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酒を飲むと女子高生になる俺、35歳にして高校生活をやり直す  作者: ワグ
第三章:宿泊学習、何も起きないはずがない!
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第44話 大浴場で調子に乗った三十五歳の末路【挿絵あり】

 クイズラリーを終えて宿泊部屋に戻ってきた頃には、窓の外の山々が夕日に染まり始めていた。


「はあー!結構歩いたね!」


 部屋に入るなり、遥が畳の上に腰を下ろした。


「お疲れ様ですわ、遥さん。途中で道を間違えてしまって、申し訳ありませんでしたわ」


「もう、白川さん!それはいいってば!おかげで楽しかったし!」


 麗奈は安心したように微笑むと、窓際へ歩いていった。


 俺たち五人に割り当てられたのは、二階にある広めの和室だった。中央には座卓が置かれ、壁際には五人分の布団がまとめられている。


「……あ、あの木……たぶん、ミズナラです……」


 麗奈の隣では、柴田が窓の外の植物を興味深そうに眺めていた。一方、佐々木は部屋の隅に座ると、さっそくスマホを取り出している。


「……疲れた」


 ……相変わらずマイペースだな。


 もっとも、俺も人のことは言えない。朝からずっと気を張っていたせいで、精神的にはかなり疲れていた。


 今朝は普段より多めに飲んできたものの、いつまで麻由の姿でいられるかは分からない。ましてや、今夜はこの部屋で四人と一緒に寝るのである。


 夜中に元の姿へ戻ってしまったら、間違いなく大騒ぎだ。


「そうだ!みんな、夕食の前にお風呂だって!」


 遥が予定表を取り出し、嬉しそうに声を上げた。


「まあ!大浴場ですのね!」


「うん!班ごとに順番に入るんだって!」


 ……風呂。


 ついに来たか。


 ただ、今の俺にとって一番の問題は入浴そのものではない。途中で身体が元に戻らないかという心配のほうが、はるかに大きかった。


 俺は部屋の隅に置いたリュックへ、ちらりと目を向けた。


 ……その前に、ちょっとだけ時間が欲しいんだよなあ。


 ☆☆


「麻由ちゃん、タオル持ってきた?」


「あっ、うん!ちゃんとあるよ!」


「よーし!じゃあ、準備できたら行こう!」


 遥が元気よく声を上げ、麗奈と柴田もそれぞれ荷物を確認し始めた。


 その隙に、俺はリュックから一本の缶を取り出す。


 見た目は普通のエナジードリンクだが、中身はビールである。


 みんなの注意がこちらに向いていないことを確認してから、そっと口をつけた。


「…………っ!」


 ……まっず!


 思わず顔をしかめた。


 炭酸がすっかり抜けてしまっているうえに、朝からずっとリュックに入れていたせいで、ぬるくなっていたのだ。


 ぬるくて、炭酸の抜けたビール。


 ……最悪の組み合わせじゃねえか!


「……麻由ちゃん?」


「ひゃっ!?」


 突然、遥に声をかけられた。


「どうしたの?すごい顔してたけど」


「あ、あはは……ちょっと、思ってた味と違って……」


「えっ、エナドリってそんなにまずいの?」


「……うん。これは、ちょっと……」


「じゃあ、無理して飲まなくてもいいんじゃない?」


 ……ごもっともです。


 しかし、俺にはそうも言っていられない事情がある。


「だ、大丈夫!せっかく持ってきたから!」


 遥は不思議そうに首を傾げたものの、それ以上は追及してこなかった。


 ……失敗したなあ。


 こんなことになるなら、別の種類の酒にしておけばよかった。例えば日本酒とか。


 あれなら、少なくとも炭酸が抜けて味が台無しになることはない。


 ……いや、待て。


 高校の宿泊学習で酒の種類を検討している時点で、どう考えてもおかしいだろ。


 俺は何とか飲み終え、缶を片づけた。


 しばらくすると身体がぽかぽかしてきて、頭も少しふわふわしてくる。どうやら、また酒が回ってきたらしい。


 味はひどかったが、少なくとも今すぐ元の姿へ戻る心配はなさそうだった。


「麻由さーん!お風呂の準備ができましたわ!」


「あっ、うん!私もすぐ行くね!」


 俺は着替えとタオルを手に取った。


 ☆☆


「わあー!広い!」


 脱衣所へ入るなり、遥が歓声を上げた。


 大浴場は一階の奥にあり、脱衣所もかなり広い。棚には脱衣かごが並び、奥の曇りガラスの扉からは湯気が漂っていた。


「まあ!立派なお風呂ですわね!」


「白川さんの家のお風呂も、これくらい広いんじゃない?」


「いいえ。さすがに、ここまで大きくはありませんわ」


 ……さすがに、か。


 普通の家なら比較するまでもないと思うんだけどな。


「……早く入りたい」


 佐々木が短く呟いた。


 俺は周囲を見回した。同じ時間帯に入浴する女子生徒たちも何人か来ており、脱衣所は賑やかだった。


 ……さて。


 ここで、ひとつ意外なことに気づいた。


 俺は、この状況にあまり動揺していなかったのである。


 以前の俺は三十五歳の男だった。普通なら、女子生徒たちと一緒に大浴場へ入るなんて、とんでもない状況のはずだ。


 ところが、実際には妙に落ち着いている。周囲の女の子たちを見て浮かれてしまうようなこともなく、友達と一緒にお風呂に入ることが、当たり前のように感じられていた。


 ……これ、単に慣れたってだけじゃないよな。


 最近は、麻由として過ごしているときの感覚が、以前よりもずっと自然になっている気がする。


 女の子としての振る舞いを、いちいち意識しなくてもできるようになっているのだ。


 ……もしかして、俺の中の女の子成分、どんどん強くなってないか?


 何とも複雑な気分である。


「麻由ちゃん!早く行こうよ!」


「あっ、うん!」


 俺は遥に返事をして、浴場へ向かった。


 ☆☆


「はあー……気持ちいい!」


 湯船に肩までつかった遥が、幸せそうな声を上げた。


「本当ですわね。とてもよいお湯ですわ」


 麗奈もゆったりと湯船につかっている。柴田はその隣で、少し緊張した様子ながらも気持ちよさそうに目を細めていた。


「……あったかい、です……」


 俺も湯船に入り、小さく息を吐いた。


 朝からバスに揺られ、カレーを作り、クイズラリーで歩き回った。その疲れが、少しずつほぐれていくようだった。


「……熱い」


 佐々木がぼそっと呟いた。


「えっ、佐々木さん、熱いの苦手?」


「……長く入るの、嫌い。のぼせるし」


 ……この子、本当にマイペースだな。


「そういえばさ、麻由ちゃん!」


 突然、遥がこちらを向いた。


「ん?どうしたの?」


「麻由ちゃんって、胸大きいよね!」


「……へっ?」


 あまりに唐突な言葉に、間の抜けた声が出た。


「な、何?急に」


「いやー、前から思ってたんだけどさ!麻由ちゃんって、結構あるじゃん?」


「ちょっ!?遥ちゃん!?」


 ……おいおい!いきなり何の話を始めるんだ!?


「まあ……!」


 隣にいた麗奈が、少し恥ずかしそうに声を上げた。


「た、確かに……麻由さんは、わたくしよりもずっと大人っぽくて……少し羨ましいですわ」


「麗奈ちゃん?」


「わたくし、まだあまり成長しておりませんもの……」


 麗奈がしょんぼりと肩を落とす。


「そんなに気にしなくてもいいと思うけど……」


「で、ですが……やはり、少し憧れてしまいますわ」


「えへへ!白川さん、意外とそういうの気にするんだね!」


「も、もう!遥さんったら!」


 遥は楽しそうに笑うと、今度はこちらへ向き直った。


「ねえねえ、麻由ちゃん!ちょっと触っていい?」


「だめ!」


 即答だった。


「えー!まだ何もしてないのに!」


「しようとするな!」


「あははっ!冗談だってば!」


 ……絶対、半分くらい本気だっただろ!


挿絵(By みてみん)


 さすが、女の子が好きだと堂々と宣言していただけのことはある。都市伝説研究部の歓迎会でも思ったけど、遥って時々こういう方向に遠慮がなくなるんだよな。


「も、もう!遥さんったら!麻由さんが困っていらっしゃいますわ!」


「ごめんごめん!麻由ちゃん、反応が面白いからつい!」


「……あ、あの……」


 それまで黙っていた柴田が、おずおずと口を開いた。


「……あまり、比べなくても……いいと思います……」


「……柴田さんの言うとおりだね」


 俺が頷くと、柴田はほっとしたように微笑んだ。


「……うるさい」


 そのとき、佐々木がぼそっと呟いた。


「あっ、ごめん!佐々木さん!」


「……別に」


「でもさ、佐々木さんって、この中で一番胸が大きいよね!」


「ちょっ!?遥ちゃん!?」


 ……おい!今度は佐々木に話を振るのかよ!


「まあ……!た、確かに……カレンさんは、とても大人っぽいですわね……」


「でしょ!麻由ちゃんも結構あるけど、佐々木さんが一番だと思う!」


「だから!何で比べるの!?」


「えー!女の子同士の会話じゃん!」


 ……そういうものなのか!?


「……くだらない」


 佐々木は一言だけ返した。


「えっ、佐々木さんは気にならないの?」


「……別に」


「羨ましいなー!その余裕!」


「……何が?」


 ……本人、まったく興味ねえ!


「……ねえ。まだ続けるの?」


「あっ、ごめん!」


「……お風呂くらい、静かに入りたい」


 ……ごもっともです。


 俺は苦笑しながら、湯船に肩までつかった。


 ところが、そんな俺の様子を見ていた麗奈が、ふと思いついたように声を上げた。


「そうですわ!麻由さん!」


「ん?」


「よろしければ、わたくしが背中を流して差し上げますわ!」


「……えっ?」


「せっかくご一緒にお風呂に入っているのですもの。こういうときは、お友達同士で背中を流し合うものなのでしょう?」


「えっ、そうなの?」


「ええ!以前、そういうお話を聞いたことがありますの!」


 ……誰から聞いたんだ、それ。


「いいね!じゃあ、私もやる!」


 遥が勢いよく手を上げた。


「えっ!?遥ちゃんも!?」


「うん!私も麻由ちゃんの背中流したい!」


「まあ!それでしたら、二人で流して差し上げましょう!」


「おおっ!いいね!」


 ……ちょっと待て。何で二人がかりになるんだ!?


「い、いや!大丈夫だよ!」


「遠慮なさらないでくださいまし!」


「そうそう!麻由ちゃん、いつも私たちに優しいんだから!」


 しかし、二人はすっかり乗り気だった。


 ……ああ、もう。こうなったら、断るほうが難しいじゃないか。


「……じゃあ、お願いしようかな」


「はい!お任せくださいまし!」


「やったー!」


 ……全国の三十五歳の男性の皆さん、ごめんなさい。


 俺は今、女子高生二人に背中を流してもらおうとしています。


 ……いや、待て。今の俺だって女の子なんだから、別におかしくはないよな?


 ……ということで、合法ということにしておこう。何が合法なのか、自分でもよく分からないけど。


「麻由さん、痛くありませんか?」


「うん!大丈夫だよ!」


「こっちはどう?くすぐったくない?」


「あははっ!遥ちゃん、ちょっとくすぐったい!」


「えへへ!ごめんごめん!」


 麗奈は丁寧に、遥は楽しそうに背中を流してくれる。二人とも本当に楽しそうで、こちらまで嬉しくなってしまう。


「……楽しそう、ですね……」


 柴田が少し離れたところから、控えめに声をかけてきた。


「あっ、柴田さんも一緒にどう?」


 遥が柴田に向かって、楽しそうに声をかけた。


「……えっ!?わ、私も……?」


「うん!せっかくだし!」


「……い、いえ……私は、見ているだけで十分です……」


 柴田は慌てて首を横に振った。


「えー!遠慮しなくていいのに!」


「……ふ、二人もいれば……十分だと思うので……」


 というか、背中を流すのに二人も必要なのかという疑問がある。


「……何してんの」


 そんな俺たちを見ていた佐々木が、呆れたように呟いた。


「あっ、佐々木さんもやろ?麻由ちゃんの洗いっこ!」


 遥が声をかける。


「……やだ」


「即答!?こういうときじゃないとできないスキンシップもあるんだよー?」


 遥が楽しそうに反論する。


「そうですわ!お友達同士の大切な交流ですもの!」


 麗奈も嬉しそうに頷いた。


「……背中を流すだけのわりに、転校生の身体にベタベタ触りすぎじゃない?」


「えへへ……バレちゃった?」


 ……否定しないのかよ!


 ……相変わらず佐々木はよく見てるな。さっきから会話に参加してないくせに、突っ込みだけは的確なんだよな……。


 ☆☆



 それからしばらくして、俺たちは再び湯船につかった。


「はあー!やっぱりお風呂って最高だね!」


「本当ですわね!皆さんとご一緒できて、とても嬉しいですわ!」


 麗奈と柴田も満足そうに微笑んでいる。


 俺も湯船に肩までつかりながら、ほっと息を吐いた。


 ……いやあ、楽しかった。


 最初はどうなることかと思ったけど、こうしてみんなでお風呂に入るのも悪くない。


 むしろ、かなり楽しい。


 ただ、少し気になることがあった。


 ……何だか、頭がぼーっとするな。


 さっきから身体が妙に熱い。最初はお湯のせいだと思っていたが、どうもそれだけではない気がする。


 そういえば、部屋で追加した酒も、まだ身体に残っているんだよな……。


「……転校生」


「ん……?」


 佐々木がこちらを見ていた。


「……顔、赤い」


「あ、あはは……ちょっと暑いかも……」


「……だから、長く入るなって」


「麻由さん?大丈夫ですの?」


 麗奈が心配そうに顔を覗き込んできた。


「う、うん……大丈夫……」


「麻由ちゃん、何かぼーっとしてない?」


 遥まで心配そうに声をかけてくる。


 俺は笑って答えようとしたが、その瞬間、視界がふわりと揺れた。


「……あれ?」


 ……まずい。これ、もしかして……。


「……のぼせた?」


 佐々木が淡々と尋ねてくる。


「……うん……たぶん……」


 俺は力なく頷いた。


「麻由さん!すぐに上がりましょう!」


「麻由ちゃん!しっかりして!」


「……だから言ったのに」


 麗奈と遥が慌てて声を上げる中、佐々木だけは妙に冷静だった。


 ……いや、本当にそのとおりです。


 酒が入った状態で、調子に乗って長風呂なんかするんじゃなかった。


 俺は二人に支えられながら、何とか湯船から出る。


 ……全国の三十五歳の男性の皆さん。


 先ほどは少々浮かれてしまいましたが、訂正させてください。


 女子高生に背中を流してもらった結果、のぼせて介抱されることになりました。


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