第4話 新たなる空を目指して
相も変わらずのレオニダの不遜な態度と物言いに苛立ちをおぼえる。これが今回のクエストの護衛対象の一人、悲しいが現実である。
そんな怒りを堪える私達を余所に、黙っていられない男が一人。
「誰に守って貰うのか解ってんのか?貴族のおぼっちゃんよぉ」
ダリルはつかつかとレオニダに歩み寄ると、親指の先を支点に中指でおでこをはじく。
「痛っ!こ・・・こいつ、この僕に暴力を!誰か憲兵を呼べ!」
そうとう痛かったのだろう、レオニダは額を抑えながら目元に涙を滲ませ喚く。
すると、その声を聞きつけてか教会の扉が開き、亜麻色の髪の青年が顔を出す。
「そこまでになさい、レオニダ。ここは神の家、全ての者に身分種族関係なく等しく神の恩恵を与えられる場所。その様な振る舞いは許されませんよ」
「く・・・ニコルソン司祭」
レオニダは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、吐き出したい怒りを飲み込み耐える様に口をつむぐ。
この人が司祭って事はゴトフリーさんは?
嗜めるニコルソン司祭の傍らにはソフィアが控え、此方に気が付くと会釈をした。
「初めまして、司祭を務めさせて頂いているラッセル・ニコルソンと申します。クロックウェル御一行ですね?ゴトフリー司教からかねがねお噂は窺っております。どうぞ、中へ・・・」
ニコルソン司祭は扉を大きく開くと、応接室へと招き入れてくれた。
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丁寧に持成され、フワフワの柔らかい椅子に腰を降ろし、私達は依頼側と向き合う形で席につく。
「では、既にご存知かと思われますが。此処に居るレオニダとソフィアをベアストマン帝国の各教会に送り届けて欲しいのです。ソフィアは故郷のアマルフィー自治領の教会へと。レオニダは助祭になる為の最後の巡礼地、帝都レオネの教会まで贈り物と共に送り届けて欲しいのです」
故郷と帝国の教会への送り届けかぁ・・・
「なるほど、解りました。でも、私達を雇うと言う事は何か危険が?」
「ああ、そうですね・・・移動経路での魔物の危険もあるのですが・・・」
ニコルソン司祭は戸惑う仕草をすると、ちらりとソフィアを見る。
「・・・あたしは故郷の人々に忌み嫌われているのです」
「それは、どうしてだい?」
フェリクスさんは柔らかな口調でソフィアにゆっくりと尋ねる。
「それは・・・」
ソフィアは言葉に詰まらせ、言うべきか迷っているのか唇を僅かに震わせている。
それを横目で見ていたレオニダがフンッと鼻を鳴らし、陰湿な笑みを浮かべ呟いた。
「それはコイツの中に穢れた血が流れているからだ」
「穢れた血・・・?今時、混血児は珍しいものでは無い筈なのだけど」
得意気な顔をして笑うレオニダにケレブリエルさんは僅かに眉を顰める。
「・・・まったく、博愛も程々にしてもらいたいね」
レオニダは呆れきったと言う感じの表情を浮かべ肩を竦める。
確かに人の考えや価値観は星の数ほどある。しかし、相手を貶めるような発言は良いとは思わない。
「貴方が混血児をどう捉えようと自由だけど、私達は貴方達を護衛対象として扱い、仕事をさせて貰うだけだよ」
「ふん・・・依頼主は誰だと思っているんだ?」
「いい加減にしなさい!」
聞くに堪えられなかったのか、ニコルソン司祭の鋭く低い声がレオニダを一喝する。
「しかし、こんな奴等に・・・護衛何て騎士団から選べば良いじゃないか」
レオニダは悔しそうに顔を歪ませると、ガタリと椅子を引き立ち上がる。
「待ちなさい、アマデウス騎士団は教会の守りと同時に信徒を不浄なるものから守護する存在。この聖ウァル教会では、その我儘は通りませんよ」
「・・・・僕は勝手にさせて貰う」
司祭の言葉に身を翻すと、叩き付けるような音を立てレオニダは退室した。
ニコルソン司祭は扉を見つめ、浅く溜息をつくと、申し訳なさそうな顔を此方に向けた。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。レオニダの此処までの数々の失言、大変失礼致しました・・・」
「どうかお気になさらないでください。私達は大丈夫ですから」
こうなったら、下民と罵られようが帰る頃には冒険者の凄さを認めさせて、お礼まで言わせてやるんだから。
私の応えにニコルソン司祭は安堵の息を漏らすと、「二人を宜しくお願い致します」と深々と私達に下げた。
その後、日程などを話し合った結果、出発は申請書類の通る二週間後の早朝出発との事だった。
しかし、ソフィアさんが穢れた血と呼ばれる訳は聞く事はできなかった。
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「先ずは何かを挑む時はベアストマン帝国を知る事が大事よ」
ケレブリエルさんは淡々とした口調に反して瞳はキラキラと輝いている。
これは、彼女の中で情報収集より読書に重点が傾いているんじゃないだろうか・・・
「んで、アカデミーの図書館かよ」
ダリルは浮足立つケレブリエルさんを呆れ顔で見た。アカデミーの図書館は一般にも開放されていている。
「まあ、慣れた場所の方が調べやすいしね」
「そうだね、それに意外な出会いも・・・」
フェリクスさんは何かを思い浮かべているのか、だらしがなく目尻が下がる。
「「ねーよ!」」
ダリルと思わず声が重なる。フェリクスさんは此れが無ければ真面なのにね。
早速、アカデミーの前に着くと人だかりが出来ていた。何事かと背伸びして覗き込むと見覚えのある顔がチラリ。周囲からは「エドガー様だ」「あの種族戦争の・・・」だの声が聞こえてくる。
つまりは私と妹の養父の名だ。私達は基本、爺ちゃんと呼んでいる。
「ん?おっ、爺さんじゃん」
「んー、気になるけど忙しそうだし、先に図書館に行こうか?」
人山の先で周囲に我関さず、祖父は誰かと話し込んでいる。
横を通ると、祖父が私達に気付き振り返った。
「アメリアー!会いたかったぞー!」
熊の突進の様な迫力のある抱擁が私を襲う。
「よっと!久しぶりっ」
私がそれを躱すと、ブンッと空気をきる低い音が響いた。
「何だ冷たいな、久々に会ったのに」
「ごめんっ、今から図書館に行くところなんだ」
周囲はすっかり私達の事で騒ぎになっている。
「そうか、俺は用事がやっと一つ済んだ所でな。ほれっ」
そう言うと一枚の羊皮紙が渡される。
「冒険者対応コース入学許可書ぉ?!」
「ランドルに冒険者になったと聞いてな。こいつぁ、わけぇ冒険者向けの短期コースらしい。合間にあいまに勉強でもしたらどうだ」
「ありがとう、検討するね。それと、エルフの女王様が爺ちゃんに宜しくだって」
最初はうんうんと頷いていたものの、祖父は女王様の事を聞いた途端に「アグラレスか・・」と渋い顔をした。祖父に別れを告げると、私達は足早に図書館に向かう。
すると、体験授業で知り合ったレックスとベアトリクス、そして何故か魔族の混血児のクロエと珍しい取り合わせだ。
二種類の資料本を集め、三人に声を掛け傍の席に私達は座った。
仲間の紹介をすると、何故かフェリクスさんだけが居ない。理由は想像がつくけどね・・
「ベアストマン帝国に混血児・・・・興味があるのかしら?」
意外にも席について一番最初に声を掛けて来たのは、クロエだった。本の混血児と言う文字に反応したのだろう。
「ええ、クエストで帝国に行く予定なの。後、混血児については単純に興味で・・・」
「・・・あまり、興味本位で混血児を調べるべきじゃないわ」
私の返答にクロエの長い睫毛の下の瞳が冷たく光る。
「実は知り合いに混血児の子がいて悩んでいるの・・・」
「そう・・・。私達は混ざる種族等に関わらず未だに差別を受ける事もあるわ、だからその人を同じ人として扱ってあげて。それだけで救われるから」
そう言うとクロエは静かに微笑む。
「ありがとう・・・」
「・・・いえいえ。ベアトリクス先輩、彼女達にベアストマン帝国について教えてもらえませんか?」
「えっ、あ。丸投げー?!」
不意を突かれた為か、黄金色の大きなキツネの耳がビクンと跳ねる。
「お前、帝国の出身じゃないか」
レックスは黒く長い前髪の隙間から見える灰色の瞳を本に向けながら気だるげに口を開く。タイトルは相変わらず妖精関連だ。
「まっ、良いけどさ。帝国は南西から東へ広がる大国で、帝都レオネを中心に各種族ごとに領土を振り分けられているの。二つの祭殿を保有しているのが強みなんだけど、水の祭殿のあるアマルフィーが独立を狙っているとの噂よ。他の情報は本より現地の方が良いかもね」
その後、本を読んだり情報を交換し、其々で旅の準備に備える。私は数名の弟子と買い出しに来ていた祖父に頼み、剣の腕を改めて鍛え直す事にした。
そして、出発当日が訪れる・・・・・。




