第41話 何十年も若いままの女性?そんな人いるわけ……【挿絵あり】
バスが学校を出発してから、十分ほどが経った。
俺は窓際の席に座り、流れていく街並みをぼんやりと眺めていた。
「麻由ちゃん、楽しみだね!」
「うん、そうだね!」
隣では遥が朝から元気いっぱいだ。後ろの席には麗奈と柴田が座っており、二人の話し声が聞こえてくる。
ちなみに佐々木は、少し離れた席に一人で座っていた。窓に頬杖をつき、スマホを眺めている。
……相変わらずマイペースだな。
それにしても、バスの揺れが妙に心地いい。
今朝はいつもより一本多くビールを飲んできたせいで、まだ頭がふわふわしている。頬も少し熱いし、このまま眠ってしまいそうだ。
……いや、寝るのはまずい。
これから一泊二日の宿泊学習である。途中で元の姿に戻るようなことがあれば、楽しい思い出どころではなくなってしまう。
俺は足元のリュックをちらりと見た。
中には予備の飲み物が入っている。出発前の手荷物検査は何とか切り抜けたものの、これから先も油断はできない。
「……麻由ちゃん?」
「えっ?何?」
「何か難しい顔してるよ?」
「あはは、ちょっと考え事してただけ!」
「そっか!せっかくの宿泊学習なんだから、いっぱい楽しもうね!」
「うん!」
遥の笑顔につられて、俺も笑った。
そんなことを考えていると、通路の向こうから男子生徒の声が聞こえてきた。
「なあ、佐々木!」
見ると、男子二人が佐々木の席に近づいていた。
「……何?」
「隣、空いてるじゃん。座っていい?」
「……やだ」
即答だった。
「えっ、何で?」
「……一人がいいから」
「そんなこと言わずにさ!せっかくの宿泊学習なんだし、話そうぜ!」
「…………」
佐々木はスマホから目を離さない。
「佐々木って普段あんまり学校来ないだろ?だから俺、前から話してみたかったんだよね」
「……ふーん」
「それにさ、今日の髪、いつもよりいい感じじゃん!」
「……いつもと同じだけど」
「あ、そうなの?」
……おいおい。
どう見ても、あの男子は佐々木に気があるだろ。
まあ、気持ちは分からなくもない。佐々木はピンクがかった長いウェーブヘアに、整った顔立ちをした美人だ。気だるそうな雰囲気も、どこか大人っぽい。
「なあ、佐々木。宿泊施設に着いたら一緒に――」
「……ねえ」
「おっ、何?」
「……邪魔」
「…………え?」
「……そこに立たれると、落ち着かないんだけど」
男子の笑顔が固まった。
「い、いや、俺は別に……」
「……あと、眠い」
佐々木はそれだけ言うと、スマホをしまって窓のほうを向いた。
……強い。
あまりにも容赦がない。
「お、おう……じゃあ、またあとでな!」
「…………」
返事すらなかった。
男子二人は気まずそうに自分たちの席へ戻っていく。
「……すごいね、佐々木さん」
俺が小声で呟くと、遥がくすっと笑った。
「あはは、佐々木さんらしいね!」
「遥ちゃん、佐々木さんと仲いいの?」
「うーん、そんなに話したことはないけどね。でも、佐々木さんって結構人気あるんだよ!」
「へえ、そうなんだ」
「美人だし、あのクールなところが好きって男子もいるみたい!」
「なるほどねえ……」
確かに、ああいう素っ気ない態度がかえって魅力的に映る人もいるのだろう。
それにしても、あそこまではっきり断れるのは大したものだ。
……見習いたいような、見習いたくないような。
☆☆
しばらくすると、バスは街を離れ、緑の多い道へ入っていった。
後ろの席からは、麗奈と柴田の会話が聞こえてくる。
「萌さん、今回の宿泊学習では、どんなことを楽しみにしていらっしゃいますの?」
「……えっと……自然観察、でしょうか……」
「まあ!萌さんは自然がお好きなんですの?」
「……は、はい……植物の図鑑とか、よく読むので……」
「それは素敵ですわ!わたくしにも、色々教えてくださいまし!」
「……わ、私でよければ……」
柴田の声は相変わらず小さいが、少しずつ会話が弾んでいるようだ。
……いい感じじゃないか。
そんなことを考えていると、隣の遥が身を乗り出してきた。
「ねえねえ、麻由ちゃん!」
「ん?どうしたの?」
「実はね、今回の宿泊学習、私、すっごく楽しみにしてたんだ!」
「うん、それは朝から伝わってるよ」
「違うの!普通の宿泊学習としても楽しみなんだけど、それだけじゃないんだよ!」
「……それだけじゃない?」
遥はにやりと笑った。
「都市伝説研究部の血が騒ぐんだよ!」
「……都市伝説?」
なるほど。そういうことか。
遥は都市伝説研究部の部員で、俺を部活に誘ってくれた張本人でもある。こういう話題になると、いつも以上に元気になるのだ。
「麻由ちゃん、今回泊まる施設のこと、知ってる?」
「いや、詳しくは知らないけど……」
「実はね、あそこって何十年も前から白玲学園の宿泊学習に使われてる施設なんだって!」
「へえ、歴史があるんだね」
「そう!でもね、それだけじゃないんだよ!」
遥は少し声を落とした。
「その施設にはね……何十年も年を取らない女の人がいるらしいの!」
「…………え?」
思わず聞き返した。
「年を取らない?」
「そう!施設の従業員さんなんだけど、見た目は二十代くらいの若い女の人なんだって!」
「……それで?」
「その人、何十年も前からずっと同じ姿で働いてるらしいんだよ!」
……何だそりゃ。
「つまり、昔から働いてるのに、見た目が変わってないってこと?」
「そういうこと!普通に考えたらかなりの年配の方なのに、ずっと二十代くらいに見えるんだって!」
「……ただの美魔女じゃない?」
「そう思うでしょ!?」
遥は待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「でもね、これが都市伝説研究部で代々語り継がれてる有名な話なんだよ!」
「代々って、そんな昔から?」
「うん!高瀬部長たちも一年生のときにその施設へ行って、実際にその女の人を見たんだって!」
「へえ、そうなんだ」
「しかも、先輩たちが聞いた話だと、そのまた前の先輩たちも同じ人を見てるらしいの!」
「……なるほどね」
何世代にもわたって語り継がれているというわけか。
しかし、ここで一つ疑問が浮かんだ。
「……でもさ、遥ちゃん」
「何?」
「そもそも、誰が最初に年を取らないって気づいたの?」
「…………え?」
「だって、毎年宿泊学習に来る生徒は違うでしょ?一年生のときに見た女性が、何十年経っても同じ姿だなんて、普通は分からなくない?」
「……あっ、確かに!」
……おい、そこ考えてなかったのかよ。
「例えば、昔の卒業生が久しぶりに施設へ行って、当時と変わらない女性を見つけたとかなら分かるけどさ」
「うーん、そう言われると分からないけど……」
遥は少し考え込んだあと、あっけらかんと笑った。
「でも、都市伝説ってそういうものなんじゃないの?」
「……え?」
「誰が最初に言い出したのか分からないけど、いつの間にか広まってる。それが都市伝説ってものでしょ?」
「……まあ、確かに」
……いきなり冷めた発言すんなよ!
さっきまであんなに目を輝かせていたくせに、急に現実的なことを言い出しやがった。
「でもね、麻由ちゃん!だからこそ面白いんだよ!本当かどうか分からない話が、何十年も語り継がれてるんだから!」
「……なるほどね」
確かに、都市伝説というのはそういうものなのかもしれない。
ただ、何十年も見た目が変わらない女性という話は、にわかには信じがたい。
……なのに、何だろうな。
妙に引っかかる。何か大事なことを聞いたような、そんなもやもやした感覚が胸の奥に残っていた。
「麻由ちゃん?興味出てきた?」
「あ、うん……ちょっとね」
「でしょ!?」
すると、後ろの席から麗奈が声をかけてきた。
「お二人とも、何のお話をしていらっしゃるんですの?」
「あっ、白川さん!実はね、今回の宿泊施設に都市伝説があるんだよ!」
「都市伝説?」
「何十年も年を取らない女の人がいるんだって!」
「まあ!それは素敵ですわね!」
……素敵?
普通はもう少し驚くところじゃないのか?
「白川さん、怖くないの?」
「どうしてですの?いつまでも若々しくいられるなんて、とても羨ましいことではありません?」
「……ああ、そういう考え方もあるか」
麗奈らしい反応である。
すると麗奈は、何かを思い出したように首を傾げた。
「そういえば、その施設はお祖父様が理事長を務めていらした頃から、宿泊学習に利用していると伺ったことがありますわ」
「えっ!?本当!?」
遥が勢いよく振り返った。
「ええ。以前、お父様から聞いたことがありますの」
「じゃあ、やっぱり相当昔から使ってるんだ!」
「そうですわね。詳しいことは存じませんけれど……」
「白川さんのおじいちゃんが理事長だった頃からなら、もしかしてその女の人のことも知ってるかも!」
「……いや、さすがにそこまでは分からないんじゃない?」
「あっ、そっか!」
……この子、興奮すると話が飛ぶな。
「……あの……」
後ろから柴田の控えめな声が聞こえた。
「……その方って……本当に、同じ人なんでしょうか……?」
「そこなんだよ、柴田さん!」
遥が嬉しそうに答える。
「もし別人だったら、都市伝説の謎が解けるかもしれないでしょ!」
「……そ、そうですね……」
「でも、本当に同じ人だったらすごいよね!」
「……はい……ちょっと、不思議です……」
柴田も少し興味を持ったようだった。
俺は腕を組んで考えた。
何十年も見た目が変わらない女性。
常識的に考えれば、単なる噂話だろう。
……ただ、俺自身が常識から外れた身体をしているのも事実なんだよな。
そう思うと、簡単に否定する気にもなれなかった。
「よーし!」
遥が胸の前で拳を握った。
「今回こそ、この都市伝説を解明してみせる!」
「……今回こそって、遥ちゃんは初めてでしょ?」
「あっ、そうだった!」
……おい。
思わず笑ってしまった。
「でもね、麻由ちゃん!何十年も語り継がれてる都市伝説なら、今になって解明できることだってあると思わない?」
「……まあ、そうかもしれないね」
「昔の先輩たちが分からなかったことを、私たちが突き止めるんだよ!」
「ずいぶん気合い入ってるね」
「もちろん!都市伝説研究部の名にかけて!」
遥は得意げに胸を張った。
「まずは、その女の人に会ってみたいな!」
「会えるといいね」
「うん!それで、施設の人にも昔のことを聞いてみるの!」
「迷惑にならない程度にね」
「分かってるって!」
遥は元気よく頷いた。
「麻由ちゃんも協力してくれるよね?」
「えっ、私も?」
「もちろん!同じ都市伝説研究部の部員じゃん!」
「……まあ、そうだけど」
俺は苦笑した。
今回の宿泊学習では、自分の秘密を守るだけでも精いっぱいなのだ。そこへ都市伝説の調査まで加わるとなると、ますます気が休まらない。
「無理のない範囲ならね」
「やったー!」
遥が嬉しそうに声を上げる。
「ちょっと、遥ちゃん!声大きいって!」
「あっ、ごめん!」
前の席の男子が振り返り、何事かとこちらを見ていた。
遥は照れくさそうに笑い、ようやく座り直した。
俺は苦笑しながら窓の外へ目を向けた。何十年も年を取らない女性なんて、普通なら笑い飛ばしてしまうような話だが、なぜか妙に気になってしまう。
……まあ、今は自分の心配をするほうが先だよな。
そう自分に言い聞かせながら、俺は目的地へ向かって走るバスに揺られていた。




