第5話 幻惑の唄
港は賑わい様々な人種、職業の人々で溢れかえっている。
護衛対象の二人との約束の刻限には余裕が有り、出発までの日々を思い返し空を見上げる。
祖父の自分の知名度を利用した、些か強引なアカデミー内での修業は一対一に留まらず、見学するだけじゃ堪えられなくなった学生も混ざり賑やかで尚且つ実りある物だった。
入学の件はクエストが長期にわたるものとなる為、停学と言う処置をして貰った。
今回はヒッポグリフの二頭達も人を乗せるのに十分な大きさに育ったと言う事で、旅の足として同行する事に。そんな二匹を今では門番から私達の世話人状態のアーロンさんが船に預けに行ってくれている。
「お待たせしやした・・・預かり札が用意できましたぜ。此れで何時でもヒッポグリフの厩舎へ顔を拝みに行けるって寸法だ」
アーロンさんの独特の言い回しから察するに、恐らくは札を持って厩舎に行けば何時でも二匹に会えると言う事だろう。
用が済んだ為、立ち去るアーロンさんの背中を見送ると、蹄の音や車輪の音と共に煌びやかな装飾の馬車が近くに停車した。
すると降りて来たのは緑の髪に眼鏡のレオニダではなく、黒い上下のスーツを身に纏った、体格の良い老人。後から降りて来たレオニダに対し手を差し、手を取り下車の補助をする。
「いやー、お迎えご苦労だったな」
遅れても尚、その態度はふてぶてしい・・・。
それに続いてソフィアさんが気まずげな表情を浮かべ降りて来る。
「申し訳ございません、馬車はお断りしようと思ったのですが・・・その」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
実にこの二人は対照的だ。
「ふん、船での僕の護衛は不要だ。このハリスンが居るから部屋まで来なくていいぞ」
そう言うとレオニダは、やや下がった位置に佇むスーツ姿の男性の顔を顎をしゃくり上げる様に仰ぎ見る。
「シモンズ男爵家に務めさせて頂いております、執事のハリスン・テイラーと申します。皆様の様に秀でた才はございませんが多少は・・・。以後、お見知りおきを」
そう言うとテイラーさんは苦笑いを浮かべ、私に握手を求めて来た。
すかさず私が手を差し伸べると、手の平に折りたたまれた紙切れが一枚。開くと三ケタの数字が・・・初めの数字からして上流客室。恐らくはレオニダの泊まる客室の番号だろう。
「・・・此方こそ。無事、お二人を目的地までお連れしますので安心してください」
「有難うございます。全てを皆さんに委ねる所をすみません。どうか坊ちゃんを・・・レオニダ様を宜しくお願いします」
テイラーさんは申し訳なさそうに眉をハの字にする。何と言うかテイラーさんの爪の垢をレオニダに煎じて飲ませたい。
「お喋りはその位にして乗船するぞ」
「はい、畏まりました。では皆様、失礼致します」
人波を掻き分けて歩いて行く二人を眺めていると、思わずため息が漏れた。
「これってソフィアちゃんだけを守ればいいって事?お兄さん、護衛対象が女の子のみってだけで元気出るんだけど!」
フェリクスさんの目が何時になく輝いている。
「そう言う訳にはいきませんよ。護衛対象は護衛対象です、テイラーさんが部屋の番号を教えてくれたので二人一組で交代で警護に当たりましょう」
「えー」
「えーじゃないわよ。ソフィアさんを部屋へ送り届けたら、さっそく組み分けをしましょう」
ケレブリエルさんは心底残念そうにするフェリクスさんを嗜める。
「おい、こっちに来いよ」
ダリルが騒がしい私達の傍で待つ、ソフィアさんを呼び寄せる。
「ごめんなさい、ソフィアさん。お部屋を窺っても?」
「此方こそすいません、ボーっとしていて。415号室です」
私の問いかけにソフィアさんはパチパチと瞬きをすると、大らかな口調で答える。かなりソフィアさんはおっとりとした性格のようだ。
その後、出発間近を知らせる警笛が吹かれるのを聞き、私達は慌てて荷物を手に乗船手続きを済ませる。
何やら今回も慌ただしい旅になりそうな予感がする。
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風に吹かれ力強く張る帆に海鳥の鳴き声、護衛の存在が危ぶまれる程、順調な船旅が数週間続いている。
「帝国に着くまでは護衛は必要ないと言っているだろう!」
レオニダは相変わらずの調子で護衛の私達を煙たがっているが、テイラーさんの助け舟のおかげで勤めをどうにか果たせている。
「ベアストマン帝国のある大陸は内海に沿って山脈が連なり、天然の防壁となっているんです。入国の際は北西の端のアマルフィーか外海に回る必要があります」
「なるほどねー」
ソフィアさんとは大分、打ち解けた感じで互いの国や故郷の事を教え合うなど、だいぶ打ち解けてきたきがする。それと、彼女は私達と同じ歳だと言う事も判明した。
ただ平和にお喋りをしている訳ではなく、ソフィアさんの散歩に付き合う形で船員から情報収集をしていると気になる情報が耳に入った。
「帝国の情報ね・・・。最近、アマルフィー周辺の海域で船の沈没事故が多発しているんですよ。何でも魔物が海へと船を引きずり込んでいるらしいです」
アマルフィー・・・まさに目的地の近くでの出来事に不安が過る。それが事実でなければ祈りつつ息を飲む。
「お忙しい所すみません、情報をありがとうございました」
船員さんにお礼を述べ、ソフィアさんと仲間たちの下に行こうとすると、彼女の顔色が悪いの気が付く。
今更、船酔いって訳でもないだろうし、どうしたのだろう?
「・・・何か?」
私の視線に気づいたらしく、ソフィアさんは不思議そうに小首を傾げる。
「顔色が悪いなと思ったんだけど、大丈夫?」
「あ、いえ。船が沈没すると聞いてちょっと・・・」
「もし、魔物が襲撃して来ても私達四人が守るから安心して。船を沈没何てさせないんだから!」
私がそう励ますとソフィアさんは少しだけ笑顔を取り戻してくれた。
その後、パーティ全員が揃ったところで情報共有すると、船の沈没や何かしらの前兆が起きる等と曖昧なもので原因を断定できるものは無かった。
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それから数日後、ベアストマン帝国に近付くにつれて同じ進行方向の船が増えて来た。
「あら、なかなか壮観ね」
ケレブリエルさんは眩しそうに目を細める。
しかし、ダリルはケレブリエルさんと違う方向を見つめ眉間に皺を寄せる。
「景色に見惚れている所、悪ぃんだけどアレを見ろ」
言われるままにダリルが指さす先を見ると、前方を進む二隻の船の動きが可笑しい。まるで泥酔したかのように左右にふらついている。
「え、まさかこれ・・・!」
ふらつく二隻は次第に互いの船首を向かい合わせに、近くの岩に吸い寄せられる。
そして次の瞬間、バキバキバキィと稲妻の様な鼓膜を激しく震わせる大きな音が辺りに轟いた。
そんな中でも半壊しかける船からは逃げる人影は見えず、次第に船は海に現れた渦潮に飲まれていく。
「どうなってるんだ此れは・・・不味いぞ」
フェリクスさんはそう言うと、驚きと恐怖で混乱する甲板を走り出す。
「船長の所か?!」
ダリルも後を追う様に走り出す。
ふと、隣に立つソフィアさんは両手を組み、何故か小刻みに震えている。
「あ・・・まさか・・」
その顔は恐怖と言うより、困惑や驚愕の表情が入り混じっている様に見えた。
ダリル達が向かったが、未だに船は止まる事無く進み続けていく。
その時、美しい竪琴の音色と女性の歌声が響いてきた。
その歌声は穏やかな波のように押し寄せては心を惹きつけ、捉えては魅了する妖艶な声。
気が付き辺りを見渡すと、騒がしかった甲板は静まり、周囲の人々はうっとりと恍惚の表情を浮かべ歌声に酔いしれ歩いていく。
「耳を・・・耳を塞いでください!」
ソフィアさんのその声に意識が明朗となる。
ソフィアさんは私達の様子を確認すると突如、覚悟を決めたような表情を浮かべ、人混みを掻き分け走り出した。
「待って・・・!」
護衛しているのに関わらず一人にする訳にはいかない。
ケレブリエルさんと共に慌てて追いかけると、ソフィアさんが人々が歌に引き寄せられ、姿が見えなくなった船尾にの方へと駆けて行くのを確認した。
「ソフィアさん?」
物陰に隠れたのを発見し、私達はその先を覗き込む。
すると、徐々に変化していくソフィアさんが目に飛び込んで来る。
背中の翼は大きく広がり、ローブから覗く足は青い羽毛に覆われ、三又に分かれた指と大きな猛禽類の様な鋭く大きな爪を持つ姿へと変貌していった。




