第02話 風穴ー一柱の神編
地面に空けられた狭き地下への歪な入り口。
周囲に横たわる苔生した岩は言われなければ石像とは気付けないだろう。
苔に覆われた表面の一部が削げ、手や服飾品らしき物が見え隠れしている。
石像とは言っても、広場に建てられた像の様な精密さは無く、岩の形を生かした素朴な造形だ。
入り口の周囲は擂鉢状に窪んでおり、教会の一部には真新しい修繕の跡が見られた。
そもそもこの像が何者で、教会に置かれていたのだろうか。
羊皮紙に書かれた資料を熱心に読み込むロジャー神父は何やらブツブツと呟いている。
「あの、これは何の石像なんでしょうか?」
熱中するあまりに私の声に肩を跳ねさせると、ロジャー神父は少し間を空けて漸く資料から目を離す。
紙面からゆっくりと顔を上げると、ロジャー神父は周囲を見渡してから気まずそうに私に笑みを向けた。
「え、あ・・・それについては調査中とのことです。資料によると石像と判明したのも最近で、倒れるまではただの落石と認識されていたのだとか。然し、教会にウァルミナス様以外の石像が置かれているとは確かに興味深いですよね」
ロジャー神父は指でずれた眼鏡をたくし上げると思案しながら石像を見つめ、苔を剥いでは表面に現れた模様を興味深げに指でなぞる。石像の底は荒く削れていた。
巨大な岩が自然に倒れたとは考え難い、おまけに都合よく遺跡まで発見されるなんてね。
「そうですね。ついでに何時頃倒れたか書かれていますか?」
「二月ほど前ですね。地下空洞を発見し、通路を僧兵の方々と掘ったりと、一月ほど手間がかかったらしいですが・・・」
倒れたのが二月前となると、邪神の影響を疑うのは杞憂でしかないらしい。
風化かによる物か、確かめるために足元に気を使いながら穴を慎重に覗き込む。
直前まで幾つか魔結晶が階段状に並んでいるかの様に見えていたが、改めて目にすると妙な違和感を感じた。
私の様子にロジャー神父は不思議そうな顔をすると眼鏡をたくしあげ、丸めた羊皮紙を再び広げる。
「階段?そんな大層な物はありませんが、ゴトフリー司祭様の書かれた言葉によると・・・」
私が何を話しているのか腑に落ちないと言う顔だ。
ロジャー神父は首を捻ると羊皮紙を数枚めくると、指で紙面をなぞりながら歩きにくそうに此方へと歩いてくるとカンテラに灯りをともして覗き込み頭を掻く。
「ん・・・?」
「あー、これの事だったのですね・・・」
ロジャー神父は私の顔を見て眉尻をさげると困ったように口籠る。
勘違いだったのかと悟り、ヒューゴー達と顔を見合わせては苦笑いを返すしかなかった。
ついでにロジャー神父の横から、ヒューゴーと共にカンテラに照らされた穴を覗き込む。
「あー、ちょっと待てよ」
ヒューゴーの腰帯には様々な物が下げられており、そこからカチャカチャと音を立てながら手探りで何かを探し出す。
「それならアタシが・・・」
ザイラさんは自身のカンテラに光りを灯し駆け寄るが、急に背が高く筋肉質な体は沈み込み危うく転倒しかける。
鼻息荒く奥歯を噛み締めながら踏ん張ると、ザイラさんは気恥ずかしそうに地面へと視線を落とした。
「大丈夫?」
「俺も笑わなかったからな」
ヒューゴーは笑わなかったことを主張しているが馬鹿にしていないとは言っていない。
しかしザイラさんは怒る訳でも口止めをするでもなく、足元を何度も踏みしめては低い唸り声をあげる。
「いや、ドジを見られたぐらい何ともないさ。まあ、どうせなら道具よりこっちの方が良いだろ」
ザイラさんは一歩ずつ踏み鳴らす様に近づくと、小さく溜息をついた後に屈みこんで小さな炎を吐く。
吐いた炎が乱れる、何処かと繋がっているらしく中から風が吹き込んでくる。
ザイラさんは黙って此方に視線のみよこすと、覗いてみるように指をさして促した。
熱を帯びた橙色の灯で先程よりも明るく見えるが底は見えず、入り口付近のみだが見えていなかった物が鮮明に。
岩壁から突き出す数多の魔結晶と黄ばんだ骨、歴史を物語る地層が目に映った。
「じゃあ、この穴は明り取りか通気口って所かな?」
ザイラさんは口をゆっくりと閉じると、煤混じりの息を吐く。
「うーん・・・なんかごめん」
何とも気まずい空気に頬が引きつる。
道が立たれたわけではないし、ともかく原初の地へ辿り着く為に探求しなくてはならない。
ヒューゴーの小馬鹿にした笑みを無視すると土埃を掃い立ち上がる
ロジャー神父は探索しながら目配せをすると石像の頭部の裏で足を止め、入り口を探し当てたのか羊皮紙と見比べながら顔を明るくさせていた。
「おお!在りました!間違いありませんね」
ロジャー神父は重そうに何かを移動させては目は輝かせ、好奇心で昂っているのか頬が高揚させる。
冒険心を掻き立てられると言うか、これも浪漫と言う物だろうか。
「そこ、何が在るのか?」
ヒューゴーを無視し、ロジャー神父は羊皮紙の束を抱えたまま、カンテラを持ち上げて何度も頷くなり石像の裏へと消えていく。
「無視かよ!」
吠えるヒューゴーを引きずりロジャー神父を追うと、教会の紋が刻まれた大盾が壁に立て掛けられていた。手作業で鶴嘴を岩を削ったのか、歪だが人が通るには十分な大きさだ。
腰に下げていたカンテラに火を灯し、後に続こうと踏み出すよりも早く、カンテラに照らされたロジャー神父の顔が暗闇に浮かぶ。
「急ごしらえと聞き及んでいましたが・・・。思う外、過酷な道のりになりそうです」
振り向いたロジャー神父の顔は蒼白で、その言葉は無性に不安を駆り立てる。
どれだけの物なのか、人伝では意図は計り知れない。
「過酷な道のりですか・・・少し、カンテラをお借りしますね」
「ええ、足元に気を付けてくださいね」
粗く削られ凹凸だらけの空洞、歩を進めると下層へと掘られた通路は化石に魔結晶まで利用した非常に雑な造りの螺旋状の足場だった。想像以上の光景に、言葉通りかと息を呑む。
ロジャー神父は岩壁を手探りし、私を発見すると羊皮紙を丁寧に丸めては懐にしまう。
人が足りないにしても、身を寄せて早々に無理難題を押し付けられ苦労が尽きない人だ。
そんなロジャー神父の様子を眺めていると、寧ろ意気揚々と袖を捲り上げだした。
やや乱れた足音が響く、探索用カンテラに照らされ影が二つ映り込む。
「な・・・なるほどね。アメリアちゃん、本気で遺跡に行くのかい?」
岩壁に映る小さな影が隠れたと思えば、フェリクスさんがヒューゴーを押しのけて前のめりに覗き込んでいた。
フェリクスさんからは自身の意思で付いてきたにも拘らず、些か探索に反対の様子。
私としては、どの様な頻度か不明だが司祭が研究の為に足繁く通えるぐらいだし杞憂に思える。
親身に心配をしてくれる気持ちはありがたいが、此処でさすがに考えを改めるつもりはない。
「ええ、勿論。此処で引き下がって何になるんです」
揺ぎ無く宣言してみせると、フェリクスさんは目を丸くすると唸りながら眉間を抑えた。
ロジャー神父は困り顔を浮かべ、申し訳ない事に此方の判断を待ってくれている。
「ザイラさんは?」
フェリクスさんを押しのけ、一睨みするヒューゴーに姿が見えないザイラさんについて問う。
ヒューゴは背後を一瞥しては、此方へと再び視線を戻す。
「ゆっくり来るってよ・・・ってか、御前は何処まで付いて行く気なんだ?」
ヒューゴーは肩を竦めては苦笑すると、フェリクスさんに対して皮肉めいた物言いをする。
転倒してからのザイラさんは妙に慎重だ。
それでもあの穴から此処まで目と鼻の先ほど、二人がこれだけ騒いでいるのも有るので見失いようがない。大した暇は取らないだろう。
「アメリアちゃんの元旅仲間として心配だし。危険に首を突っ込むと言うなら協力するのが人情って奴じゃないかな?」
フェリクスさんは大袈裟な身振り手振りで心情を語って見せると、口元を引き締めてヒューゴーを諭す。
「・・・それでも帰れ。広場の事も有るし、目的がみえみえなんだよ」
ヒューゴーの疑念はより深くなっている模様、彼の悪癖まで発揮されてしまった。
その手には弓が握られ、引き延ばした蔓には炸裂玉が付いた矢が番われている。
「ちょ・・・君達止めたまえ!」
ロジャー神父が止めに入るが、ヒューゴーは素早く二股に分かれた投擲具の弦に炸裂玉を番えた為に手が止まる。
「余計に胡散臭いんだよ。良いから帰れ!」
「ヒューゴー!」
疑念が晴れずとも、これは幾ら何でも短慮に程が有る。
ロジャー神父と共にフェリクスさんを庇いながら声を張り上げると、洞窟内を揺らす荒々しい足音が私の声を掻き消した。
「何をもめてんだい!」
燃える様な赤い髪を振り乱し、迫力のある咆哮のようなザイラさんの怒声が響く。
その恐ろしい形相が灯に照らされ、ザイラさんが口を閉じると共に牙が擦れ合い、吐き出す息に火の粉が混じり風に舞った。
「あ・・・!?」
ヒューゴーは投擲具に炸裂玉を番えたまま。
投擲具を引っ込めようとするが、慌てた為に手から滑り落ちた炸裂玉に引火して煙を上げて弾け飛んだ。
耳を劈く破裂音、折れた矢と炸裂玉の破片が身を伏せた私達の頭上や洞窟内を飛び交い、低い地鳴りのような音が響く。
「悪いね、つい勢いで・・・」
ザイラさんは火傷を負ったヒューゴーに申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、俺も悪い・・・」
頭を押さえられたままのヒューゴーは、さすがに分が悪いと解っているのか声が徐々に萎んでいく。
騒動は収まり一息つくも、未だに収まらず腹の底に響く重低音と振動。
岩壁から転がり落ちる小石に亀裂、何が起きるかなんて言わずともない、思わず全員で顔を合わせる
「これ・・・さっきの爆発が関係あったりする?」
フェリクスさんは苦笑いをしながらも誰が笑うと言うのか、冗談めいた言葉を口にする。
天井に亀裂が樹状に走り、雷のような音を立てながら範囲を広げていく。
「んな訳があるか!」
ヒューゴーが怒鳴るや否や洞窟は内側へ傾き、吸い込まれる様に砕けた天井や床が崩れ落ちていく。
徐々に傾く床に抗い出口に向けて走ると、舞い上がる粉塵が此方に吹き込み視界が明るくなった。
掘られた通路の壁を挟んだ先は恐らくは先ほど覗き込んだ空洞、今更ながらそれに疑問が湧く。
「そもそも、あの穴は石像が倒れた事で開いた物だったりして?」
「もう何が自重で沈んだとか、そんな事は如何でも良い。今回は諦めて引き返すよ!」
ザイラさんは乱暴にそうに私に答えると、息を切らしながら後を追うロジャー神父を背負う。
誰が足を引っ張るでもない、崩れ倒れゆく壁や天井を避け、抗うように斜めの床をひたすら駆け抜けた。
背後で何があったか振り向く余裕はない、押し迫る危機に追いかける崩落。
洞窟を必死の形相で飛び出し、広範囲にわたる惨状に肝を冷やしながら息も絶えだえに庭木の根や幹にしがみ付く。
「此処から・・・どうするかだね」
ロジャー神父は安堵の表情を浮かべるも、教会の庭に空いた大穴と何事かと集まる野次馬を目にして蒼白になる。
「ああ、主よ・・・女神ウァルミナスよ」
ザイラさんに抱えられたまま、ロジャー神父は手で顔を覆いながらさめざめと涙を流す。
これは誰にとっても絶望的な光景だろう。
「命あっての物種と言う物です。きっと女神様もお許しくださいます・・・よ?」
全員でしがみ付いた大木が斜めに傾く、何かの魔物の鳴き声のような音が鳴り根が抜け、私達が絶望する声を掻き消すように枝どうしが擦れ合う。
掴んだのは幸運でも手掛かりでもなく、揃って大穴へと落ちていくと言う不運だった。
本日も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
原初の地を求めて司祭の誘いを受けて遺跡の入り口に誘われる。
そこで教会を巻き込む想定外の事故にあい、岩に石像に魔結晶と
様々な物と巻き込まれ地の底に落ちていく。
それでは次回までゆっくりと御待ち下さい。
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次回は8月10日20時に投稿いたします。




