第03話 空洞の遺跡-一柱の神編
倒木は教会の裏にぽっかり説いた大穴へ吸い込まれる様に落ちていく。
抗いようもなく、成すが儘では地の底へ叩きつけられるなんて御免だ。
加護で飛ぶか、然しフェリクスさんを置いて行く訳にはいかない、不甲斐なく戸惑っていると衝撃と共に木が動きを止めた。
吹き上げる風に揺れる枝葉の音を耳にしながら静かに息を呑む、動く度に軋む木の幹、間一髪と言う所だろうか。如何やら何処かに引っ掛かり窮地を脱したらしい。
見上げると地上まで十数メトル、地上から差し込む光に照らされ周囲を囲む石壁の隅に幸運にも引っかかている。枝側か根元か、転がれば瞬く間に地底まで一直線。
大穴の淵は溝となっており、目に付くのは地上へと繋がる階段状の通路でありそこに運が良くはまったらしい。
今まで地面と思い込んでいた岩は、空洞を隠す蓋の様な物だったのだろうか。
それが均衡が崩れたうえに穴まで開いた事で崩落したのかもしれない。
「取り敢えず・・・皆、無事?」
傾く大樹、そっと見渡すと同じくしがみ付く三人の姿が確認できた。
「ど・・・如何にか」
ザイラさんに抱えられた儘のロジャー神父は声を絞り出すように弱々しく応える。
顔こそ平然としているが、ザイラさん自身は幹に片腕でしがみ付いていた。
此方へと心配は無いと笑顔を向ける、辺りを見回し状況を把握すると幹を揺すりながら思案顔を浮かべる。
「飛べなくは無いけど、此処はアタシが動くと如何なるか微妙だね」
ザイラさんは苦々し気に口角を引きつらせると、如何したものかと眉尻を下げた。
私達は根元側に居るが、反対の枝側は支えが弱い為に傾き地底へ傾き落ちる心配が否めない。
ともかくこのまましがみ付いている訳にはいかないだろう。
もしもザイラさんが飛翔すれば木に反動が掛る為、慎重に根元へと移動する必要がある。
見下ろす地底は暗く、底までの深さが判らず恐怖に背筋が凍った。
ザイラさんは辛抱ならなくなったのか、確かめるようにゆっくりと翼を広げる為にロジャー神父は顔を青褪めさせながら必死に止めている。
「は、早まるのは無しです!」
あまりにも迫真の声に、ザイラさんは少し残念そうな顔で翼を折りたたむ。
焦りながら打開策を練ると見覚えのある靴が視界に入り、ヒューゴーが私達の眼前を平然と通り抜けていく。
その足取りは軽やか、顔は自身の身軽さを何処か誇らし気にしているように見える。
何をやっているのかと攻め立てる様に睨むと、ヒューゴーは腰帯に巻き付けた鉤縄を指さした。
「俺は地上にコイツを引っ掛けるから、それを確認したら御前は意地でもこっちに走ってきて手を掴め」
私とフェリクスさんの返答を待たずに無言で此方に背を向けると、ヒューゴーは樹上を根元に向けて一気に走り出す。
無事に根元に到着、ヒューゴーは地上を見上げると縄で空中で円を画き鉤爪を引っ掛けて感触を確かめるように縄を引っ張って見せた。
「ほら、さっさと行きな!」
ザイラさんは好機と見るや否や、私達に発破をかけて自身の翼を大きく広げては羽ばたく。
「了解!」
腕に力を籠めて素早く這い上がると、足元に揺れる事を厭わずヒューゴーの元へと無心で駆け出す。
吹き上げる風や大きく揺れて傾きかける木に肝が冷えたが、ヒューゴーが差し出す手を取り縄を無事に掴む事ができた。
鎧による加重もあって、鉤爪が持ってくれるかが唯一の心配の種。
ヒューゴーもそれを気にしているのか、頻りに鉤爪を気にしながら徐々に縄を上っている。
ザイラさんは幾度となく羽ばたき風を掴むと、顔面蒼白のロジャー神父を抱えて宙へ身を投げ出し飛翔した。
木は不気味な鳴き声のような音を立てながら激しく揺れ、石壁を削りながら徐々に地底へと傾いていく。
フェリクスさんは何をしているのか、縄の揺れ具合から負荷を減らす事を考えた。
「・・・どうにかしてみる」
慎重に地上へと縄を上るヒューゴーに呼び掛けては、視線を階段状の通路へと向ける。
斜め下にゴトフリー司祭達が造っていた階段状の通路とは飛び移れない距離では無いと確認。
おまけに現在地との間には魔物の大きな骨が壁から飛び出している、手ごろな足場まで発見して運が良い。ただ、実行に映るには目が離せない事態は抜け出せていない。
「ちょ・・・ちょと、オレを忘れていない?」
フェリクスさんの顔は何時もの澄ました表情が消え、情けない声をあげながら死に物狂いで縄に手を伸ばしたのを如何にかつかんだ。
「ま、待て!お前まで来るな!」
ヒューゴーが動揺から叫ぶのを聞きながら、無茶な事を考えていると思いながらも石壁に足を突き立てると、木が落ちる直前で難を逃れた。
地上の方も此方に声が届くほど騒がしくなり、縄が軋むと同時に鉤爪がずれてぐらぐらと揺れだすのを見て決意を固めた。
「アメリアちゃん、助かったよ・・・」
フェリクスさんの情けない声が聞こえた。
私は確認するように視線をフェリクスさんに向けて通路を指さすと、石壁につけた足に力を籠める。
「ともかく思いっきり・・・こっちへ飛んでください!」
石壁を蹴り飛ばすと、魔物の骨を足場に階段状の通路へと飛び込む。
着地にやや難があり多少は焦りがあったが、無事に通路へ転がり込む事ができた。
「てめっ、落ちたらどうするんだ!少しぐらい間を空けるか合図をしろ」
ヒューゴーが鼻を片手で押さえながら怒号を浴びせかけてくる。
「へへっ、ごめんてっ!」
身振り手振りも交えてヒューゴーに謝ると、フェリクスさんも続いて石壁を踏みしめながら此方に身を傾けるのが見える。
「それじゃあ、オレも飛ぶかな」
フェリクスさんが合図として縄を引っ張ると、ヒューゴーも苦々しい顔をしながら足と縄を握締める手に力を籠める。
短く何かを呟き風を纏う、足場を介せず軽々と宙を滑りながら無事にフェリクスさんも通路へ着地。
「お前、風魔法が使えるなら縄を掴む必要が無かったろ!」
揺れる縄に悪戦苦闘しながらヒューゴーは一息つく、鉤爪の引っ掛かり具合を確認したかと思えばフェリクスさんに向かって猛抗議していた。
「やだな、縄に掴まらなければ飛べなかったよ」
挑発なのか、フェリクスさんはヒューゴーに向けて胡散臭い笑顔を向ける。
ヒューゴーの顔は変わらず険しい、二人の関係も信頼も冗談のように悪化していく。
縄を軽々と登りきると、背伸びをするヒューゴーの元へ僧兵が駆け寄ってくるのが見えた。
「ヒューゴー、悪いけど説明をお願い」
「・・・そう言うのはアイツの方が適役だろ」
数人に詰め寄られて煩わしそうに顔を背けると、ヒューゴーは眉間に深い皺寄せながらザイラさん達を睨む。
「尤もだね。どうだい?」
ザイラさんはロジャー神父に訊ねながら、ゆっくりと地上へと下りる。
もとよりゴトフリー司祭に命じられ、親切にも顔見知りの縁で案内をしてもらう事に成っただけ。
ロジャー神父は安堵したのか、ゆっくりと息を吐いた。
「此度はこのような事態になってしまい、とても残念です。如何か、此処は私にお任せください」
ロジャー神父も本心では身を引きたいと思っていたのだろう、何処か晴ればれしい笑みを浮かべては私の視界から消えていった。
ヒューゴーは何をしているかと思いきや、地上へと上がるなりブツブツと不満を漏らしながら鉤爪を引き抜く事に苦戦している様子。
今行かなければ、この大穴は封鎖か、魔術師により埋め立てられて二度と機械が回ってこないかもしれない。
危険であると承知しながらも、通路を眺めていると時間が経つにつれて強く後ろ髪を引かれる思いがした。自然と一歩ずつ通路の階段へと足が伸びていく。
あれだけの崩落があったにも拘らず思いの外、階段の損傷が少なく期待が膨らんだ。
「へぇ・・・諦めるんじゃないのかい?」
背中を突かれて驚き振り返ると、ザイラさんが薄ら笑いを浮かべては訝しむように私の顔を屈み覗き込む。
素直に答えるべきか言葉に詰まる私の背後でフェリクスさんは此方を微笑ましそうに一瞥すると、弾むような足取りで地上への階段を駆け上っていた。
何だかんだで離脱だろうか、フェリクスさんの背中を黙って見送った。
「この先に行ってみたいです」
諦めに気持ちが傾くも、気づけば相反する言葉が口をついて出た。
自身に困惑する私を見て、ザイラさんの呆れからか眉尻を下げる。
教会に多大な迷惑が掛かった上に我儘が過ぎただろうか。
「なーんて・・・」
「はっ!そう言うと思ったよ。んじゃ!行こうか!」
ザイラさんの瞳が爛々と輝き、鼻息が荒くなる。
訝しんでいたのではなく、単純に心意を確かめられていたのかもしれない。
ザイラさんは私の背中を叩くと、その勢いのままに階段を下っていく。
「ちょっと待ってください。何かしら、ヒューゴー達に知らせないと!」
慌ててザイラさんを引き留めようと腕を掴むも想像以上に力があり、危うく階下へ引き摺られそうになる。それでも歯を食いしばり足を踏みしめると、重い何かが落ちてくる気配に手を離す。
そこには羊皮紙を片手に持つヒューゴー。
「へへっ、これが何だか判るか?」
此の場に見せつける様に持ってくる丸められた羊皮紙、そして此の何とも言えない悪人面。
結び紐の色から察する、これは答えるまでもない。
「教会でなんて事を・・・」
許可を貰わずに遺跡へ行く事は自己責任だとして、いくら唯の資料と言えど掠め取るのはいただけない。返すべきとヒューゴーを注意しようとしたが、ザイラさんの声で掻き消されてしまった。
「おっ、何だい良い仕事しているじゃないか!」
「だろっ!見つかる前に地下へ潜っちまおうぜぇ」
二人は意気投合、私以上に遺跡への探索へ意欲を見せつける様に肩までくみ出した。
「やっぱ、それをコッチに渡して」
少し語気を強め、ヒューゴーに羊皮紙を渡すように要求する。
探索用の小型カンテラに光りを灯しだした二人は私を信じられない物を見る目をむけた。
「アホか。此処に潜る時点で咎められるに決まってんだろ。後は同じだ、此処でひよってんじゃねぇよ」
ヒューゴーは眉根を寄せ、それに同意するようにザイラさんも頷く。
こうなれば、毒を食らわば皿までと言う所だろう。
投げかけられた言葉にぐうの音も出ずに黙り込むと、軽快な足音共に誰かに後ろから肩を掴まれた。
「じゃーん、コレは何でしょう?」
フェリクスさんが肩越しに羊皮紙を私達に見せつける。
それはギルドと国の印が入った依頼書。
妖精に頼んだにしても、ギルドはともかく国の許可が下りるなんて都合が良すぎるうえに怪しすぎる。
「法に触れる物は結構です。私達は自己責任で潜りますから」
思わず報酬に目が行きそうになったが、フェリクスさんに背を向けて踵を返すとヒューゴー達の間を擦り抜けて階段を下りていく。
「やっとかい・・・」
ザイラさんが辟易とした声をあげながら後をついてくる。
「いやいや、偽造じゃないって!オレ、こう見ても国のうえにコネがあんのよ」
羊皮紙を押し付け合い、ヒューゴーの一方的だが喧嘩をする声が騒がしい。
「俺でも偽造にまで手を染めた事は無いぞ。犯罪者は牢屋へ帰れ!」
「なぁ、それは御前も同じだろ?」
ヒューゴーとフェリクスさんの小競り合いを耳にしながら、瓦礫を押しのけてより深く、崩れかけた階段も物ともせずに私達は地底へと到達した。
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大穴が開いている為、視界は幾分はマシと言うところ。
カンテラで照らすと、その中央は瓦礫が積み上がり山を作り上げていた。
魔結晶の光で照らして羊皮紙を開き確かめる、そこに写し描かれた模様は何かが這い出して来るのを恐れてか線で結びつく五柱の精霊王様の紋。
陣を描く線はその終着点、女神様が握る剣へと繋がっていた。
女神様の瞳は一方向を示し、そこで石碑を発見した事と捕捉として神話を覆すやもしれないと酷く興奮した文字で走り書きされていた。
「なるほどね、アタシに任してな」
ザイラさんは腕まくりをし、瓦礫を持ち上げては隅へ積み上げていく。
「ちょっと待ってください、無暗に瓦礫を退けようにも置き場が在りません。剣の持ち手側、東側のみお願いします」
「東ね・・・確かに剣が見える。ちょっと待っておくれよ」
ザイラさんは一息吐くと手を止め、羊皮紙を確認しては方向を見極めて退かしていく。
流石としか言いようが無い手際に驚かされていると、カンテラの灯りを辿った先には図の通り石碑が壁に埋め込まれていた。
原初の時、一柱の神が降り立たん。水が大地を潤し緑が芽吹き、命が世界に満ちる幸福は至極の喜びをもたらす。されど我が内に歪みが生じ・・・
翻訳は道半ば、古代文字を読めない事にもどかしさを感じながら羊皮紙を丸める。
「全くの無意味では無かった。世に広く知られなくても、確かに創世の記憶は何処かに眠っていると知る事が出来たわ」
「そりゃあ言い学びになったな。さあ、帰って教会の説教でも聞きに帰るとするか」
結局は原初の地という記述がある石碑があれど、それを肯定する物は無かったと落胆するも責める言葉は聞こえて来ず安堵した。
「心配はないよ、有翼人の国でも妖精の国でもお兄さんは付いていくからね!」
そう明るく励ますフェリクスさんの曇って見えた。
「それは忙しくなりそう。おかげで、なんだか意欲が湧いてきました」
努めて明るく返事をすると、指針が固まり意欲が湧いてくる。
我儘に付き合ってくれた事を感謝しながら羊皮紙を握り締めた。
「お前、結局は何もしなかったな。気が済んだなら、国の務めに戻れよ」
「いやいや、魔物でも出れば盾にでもなるつもりだったから!」
相も変わらず騒がしく聞こえる二人の声。
「盾か・・・」
レックスの事を思い出しながら羊皮紙に目を通す。
左手には妖精と突き出された手、創造主から勇ましい女神様と邪神に分かたれた。
そこで、何が起きたのだろうか。
「いい加減におし!」
ザイラさんの怒号が飛ぶと同時に、強烈な熱が空洞内に満ち紅く染め上げた。
向かい側の壁を覆っていた苔は焼け落ち、その裏に隠された物が露わになる。
「・・・!?」
灰と共に床に積もる苔、岩壁には横穴があり、その淵には深く不気味な爪痕が深く岩に刻み込まれていた。
本日も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
安全か冒険か、迷った末に辿り着いた遺跡は思わぬものを見せてくれるようです。
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次回はお盆の為にお休みを頂き、8月24日20時に更新致します。




