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第28話 都市伝説研究部の調査対象が、どうにも他人事じゃない

 放課後。


「ふぅ……今日も充実した一日だった」


 最後の授業が終わり、俺は自分の席で大きく伸びをした。


 白玲学園に通い始めてから、毎日が驚くほど充実している。授業を受け、休み時間にはクラスメイトと話し、昼休みには麗奈と一緒に弁当を食べる。そんな何気ない時間が、今の俺には新鮮で楽しかった。


 もっとも、問題がないわけではない。


 今日も体育の授業があったのだが、やはり身体を動かすと少し気分が悪くなってしまった。


 初日の千メートル走では無理をして吐いてしまったため、今回は最初から自分の体調に合わせて動くことにした。幸い、今日はそれほど激しい運動ではなかったので、何とか最後まで参加できた。


 ……まあ、途中で何度か胃のあたりがむかむかしたけどな。


 吐かなかっただけでも進歩である。


 とはいえ、体育のたびに気分が悪くなるようでは困る。まだまだ課題は多そうだ。


「花川さん、今日の体育は大丈夫だった?」


 教科書を鞄へしまっていると、隣の席の女子生徒が声をかけてきた。


「あ、うん。今日は何とか平気だったよ」


「よかった。最初の日、すごく具合悪そうだったから心配してたんだ」


 肩のあたりまで伸びた茶色の髪に、親しみやすい笑顔。明るくて話しかけやすい雰囲気の女の子である。


 そういえば、この子には転入初日から何度も話しかけてもらっている。授業の合間にも、健康診断から戻ってきたときにも、何かと気にかけてくれていた。


 ……ところで。


 この子、名前なんだっけ?


 いや、そもそも自己紹介してもらった覚えがないぞ。


 初日は大勢のクラスメイトに囲まれたし、そのあともいろいろあった。名前を聞く機会がなかっただけなのかもしれない。


「あのさ、ちょっと聞いてもいい?」


「うん?何?」


「その……今さらで申し訳ないんだけど、名前、教えてもらってもいいかな?」


 思い切って尋ねると、彼女は一瞬きょとんとしたあと、楽しそうに笑った。


「あははっ!そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったかも!」


「ご、ごめんね!何度も話しかけてもらってるのに!」


「いいよいいよ。花川さん、転入してからいろんな子に囲まれてたもんね。覚える名前も多いだろうし、仕方ないよ」


 どうやら本当に気にしていないらしい。


「私は坂井遥(さかいはるか)。よろしくね!」


「坂井遥さん……うん、覚えた!改めてよろしくね、坂井さん!」


「こちらこそ!あっ、でもさ」


 坂井さんは何かを思いついたように、人差し指を立てた。


「せっかくだから遥ちゃんって呼んでよ!私も麻由ちゃんって呼ぶから」


「えっ?いいの?」


「もちろん!そっちのほうが友達っぽいでしょ?」


「じゃあ……遥ちゃん?」


「うん!よろしくね、麻由ちゃん!」


 ……コミュ力高いなあ。


 ついさっき名前を知ったばかりなのに、もう下の名前で呼び合うことになってしまった。


「そういえば、麻由ちゃんって部活どうするの?」


「部活?」


「うん。まだどこにも入ってないでしょ?」


「ああ、そういえば……」


 言われて初めて気がついた。


 高校生活といえば部活動も大切な要素である。せっかくもう一度学生生活を送れるのだから、何かやってみるのも悪くない。


 ただし、運動部は難しいだろう。今の俺が毎日走り込みでもさせられたら、それこそ身体がもたない。


「運動部はちょっと厳しいかなあ。あんまり体力に自信がなくて」


「やっぱり?今日も体育で少し休んでたもんね」


「うん。文化部なら考えてもいいかも」


「だったら、ちょうどいい部活があるんだよ!」


 遥の目が急に輝いた。


「実は私、都市伝説研究部に入ってるんだけどさ!」


「……都市伝説研究部?」


「そう!学校の七不思議とか、町で噂になってる不思議な話とか、そういうのを調べる部活なの!」


「へえ、面白そうだね」


 都市伝説研究部。


 なんとも高校らしいというか、漫画に出てきそうな部活である。


「それでね、今ちょっと困ってるんだよ」


「困ってる?」


「うちの部活、今は四人しかいないの。三年生が三人と、一年生が私一人」


「えっ?二年生はいないの?」


「いないんだよねえ。しかも、三年生の先輩たちは受験があるから、もうすぐ引退しちゃうの」


 ……なるほど。


「つまり、先輩たちが引退したら遥ちゃん一人になっちゃうってこと?」


「そうなの!このままだと部員が足りなくて、部活を続けられなくなるかもしれないんだよ!」


 遥は困ったように眉を下げた。


「だから今、新入部員を探してるんだけど、なかなか興味を持ってくれる子がいなくてさ。麻由ちゃんも一回見学に来てくれないかな?」


 なるほど。勧誘だったのか。


 もっとも、俺としても少し興味はある。ただ、放課後まで毎日活動するとなると、帰宅時間の問題がある。今の姿でいられる時間には限りがあるのだ。


「じゃあ、入部するかどうかは別として、とりあえず話だけ聞いてみようかな」


「本当!?やったあ!じゃあ、さっそく行こう!」


 遥は嬉しそうに立ち上がった。


 ……おいおい、行動が早いな。


 俺は苦笑しながら鞄を持ち、彼女のあとについて教室を出た。


 案内されたのは、校舎の端にある小さな部室だった。


 扉には『都市伝説研究部』と書かれた紙が貼ってある。


「先輩たち!見学の子を連れてきました!」


 遥が扉を開けると、中には三人の女子生徒がいた。


 中央の机にはノートや雑誌、学校周辺の地図などが広げられている。壁には新聞記事の切り抜きも貼られており、思っていた以上に研究部らしい雰囲気だった。


「あら、いらっしゃい」


 最初に立ち上がったのは、長い黒髪を後ろでまとめた眼鏡の女子生徒だった。


「私は三年の高瀬真琴(たかせまこと)。この部の部長をしているわ」


「一年二組の花川麻由です。よろしくお願いします!」


「こちらこそ。見学に来てくれてありがとう」


 続いて、ショートカットの活発そうな先輩が手を振ってきた。


「あたしは小野寺美咲(おのでらみさき)!よろしくね!」


「よろしくお願いします!」


「いやあ、遥ちゃんが連れてくるっていうから、どんな子かと思ったら、すっごい美人じゃん!」


「えっ!?そ、そんなこと……」


「あるある!ねえ、由紀?」


 小野寺先輩が隣を見ると、机に向かっていたもう一人の女子生徒が顔を上げた。


「……うん。きれいな子だね」


 肩までの黒髪に、少し眠そうな目をした先輩だった。


「三年の藤崎由紀(ふじさきゆき)。よろしく」


「よろしくお願いします!」


 三人とも、ずいぶん雰囲気が違うなあ。


 真面目そうな部長に、明るい先輩。そして物静かな先輩。なかなか個性的な顔ぶれである。


「それで花川さん。都市伝説には興味があるのかしら?」


 高瀬部長が尋ねてきた。


「詳しいわけじゃないんですけど、不思議な話は結構好きです」


「そう。それなら楽しめると思うわ。活動は主に噂の収集や資料の整理、ときどき現地調査もするの」


「へえ、面白そうですね」


「ちょうど今も、気になる噂を調べているところなのよ」


 高瀬部長は机の上の資料を指さした。


「最近、この町で妙な目撃情報があるの」


「妙な目撃情報?」


「深夜のコンビニに現れる、小さな女の子の話よ」


「……え?」


 俺は思わず顔を上げた。


 深夜のコンビニ。小さな女の子。


 ……何だろう。妙に聞き覚えのある話だな。


「その子、見た目は小学生くらいなんだって」


 小野寺先輩が説明を続けた。


「なのに、夜遅くに一人でコンビニに来て、大量のお酒を買っていくらしいの」


「……お酒、ですか?」


「そう。しかも一度だけじゃなくて、何回か目撃されてるみたい」


 俺は少し考えた。


 小学生くらいに見える女の子が、深夜に大量の酒を買う。


 ……ああ、そうか。


 この前、俺もコンビニでそんな女の子を見かけたな。


 確か、店員が年齢確認をしていたっけ。ずいぶん幼く見えたから、印象に残っている。


 もっとも、同じ人物かどうかは分からない。世の中には年齢より若く見える人もいるし、似たような話が偶然重なっただけかもしれない。


「それで、不思議なのはここからなの」


 高瀬部長が少し声を落とした。


「その少女を見かけた人が、気になってあとを追ってみたことがあるらしいんだけど……」


「あとを?」


「ええ。ところが、途中で突然姿が見えなくなってしまったそうなの」


「……行方不明になったってことですか?」


「そこまでは分からないわ。ただ、さっきまで前を歩いていたはずなのに、気づいたらどこにもいなかったんですって」


 高瀬部長は地図の一か所を指さした。


「しかも、そのあたりは見通しのいい道なの。だから、どうして見失ったのか分からないそうよ」


「へえ……」


 確かに不思議な話ではある。


 ただ、途中でどこかの建物に入っただけかもしれないし、目撃者が少し目を離した隙に別の道へ曲がった可能性だってある。


 噂というのは、誰かに話すたびに少しずつ大げさになるものだ。


「どう?気になるでしょ?」


 遥が楽しそうに尋ねてきた。


「うん。なかなか面白いね」


「でしょ!?それでね、今度みんなで詳しく調べてみようって話になってるんだ!」


「なるほどねえ」


 俺は改めて机の上の資料を眺めた。


 深夜のコンビニ。大量の酒を買う、小さな少女。そして、途中で姿が見えなくなるという噂。


 何とも奇妙な組み合わせである。


「ただ、今回はちょっと困ったことがあってね」


 高瀬部長が腕を組んだ。


「目撃されるのが深夜ばかりなの。だから、実際に調べようと思うと、どうしても遅い時間になってしまうのよ」


「深夜、ですか?」


「ええ。もちろん、無理にとは言わないわ。私たちも安全面には気をつけるつもりだけど、夜の調査は慎重に考えないといけないから」


 なるほど。高校生が深夜に出歩くとなれば、いろいろ問題もあるだろう。


 もっとも、俺の場合は少し事情が違う。


 夜になれば、いつもの男の姿に戻っている可能性が高い。そうなれば、女子高生として参加することはできない。


「それでね、麻由ちゃん」


 遥がこちらへ身を乗り出した。


「この調査、私も行ってみようと思ってるんだけど、麻由ちゃんも一緒にどう?」


「えっ?私も?」


「うん!見学の延長ってことでさ。実際に活動してみたほうが、部活の雰囲気も分かると思うんだ」


 ……いや、ちょっと待て。


 深夜の調査だぞ?


 今の俺が参加するには、いろいろと準備が必要になる。


 そもそも、まだ入部するかどうかも決めていないのに。


「もちろん、無理なら断ってくれていいからね」


 遥はそう言いながらも、期待に満ちた目を向けてくる。


 ううむ。


 こういう目をされると弱いんだよなあ。


 それに、あのコンビニの少女については俺も少し気になっている。


 もし本当に同じ人物なら、もう一度見かけることがあるかもしれない。


 ……まあ、実際に行くかどうかは、詳しい予定を聞いてから考えればいいか。


「……うん。じゃあ、私も行ってみようかな」


「本当!?やったあ!」


 遥が嬉しそうに声を上げた。


 高瀬部長も微笑み、小野寺先輩は「これで賑やかになるね!」と喜んでいる。


 ……あれ?


 何だか、もう参加が決まったみたいな雰囲気になってないか?


「詳しい日時や場所は、これから相談して決めましょう」


 高瀬部長がそう言ったところで、俺はようやく自分が何を了承したのか実感した。


 深夜の都市伝説調査。


 しかも、調べる相手は大量の酒を買う謎の少女である。


 ……おいおい。


 ……まさか、酒を飲まないと女子高生でいられない俺が、酒を買う謎の少女を調査することになるとは。


 調べる側と調べられる側、どう考えても俺のほうが怪しいだろ。

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