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酒を飲むと女子高生になる俺、35歳にして高校生活をやり直す  作者: ワグ
第三章:宿泊学習、何も起きないはずがない!
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第42話 無気力少女の料理が、金髪不良少女を黙らせました【挿絵あり】

 バスが学校を出発してから、しばらく経った頃。


「おお……結構立派なところだな」


 窓の外に見えてきた建物を眺めながら、俺は思わず声を漏らした。


 山々に囲まれた広い敷地の中に、三階建ての宿泊施設が建っている。周囲には芝生の広場や屋外炊事場らしき建物もあり、いかにも宿泊学習に使われそうな場所だった。


「麻由ちゃん!着いたよ!」


「うん、見えてるよ」


「ここに、あの女の人がいるんだよね……!」


 遥は窓に顔を近づけ、目を輝かせている。


 ……お前、宿泊学習より都市伝説のほうが楽しみになってないか?


 俺としては、ようやく到着したことに安堵したいところだが、むしろここからが本番である。


 何しろ、今夜はこの施設に泊まらなければならない。


 ……頼むから、何事もなく朝を迎えさせてくれよ。


 そんな俺の願いをよそに、バスは施設の玄関前へと到着した。


 ☆☆


「皆さん、ようこそお越しくださいました」


 玄関ホールに集まった俺たちを出迎えてくれたのは、六十代くらいの男性だった。


 短く整えた髪には白いものが交じっており、落ち着いた雰囲気の人である。


「私は当施設の館長を務めております。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 館長が丁寧に頭を下げると、俺たちも揃って挨拶を返した。


「それでは、館内の設備についてご説明いたします」


 館長は壁に掲示された館内図を指しながら、施設の説明を始めた。


 一階には食堂や研修室、二階と三階には宿泊室があり、大浴場は一階の奥にあるらしい。


 ほかにも消灯時間や非常口の場所など、宿泊するうえでの注意事項が続いた。


 俺も一応話を聞いていたのだが、途中から別のことが気になっていた。


「……ねえ、麻由ちゃん」


 隣の遥が、こっそり俺の袖を引っ張った。


「ん?」


「……あそこ、見て」


 遥が視線を向けた先には、ホールの端に並んでいる女性スタッフたちがいた。


 どうやら、館長の説明が終わるのを待っているらしい。


「あの人たち、みんな若くない?」


「……そうだね」


 確かに、見たところ二十代から三十代くらいの女性ばかりだ。


「もしかして、あの中に例の人がいるのかな?」


「さあ……」


 俺は改めてスタッフたちを眺めた。


 しかし、当然ながら誰が何歳なのかなんて、見た目だけでは分からない。


「……みんな若く見えるから、全然分かんないね」


「そうなんだよね……」


 遥は困ったように眉を寄せた。


「一人ずつ年齢を聞いて回るわけにもいかないし……」


「そりゃそうでしょ。失礼だよ」


「だよねえ……」


 そもそも、いきなり女子高生に年齢を尋ねられたら、スタッフの人だって困るだろう。


 ましてや、その理由が『何十年も年を取っていない人を探しています』では、完全に怪しい。


「とりあえず、今は説明を聞こうよ」


「うん。そうする!」


 遥は素直に頷いたものの、まだ少し気になるらしく、ちらちらとスタッフたちのほうを見ている。


 ……まあ、気になるのは分かるけどな。


 何十年も見た目が変わらない女性なんて、普通なら信じられない話だ。


 ただ、俺自身が常識では説明できない身体をしていることもあり、どうしても少し引っかかってしまう。



 ☆☆



 館内案内が終わると、次は屋外での調理実習だった。


 昼食として、班ごとにカレーライスを作ることになっていた。


「よーし!みんな、頑張ろう!」


 遥が元気よく声を上げた。


「ふふっ。楽しみですわね!」


 麗奈も嬉しそうに微笑んでいる。


 屋外炊事場には班ごとの調理台が並んでいた。先生から食材と調理器具を受け取り、俺たち五人も準備を始める。


「じゃあ、役割を決めようか」


 俺が声をかけると、麗奈が手を上げた。


「わたくし、お野菜を切ってみたいですわ!」


「うん、お願いしていい?」


「もちろんですわ!」


「私はお米を担当するよ。一人暮らしだから、こういうのは慣れてるし」


「まあ!頼もしいですわ!」


 ……米を炊くだけでそんなに褒められるとは。


 もっとも、炊飯器ではなく屋外での炊飯なので、いつもと勝手は違う。それでも、米を研いだり水加減を確認したりする作業は問題ない。


「じゃあ、私は野菜の皮むきやる!」


 遥が勢いよく手を上げた。


「……わ、私も……お手伝いします……」


 柴田も控えめに申し出てくれた。


 こうして作業が始まったのだが、早くも問題が発生した。


「……あれ?」


 遥がジャガイモを手に首を傾げている。


「あれれ?」


 ピーラーを動かすたびに、妙に厚く皮がむけてしまうのだ。


「……遥ちゃん、大丈夫?」


「だ、大丈夫!ちょっと慣れてないだけ!」


 ……本当か?


「……あ、あの……坂井さん……」


 隣にいた柴田がおずおずと声をかけた。


「……もう少し、ゆっくり動かすと……やりやすい、かも……」


「えっ、そうなの?」


「……は、はい……こんな感じで……」


 柴田は自分のジャガイモを使って、ゆっくりと手本を見せた。


「おおっ!柴田さん、すごい!」


「……い、いえ……そんな……」


「ちょっと教えて!私、こういうの苦手で!」


「……は、はい……」


 柴田は照れくさそうにしながらも、遥の隣で丁寧に教え始めた。


 ……いいじゃないか。


 最初は緊張してばかりだった柴田も、少しずつ班に馴染んできたようだ。


 一方、麗奈はまな板の前で真剣な顔をしていた。


「……こうして……こちらを……」


 包丁を握り、ニンジンを慎重に切っている。


 その様子を、佐々木が少し離れたところから黙って眺めていた。


「……麗奈ちゃん、大丈夫?」


「ええ!頑張りますわ!」


 麗奈はにっこりと笑った。


 成績優秀で、運動神経もそこそこいい麗奈だが、料理の経験はあまりないらしい。


 以前、家に遊びに来たときも、料理はまだ練習中だと言っていた。


 そのためか、包丁を握る手つきは少々危なっかしい。ニンジンを押さえる指が伸びているし、切る動作もぎこちなかった。


「麗奈ちゃん、指はもう少し丸めたほうが……」


「まあ、そうですのね!」


 麗奈が手元へ視線を戻した、そのときだった。


「あっ……!」


 小さな声とともに、包丁が止まった。


「麗奈ちゃん!?」


「……あら……」


 見ると、麗奈が指先を押さえていた。


 どうやら、少し切ってしまったらしい。


「大丈夫!?」


「まあ……少し切ってしまいましたわ……」


「ええっ!?白川さん、大丈夫!?」


 遥も慌てて駆け寄ってくる。


「……だ、大丈夫……ですか……?」


 柴田も心配そうに麗奈の手を見つめていた。


 幸い、大した傷ではなさそうだったが、麗奈は申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい。わたくし、まだまだ練習不足ですわね……」


「そんなことないよ。とりあえず、傷を洗おう」


 俺がそう言ったときだった。


「……はい」


 横から、すっと小さなものが差し出された。


 佐々木だった。


 その手には傷テープが握られている。


「……使えば」


「まあ……カレンさん?」


「……早く」


「あ、ありがとうございますわ!」


 麗奈が嬉しそうに受け取ると、佐々木はまな板の上のニンジンへ目を向けた。


「……下手くそ。そんな切り方じゃ、危ないわよ」


「……えっ?」


「……貸して。包丁」


 麗奈が手当てを済ませるのを待ち、佐々木は包丁を受け取った。


 そして。


 トントントントン。


「…………え?」


 思わず声が出た。


 佐々木の包丁が、驚くほど滑らかに動いている。


 ニンジンが均等な大きさに切り揃えられ、あっという間にまな板の端へ並んでいった。


「……こんな感じ」


「す、すごい……!」


 遥が目を丸くした。


「佐々木さん、料理できるの!?」


「……まあ、普通に」


 ……いやいや。


 今のは普通じゃないだろ。


「まあ!カレンさん、とてもお上手ですわ!」


「……別に」


 佐々木は興味なさそうに答えた。


 しかし、そのまま調理台を見回すと、次々に指示を出し始めた。


「……転校生。米、もう準備できてる?」


「あ、うん!」


「……じゃあ、火加減見といて。坂井はジャガイモ、もう少し小さく切って」


「えっ、私!?」


「……柴田、手伝ってあげて」


「……は、はい……!」


「……白川は無理しないで。そこの皿、並べといて」


「分かりましたわ!」


 ……何だ、この手際のよさ。


 さっきまでだるそうにしていた佐々木が、突然班の司令塔になってしまった。


 しかも、指示が的確である。


 野菜の大きさを揃え、肉を炒める順番を考え、鍋の火加減まで細かく確認している。


「……佐々木さん、料理得意なんだね」


「……別に。普通」


「いや、絶対普通じゃないって!」


「……うるさい、転校生」


 ……褒めてるんだけどなあ。


 それでも佐々木は作業の手を止めず、淡々と料理を進めていった。


 やがて鍋から、食欲をそそる香りが漂い始める。


「……いい匂い!」


「本当ですわね!」


 麗奈が嬉しそうに微笑んだ。


 佐々木は鍋の中を確認すると、少しだけ頷いた。


「……うん。これでいい」


 こうして、俺たちの班のカレーが完成した。


 ☆☆


「いただきまーす!」


 五人でテーブルを囲み、出来上がったカレーを食べ始めた。


 俺もスプーンで一口すくい、口へ運ぶ。


「…………っ!?」


 ……うまっ!


 思わず目を見開いた。


 野菜はちょうどいい柔らかさで、肉にも旨味がしっかり残っている。辛さもほどよく、全体の味が絶妙にまとまっていた。


「……おいしい!」


 遥も驚いている。


「まあ!とっても美味しいですわ!」


「……す、すごい……です……」


 麗奈と柴田も嬉しそうだった。


 当の佐々木はというと、何事もなかったようにカレーを食べている。


「佐々木さん、本当にすごいね」


「……大げさ」


「いや、これは大げさじゃないって!」


 そんなことを話していると、聞き覚えのある声が響いた。


「おーい!麗奈!」


 振り返ると、金髪の女子生徒がこちらへ歩いてきていた。


 白玲学園一年三組の七原愛である。


「七原さん!」


「よっ、花川!」


 七原は片手にカレーの皿を持ち、得意げな笑みを浮かべていた。


「どう?そっちの班、うまくできた?」


「うん!すっごく美味しいよ!」


「へえ、そうなんだ」


 七原はにやりと笑った。


「でもさ、あたしたちの班のカレーも相当うまいんだよね!」


「まあ!そうなんですの?」


「そう!何しろ、あたしがみんなに指示して作ったんだから!」


 七原は胸を張った。


「料理には結構自信あるんだよ。家でもやってるしさ!」


「へえ、七原さんも料理得意なんだ」


「まあね!ほら、一口食べてみなよ!」


 七原が皿を差し出したので、俺は自分のスプーンで少しだけいただいた。


「……あっ、美味しい!」


「でしょ!?」


 確かにうまい。野菜も柔らかく煮えているし、肉の旨味もしっかり出ている。


「すごいね、七原さん!」


「へへっ!まあ、これくらい当然だけどね!」


 七原は照れくさそうに笑い、今度は麗奈に皿を差し出した。


「麗奈も食べてみなよ!」


「まあ!よろしいんですの?」


 麗奈も自分のスプーンで一口食べると、ぱっと表情を輝かせた。


「まあ!とても美味しいですわ!」


「へへっ!そうでしょ!」


「愛さん、お料理もお上手だったんですのね!」


「も、って何よ!勉強だって料理だって、あたしはできるんだから!」


「ふふっ。存じておりますわ!」


 麗奈が微笑むと、七原は少し照れたように顔を逸らした。


 ……相変わらず仲がいいな、この二人。


「それで?そっちのカレーはどうなの?」


 七原が俺たちの皿へ目を向けた。


「あ、食べてみる?」


「もちろん!せっかくだし、味見してあげる!」


 ……何だか妙に上から目線だな。


 俺は苦笑しながら、カレーを小皿に取り分けて差し出した。


 七原は自信満々の表情でスプーンを手に取る。


「まあ、あたしたちのカレーには負けると思うけど……」


 そして、一口。


「…………」


 ぴたりと動きが止まった。


「……七原さん?」


「…………え?」


 七原はもう一度、カレーを見つめた。


 それから、再び一口食べる。


「…………は?」


 ……何だ、その反応。


「ど、どうしたの?」


「……何、これ」


 七原の表情がみるみる変わっていく。


「……めちゃくちゃ美味しいんだけど!?」


「でしょ?」


「いや、ちょっと待って!」


 七原は慌てて皿を見つめた。


「何で!?材料、ほとんど同じでしょ!?」


「うん、そうだと思うけど……」


「なのに、何でこんなに美味しいのよ!?」


 七原は信じられないという顔で、もう一度カレーを口に運んだ。


「……うっま……」


 ……素直だなあ。


 さっきまであんなに自信満々だったのに、すっかり動揺している。


「誰が作ったの!?花川!?」


「いや、みんなで作ったんだけどね」


「じゃあ、何でこんなに……」


「佐々木さんが司令塔になって、いろいろ指示してくれたんだよ」


「……佐々木?」


 七原が顔を上げた。


 その視線の先には、頬杖をついた佐々木が座っていた。


「……何?」


「…………っ」


 七原の肩がぴくりと跳ねた。


「……あ、あんたが指示したの?」


「……そうだけど」


「……そ、そうなんだ」


 ……あれ?


 さっきまであんなに威勢がよかったのに。


 佐々木は眠そうな目で七原を見つめた。


「……何か文句ある?」


「い、いや!ないけど!」


「……じゃあ、何?」


「……えっと……」


 七原は言葉に詰まり、視線を泳がせた。


 ……七原が押されてる!?


 あの金髪で制服を着崩し、不良っぽい雰囲気を全身から漂わせている七原が、佐々木の前ではすっかり大人しくなっている。


 佐々木は特に怒っているわけでもない。ただ、いつもの気だるそうな顔で見つめているだけだ。


 それなのに、妙な迫力があった。


「……そ、それにしても、料理うまいんだね……」


 七原が恐る恐る声をかける。


「……普通」


「そ、そうなんだ……」


 ……いや、普通じゃないから!


 俺は心の中で突っ込んだ。


 隣では遥が笑いをこらえているし、麗奈は不思議そうに二人を見比べている。


 どうやら、俺たちの班にはとんでもない料理上手がいたらしい。


 しかも、その料理の腕前以上に驚いたのは、あの七原をたった数言で大人しくさせてしまったことである。


 ……佐々木カレン。


 この子、もしかして俺たちが思っている以上に、すごい奴なんじゃないか?



挿絵(By みてみん)

このたび、投稿作品に挿絵を追加していくことにしました。

挿絵はAIを使用して生成したものとなります。


なお、挿絵を追加した話については、タイトルの末尾に【挿絵あり】と表記していきます。

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