『パッパラッパッパー』
Sing along! パッパラッパッパー!」
突き刺さるようなスポットライト。
弾ける歓声。
揺れるステージと会場。
彼女の声は、確かに魔法だった。
僕は、その日、人生で初めてライブという場所に立っていた。
観客として、だけれど。
だけど、そんなことは関係ない。
気がつけば、手は自然と空へ伸びていた。
体が勝手に動いていた。
ステージの上の、あの“光”に導かれるように。
──彼女は、神様なんじゃないか。
そんなことを、本気で思った。
■
僕は、何もかもがつまらなかった。
学校も、家も、自分自身さえも。
目立つことは苦手だったし、やりたいこともなかった。
ただ平凡な毎日の中に、埋もれるように生きていた。
そんな僕に、あのチケットをくれたのは姉だった。
「この子、すごいんだよ。“チャーミング・ウィング”っていうアーティスト。人気らしいよ」
名前すら聞いたことがなかった。
でも、断る理由もなく、僕は流されるようにライブへ向かった。
■
そして今、僕は気づいていた。
──彼女は“魔法”だ。
彼女は歌い、笑い、踊る。
翼なんてない。
でも、彼女の背中には確かに“光”が揺れていた。
「無敵で素敵な衝撃! 刺激的な少女とは、私のことです!」
冗談みたいに堂々と言うその声に、誰もが笑った。
だけど、本当にその通りだった。
彼女が一歩踏み出すだけで、会場が自然と波打つ。
叫び声も拍手も、全部、彼女の手のひらの上だった。
そして──僕もその一人だった。
「僕らこのパーティがあれば、そう! 何にでもなれるのさ!」
観客の一人として叫ぶ彼女の声に、僕は気づいた。
ずっと諦めていた自分自身が、少しだけ熱くなっていることに。
■
ライブが終わっても、心の中の音楽は消えなかった。
帰り道、ぬるい自販機のアイスティーを飲みながら、僕はぼんやり考えていた。
なんだったんだ、あの時間は。
ただのライブだったはずなのに。
──また行きたい。
そう思った。
僕の中に、新しい感情が生まれていた。
■
次の週末、僕は一人で再び会場へ向かった。
今回は姉ではなく、自分の意志で。
そのときにはもう、彼女の名前を覚えていた。
“チャーミング・ウィング”。
街の片隅の小さなライブハウス。
けれど、僕にとっては“世界の中心”だった。
彼女はそこにいた。
僕の目の前に。
まるで約束されていたように。
「おかえり!」
彼女は言った。
誰に言ったのかなんて関係ない。
僕に向けた言葉だと勝手に信じた。
再び始まる魔法の時間。
Sing along.
Swing along.
Place to be──。
僕は、ここで生きていると、心から思えた。
■
それから、何度も通った。
僕は少しだけ変わっていった。
学校でも笑うようになった。
姉に言われて気づいた。
「なんか最近、前より楽しそうだね」
ああ、そうか。
魔法は確かに、僕の中に根を下ろしている。
チャーミング・ウィング。
あの光が、僕の心に少しずつ色をつけていた。
■
季節は過ぎた。
そして、その日は突然来た。
「……解散します」
ライブハウスで、彼女はそう言った。
「理由は秘密。でも、大丈夫。また会えるから!」
笑ってそう言う彼女の目は、どこか泣きそうだった。
観客たちも泣いていた。
僕も──涙を堪えるのに必死だった。
最後の曲。
僕は手を伸ばした。
君の魔法を、もう一度だけ掴みたくて。
「照らしていてよ。最後まで!」
それが、僕たちの合言葉だった。
終わった。
光は消えた。
■
僕は元の、何もない少年に戻った。
でも──もう、空っぽじゃなかった。
魔法は消えたわけじゃない。
君がくれた光は、今も胸に残っている。
あの日までの僕とは違う。
何もできないと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
僕は“歌える”んだ。
君が教えてくれたんだ。
■
大学生になった僕は、今、小さなライブハウスで歌っている。
自分の声は下手だ。
君みたいな魔法は持っていない。
だけど──
「Sing along!」
この声は、誰かに届くと信じている。
──ステージの隅、君がいた気がした。
あの日と同じ、チャーミングな光。
僕は目を閉じて、心の中で呟く。
「おかえり」
今度は、僕が言う番だ。
パッパラッパッパー──
この歌は終わらない。
原曲 fhána 愛のシュプリーム!




