第51話 憂いの残滓ー善なる神の憂い編
首に突き立てられた刃が光を反射する、此ればかりは私が迂闊だったとしか言えない。
自身の知る人物とあまりにも重なる、確かめたいと言う衝動に負けてしまった。
つまりは弁明の余地のない自業自得。
ヒューゴー達が私を心配そうに見つめている、二人には手出し無用と首を横に振り相手の言葉に耳を傾けた。
「功績を立てて勘違いをしたか、アレクシス殿下は御前の様な下民の娘から声をかける事が許されはしない」
剣は喉元に充てられたまま、鋭く冷たい感触を感じながら自身の迂闊さに後悔する私を近衛騎士は威圧的に振る舞う。
怒りも妥当だろう、自身の中に浮かんだ疑惑を晴らす事に目が曇ってしまった私の失態だ。
静かに息を吐くと、握っていた剣を鞘に納める。
「し・・・申し訳ございません」
焦りのあまりに言葉をつまらせながら反省の言葉を告げる。
然し、喉元に添えられた剣は外される事は無かった。
「教会を完全に信用したわけではない、このまま御前には城へ来てもらう」
近衛騎士は瘴気や穢れの障りに遭った人々に交じり運ばれていくテッドの死体を一瞥すると、視線をゴトフリー司祭に向ける。
テッドとの関わりを理由に教会の差し金と疑っており、その教会の力を借りた私もついでに火の粉を被ったわけか。
女神様達を顕現させたのは、疑惑を反らす為だと考えているのだろう。
身動きが取れない私をザイラさんが歯痒そうに拳を握り締めながら不安顔で見ている。
此処は素直に応じるしかないと肩を落とすと、ヒューゴーの顰め面で此方へと歩いてくる姿が目に留まった。悪い予感しかしない。
「おい・・・」
「ヒューゴー!」
どの様な事を言うつもりかは解らない。
そうだとしても制止せざる負えず、ヒューゴーの名前を叫んだ。
怪訝そうに近衛騎士の片眉がピクリと吊り上がる。
失態の積み重ねに絶望すると、静観していたその主の口から思わぬ言葉が飛び出してきた。
「不敬を許そう。これを心に刻み、自身を振る舞いを改めよ」
「はい、ありがとうございます」
アレクシス王太子殿下は憤慨する近衛騎士を擁護するどころか、さも他愛も無い事かの様に涼しい顔で剣を下げる様に手振りで命じる。
開放されて漸く、息苦しさから解き放たれた事にヒューゴー達と共に安堵するが、当の近衛騎士は頭に血が上り納得がいかない様子。判り易く顔を歪め、鼻息荒く主に噛み付いた。
「殿下!お言葉ですが、教会と繋がりがある娘です。末端の者が捕らわれたとはいえど、大本は判明しておりません、お気を許されるのは早計に存じます」
推測はおおよそ当たっていたが、教会を疑う彼の考えに揺るぎは無いらしい。
猜疑心からか自身も立場を忘れ、メイウェザー団長との関わりまでを疑われている様だ。
「ネイサン、口が過ぎるぞ。それと何故に教会を疑う?」
王太子殿下は額に手を当てると、近衛騎士に不快そうな顔で冷たく諫める。
息が詰まるような一瞬、近衛騎士の顔の赤みが見る間に褪せていく。
「も、申し訳ございませぬ!しかし、既に周知されて・・・」
近衛騎士は謝罪を口にするも、周囲を見回しては何かを口にしようとして言葉を呑み込む。
「理由はそれか。だが、これでは再検討の必要すらないな」
王太子殿下は此方に目もくれずに近衛騎士を諭し、空に残る六つの光の帯と徐々に薄まり消えていく女神様の姿を見上げる。
暗にこれ以上の証拠は無いと示された為だろう、近衛騎士も空を見上げると冷や汗を流しては神妙な面持ちで静かに頭を下げた。
「勿論です。噂に縛られ冷静さを欠き、出過ぎた事を口にしてしまい大変申し訳ございません」
良い物よりも悪評は長く記憶に留まる、しかし王太子殿下が提示した証拠以上の物は無い。
謝罪は無いが喉元に充てられていた剣は下ろされ、王城での尋問は免れたと察する。
安堵するも状況は芳しくない、瘴気に充てられた人々の容態は様々であり、教会による穢れの浄化が粛々と執り行われている。
ゴトフリー司祭は瘴気に充てられた人々の救護の支持を出すと、自身に向けられる視線に気づき苦笑する。
「横より失礼いたします。結界の護りも盤石ではございません、殿下の御身の為にも留まるよりも如何か安全な場所へ避難されてください」
ゴトフリー司祭は私達の顔色を探る様に視線を泳がせると、穏やかな表情を崩さないままに近衛騎士に対して王太子殿下の避難を優先すべきと促す。
近衛騎士は反論の余地もないと認めたのか苦虫を噛み締めて黙り込むが、足はその場から離れようとしない。
そんな様子を危うく思ったのか、一人の兵士が此方へとのんびりと歩いてきた。
「ネイサン殿、何を成されているんです?殿下を城にお連れしないと駄目じゃないですか」
兜を脱ぐと、白金の髪が風に揺れる。
フェリクスさんは私達を一瞥すると、近衛騎士に向けて軽薄な笑みを向けた。
顔を合わせた時の反応から、お互いに馴染みのある間柄のようだが近衛騎士の顔はフェリクスさんとは対照的だ。
「お前、今の立場を理解しているのか?以前はまだしも、今の貴様は一兵士に過ぎないのだぞ」
フェリクスさんの態度に近衛騎士は青筋を立てると、動じない様子のフェリクスさんに顔を赤く染めて詰め寄る。然し、フェリクスさんは委縮するどころか余裕を崩さず、へらへらと口角を緩めた。
「自身の発言の間違いを認められずに引っ込みがつかなかくなったと言う所ですか。最優先事項より、自身の自尊心を優先する相手に対しては別ですよ」
フェリクスさんは全てを把握しているかのように、近衛騎士の発言や場に留まろうとしている事を咎める。
いきなり現れて此の物言いや振る舞いには私も苦笑したが、近衛騎士の方は心中を中てられてしまったのか苦虫をかみつぶしたような険しい顔でフェリクスさんを睨みつけた。
「く・・・何時から聞いていた?私は自身の責任を放棄する気は無い」
「それならば良かった、城はアチラですよ」
フェリクスさんは後ろを振り向くと、凄む近衛騎士に城を指さして期間を促す。
その様子を見た王太子殿下はフェリクスさんと目を合わせると、深い溜息をついた後に眉間に皺を寄せて額を抑えた。
「貴様、幼い殿下を山賊から救い出したからと言って調子に乗るとしっぺ返しに遭うと覚えておけ!」
フェリクスさんの軽薄な振る舞いが如何にも性が合わないのか、自身を軽んじた態度が癇に障ったのか近衛騎士は冷静を欠き怒鳴りつける。
怒りの勢いでとはいえ、フェリクスさんが王太子殿下の恩人だったと言う話は初耳だ。
「山賊・・・」
無関係の筈にも拘らず、何かが引っ掛かるが具体的にそれは表現しがたい。
そんな私の頭をフェリクスさんはクシャリと撫でると、近衛騎士と向き合い肩を竦ませ鼻で笑った。
「はいはい、覚えておきますよ」
フェリクスさんの態度に近衛騎士は不快そうに眉間に皺を深く刻んだが、何かを言う訳ではなく腕を組んでは目を逸らした。
「ネイサン、城へ戻るぞ」
王太子殿下は恐縮する教会の面々に何かを訊ねると、近衛騎士へ帰還を命じる。
「・・・御意」
それに近衛騎士は低く落ち着き払った声で応えると周囲を見渡し、教会からの誘導を無視しながら広場を自身で警戒しながら慎重に歩き出す。
漸く邪神と対面する事と別の緊張感から解放される、そう思いながら近衛騎士ともに立ち去る王太子殿下の背中を眺める。
あの不思議な瞳や妖精からもしやと思っていたが、気が抜けた事で全てが偶然で私の思い込みだったと今更ながら思い羞恥心が込み上げてきた。
「仮面を取った所を見た事が無いのに何をやってるのだろ・・・」
思わず顔を手で覆うと、周囲のざわめきと共に王太子殿下に呼び掛けられた。
慌てて顔を上げるが、私を見つめる王太子殿下の瞳にあの時の様な揺らぎは無い。
「そこの娘、名を何という?」
「アメリア・クロックウェルと申します」
命じられるまま名乗るも、改めて人違いだと思い知らさるようで気が重い。
反応は薄く無言のままの王太子殿下の視線を追うと、それは私が握ったままの剣に視線を向けられている事に気付く。
すぐさま我に返り、借りたままだったと気づいては慌てて剣に着いた汚れを拭う。
「此度は剣を御貸しいただき、深く感謝しております」
膝まづくと両手で剣を支えては差し出せば、王太子殿下は受け取るなり顔を顰めた。
「アメリア・・・俺は御前の知る者ではない。此度の功績は称賛に値すれど、この様な事が許される幸運は二度とないと思え」
「はい・・・承知致しました」
直々に許しの言葉を賜ったが、同時に釘も刺されてしまった。
王太子殿下が踵を返し、私に背を向けて歩き出すの見送ると険しい顔の近衛騎士と目が合ってしまう。
思わず目を逸らした所で、励ましなのか何なのかザイラさんに思い切り背中を叩かれた。
「げほっ!ごほっ・・・加減を・・・」
「ごめんよ、あまりに判り易くしょげているからさ」
謝っているのか揶揄っているか、判らない調子でザイラさんは謝ってくる。
その傍らでは、これで何時もの自分の気持ちが解っただろうと言わんばかりの憐れむような表情のヒューゴーが顔を覗き込んできたが見ぬふりをする事にした。
「アメリアちゃん、お疲れっ!あのオッサン、頭が固いし無茶しちゃだめだよ」
フェリクスさんは教会の手伝いをするわけでも、瘴気に中てられ人を運び出す騎士団に加わるでもなく留まると暢気に軽口を口にする。
王族を護衛する立場にある人をオッサン呼びは大丈夫なのだろうか?
周囲を良く見渡せば広場の浄化も進み、残るは私達と儀式に関わる人々となった。
「これも剣である貴女への主の御加護でしょう。これから我々に対する疑惑も解け、堂々と振る舞えると思うと晴ればれとした気分です」
国に広まった噂が覆される出来事が起きたとはいえ、一部とはいえど邪神が顕現すると言う災厄があったとは思えない様子でゴトフリー司祭は上機嫌だった。
「ははは・・・」
確かに加護のおかげだ、無ければ今頃どの様な戦況になっていただろう。
驚くほどの変わり様だが、肩の荷が下りたと言う感覚は理解できる。
そもそも憲兵と一人の僧兵を操り、邪神の顕現の企みを教会へと反らそうとした理由は未だに靄の中。
この国がそんな状況に置かれている事には一抹の不安をおぼえる。
早く邪神による不安を取り除く事が先決だが、それは容易い事ではないと思う。
「ちと良いかい?司祭さん、祝福の儀って奴はどうなるんだい?」
ザイラさんは話しかけるべきか躊躇する仕草を見せると、ゴトフリー司祭の顔色を窺いながら訊ねる。
「この地が主の祝福を受けた原初の地なれど、そう頻繁に顕現は成せません。浄化を終えた後、再会を検討しておりますよ」
ゴトフリー司祭は緩んだ顔を引き締めると余裕の表情を覗かせ、儀式は予定を守り遂行すると答えた。
「そっか!こんな事があったにも拘らず頼もしくて安心したよ」
その返答にザイラさんも満足の様子。
ケイトの事もあり私も安心したが、聞き流せない言葉に思わず心中を口にしてしまった。
「原初の地・・・」
「なんと!神話に興味がおありでしたか・・・では、遺跡は如何でしょう?」
ゴトフリー司祭の瞳が輝き出したように見えた、気なしに呟いた一言に此処まで食いつかれた事に若干ひくと一種の愛好家の如く詰め寄ってきた。
儀式が恙無く行える事だけではなく、個人的な域まで達して周囲が見えなくなっているらしい。
「・・・はい!」
当初の目的の始まりの地を探すと言う目的にも繋がるかもしれない。
遺跡と言ったが、どこに案内されるか判らない。
けれども断らず、手掛かりが有る可能性が有るならばと私は承諾する事にした。
「良ければ明日、手の空いている者に案内させますが如何でしょう?」
「是非、お願いします!」
「待て、先にあの商会長に相談しろ。予定とか色々、あんだろうが」
ヒューゴーだった、無意識だったが私も浮かれているように見えたらしく咎める様な視線が突き刺さってきた。
そう言われてライラさんの姿が思い浮かび気が重くなる。
「う・・・ライラさんか」
冒険者として気の向くままに旅をしている訳では無いと改めて思い出す。
商売で世界を回っているのだ、私もゴトフリー司祭の事は言えない。
私達の会話から察したらしく、ゴトフリー司祭は困ったように眉尻を下げる。
「それでは話だけ通しておきましょう。精霊の剣である貴方に興味を持って頂けたのです、正午であれば何時でもお越し頂いて構いませんよ」
「ご、御面倒をおかけしてすみません」
こうして教会との約束を取り付けるとゴトフリー司祭は頭を下げ、忙しさが増したと思われる儀式の支度に奔走しだす。
これからライラさんを説得する事を考えると気が重いが致し方が無い。
眉間に皺をよせ、広場から出る様に命じられるままに歩き出すとフェリクスさんから思わぬことを聞かされた。
「俺もアメリアちゃんについて行って良い?」
「は?」
フェリクスさんも今や冒険者ではなく国の兵士だ。
ただでさえ今回の件に至っても国側に疑惑はあり、自身も教会を疑うような事を行っていたにも関わらずに何を言うのだろうか。
「くんな、ヴォケ!お前は教会を疑っている側だろ?」
口が汚いが、私も思っていた事をヒューゴーが口にしてくれて助かった。
フェリクスさんは大袈裟に驚いた反応してみせる。
「こえー、チビッ子だな!オレは仕事だからやっていただけだよ」
「んだと?!公私は別だってか?胡散臭ぇ!」
ヒューゴーは小馬鹿にした物言いをされて腹を立てたらしく、露骨にフェリクスさんへの敵対心を強めていた。然し、ヒューゴーの言い分も一理ある。
「こちらも事情がありますし、どうなるか判りませんから教会に相談してみますね」
「お、じゃあ妖精を送ってくれれば良いから!」
フェリクスさんはそう言い残すと、遠くで自身を呼ぶ声に応えて私達から離れていく。
祭殿から自身の得物をそれぞれ受け取ると、ザイラさんが珍しく難しい顔で私を見下ろしていた。
「アメリア、アイツとは旧知の仲みたいだけど白黒がつくまで注意しな」
無事に儀式は行われる事となったが、確かに根本的な解決には至っていない。
ザイラさんの言葉に納得せざる負えなかった。
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広場を出ると儀式の再開に至って、参加者への説明が行われている場に遭遇する。
そこで必然とケイトと祖父と鉢合わせた。
「お姉ちゃん、おかげでストライド商会はホックホクだよ。新作の注文が押し寄せてきたって!」
あの場において瘴気などの影響を心配していたが、ケイトの顔色は逆に血色が良く艶々としていた。
「そ、そうか、良い宣伝になったんだね・・・」
「儀式が終わったら宿に会いに来て。色々と、オモテナシしちゃうから!」
ケイトの興奮は話すにつれて増していく。
然し、隣に控えていた祖父はそれを芳しく思わず、ケイトの襟首を引っ張り顔を険しい顔で睨む。
ケイトもこれには耳を後ろに倒し、反省している様子を見せた。
「アメリア・・・用事が有るのだろう?此処は儂が全力で止めておく」
「ありがとう、任せたよ爺ちゃん」
「おう、期待すんなよ」
任せろと言わんばかりに祖父は胸を張る。
「ケイト。儀式、真面目に受けなさいよ」
「う、解ってるよ・・」
ケイトは苦笑すると、祖父と共に私達を見送ってくれた。
人が行き交う街並みを歩き、見覚えのある三叉路へと辿り着くと潮風が吹き込んでくる。
正直、休み明けに追加を要求する事が通るか気が重い。
「おい、置いていくよぉ」
ザイラさんに呼ばれ、海への坂道を降りると町と打って変わり港の雰囲気が急に重苦しくなった。
忙しなく走り回る船員や商会の荷運びも手を止め、揃って海を凝視している。
「何か港の方が変じゃないか?きな臭い雰囲気がする」
ヒューゴーは顔を顰めるなり、人を掻き分け走っていく。
状況を把握しようと港に集まる人々の声に耳を傾ける
「なんだ?この海域にフォンドール以外に島なんて在ったか?」
「真っ黒で気味悪いな」
渋い顔をする船乗り達の間からヒューゴーが手を振るのを確認し、ザイラさんによって作られた人混みの中の道を通り抜けていくと水平線の先に浮かぶ黒い島影が目に留まった。
「ほら、これを盗・・・借りたから覗いてみろ」
ヒューゴーが誰から拝借したのか望遠鏡を押し付けてくる。
罪悪感を感じながら覗くと、目を疑う物が目に飛び込んできた。
「何で・・・」
島の上空には黒雲、古城と不気味な森に陰気な街並み。
そこには世から隠蔽されている筈の闇の国の姿が浮かび上がっていた。
本日も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
立て続けに更新が遅れてしまい本当に何と申し開きしたものか・・・
不信感を抱かれるような事をしてしまい申し訳ございません。
そのうえで心苦しいのですが、家の事情により7月20日の更新は
お休みさせて頂きます。
休みを挟み、27日20時の更新となりますが間に合うように精進
しますので宜しければゆっくりと御待ち下さい。
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次回は7月27日20時に投稿いたします。




