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第15話 転校初日、うっかり三十五歳が顔を出す

 ホームルームが終わった途端、俺の席に生徒たちが集まってきた。


「花川さん、どこから来たの?」


「髪すっごく綺麗だね!」


「モデルとかやってる?」


「彼氏いる?」


「ちょ、ちょっと待って!」


 次々に飛んでくる質問に、思わず笑ってしまう。


 転校生が珍しいのは分かるが、まさかここまで囲まれるとは。


「それにしても、本当にかわいいよね」


「分かる!教室入ってきたときびっくりした!」


「えへへ、ありがとう」


 悪い気はしない。


 むしろ、かなり嬉しい。


 三十五年間生きてきて、こんなに容姿を褒められたことなんて一度もない。


 麻由になってからというもの、人生が変わりすぎである。


 そんなことを考えていると、人垣の向こうに見覚えのある顔が現れた。


 ぴょこ。


「……ん?」


 ぴょこ、ぴょこ。


 麗奈だった。


 俺に話しかけたいらしく、生徒たちの後ろで小さくジャンプしている。


「麻由さ……」


 ぴょこ。


「麻由さん……!」


 ぴょこ。


 ……かわいい。


 何あれ。小動物か?


 普段は優雅なお嬢様なのに、今は完全に飼い主を探す子犬である。


「あれ?白川さん?」


 近くの女子が麗奈に気づいた。


「あっ、ごめんね!みんな、ちょっと空けてあげよう」


 生徒たちが自然に道を作る。


「ありがとうございます!」


 麗奈は嬉しそうに頭を下げ、俺の前へやってきた。


 いいクラスだな。


 誰も嫌な顔をせず、自然に気遣ってくれる。


「麻由さん!おはようございます!」


「おはよう、麗奈ちゃん」


「学校にはもう慣れました?」


「…………」


「麻由さん?」


「麗奈ちゃん。それ、一つ目の質問としては間違ってるよね」


「えっ?」


「まだホームルームしか終わってないんだけど」


「あっ……!」


 麗奈が目を丸くした。


「そ、そうでしたわ!つい嬉しくて……!」


「せめて一日経ってから聞いてよ」


「ふふっ、申し訳ございません」


 俺たちが笑い合っていると、周囲の生徒が不思議そうに顔を見合わせた。


「あれ?二人ってもう知り合いなの?」


「うん、ちょっとね」


「はい!麻由さんとは先日お友達になりましたの!」


 麗奈が嬉しそうに胸を張る。


「土曜日には、わたくしの家へ遊びに来ていただきましたわ!」


「えっ?」


「白川さんの家に?」


「そうですわ。一緒にお食事をしたり、映画を見たり、とても楽しかったんですの!」


 途端に周囲がざわついた。


「すご……白川さんの家って、あの白川家だよね?」


「花川さんも、もしかしてお嬢様?」


「家同士の付き合いとか?」


「やっぱりモデルとかやってるの?」


「いやいや、違うから!」


 慌てて否定する。


「私は普通の一般人だよ。麗奈ちゃんとは偶然知り合っただけ」


 正確には三十五歳の元会社員で、現在無職。


 お嬢様とは対極の存在である。


「そうですわ!麻由さんが困っていたわたくしを助けてくださったんですの!」


「ちょっと道を教えただけだって」


「それでも、わたくしにとっては大切な出会いですわ」


 麗奈は嬉しそうに微笑んだ。


 まったく、この子は。


 そんなことを真っ直ぐ言われたら、こっちが照れるじゃないか。


「そうですわ!」


 麗奈が何かを思いついたように手を合わせた。


「皆さんも、今度わたくしの家へ遊びにいらっしゃいませんこと?」


 麗奈が嬉しそうに手を合わせると、周囲の生徒たちは顔を見合わせた。


「えっ、白川さんのお家に?」


「はい!皆さんとお茶会などできたら、きっと楽しいですわ!」


「あ、ありがとう。でも、そんな急にお邪魔するのも悪いし……」


「そうそう。ご家族にも迷惑かけちゃうかも」


 誰も麗奈の事を嫌がっているわけではなさそうなのだが、自宅があれだけ立派なお屋敷だと知っていれば、気軽に遊びに行くとは言いづらいのだろう。


 今朝、宗一郎さんが言っていたことを思い出す。


 麗奈は誰とでも普通に話せるのに、周りのほうが遠慮してしまう。


 なるほど、こういうことか。


 だったら、もっと気軽な場所で遊べばいいじゃないか。


「じゃあさ、今度みんなで駅前に遊びに行かない?」


 俺が口を挟むと、周囲の表情が明るくなった。


「あ、それいい!」


「放課後に何か食べに行くとか?」


「楽しそう。白川さんも一緒にね!」


「もちろんですわ!」


 麗奈が嬉しそうに微笑む。


「わたくし、皆さんとお出かけするのが楽しみです!」


 よかった。これなら気兼ねなく遊べそうだ。


「ねえ、花川さん。白川さんの家って、やっぱりすごいの?」


 隣の女子に尋ねられ、俺は頷いた。


「すごかったよ。映画を見るためだけの部屋まであったし」


「えっ、シアタールーム!?」


「うん。椅子もふかふかで、二人とも途中で寝ちゃった」


「あはは!そんなに?」


「起きたら夕方で、びっくりしたよ」


 麗奈も隣で楽しそうに笑っていた。


 やがて予鈴が鳴り、生徒たちが席へ戻り始める。


「麻由さん、またあとでお話ししましょうね」


「うん」


 麗奈も自分の席へ戻っていった。


 初日としては上出来だろう。クラスの雰囲気も悪くないし、友達もできそうだ。


 そう思っていると、永井先生が教室へ入ってきた。


「はい、みんな席についてー」


 先生は俺を見ると、微笑んだ。


「花川さん、もうみんなと仲良くなれたみたいね」


「はい。皆さん優しくて」


「それはよかったわ」


 永井先生は教卓に資料を置き、小さくため息をついた。


「ああ、月曜日って憂鬱ねえ。昨日はゆっくり飲んでたのに、もう仕事だなんて」


「先生、また酒の話ですか!」


 男子のツッコミに教室が笑う。


「いいじゃない。休日くらい好きに過ごさせなさいよ」


 永井先生がそう言うと、男子生徒が笑いながら返した。


「でも先生、昨日も飲みすぎたんでしょ?」


「ちょっとだけよ。明日から仕事だと思うと、ついね」


「それ、言い訳じゃん!」


 教室に笑いが起こる。


 俺もつられて笑っていた。


 いや、でも分かるぞ、その気持ち。




「分かる分かる。日曜の夜って、飲むのやめるタイミングが難しいんだよな……」





「…………」


 永井先生がこちらを向いた。


「花川さん?」


「はい?」


「……今なんて?」


「あっ」


 しまった。


 思っていた事が、つい口に出てしまっていた。


「あ、いや……そういう話を聞いたことがあるというか……」


 永井先生はしばらく俺を見つめていたが、やがて笑い出した。


「ふふっ。花川さん、ずいぶん大人びてるのね」


「そ、そうですか?」


「ええ。高校生とは思えないわ」


 そりゃそうだ。


 中身は三十五歳だからな。


「でも、お酒はまだ早いわよ?二十歳まで我慢してね」


「……はい」


 我慢できずに、アルコールを既に取り込んでいる俺は小さく返事をした。


 教室から笑いが起こる。


 俺も曖昧に笑いながら、そっと視線を逸らした。


 ……二度目の高校生活。


 見た目は十六歳。酒の話になると、どうしても三十五歳が顔を出す。

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