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その二十六 見送り・告白3

 断られたけど、結局旅行に出る捺稀さんを見送りに来た。現代では旅行で事故に遭うことなどほとんど無いといっていいだろう、とはいえ皆無じゃない。これっきり会えなくなる可能性は極小ちょっととは言えありうるのだ。


 僕だって行けるものなら一緒に行って博物館巡りをして捺稀さんの蘊蓄うんちくそばで聞きたい。ちらっと、両親に聞いてみたが、検討のけの字以前でにべもなく断られた。残念だ。


 そして、遠慮されながらもどうしてもと見送りに押しかけた。行って良かった。

 祭りで一緒にいた男の人は従兄だったことが判ったのだ。ワシントンDC在住で帰国するのに合わせて捺稀さん親子が訪米する事になったと教えてもらった。


 色々と疑問はあるが、とりあえずは従兄だったからと親しげにしていた理由が判って少しは安心できた。とはいっても高身長で美形の従兄には妬みの気持ちが湧く。173センチの僕よりは20センチ以上背が高く、スポーツでもやっているのか筋肉質でがっしりしている。その上欧米人としても美形で自分を比べると何ひとつ誇れるものがない、コンプレックスを刺激され、一週間くらい落ち込んだ。


 自己紹介で自分の名前と捺稀さんの友人と言うとこまでは片言で何とかこなせた。捺稀さんは会話を英語で流暢にこなしていた。やっぱりすごいな。

 本格的握手というものを交わしたのは生まれて初めてだった。英語で何か言われ(聞き取れなかった)、力強く手を握られて鋭く二振りほど手を振る。それだけで、僅かと云え覚えていた敵意が収まった。なるほど、握手という習慣が広まった理由を体感できた。


 彼女の家庭の事情はお父さんが居ないという以外ほとんど知らないが、捺稀さんが美しい理由も察っせられた。従兄があちらの人ということは彼女のお父さんもそうなのだろう。彼女のお母さんは純然たる日本人でなかなかの美人さんなんだが、捺稀さんに日本人らしくない造形があった理由に納得できた。


「絶対! 無事で帰ってきてね。絶対だからね。待ってるから」


 捺稀さんの両手を握り、顔を見つめて本気の本気で話し掛けていた。


「真仁くん、恥ずかしいよ」


 周りにきょろきょろと視線を振った彼女の耳は真っ赤で頬に桜色が差す。本当なら顔を赤くする捺稀さんをドラマみたいにハグしたいところだったけど、さすがにそれは恥ずかしくてできなかった。


「ほらほら、感動のお別れはそれくらいにしましょ。そろそろ、出発の時間よ」


 彼女のお母さんに呆れられてしまった。


 彼女の乗った電車がホームを離れ、姿が見えなくなってもしばらくホームに佇み見送っていた。なんだか、感傷的になって涙も滲んでしまう。こんな顔、上部や堤野さんには見せられない。何を言われるか。


 世の中、会いたくないタイミングで当人に会うのは運命の既定値デフォルトなのだろうか。


「東雲君? どうしたのこんなところでぼうっとして」


 呼びかけに振り向くと堤野さんが立っていた。足下には旅行バッグ、手には大きな鞄を持ちたたずんでいる。ストローハット(麦わら帽子)を被り、ベージュのジャケットに細身の黒ジーンズ、制服姿以外を始めて見たけど夏だというのにきっちりとした服装だ。午後の日差しの中、ジャケットから覗く腕は薄小麦色に日焼けして健康的女子高生そのものを体現していた。


「あ、うん。べつに。それより堤野さんは?」


 滲んだ涙を指先でふき取り、さっきまでの事をなかったかのように質問で返した。


「親戚の、お祖母ちゃん家から戻ってきたところ。コンクールとか競技会とかに出ていた生徒向けに補習があるから早めに戻ってきたの」

「そうなんだ。大変だね」

「そうなんだよー、夏休みが減っちゃう」


 そう言う堤野さんは、博物クラブを創ったころのよそよそしさは欠片もなく、親しさの篭った笑顔を浮かべている。


「そうだ、東雲君時間ある?」

「うん、特に予定無いから大丈夫だよ」

「ちょっとお茶しよう。のど乾いちゃった」


 最寄りのカフェに対面で座りアイスコーヒーを注文した。


「それで。東雲君、応援メッセージありがとうね」

「お、おう」


 唐突に感謝されてうまく言葉を返せなかった。たいした事を書いた訳じゃないけど役に立って良かった。


「あの時はコンクールの準決勝に出られるかどうか、部の進退も私で決まる、と言うタイミングでかなりプレッシャーを感じていたんだ。自分一人で抱え込んで、部の先輩達の顔も見れなくて、優しく声を掛けてくれてたけど、それもプレッシャーで。

 君のメッセージを見たら、肩の力が抜けて本番で力が出せた。結果は準決勝進出ならずだったけど、自分の全力が出せたので、力不足がよく判った。来年に向けてのモチベーションにも繋がったよ。来年は絶対入賞する!」


 言葉を切って僕の目を見つめ微笑む。


「お礼を言おうと思ってたんだけど、なかなか機会がなくて夏休みに入っちゃったからやっと言えた」


 堤野さんの顔をじっくりと見た事はなかったように思う。黒髪は肩にかかるくらいに切りそろえられ、前髪は眉が隠れるくらいで分けられている。大きな瞳は黒く切れ長の目尻は鋭さの印象を与える。可愛いというよりも知性的で目つきの鋭さから美人の部類に入ると思う。捺稀さんの美し可愛さとはまた違った魅力を持っている事に気がつく。


 じっくりと観察していたら怒られた。


「なによ、人の顔じろじろと見て、失礼でしょ。それとも、ねえ、惚れた?」

「なっ!」


 彼女は右手を軽く振って視線をそらした。


「判ってるって、君が好きなのは楠本さん。もう最初の頃からずっと判ってるよ」

「それは……」

「見てれば判るって。初めて授業サボった時になにかあったんでしょ。あれから君の視線がいつも楠本さんを見るようになって。私は別に関心があった訳じゃないけど、しょっちゅう授業をサボる楠本さんを見張ってただけだからね。ちなみに私の特技、クラスの中で誰が誰を好きかって大体把握してるから」


 引き気味の僕から視線を落とし、言葉を切り俯いて何か考えているのか黙っている。ややあって、顔を上げる。瞳は強い光を放っていた。


「なにが言いたいかというと、私は君の事が好きです」

「えっ、す……」


 吃驚びっくりした。想像もしてなかった。思わず声が出る。


「なあなあで、博物クラブに参加する事になって。君の気持ちが楠本さんに届いて無いって事が判ったからじゃないからね。

 最初はほんとに頼りなくて、自分の気持ちさえ満足に表現できない情けない奴って思ってたんだよ」

「なんだよ、酷い言いようだな。まあ、確かにそうだったかも。と言うか今でも同じか……」

「見てる内に、頼りない中に芯が通るようになってきて見直してたんだ。そして、この間の応援メッセージ、どんぴしゃりのタイミングでもらって、キュンってしちゃった」


 好きだって言われれば嬉しい。でも、冷静な気分でいる自分に違和感を感じていた。


「ああ、やっぱりだめか。失敗したなぁ、タイミングミスったか。

 判ってるって、君が好きなのは楠本さんで、私が割り込む隙はないってこと。大丈夫、付き合って、なんて言わないから。大体これ以上博物クラブの人間関係を複雑にしたくないし、君が私と付き合ってくれる目はない事は判ってるから。

 私は目指しているものがあって、恋愛にあまり時間を取られたくないから丁度良いの。でも、自分のこの恋する気持ちは大切にしたい。だから、自分の気持ちは伝えておきたかったんだ。友人として付き合ってくれていれば良いわ」


 僕の立場からしたら、複雑な気持ちがする。僕は捺稀さんに友達でいて欲しいと言われて、そこを越えて好きになって欲しいと願っている。堤野さんは自分から友達で良いと言っている。好きだけど友達でいるって状態は同じなのに心の向きが違う。


 僕は堤野さんの告白を断る必要もないと言われた訳だ。堤野さんへの態度は友人としてで良いんだろう。でも、心の中はどう考えどう感じればいいんだろう。混乱する。もしかしたら堤野さんの作戦? だとしたら、完全に掌の上で躍らされている。


 それにしても危なかった、数日前までだったら、祭りの日の事もあって心がぐらついたかも知れないけれど。ついさっき捺稀さんを見送った僕に死角はない。

 なんてね。


「でも、ホントにずるいなぁ。楠本さんは東雲君に気持ちを返してないのに、こんなに好きでいてもらえて」

「ごめん」

「君が謝る事じゃないでしょ。

 それに、私が見るところ、楠本さんの気持ちも揺らいでいるみたいだよ」


 堤野さんは突然口を手で押さえて声を上げる。隣の席のカップルの視線が集まる。


「あー、私の馬鹿、敵に塩を送ってどうするの。失敗したなぁ」


 本当に残念がっている。本気だったんだ。でも、本当かな、あの捺稀さんの気持ちが揺らいでるって、と云う事は僕に好意を持ち始めてるかもって事だよね。

 判ってる、安心しちゃいけないよね。あくまで堤野さんの意見だから断定はできない訳で。しかし、嬉しいなぁ。ほんとだったら良いな。


 その後は、夏休みをどう過ごしたか何てどうでも良い事を話題にして雑談した。捺稀さんのワシントン旅行のことを話したら、惚気のろけるなと怒られた。


 ちょっとお茶が、すっかり時間を喰ってしまい、慌てた堤野さんに合わせて解散した。

 細かい事を言ってくるクラス委員くらいに考えていたけど、思い出してみたら彼女にはいろいろとお世話になっていたんだよね。何もお礼できないことが心苦しいけど、ここで心にもない好意を告げても、馬鹿にするなと怒られるだろう。

 人として最低でとても失礼な事だと思う。でも何時いつか、どんな形になるか判らないけど必ずなにかお礼をしようと決心した。


 —— ☆ ☆ ☆ ——


 捺稀さんは無事旅行先に着いたらしく次の日深夜にメッセージが届いた。飛行機に乗ったのは初めてだったらしく、文面からして興奮気味にいろいろと教えてくれた。


 僕としてはひと安心だ。とは言え、日本と違う銃社会のアメリカではどんな事件に巻き込まれるか心配でならなかった。それも一週間もすれば落ち着いたけどね。事件への巻き込まれはどうも僕と一緒の時限定のようだ。


 捺稀さんからは毎日の様にこの博物館に行ったとか、どうすごかったとか、何を見てどんなだったかのレポートの様な写真付きのメールが届いていた。

 僕といえば、文章苦手で遅筆なので、返事に毎日苦労していた。そんなこともあり、退屈する間もなく夏休みは終わってしまった。



 夏休みも後数日となって、夏休みの課題と格闘していた時に捺稀さんから無事に帰国の途についたとメッセージが届いた。

 やっと彼女に会える。ずっと毎日メールと格闘していたから、久しぶりという気がしないものの顔が見れる。


 嬉しくて、夏休みの課題が手に付かなくなった。

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