」
麗奈まで目を輝かせた。
「わたくし、そういったお話にはあまり詳しくありませんけれど、ぜひ伺ってみたいですわ!」
……ああ、駄目だ。麗奈まで乗り気になってしまった。
「じゃあ、まずは麻由ちゃん!好きな人いるー?」
「…………」
……結局、俺の話に戻ってくるのかい!
せっかく佐々木が別の話題にしてくれたというのに、まさかこんな形で振り出しに戻るとは思わなかった。
「え、えっと……いないよ?」
「えーっ!本当に!?麻由ちゃん、こんなに可愛いのに!」
「いや、可愛いかどうかは関係ないでしょ!」
「絶対モテると思うんだけどなあ!」
……まあ、ついさっき告白されたんだけどね。
もちろん、口には出さない。
遥は露骨にがっかりした顔をしていたが、このまま質問攻めにされるのも困るので、俺は逆に尋ねてみることにした。
「そ、それより遥ちゃんはどうなの?好きな人いるの?」
「私?」
遥は一瞬きょとんとしたあと、にっこりと笑った。
「いるよ!」
「えっ!?だ、誰?」
「麻由ちゃん!」
「…………」
……ん?
「私、麻由ちゃんのこと大好きだよ!」
「…………っ!?」
どきっ、と心臓が跳ねた。
「えっ!?わ、私!?」
「うん!だって、麻由ちゃんって可愛いし、優しいし、一緒にいると楽しいんだもん!」
……あわわわわ。
何だこれ。さっきは男子から告白されて、今度は遥から好きだと言われている。
いや、もちろん遥の言う好きは、友達としての意味だと思うけど!
「まあ!それでしたら、わたくしもですわ!」
そこへ麗奈まで嬉しそうに声を上げた。
「わたくしも、麻由さんのことが大好きですわ!麻由さんは、わたくしにとって、とても大切なお友達ですもの!」
「れ、麗奈ちゃん!?」
……あわわわわわ!
何で二人して、そんなに真っすぐ好きだなんて言えるんだ!?
「えへへー!麻由ちゃーん!」
「ひゃっ!?」
突然、遥が俺の隣へ移動し、ぴとっと腕にくっついてきた。
「ちょっ!?遥ちゃん!?」
「えへへ!麻由ちゃん、あったかーい!」
「……まあ!遥さん、ずるいですわ!」
その様子を見ていた麗奈が少し頬を膨らませると、俺の反対側へ座り、同じように腕にくっついてきた。
「ふふっ!これでおそろいですわ!」
「わーい!白川さんも一緒だー!」
……あわわわわ!
何だこの状況!?
右には遥、左には麗奈。二人とも嬉しそうに俺へくっついている。
さっきまで都市伝説の話をしていたはずなのに、どうしてこんなことになっているんだ!?
「ねえねえ、麻由ちゃん!」
「な、何……?」
遥が俺の顔を覗き込んできた。その瞳が妙にうるうるしていて、何だか子犬に見つめられているような気分になる。
「麻由ちゃんは、私のこと好き?」
「…………っ!」
……お、おい。そんな目で聞くな!
断れるわけがないだろ!いや、そもそも断る理由なんてないんだけど!
「す、好きだよ……?」
「本当!?やったー!」
遥は嬉しそうに声を上げ、さらに俺の腕へくっついてきた。
すると今度は、反対側から麗奈が期待に満ちた表情でこちらを見つめてきた。
「では、麻由さん。わたくしのことは……?」
……おいおいおい。
まさか麗奈ちゃんまで!?
「も、もちろん!麗奈ちゃんのことも、す、好きだよ……!」
「まあ!嬉しいですわ!」
麗奈は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに俺の腕を抱き寄せた。
……ああ、もう。何なんだ、この二人。可愛すぎるだろ!
「えへへ!麻由ちゃん、顔真っ赤!」
「ふふっ。照れていらっしゃる麻由さんも、とても可愛らしいですわ!」
「も、もう!二人とも!」
楽しそうに笑う二人に挟まれ、俺はますます顔が熱くなるのを感じた。
☆☆
「……あ、あの……」
ふと、控えめな声が聞こえた。
顔を向けると、柴田が座卓の向こうで固まっていた。眼鏡の奥で目を泳がせ、頬を真っ赤にしている。
「……み、皆さん……と、とても……仲がよろしいんですね……」
「うん!仲良しだよー!」
遥が元気よく答えると、麗奈も嬉しそうに微笑んだ。
「萌さんとも、もっと仲良くなりたいですわ!」
「……えっ!?わ、私も……!?」
「もちろんですわ!」
「……あ、あわわわ……」
柴田はますます赤くなり、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
……おお。柴田さん、完全に処理能力を超えてるな。
まあ、気持ちは分かる。俺だって今、頭の中が大変なことになっているからな!
「……茶番」
そのとき、部屋の隅から冷たい声が飛んできた。
佐々木である。
スマホを置き、呆れたような顔でこちらを見ていた。
「……何やってんの、あんたら」
「えー!何って、恋バナだよ!」
「……どこが。ただの好き好き大会でしょ」
……おお。言われてみれば、確かにそうだな。
「佐々木さんも参加する?好きな人とかいないの?」
「……いない。あと、もう寝る」
「えっ!?まだ消灯時間じゃないよ?」
「……眠いから」
佐々木はそう言うと、壁際にまとめられていた布団を一組取り出し、さっさと敷き始めた。
「えー!せっかくのお泊まりなのに!」
「……あんたらがうるさい」
……ごもっともです。
佐々木は布団に入ると、こちらに背を向けてしまった。
友達同士の微笑ましい交流を『茶番』の一言で片づけて、さっさと寝るとは。相変わらず、とんでもなくマイペースな奴である。
「……転校生」
「……えっ?」
突然、布団の中から声がした。
「……あんたも、早く寝なよ。さっき、風呂でのぼせてたでしょ」
「……私?」
「……無理しないで、ちゃんと休みな」
それだけ言うと、佐々木は再び背中を向けた。
……何だよ。ちゃんと心配してくれてるじゃないか。
「……うん。ありがとう、佐々木さん」
「……別に」
布団の中から、いつもの素っ気ない返事が聞こえた。
それにしても、今日一日でずいぶんとみんなのことを知れた気がする。料理上手で意外と面倒見のいい佐々木に、植物のことになると頼もしい柴田。麗奈と遥も、すっかり打ち解けている。
性格はばらばらだけど、なかなかいい班じゃないか。
「ねえねえ、麻由ちゃん!明日はもっといっぱい思い出作ろうね!」
「まあ!わたくしも、明日がますます楽しみになってきましたわ!」
「そうだね。せっかくの宿泊学習だし、最後まで楽しもう!」
俺が笑顔で答えると、遥と麗奈は満足そうに微笑んだ。
……さて。あとは今夜、無事に朝を迎えられるかどうかだな。
せっかくの宿泊学習なんだ。明日もみんなと楽しく過ごしたい。
そんなことを考えていると、隣の遥が、そっと俺の耳元へ顔を近づけてきた。
「……ねえ、麻由ちゃん」
「ん?どうしたの?」
「今の好きって話なんだけどさ」
「……うん?」
遥は少しだけ声を落とした。
「私の好きは、白川さんの好きとは、ちょっと違うかもしれないよ?」
「…………えっ?」
思わず遥の顔を見ると、彼女はいたずらっぽく片目をつむった。
「……なーんてね!」
そう言って何事もなかったように麗奈とのおしゃべりを再開する遥を、俺はしばらく呆然と見つめてしまった。
……おい。今の、どういう意味だ?
いや、待てよ。
そういえば遥って、都市伝説研究部の歓迎会で、女の子のほうが好きだって言ってたよな?
…………。
……ま、まさかな!?




