第34話 都市伝説研究部は全員百合女子
翌日の放課後。
「麻由ちゃーん!準備できた?」
帰り支度をしていると、隣の席から坂井遥が顔をのぞかせてきた。
「うん。もう少しで終わるよ」
「じゃあ、終わったらすぐ行こ!先輩たち、もう部室で待ってると思うから!」
遥は朝からずっと楽しそうだった。
昨日の放課後、都市伝説研究部への入部届を提出し、正式に部員となった。その場で先輩たちから歓迎会を開こうという話が出て、今日の放課後に集まることになったのである。
まさか入部しただけで歓迎会まで開いてもらえるとは思わなかったが、三年生の先輩たちが引退すると、部員は遥と二人だけになる。それだけ新入部員を待ち望んでいたのだろう。
「……何だか、ちょっと緊張するね」
「えー!何で?」
「だって、私のためにわざわざ準備してもらうなんて、申し訳なくて……」
「そんなこと気にしなくていいって!先輩たちもすっごく喜んでたんだから!」
遥は笑いながら、こちらの手を取った。
「ほら、行こ!」
「う、うん」
手を引かれながら教室を出る。
生理が始まってから三日目になるが、今日もまだ終わっていない。下腹の重さは残っているものの、最初の日と比べればかなり楽になっていた。
ただ、相変わらず酒を飲まなくても麻由の姿のままで、気持ちもどこか落ち着いている。
昨日はクラスメイトたちから何度も雰囲気が違うと言われ、そのたびに恥ずかしい思いをした。今日も朝から何人かに同じことを言われている。
……そんなに変わっているのかな。
自分ではよく分からないまま、遥と一緒に部室へ向かった。
都市伝説研究部の扉を開けると、甘いお菓子の香りが漂ってきた。
「先輩たちー!麻由ちゃん連れてきました!」
「おっ、主役の登場だ!」
小野寺美咲先輩が元気よく手を振る。
中央の机には、クッキーやチョコレート、ポテトチップスなどが並べられていた。さらに小さなケーキまで用意されている。
壁には色紙で作った飾りが貼られ、その真ん中には『麻由ちゃん入部おめでとう!』と書かれた紙まであった。
「……わあ」
思わず声が漏れる。
「こんなに準備してくれたんですか?」
「もちろん!新入部員の歓迎会なんだから、これくらいしないとね!」
小野寺先輩が胸を張る。
その隣では、藤崎由紀先輩が紙コップを並べていた。
「……飾り、遥が頑張って作った」
「ちょっ、藤崎先輩!それ言わなくていいですって!」
「……昨日、ずっと切ったり貼ったりしてた」
「もう!恥ずかしいじゃないですか!」
遥が慌てて止めようとする。
改めて壁の飾りを見ると、色紙で作った小さな花がいくつも並んでいた。手作りらしい温かさがあって、何だか嬉しくなる。
「……ありがとう、遥ちゃん。すごくかわいいね」
「…………っ!」
遥はぴたりと動きを止めた。
「……遥ちゃん?」
「い、いや!喜んでもらえてよかった!」
そう言って顔を背ける。
何だか、遥まで恥ずかしがっているみたいだった。
「それじゃあ、花川さん。こちらへどうぞ」
高瀬真琴部長に勧められ、机の中央に用意された椅子へ腰を下ろした。
「改めて、都市伝説研究部へようこそ。昨日、入部届も受け取ったし、これで花川さんも正式な部員よ」
「はい。よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、高瀬部長は優しく微笑んだ。
「こちらこそ。これから一緒に楽しく活動していきましょうね」
「それじゃあ、さっそく始めよう!」
小野寺先輩が紙コップを持ち上げる。
「麻由ちゃんの入部を祝って、かんぱーい!」
「乾杯!」
全員でジュースの入った紙コップを合わせると、部室に明るい笑い声が広がった。
こうして、歓迎会が始まった。
最初は先日の調査の話で盛り上がった。
「あの女の子、結局どこに消えちゃったんだろうね」
遥がクッキーをかじりながら首を傾げる。
「そうね。見間違いだったとは思えないけれど、まだ分からないことが多いわ」
高瀬部長はそう言って、机の端に置かれた調査ノートへ目を向けた。
「次に調べるなら、もう少し安全な方法を考えないといけないわね」
「えー!また張り込みしないんですか?」
「美咲、あのとき一番怖がっていたでしょう」
「そ、それはそれ!これはこれ!」
「……帰ろうって言ってた」
藤崎先輩がぼそりと呟く。
「由紀だって言ってたじゃん!」
「……私は冷静な判断をしただけ」
「絶対嘘だー!」
そんなやり取りに、思わず笑ってしまった。
例の少女については、こちらにも気になることがある。水瀬先生との関係だ。
ただ、先生が何かを隠しているのは確かだし、勝手に話すわけにもいかない。今は先輩たちの話を聞いていることにした。
やがて調査の話が一段落すると、小野寺先輩がこちらを向いた。
「そういえばさ、麻由ちゃん」
「はい?」
「昨日から思ってたんだけど、何か雰囲気変わったよね?」
「……えっ」
思わず手が止まった。
昨日から何度も言われていることだったので、また少し恥ずかしくなる。
「この前の調査のときは、もっと堂々としてたじゃん?何ていうか、ちょっと大人っぽい感じでさ」
「……そうでしたか?」
「うん!でも今日は、すっごくおしとやか!」
小野寺先輩は楽しそうに笑う。
「何か、急にお嬢様っぽくなったっていうか!」
「……お嬢様、ですか?」
「そうそう!話し方も柔らかいし、仕草も上品だし!」
お嬢様なら麗奈のほうがずっと似合うと思うのだけれど、そんなことを言うのも何だか恥ずかしくて、曖昧に微笑んだ。
すると、藤崎先輩も小さくうなずいた。
「……確かに。今日の麻由ちゃんもかわいい」
「…………っ」
頬が熱くなる。
「……あ、ありがとうございます」
小さく頭を下げると、小野寺先輩が突然、机に身を乗り出した。
「ほら!今の!」
「……美咲、声が大きい」
「だって由紀!今の反応、めちゃくちゃかわいくない!?」
「……うん。かわいい」
「二人とも、花川さんが困っているでしょう」
高瀬部長が苦笑しながら注意する。
「でも、確かに今日の花川さんは、いつもとは違った可愛らしさがあるわね」
「……部長まで」
思わず小さな声が漏れた。
すると、小野寺先輩が楽しそうに笑った。
「いやいや、もちろん前の麻由ちゃんもかわいかったよ!あの堂々とした感じもすっごくよかったし!」
「……うん。大人っぽい麻由ちゃんも好き」
藤崎先輩が小さくうなずく。
「そうね。どちらも花川さんの魅力だと思うわ」
高瀬部長までそんなことを言うので、ますます顔が熱くなってしまった。
「……そ、そんなに褒められると、恥ずかしいです……」
「きゃー!またかわいい!」
「……美咲、落ち着いて」
三人がそろって笑い始める。
恥ずかしいけれど、嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、先輩たちがこんなふうに親しく接してくれることが、少し嬉しかった。
「ねえねえ、麻由ちゃんって付き合ってる人いるの?」
小野寺先輩が、今度はまったく別の質問をしてきた。
「……えっ?」
突然の話題に、持っていた紙コップを落としそうになる。
「恋人とかいないの?」
「……い、いませんけど」
「ええー!こんなにかわいいのに!?」
「……美咲。かわいいからって、恋人がいるとは限らない」
藤崎先輩が冷静に指摘する。
「そりゃそうだけどさ!もったいなくない?」
「……もったいない、ですか?」
「だって、こんなかわいい子が誰とも付き合ってないなんて!」
小野寺先輩はそう言うと、こちらの手を両手で包み込んだ。
「でもさ、麻由ちゃん。もし付き合うなら、男の子より女の子のほうがよくない?」
「……えっ?」
思いがけない言葉に、目を丸くする。
「だって女の子ってかわいいし、優しいし、一緒にいて楽しいじゃん!男の子と付き合うより、絶対いいと思うんだよね!」
「……美咲は昔からそう言ってる」
藤崎先輩が小さくうなずいた。
「……でも、私も同意見」
「藤崎先輩も、ですか?」
「……うん。女の子のほうが好き」
あまりに自然な返事だったので、どう答えればいいのか分からなくなってしまった。
「……そうなんですね」
「そうそう!だから麻由ちゃんも、男の子に取られちゃ駄目だよ!」
「……と、取られるって……」
思わず頬が熱くなる。
すると、高瀬部長が苦笑しながら口を開いた。
「美咲、そういうことは本人が決めることよ」
「えー!部長だって女の子のほうが好きじゃないですか!」
「そ、それは……」
高瀬部長は少し言葉に詰まったあと、眼鏡を直した。
「……まあ、私も付き合うなら女の子のほうがいいとは思っているけれど」
「ほらー!」
「でも、花川さんに押しつけるのは違うでしょう?」
「はーい」
小野寺先輩が笑いながら返事をする。
どうやら、三人とも女の子のほうが好みらしい。
こんなふうに恋愛の話をする機会はあまりなかったので、何だか不思議な気分だった。
「麻由ちゃんはどうなの?男の子と女の子、どっちが好き?」
「……わ、私ですか?」
「うん!」
三人の視線が一斉に集まる。
突然そんなことを聞かれても、すぐには答えられなかった。
男として暮らしていた頃は、もちろん女性に惹かれることが多かった。けれど、今の姿になってからは、恋愛について深く考えたことがない。
それに、今日はどうにも恥ずかしくて、そういう話をするだけで胸が落ち着かなくなる。
「……えっと、まだよく分からなくて……」
小さな声で答えると、小野寺先輩がにっこり笑った。
「そっか!じゃあ、これからゆっくり考えればいいよ!」
「……はい」
ほっとしたところで、藤崎先輩がこちらをじっと見つめてきた。
「……でも、麻由ちゃんは女の子に好かれそう」
「……そうでしょうか?」
「……うん。すごく」
藤崎先輩はそう言うと、そっとこちらの髪に目を向けた。
「……髪、きれい」
「ありがとうございます」
「……触ってもいい?」
「……はい。少しなら」
許可すると、藤崎先輩は髪の先を指で軽くなでた。
「……さらさら。気持ちいい」
「ちょっと由紀!あたしも触りたい!」
小野寺先輩まで隣へやってきた。
「麻由ちゃん、いい?」
「……は、はい」
「わあ!本当にきれい!何のシャンプー使ってるの!?」
「普通の市販のものですけど……」
「嘘でしょ!?あたしもそれ使いたい!」
二人に髪を褒められ、何だかますます恥ずかしくなってしまう。
けれど、先輩たちは本当に楽しそうだった。
「二人とも、そのくらいにしてあげなさい」
高瀬部長が苦笑しながら近づいてくる。
「花川さん、困ってしまうでしょう?」
「……あ、いえ。大丈夫です」
「そう?でも、嫌なことがあったら遠慮なく言ってね」
「……はい。ありがとうございます」
そう答えると、高瀬部長は優しく微笑んだ。
そして、そっと頭をなでてくれた。
「これからよろしくね、花川さん」
「……はい」
優しい手つきに、思わず頬が緩む。
すると、小野寺先輩が声を上げた。
「あー!部長だけずるい!」
「……真琴、抜け駆け」
「ちょっと、あなたたち!」
三人が楽しそうに言い合う姿を見て、思わず笑ってしまった。
こんなふうに先輩たちからかわいがってもらえるなんて、少し前までは想像もしていなかった。
すると、隣にいた遥が小さく頬を膨らませた。
「……むう」
「……遥ちゃん?」
「先輩たちばっかり、ずるい」
「……えっ?」
遥は椅子をこちらへ寄せると、そっと腕に抱きついてきた。
「麻由ちゃんは私が連れてきたんだからね!」
「……は、遥ちゃん?」
「私だって麻由ちゃんのこと、すっごくかわいいって思ってるもん!」
突然のことに、顔が熱くなる。
「……あ、ありがとう……」
「それに、私も男の子より女の子のほうが好きだし!」
「……遥ちゃんも?」
「うん!だって女の子同士のほうが絶対楽しいじゃん!かわいい子と一緒にいると幸せだし!」
遥はそう言って、嬉しそうにこちらの腕へ頬を寄せた。
「だから、麻由ちゃんが入部してくれて本当に嬉しいんだ!」
「……そ、そうなんだ……」
何だか、胸の奥がくすぐったくなる。
先輩たちも遥も、みんな女の子が好きらしい。
それ自体は別に不思議なことではないのだけれど、まさか部員全員が同じ好みだとは思わなかった。
「遥、あなたまで何をしているの!」
高瀬部長が呆れた声を上げる。
「だって先輩たち、麻由ちゃんばっかりかわいがるんですもん!」
「……遥、独占欲が強い」
「ち、違いますよ!」
「……顔、赤い」
「藤崎先輩!」
遥が慌てて言い返すと、小野寺先輩が楽しそうに笑った。
「いやあ、いいねえ!新入部員が来ただけで、こんなに賑やかになるなんて!」
「……そうね。これから楽しくなりそうだわ」
高瀬部長も、どこか嬉しそうだった。
遥に腕を抱かれたまま、部室の中を見渡す。
都市伝説研究部。
怪談や不思議な噂を調べる、少し変わった部活動。
そんな場所で、こんなふうに歓迎してもらえるなんて思ってもいなかった。
「……麻由ちゃん?」
遥がこちらを見上げてきた。
「……何?」
「これからも、ずっと一緒に部活やろうね!」
その笑顔は、先ほどまでの騒ぎが嘘のようにまっすぐだった。
思わず頬が緩む。
「……うん。よろしくね、遥ちゃん」
そう答えると、遥は一瞬固まり、それからますます強く腕にしがみついてきた。
「……やっぱり今日の麻由ちゃん、かわいすぎる!」
「……は、遥ちゃん……!」
「遥!抜け駆け禁止!」
「……私も混ぜて」
「あなたたち、いい加減にしなさい!」
先輩たちの声が飛び交い、部室は再び笑いに包まれた。
……何だか、すごい部活に入ってしまった気がする。
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、こんなに賑やかな場所に自分の居場所ができたことが、少し嬉しい。
ただ、ひとつだけ気になることがある。
都市伝説研究部の部員は、どうしてみんな女の子のほうが好きなのだろう。
……これも、都市伝説のひとつだったりするのかな。




