第01話 変化への一石ー一柱の神編
海に突如として現れた不気味な島の噂は瞬く間に国中へと広まった。
それが嘗て、邪神に与した者達を住まう闇の国テッラノックスである事を知る者は限られている。
この国を除き、それを知るのは偶然に島に辿り着いた私と船主であり商会長であるライラさん達ぐらいだろう。
すぐさま国は港の立ち入りの制限および海岸線への接近を禁止を通達。
結界により隠されていた此の島を広く知られてしまえば魔族の事も含め、広場での騒動以上の混乱を予測できるからだろう。
当然、商売あがったりな状況の我らの商会長の機嫌はすこぶる悪い。
ともかく保存が利かない物を市場で売り捌き、自慢の豪華なつくりの椅子に体を埋めると机に頬杖を突いては気怠そうな顔をしながら此方を睨んでいる。
「でっ、休暇はたの・・・しめた訳じゃ無さそうですねぇ」
ライラさんは私達を回し見ると羊皮紙を一枚取り出し机に広げると羽ペンを手に取る。
あれだけの騒ぎだ、ライラさんも何事が起きたのか把握済みだろう。
何時もは檄を飛ばされるが、疲労を顔に滲ませた私達を前に普通に同情してくれるとは珍しい。
ライラさんは私達を見て考える仕草を見せると、何かに思い至ったらしく辟易とした表情を浮かてはペンで机の上の羊皮紙を何度もコツコツと突く。
「ええ、ギルドの関係で少々・・・」
「クエストが白紙になったと・・・で?休暇の申請ですかぁ?構わないですけど、そのぶん給料は出ねぇですよぉ」
ライラさんは舌っ足らずな口で語りながらも釘を確りと刺し、弄るそうな笑みを浮かべては小さな溜息を漏らす。
此方の反応など見せずにインク壺に羽ペンを浸すと、さらさらと羊皮紙に筆を滑らせる。
文字を書き終えると机から視線を上げ、早く返答をするようにと何とも渋い顔。
此れは暗に訂正をする気は無いと言いたいのだろう。
「なっ!」
私が当然かと諦めの境地になる中、ヒューゴーが口に出しかけた言葉を必死に呑み込み口を手で押さえた。余計な事をとザイラさんの顔も青くなる。
私達が動揺を悟ったのか、ヒューゴーは必死の形相で唇を堅く引き結んだ。
商売を制限されて不機嫌な所で、ライラさんの機嫌を損ない事を荒立てては、無給の休みすら取り消しになりかねない。
その反応から気取られていない様子、如何にか危機は回避できた様で心底から安堵した。
改めて考え直すと、遺跡へ案内してもらうぐらいなら人の手を煩わせる必要は無いように思う。
「・・・ヒューゴー。教会は私だけで行くから大丈夫だよ」
私の一言にヒューゴーの顔は一瞬だけ明るくはなったが、ピタリと動きが止まり顔色が変えると急に眉間に皺をよせて唸りだした。
「待てまて!今更だろ、それに胡散臭い奴が・・・くそっ、俺も休む!国に神の情報なんて与えてやるか」
ヒューゴーは酷く慌てた焦った様子で私私を引き留めると、ライラさんに詰め寄り勢い良く音を立てながら机に両手をつく。
胡散臭いと言う言葉から推測する、その言い草からフェリクスさんへの疑念は晴れていないと察した。
早計な気もするが、今回の要因が国側の一部に有る事から紐づけたのだろう。
二人はフェリクスさんとの付き合いも浅い、怪訝に思うのも仕方がないか。
「へぇ、アンタ。意外と面倒見が良いんだねぇ」
ザイラさんは愉快そうに口元を緩ませると、私とヒューゴーを揶揄いながら名前が書かれた羊皮紙を爪先で突く。
ライラさんはムッと不機嫌そうな顔をすると、滑らかに羽ペンを羊皮紙の上で滑らせえ何かを書きこむ。
「う・・・ほら、色々と不味いかも知れないだろが。それに遺跡は浪漫が有るんだぞ」
ヒューゴーは何か言いにくそうに口籠るも、ザイラさんに揶揄われて本音らしきものを漏らす。
遺跡と言うがヒューゴーが考える様なものではないだろう。
ライラさんと言い、この人達は金目の物に目が無いらしい。
世界の存亡に拘る手掛かりを得る為にも拘らず、勘違いされている気がするが二人はすっかり付いてくる気になっている様子。
余計な諍いで場を乱したくはないので、今回はフェリクスさんには遠慮してもらう事にした。
カラカラと音を立てながらライラさんはインク瓶の蓋を静かに閉じると、此方の反応を窺うように机からゆっくり目を離す。
「でっ・・・これ書いておいたから、とっとと船を降りるですよぉ」
ライラさんは書き上げた書類に息を吹きかける。
紙面が乾いたのを確認すると私達に見せつけ、速やかに船長室から出て行くようにと煽る。
「んじゃ二人とも、商会長様の気が変わらない内に行くよ」
ザイラさんはライラさんに背を向けると、蝶番をカチリと捻ると一足早く廊下へと出て行く。
「無茶するじゃないですよ、取引においては慎重さと信用が何よりですぅ。つまりアタシは責任を負わねぇですよぉ」
ライラさんは気怠げにしながらも失態をしないようにと念を押すと、机の引き出しから別の羊皮紙を取り出して丸めると紐で綴じて私とヒューゴーの前へ突き出す。
「これは?」
机の上を転がしながら渡された羊皮紙の裏側には紋章の焼き印。
「ギルドが発行した・・・いわば身分証明書みたいな物の写しですぅ。予備の一枚とはいえ、無くすんじゃねぇですよ」
私達が想像するよりも早く事態は進んでいるようだ。
ここは逆に考えれば身分証さえ有れば出入りできるのだから幸運かもしれない。
「ええ、承知しました。無事に戻ってきますから安心してください」
「それは当たり前ですぅ。もし、破ったらお前の荷物は海の藻屑ですからねぇ」
ライラさんは私の返答に不貞腐れたような表情を浮かべると、高圧的に脅しを仕掛けてくる。
「は、はい・・・心に刻んでおきます」
信用が無いのか、心配なのか判らないが慣れてしまえば他愛もなく思えるものだ。
妙な慣れに苦笑しながら退室すると、船長室の扉を背に胸を撫で下ろす。
「俺達は此の身形のせいで他種族からよく酷い目にあう。だもんで、出身地によって訛りはあるが基本的に口が悪い。あんま気にすんな」
ヒューゴーは人種独特の苦労を明け透けに語り肩を竦ませてみせると、唖然とする私の膝裏を蹴る。
「アンタは足癖も悪いね・・・アタシも蹴って良いかい?」
私が蹴られるのを目にしたザイラさんの口元がニタリと悪いい笑みを作った。
「ふ・・・ふざけんな!船を降りるぞ!」
まさに蛇に睨まれた蛙、ヒューゴーはザイラさんが足を上げるのを目にするなり顔面蒼白になると廊下を抜けて階段を駆け上っていった。
騒ぐあまりライラさんが扉越しに怒鳴る、それを背に船を急ぎ足で降りると、思った以上に港の空気は一変していた。
商人に加えて船乗り達も殆ど見掛けず、、港から賑わいが消えて代わりに異様な緊張感が漂っている。
沖合には国章を掲げた船が数隻、混乱を防ぐ為か手前の三隻により闇の国は視界から隠しているようだ。
「・・・ともかく、ギルドに行きましょうか」
港の入り口で検閲を受けたがライラさんのおかげで無事に通り抜ける事が出来た。
恐々とギルドへ向かったが、騒動のせいでクエスト事態が不成立に。
それに対する抗議でギルドが酷く混乱している様だったので中に入らずに肩を落としながら私達は街へ足を向ける。
帰船への道中、ブルーベルの花壇に集う妖精達に飴を渡して教会とフェリクスさんへの言伝を頼んだ。
何にしろ不測の事態が起きない事を祈るばかりだ。
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揉め事も無く順調に過ごす筈だった。
翌朝、ヒューゴー達を連れて下船しようとした所で思わぬ事に遭遇してしまう。
甲板へとつながる廊下、青白い顔のコウギョクに捉まってしまった。
「なんじゃ、目覚めたら傍に誰も居らぬから酷く焦ったぞ」
ヒノモトの神様の集いに参加するために憑依の術を使用すると聞いていた、謂わば私達で言う所の魔力不足の状態にあるのだろう。白く大きな耳は萎れており、その顔には疲労が滲んでいた。
確かに黙って出て行こうとした事は不誠実だったかな。
「知らせなくてごめん。教会に用事あって急がなきゃなきゃならないんだ」
宥めるもコウギョクは納得がいかない様子、踵を返そうと足を捻ると足元に縋る様に駆け寄る。
異国の神様とはいえ、弱っている姿を見せられては立ち去り難い。
「ま、待たぬか」
何時になく真剣な紅い瞳、話に耳を傾けようと足を傾けようとした所でヒューゴーがコウギョクの腕をつかみ割り入った。
ヒューゴーと目が合うと、気怠そうにしながらも煩わしそうな表情を浮かべるコウギョク。
「悪いが時間がねぇんだ」
今回のヒューゴーに何時もの喧嘩はやさ無く落ち着き払っていた。
そのままコウギョクの肩を両腕で掴むと体を反転させて寝所の扉を開けて無理やり押し込んだ。
「妾は神ぞ、話しぐらい聞けぬのか」
ヒューゴーと両手を組み合わせ、コウギョクは押し合いを始める。
一瞬だけ元気なのではと眼を疑ったが、コウギョクは見る間に部屋に押し戻されていく。
「そうだとしても今は休みな。話が有るならそれからだよ」
ザイラさんは入り口にしがみ付くコウギョクを軽々と引き剥がすと、襟首を掴み寝室に入るとベッドに放り投げて戻ってくる。
喚くコウギョクの声を無視すると、ザイラさんは後ろ手にパタリと閉じて此方にニヤリと笑い親指を立てた。
一息つくと遠くで教会の鐘が鳴る、それは約束の時間が迫っていると告げる物。
「無理せずしっかり休んでね」
一応、扉越しに声をかけるがコウギョクからの返答は無い。
この船には船医もいるし大丈夫だろうと自身を納得させて三人で慌てて港を後にした。
街中は予想通り帰国できずに困り果てた人々で溢れ返っている。
国への船の要求、長期滞在が厳しいと嘆かれたりと、酷く混乱する声が飛び交う。
騒動から疑念はあれど、さすがに対処しきれず疲弊する兵士達には同情を禁じ得ない。
幸いな事に教会は中央から離れた場所にあり、静かだが訪れる人々も増えて以前の光景が戻ってきている様子に安堵した。
今更だが、ヒューゴー達の優しさに甘えて一緒に来てもらったが私事に巻き込んで良かったのだろうか。
「今更、帰れとは言わない・・・」
ザイラさんは冗談めいた口調で言うと一方を見つめたまま口を噤んだ。
教会へと赴く人々の中に良く見知った顔を見かけ、三人で目を逸らすと顔を向かい合わせるなり私に疑惑が向けられた。
「アメリア、これはどういう事だ?」
何方からも私が呼んだのだろうと言う疑念が向けられる。
何の悪戯か足音が此方へと近づいてくる、ザイラさんは堪らず其方へと視線を向けると心の底から面倒臭そうに頬を引き攣らせた。
「いやぁ、偶然だね。オレは教会の教義に反する事をしたお許しを頂きに来たんだ」
フェリクスさんは此方の反応など気に留めず、訳を一方的に話し出す。
致し方が無いとはいえ、教会と女神様を疑うような行為を反省してと言う所だろうか。
尤もらしいが同時刻に居合わせると言うのは何と言う偶然なのかと疑問に思う。
「そうですか、それじゃあ私達は此処で」
「そうかい、それじゃあ此処でお別れだね。でも当分はこの国に留まるんだろ、機会があったらデートしようね」
意外とあっさりとした返答に虚を突かれたが、話を聞くうちに結局は何時ものフェリクスさんだと思い知らされた。
「お断りします」
この場を切り抜けようにも取り敢えず愛想笑いを浮かべる。
微妙な静寂、教会の中から祭服を来た青年が資料を抱えてくるのが見えた。
私達を発見するなり驚いた表情を見せると、ロジャー神父が息を切らしながら駆け寄ってくる。
「一時はフォンドールの教会に主に見放されたかと思いましたが、巡り合わせとは数奇な物ですね」
「ええ、本当ですね」
海上での魔族の襲撃に加え、カーライルの教会に身を寄せた物の再びの海路の封鎖と不遇な人だ。
私達の前で資料に目を落とすと、眼鏡をたくし上げながら私達を見上げる。
「えーと、ゴトフリー司祭の代理のロジャー・スタンフィールドと申します。本日は皆さんをご案内を仰せ使いましたので、なんなりと御質問をなさってください」
ロジャー神父は資料を片手で抱えると、確認するように私達の顔を窺う。
「早速ですけど、遺跡は何時ごろ発見されたのでしょうか?」
遺跡など今まで聞いた事が無かったが朝一番に呼び出したのだ、一応は訊いておきたい。
ロジャー神父は確認するようにゆっくりと何枚かの羊皮紙を捲る指をピタリと止める。
「二ヶ月前からの様です。ここ最近、頻繁に地震が起きるので、その際に発見された物だとか」
説明をするロジャー神父の顔が曇る。
「地震ですか・・・」
決して喜ばしい事ではないが、求めに応える様に手掛かりを得る機会を得たのは神様の導きか偶然か。
思案する私とザイラさん。
ヒューゴーは警戒を崩さずにいたが怯む様子は無く、フェリクスさんは興味深げに頷くと笑顔でロジャー神父に声をかけた。
「それじゃあ、オレもアメリアちゃん達に付いて行って良いかな?」
私達の反応を何の事も無いようにヘラリと躱すと、フェリクスさんはロジャー神父に同行の許可を求める。
「ええ、構いませんよ。ご案内します」
此処までくると諦めがついたのか、ヒューゴー達は何も言わなかったが逆に肩身が狭い。
ロジャー神父の姿は教会の庭へと吸い込まれていった。
よく手入れされた庭で異質な物が目に付く。
苔むし朽ちかけた石像の様な物、その元の姿は解らずとも見るうちに妙な感覚がした。
「さあ、此方です。非常に狭いので頭をお気を付けください」
崩れた石像の横を擦り抜け台座らしきものが在ったと思われる場所、古びた臭いがする入り口をカンテラで照らすと光る魔結晶が埋められた地下への階段が続いていた。
本日も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
投稿が遅れましたが、久々の新章突入です。
がんばります!
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次回の投稿は8月3日20時の予定です。




