第42話 無気力少女の料理が、金髪不良少女を黙らせました【挿絵あり】
バスが学校を出発してから、しばらく経った頃。
「おお……結構立派なところだな」
窓の外に見えてきた建物を眺めながら、俺は思わず声を漏らした。
山々に囲まれた広い敷地の中に、三階建ての宿泊施設が建っている。周囲には芝生の広場や屋外炊事場らしき建物もあり、いかにも宿泊学習に使われそうな場所だった。
「麻由ちゃん!着いたよ!」
「うん、見えてるよ」
「ここに、あの女の人がいるんだよね……!」
遥は窓に顔を近づけ、目を輝かせている。
……お前、宿泊学習より都市伝説のほうが楽しみになってないか?
俺としては、ようやく到着したことに安堵したいところだが、むしろここからが本番である。
何しろ、今夜はこの施設に泊まらなければならない。
……頼むから、何事もなく朝を迎えさせてくれよ。
そんな俺の願いをよそに、バスは施設の玄関前へと到着した。
☆☆
「皆さん、ようこそお越しくださいました」
玄関ホールに集まった俺たちを出迎えてくれたのは、六十代くらいの男性だった。
短く整えた髪には白いものが交じっており、落ち着いた雰囲気の人である。
「私は当施設の館長を務めております。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
館長が丁寧に頭を下げると、俺たちも揃って挨拶を返した。
「それでは、館内の設備についてご説明いたします」
館長は壁に掲示された館内図を指しながら、施設の説明を始めた。
一階には食堂や研修室、二階と三階には宿泊室があり、大浴場は一階の奥にあるらしい。
ほかにも消灯時間や非常口の場所など、宿泊するうえでの注意事項が続いた。
俺も一応話を聞いていたのだが、途中から別のことが気になっていた。
「……ねえ、麻由ちゃん」
隣の遥が、こっそり俺の袖を引っ張った。
「ん?」
「……あそこ、見て」
遥が視線を向けた先には、ホールの端に並んでいる女性スタッフたちがいた。
どうやら、館長の説明が終わるのを待っているらしい。
「あの人たち、みんな若くない?」
「……そうだね」
確かに、見たところ二十代から三十代くらいの女性ばかりだ。
「もしかして、あの中に例の人がいるのかな?」
「さあ……」
俺は改めてスタッフたちを眺めた。
しかし、当然ながら誰が何歳なのかなんて、見た目だけでは分からない。
「……みんな若く見えるから、全然分かんないね」
「そうなんだよね……」
遥は困ったように眉を寄せた。
「一人ずつ年齢を聞いて回るわけにもいかないし……」
「そりゃそうでしょ。失礼だよ」
「だよねえ……」
そもそも、いきなり女子高生に年齢を尋ねられたら、スタッフの人だって困るだろう。
ましてや、その理由が『何十年も年を取っていない人を探しています』では、完全に怪しい。
「とりあえず、今は説明を聞こうよ」
「うん。そうする!」
遥は素直に頷いたものの、まだ少し気になるらしく、ちらちらとスタッフたちのほうを見ている。
……まあ、気になるのは分かるけどな。
何十年も見た目が変わらない女性なんて、普通なら信じられない話だ。
ただ、俺自身が常識では説明できない身体をしていることもあり、どうしても少し引っかかってしまう。
☆☆
館内案内が終わると、次は屋外での調理実習だった。
昼食として、班ごとにカレーライスを作ることになっていた。
「よーし!みんな、頑張ろう!」
遥が元気よく声を上げた。
「ふふっ。楽しみですわね!」
麗奈も嬉しそうに微笑んでいる。
屋外炊事場には班ごとの調理台が並んでいた。先生から食材と調理器具を受け取り、俺たち五人も準備を始める。
「じゃあ、役割を決めようか」
俺が声をかけると、麗奈が手を上げた。
「わたくし、お野菜を切ってみたいですわ!」
「うん、お願いしていい?」
「もちろんですわ!」
「私はお米を担当するよ。一人暮らしだから、こういうのは慣れてるし」
「まあ!頼もしいですわ!」
……米を炊くだけでそんなに褒められるとは。
もっとも、炊飯器ではなく屋外での炊飯なので、いつもと勝手は違う。それでも、米を研いだり水加減を確認したりする作業は問題ない。
「じゃあ、私は野菜の皮むきやる!」
遥が勢いよく手を上げた。
「……わ、私も……お手伝いします……」
柴田も控えめに申し出てくれた。
こうして作業が始まったのだが、早くも問題が発生した。
「……あれ?」
遥がジャガイモを手に首を傾げている。
「あれれ?」
ピーラーを動かすたびに、妙に厚く皮がむけてしまうのだ。
「……遥ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫!ちょっと慣れてないだけ!」
……本当か?
「……あ、あの……坂井さん……」
隣にいた柴田がおずおずと声をかけた。
「……もう少し、ゆっくり動かすと……やりやすい、かも……」
「えっ、そうなの?」
「……は、はい……こんな感じで……」
柴田は自分のジャガイモを使って、ゆっくりと手本を見せた。
「おおっ!柴田さん、すごい!」
「……い、いえ……そんな……」
「ちょっと教えて!私、こういうの苦手で!」
「……は、はい……」
柴田は照れくさそうにしながらも、遥の隣で丁寧に教え始めた。
……いいじゃないか。
最初は緊張してばかりだった柴田も、少しずつ班に馴染んできたようだ。
一方、麗奈はまな板の前で真剣な顔をしていた。
「……こうして……こちらを……」
包丁を握り、ニンジンを慎重に切っている。
その様子を、佐々木が少し離れたところから黙って眺めていた。
「……麗奈ちゃん、大丈夫?」
「ええ!頑張りますわ!」
麗奈はにっこりと笑った。
成績優秀で、運動神経もそこそこいい麗奈だが、料理の経験はあまりないらしい。
以前、家に遊びに来たときも、料理はまだ練習中だと言っていた。
そのためか、包丁を握る手つきは少々危なっかしい。ニンジンを押さえる指が伸びているし、切る動作もぎこちなかった。
「麗奈ちゃん、指はもう少し丸めたほうが……」
「まあ、そうですのね!」
麗奈が手元へ視線を戻した、そのときだった。
「あっ……!」
小さな声とともに、包丁が止まった。
「麗奈ちゃん!?」
「……あら……」
見ると、麗奈が指先を押さえていた。
どうやら、少し切ってしまったらしい。
「大丈夫!?」
「まあ……少し切ってしまいましたわ……」
「ええっ!?白川さん、大丈夫!?」
遥も慌てて駆け寄ってくる。
「……だ、大丈夫……ですか……?」
柴田も心配そうに麗奈の手を見つめていた。
幸い、大した傷ではなさそうだったが、麗奈は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい。わたくし、まだまだ練習不足ですわね……」
「そんなことないよ。とりあえず、傷を洗おう」
俺がそう言ったときだった。
「……はい」
横から、すっと小さなものが差し出された。
佐々木だった。
その手には傷テープが握られている。
「……使えば」
「まあ……カレンさん?」
「……早く」
「あ、ありがとうございますわ!」
麗奈が嬉しそうに受け取ると、佐々木はまな板の上のニンジンへ目を向けた。
「……下手くそ。そんな切り方じゃ、危ないわよ」
「……えっ?」
「……貸して。包丁」
麗奈が手当てを済ませるのを待ち、佐々木は包丁を受け取った。
そして。
トントントントン。
「…………え?」
思わず声が出た。
佐々木の包丁が、驚くほど滑らかに動いている。
ニンジンが均等な大きさに切り揃えられ、あっという間にまな板の端へ並んでいった。
「……こんな感じ」
「す、すごい……!」
遥が目を丸くした。
「佐々木さん、料理できるの!?」
「……まあ、普通に」
……いやいや。
今のは普通じゃないだろ。
「まあ!カレンさん、とてもお上手ですわ!」
「……別に」
佐々木は興味なさそうに答えた。
しかし、そのまま調理台を見回すと、次々に指示を出し始めた。
「……転校生。米、もう準備できてる?」
「あ、うん!」
「……じゃあ、火加減見といて。坂井はジャガイモ、もう少し小さく切って」
「えっ、私!?」
「……柴田、手伝ってあげて」
「……は、はい……!」
「……白川は無理しないで。そこの皿、並べといて」
「分かりましたわ!」
……何だ、この手際のよさ。
さっきまでだるそうにしていた佐々木が、突然班の司令塔になってしまった。
しかも、指示が的確である。
野菜の大きさを揃え、肉を炒める順番を考え、鍋の火加減まで細かく確認している。
「……佐々木さん、料理得意なんだね」
「……別に。普通」
「いや、絶対普通じゃないって!」
「……うるさい、転校生」
……褒めてるんだけどなあ。
それでも佐々木は作業の手を止めず、淡々と料理を進めていった。
やがて鍋から、食欲をそそる香りが漂い始める。
「……いい匂い!」
「本当ですわね!」
麗奈が嬉しそうに微笑んだ。
佐々木は鍋の中を確認すると、少しだけ頷いた。
「……うん。これでいい」
こうして、俺たちの班のカレーが完成した。
☆☆
「いただきまーす!」
五人でテーブルを囲み、出来上がったカレーを食べ始めた。
俺もスプーンで一口すくい、口へ運ぶ。
「…………っ!?」
……うまっ!
思わず目を見開いた。
野菜はちょうどいい柔らかさで、肉にも旨味がしっかり残っている。辛さもほどよく、全体の味が絶妙にまとまっていた。
「……おいしい!」
遥も驚いている。
「まあ!とっても美味しいですわ!」
「……す、すごい……です……」
麗奈と柴田も嬉しそうだった。
当の佐々木はというと、何事もなかったようにカレーを食べている。
「佐々木さん、本当にすごいね」
「……大げさ」
「いや、これは大げさじゃないって!」
そんなことを話していると、聞き覚えのある声が響いた。
「おーい!麗奈!」
振り返ると、金髪の女子生徒がこちらへ歩いてきていた。
白玲学園一年三組の七原愛である。
「七原さん!」
「よっ、花川!」
七原は片手にカレーの皿を持ち、得意げな笑みを浮かべていた。
「どう?そっちの班、うまくできた?」
「うん!すっごく美味しいよ!」
「へえ、そうなんだ」
七原はにやりと笑った。
「でもさ、あたしたちの班のカレーも相当うまいんだよね!」
「まあ!そうなんですの?」
「そう!何しろ、あたしがみんなに指示して作ったんだから!」
七原は胸を張った。
「料理には結構自信あるんだよ。家でもやってるしさ!」
「へえ、七原さんも料理得意なんだ」
「まあね!ほら、一口食べてみなよ!」
七原が皿を差し出したので、俺は自分のスプーンで少しだけいただいた。
「……あっ、美味しい!」
「でしょ!?」
確かにうまい。野菜も柔らかく煮えているし、肉の旨味もしっかり出ている。
「すごいね、七原さん!」
「へへっ!まあ、これくらい当然だけどね!」
七原は照れくさそうに笑い、今度は麗奈に皿を差し出した。
「麗奈も食べてみなよ!」
「まあ!よろしいんですの?」
麗奈も自分のスプーンで一口食べると、ぱっと表情を輝かせた。
「まあ!とても美味しいですわ!」
「へへっ!そうでしょ!」
「愛さん、お料理もお上手だったんですのね!」
「も、って何よ!勉強だって料理だって、あたしはできるんだから!」
「ふふっ。存じておりますわ!」
麗奈が微笑むと、七原は少し照れたように顔を逸らした。
……相変わらず仲がいいな、この二人。
「それで?そっちのカレーはどうなの?」
七原が俺たちの皿へ目を向けた。
「あ、食べてみる?」
「もちろん!せっかくだし、味見してあげる!」
……何だか妙に上から目線だな。
俺は苦笑しながら、カレーを小皿に取り分けて差し出した。
七原は自信満々の表情でスプーンを手に取る。
「まあ、あたしたちのカレーには負けると思うけど……」
そして、一口。
「…………」
ぴたりと動きが止まった。
「……七原さん?」
「…………え?」
七原はもう一度、カレーを見つめた。
それから、再び一口食べる。
「…………は?」
……何だ、その反応。
「ど、どうしたの?」
「……何、これ」
七原の表情がみるみる変わっていく。
「……めちゃくちゃ美味しいんだけど!?」
「でしょ?」
「いや、ちょっと待って!」
七原は慌てて皿を見つめた。
「何で!?材料、ほとんど同じでしょ!?」
「うん、そうだと思うけど……」
「なのに、何でこんなに美味しいのよ!?」
七原は信じられないという顔で、もう一度カレーを口に運んだ。
「……うっま……」
……素直だなあ。
さっきまであんなに自信満々だったのに、すっかり動揺している。
「誰が作ったの!?花川!?」
「いや、みんなで作ったんだけどね」
「じゃあ、何でこんなに……」
「佐々木さんが司令塔になって、いろいろ指示してくれたんだよ」
「……佐々木?」
七原が顔を上げた。
その視線の先には、頬杖をついた佐々木が座っていた。
「……何?」
「…………っ」
七原の肩がぴくりと跳ねた。
「……あ、あんたが指示したの?」
「……そうだけど」
「……そ、そうなんだ」
……あれ?
さっきまであんなに威勢がよかったのに。
佐々木は眠そうな目で七原を見つめた。
「……何か文句ある?」
「い、いや!ないけど!」
「……じゃあ、何?」
「……えっと……」
七原は言葉に詰まり、視線を泳がせた。
……七原が押されてる!?
あの金髪で制服を着崩し、不良っぽい雰囲気を全身から漂わせている七原が、佐々木の前ではすっかり大人しくなっている。
佐々木は特に怒っているわけでもない。ただ、いつもの気だるそうな顔で見つめているだけだ。
それなのに、妙な迫力があった。
「……そ、それにしても、料理うまいんだね……」
七原が恐る恐る声をかける。
「……普通」
「そ、そうなんだ……」
……いや、普通じゃないから!
俺は心の中で突っ込んだ。
隣では遥が笑いをこらえているし、麗奈は不思議そうに二人を見比べている。
どうやら、俺たちの班にはとんでもない料理上手がいたらしい。
しかも、その料理の腕前以上に驚いたのは、あの七原をたった数言で大人しくさせてしまったことである。
……佐々木カレン。
この子、もしかして俺たちが思っている以上に、すごい奴なんじゃないか?
このたび、投稿作品に挿絵を追加していくことにしました。
挿絵はAIを使用して生成したものとなります。
なお、挿絵を追加した話については、タイトルの末尾に【挿絵あり】と表記していきます。




