第27話 金髪不良少女、実は学年二位でした
「……よし、八十七点か」
返ってきた答案用紙を眺めながら、俺は満足げにうなずいた。
先ほどの数学の授業で、抜き打ちテストの結果が返却されたのだ。
テストが行われたのは先日のこと。中間テストが終わり、期末テストまではまだ時間がある。生徒たちがすっかり気を抜いていたところへ、永井先生が突然テスト用紙を配り始めたのである。
しかも、学年全員が対象という本格的なものだった。
今回の平均点は六十九点。それに対して、俺は八十七点である。
高校を卒業してから随分と時間が経っていることを考えれば、なかなか立派な点数ではないだろうか。
昔の俺は数学が特別得意だったわけではない。社会人になってからは複雑な計算なんてほとんどしていなかったし、久しぶりに教科書を開いたときには、公式を思い出すだけでも苦労したものだ。
それでも、授業は毎回真面目に聞いている。その成果が出たというわけだ。
「ふふん。やればできるじゃないか、俺」
小さく呟きながら答案用紙を見直していると、隣から声をかけられた。
「麻由さん、テストはいかがでしたの?」
顔を上げると、麗奈がにこやかに立っていた。
「あ、麗奈ちゃん。私は八十七点だったよ」
「まあ!素晴らしいですわ!」
「ありがとう。平均点より結構高かったし、まずまずかな」
「ええ。今回は少し難しい問題もございましたもの。とてもよい点数だと思いますわ」
麗奈は自分のことのように喜んでくれた。
この子は本当にいい子だ。成績が優秀だからといって他人を見下したりしないし、誰かが頑張ったことを素直に褒められる。
「そういえば、麗奈ちゃんは何点だったの?」
「わたくしは百点でしたわ」
「……百点?」
「はい。今回は全部正解できましたの」
あまりにも普通に答えられたので、思わず聞き返してしまった。
麗奈が見せてくれた答案用紙には、見事なまでに丸が並んでいる。右上には赤い文字で大きく『100』と書かれていた。
「うわあ、すごい!満点じゃん!」
「ありがとうございます。授業で習ったところを復習できておりましたので」
麗奈は嬉しそうに微笑んだ。
別に自慢しているわけではない。ただ、聞かれたから答えただけなのだろう。
それにしても、さすが学年トップの優等生である。
そんなことを考えていると、教室の入り口から聞き覚えのある声が響いた。
「おーい、麗奈!いるー?」
振り返ると、金髪の少女が立っていた。
七原愛である。
明るい金髪に、少し着崩した制服。相変わらず、いかにも不良少女といった格好だ。
「あっ、七原さん!」
「おっ、花川もいたんだ。ちょうどよかった!」
七原は俺に軽く手を振ると、遠慮する様子もなく教室へ入ってきた。
「愛さん、どうかなさいましたの?」
「ふふん。麗奈、数学のテスト返ってきたんでしょ?」
「ええ。先ほど返却されましたわ」
「やっぱりね。うちのクラスは昨日返ってきたんだけどさ、二組は今日だって聞いてたから」
七原はそこで意味ありげに笑った。
「実は、ずっと待ってたんだよねえ」
「何を?」
俺が尋ねると、七原は鞄から一枚の紙を取り出した。
「これを見せるのを!」
勢いよく広げられたのは、数学の答案用紙だった。
右上には、大きく『98』と書かれている。
「……えっ?九十八点!?」
「ふっふっふ。どうよ!」
七原は得意げに胸を張った。
「今回のテスト、結構難しかったらしいじゃん?でも、あたしにかかればこんなもんよ!」
「すごいじゃん!ほとんど満点じゃない!」
「でしょ?別に勉強なんかしなくても余裕なんだけどね!」
七原は金髪をかき上げ、自信満々といった表情を浮かべた。
……いや、待て待て。
この子、こんなに頭よかったのか?
初めて会ったときは校舎裏で授業をサボっていたし、健康診断をサボった理由も『カッコいいから』だったはずだ。
それなのに九十八点?
俺の学力をはるかに越えている……。
「七原さん、すごいね……」
「まあね!これくらい当然っていうか?」
七原はますます得意げになった。
そして、ちらりと麗奈へ視線を向ける。
「で?麗奈は何点だったの?」
「わたくしは百点でしたわ」
「…………は?」
七原の笑顔が固まった。
「……今、何点って?」
「百点ですわ」
七原は麗奈の答案用紙を見た。そして、もう一度自分の答案用紙を見る。
「うそでしょ!?満点!?ちょっと待ってよ!今回めちゃくちゃ難しかったじゃん!最後の問題なんか、絶対みんな間違えると思ってたのに!」
「あの問題は少し複雑でしたわね」
「そうでしょ!?あたし、あそこだけ間違えたんだよ!」
七原は悔しそうに答案用紙を握りしめた。
さっきまでの余裕はどこへ行ったのやら。
「うぅ……今回こそ勝てると思ったのに!」
「愛さんも九十八点なんて素晴らしいですわ」
「うるさい!一番が偉そうに褒めるなー!」
「まあ……」
麗奈は困ったように瞬きをした。
しかし、怒った様子はまったくない。むしろ、七原の悔しがる姿を見て、どこか懐かしそうに微笑んでいる。
「ふふっ。愛さんは相変わらずですわね」
「何がよ!」
「昔から、何事にも一生懸命でしたもの」
「べ、別にそんなことないし!」
そういえば、この二人は中学校からの知り合いだったな。
「そういえば麗奈ちゃん、七原さんって昔から勉強できたの?」
「ええ。愛さんはとても優秀な方ですわ。先日の中間テストでも、学年二位でしたもの」
「……へえ、学年二位……」
俺は何気なくうなずいた。
そして、数秒遅れて意味を理解する。
「えっ!?学年二位!?」
「何よ!あたしが二位じゃ悪い!?」
「いや、悪くないけど!そんなに頭よかったんだ!」
「失礼なやつだなあ、花川は!」
七原は頬を膨らませた。
……驚いた。
白玲学園といえば、勉強のレベルも高い名門校である。その中で二位ということは、相当な実力の持ち主じゃないか。
「ちなみに、一位は……」
俺が麗奈を見ると、彼女は小さくうなずいた。
「おかげさまで、わたくしでしたわ」
「なるほどね……」
ようやく話が見えてきた。
七原は成績優秀な麗奈をライバル視しているらしい。
「だいたいさあ、麗奈は何でもできすぎなんだよ!」
七原は腕を組み、不満そうに言った。
「勉強できるし、家は金持ちだし、先生からも信頼されてるし!おまけに見た目までお嬢様って感じでさ!」
「そ、そんなことありませんわ」
「あるの!中学校の頃からずっとそうだったじゃん!」
七原はそこで、ふいに口を尖らせた。
「あたしだって、結構頑張ってたんだけどなあ……」
その声は、さっきまでより少し小さかった。
「テストでいい点取っても、結局みんな麗奈の話ばっかりするし。あたしなんか、いつも二番目だったしさ」
「愛さん……」
「別に、麗奈が悪いって言ってるわけじゃないけど!」
七原は慌てて付け加えた。
なるほどなあ。
勉強で頑張っても、その上にはいつも麗奈がいる。周囲の注目は学年一位に集まり、二位の自分はなかなか話題にならない。
だからといって、学年二位だって十分すごいと思うんだけどな。
「でもさ、今はちょっと違うんだよね」
七原はそう言うと、金髪を指先でくるくると巻いた。
「最近は廊下歩いてるだけで、結構みんな振り返るし。三組でもあたしのこと知らないやつ、ほとんどいないんじゃないかな」
「確かに、七原さんって目立つもんね」
「でしょ?」
七原は満足そうに笑った。
俺はそんな彼女の姿を改めて眺めた。
金髪に、着崩した制服。授業をサボって校舎裏でくつろいでいたかと思えば、数学では九十八点を取ってくる。
中学校では真面目な優等生だったという話だし、今の姿とはずいぶん印象が違う。
……もしかして。
勉強ではどうしても麗奈が目立ってしまうから、別のところで注目されようとしているのだろうか。
高校に入ってから急に不良っぽい格好を始めたのも、そう考えると妙に納得できる。
もちろん、本人に聞いたところで素直に認めるとは思えないけどな。
「……何よ、花川。さっきからじろじろ見て」
「えっ?ああ、ごめん。ちょっと意外だったから」
「何が?」
「七原さんって、勉強もすごくできるんだなって」
「ふふん。当然でしょ?あたしを見た目だけで判断しないことね!」
七原は得意げに腕を組んだ。
「でも、本当にすごいよね。私なんて八十七点で喜んでたのに」
「えっ?花川、八十七点だったの?」
「うん。自分では結構頑張ったつもりなんだけどね」
「へえ、なかなかやるじゃん。まあ、あたしには負けてるけど!」
「はいはい。参りました」
「ふふん!」
七原は満足そうに笑った。
……まったく、分かりやすいやつだ。
それにしても、これほど勉強ができるのに、普段はあんなに不良っぽく振る舞っているのだから不思議なものだ。
中学校では真面目な優等生だったというし、もしかすると、麗奈とは違うところで目立ちたいという気持ちがあるのかもしれない。
もっとも、それは俺の勝手な想像である。本人にもいろいろ考えがあるのだろうし、余計な詮索はしないでおこう。
何より、七原には酒を飲んでいた事を内緒にしてもらっているのだ。こちらから彼女の事情をあれこれ探るのも、何だか違う気がする。
すると麗奈が、優しく微笑みながら口を開いた。
「愛さん。わたくしは、愛さんのことをとても尊敬しておりますのよ」
「……は?」
「何事にも一生懸命ですし、決めたことを最後までやり遂げようとなさるでしょう?そういうところ、素敵だと思いますわ」
七原が黙り込んだ。そして、みるみる顔が赤くなっていく。
「な、何よ急に……!」
「本当のことですもの」
「そ、そんなこと言ったって、次は絶対勝つからね!」
「ええ。わたくしも頑張りますわ」
七原は悔しそうに拳を握ったが、その口元は少しだけ緩んでいた。
……何だかんだで、仲がいいんだな。
そんなことを考えていると、次の授業の予鈴が鳴った。
「あっ、やば!そろそろ戻んなきゃ!」
七原は答案用紙を鞄にしまい、教室の入り口へ向かった。
「じゃあね、花川!麗奈も、次こそ覚悟しときなさいよ!」
「ええ。愛さんもお勉強、頑張ってくださいませ」
「だから!勉強なんかしなくても余裕だってば!」
そう言い残して、七原は勢いよく廊下へ飛び出していった。
その背中を見送りながら、俺は小さく笑った。
……何だかんだで、仲がいいんだな。
麗奈はその家柄や育ちのよさから、周囲に遠慮されることが多い。本人は誰に対しても気さくに接しているつもりなのだろうが、どうしても一歩引かれてしまうところがある。
けれど、七原は違う。
相手が白川家のお嬢様だろうとお構いなしに、言いたいことを言って、負けたら本気で悔しがる。麗奈のほうも、そんな七原とのやり取りを心から楽しんでいるようだった。
きっと、麗奈にとっても遠慮なく付き合える数少ない相手なのだろう。
俺は楽しそうに言い合う二人を眺めながら、思わず頬を緩めた。
……なんだ、麗奈ちゃん。
いい友達、いるじゃん。
すると、廊下の向こうから先生の声が聞こえてきた。
「こらー!七原ー!廊下を走るなー!」
「は、はい!すみません!」
……うん。
やっぱり、あの子は不良には向いていないと思う。




