第50話 煩わしき邪悪ー善なる神の憂い編
光の妖精の群れが穢れた空に舞い、託された剣を握り締める私の脳裏には仮面が思い浮かんだ。
信頼して共に戦ってきた友人の素顔など気にした事が無かった。
されど相手はこの国の次代の王となる身の貴い身、何故に私は似ていると思ってしまったのだろうか。
同一人物では無いと理解しているが、まるで彼が命じた時の様に意のままに障壁を張る姿に脳が混乱する。
この僅かな思考の時を妨げ、媒体となる心臓が脈打ち大きく膨れ上がった。
媒体は穢れを取り込み、樹状に伸びる触腕が吹き出す様に幾本も生えていく。
蠢く触腕は心臓を悍ましい魔物の姿に変えた。
「・・・そうくるのね」
邪神をこの場に留まる為、傍観者と言う立場でこの場を楽しむ事を捨てたらしい。
媒体が無ければ顕現も留まる事も不可能ならば、異界の穴があれど力は不完全な物なのかもしれない。
それに反して王太子殿下は妖精を呼んで以降、傍観者に徹しているが王太子殿下は剣を私が制異例の剣を何故知っているのだろうか。
王太子殿下からお借りした剣は装飾は言わずもがな、光を反射して煌めく細剣だった。
剣を握り駆け出す私の姿に、媒体に開いた紫の瞳が回転すると不愉快そうに歪む。
ただの高みの見物のつもりが祓いの儀式が止められず、意のままに行かないうえに疎ましく思う自身の半身の徒が剣を突き立てる事が屈辱的なのだろう。
不愉快極まりないのだろう、触腕は放射状に延びては頭上で広がり投網のように蔽いかぶさろうとしている。
自身に襲い掛かる触腕を切り落とし、ただの穢れに戻ったそれは嫌な水音を立てながら異臭を放ち地面に広がる。王太子殿下は既に退避した様子。
儀式を妨げる脅威、奥歯を噛み締めると地面を踏み込んでは、風の加護を口遊む。
すると、頭上を追い越す熱気と共に視界が赤く照らされた。
「アメリア、あんたが向かうべきはソッチじゃないだろ」
燃え落ちて炭となる穢れ、その鼻を突く臭いには火を吐いたザイラさんも儀式を行う面々も顔を顰める。
ザイラさんは口から煙を漂わせながら手振りで私を制止し、真っ直ぐ女神像に張り付く元凶を指さした。
その片手には折れた結晶灯が大槌の様に握られている。
それが折ったり引き抜いた物では無い事を祈りながら踵を返す。
「頼みます・・・」
儀式の祝詞は乱れず紡がれる。
漂う煙を潜り抜けるとザイラさんの短い笑い声に続き、背後で何かを叩き潰す不快な音が響いた。
「二度とこっちの世界を手に入れようなんて思えないようにしてやんな!」
自身の得物と似た鈍器を手にし、馴染む感覚に気を良くしたのかザイラさんの機嫌がよさそうな激励が飛ぶ。
媒体となったテッドの心臓に宿った邪神の第二の目が大きく見開かれると、全ての触腕が私に向けて収束していく。
「勿論!」
押し寄せる触腕を押し切る勢いで切り裂いていく。
儀式より今の自身の核となる物を優先したのだろう、媒体に毛糸玉のように巻き付きながら私を捕えようと伸びる攻撃は止まない。
「最後の一発だ。絶対、外すんじゃないぞ・・・!」
ヒューゴーの声が聞こえ、視線の片隅に真っ直ぐ飛んでいく球体が過った気がした。
どう考えても嫌な予感しかしない。
私は自身に絡みつこうとする触腕を切り落とすと足を止めて踏ん張り、後方へ飛びのくと耳を劈く破裂音が鳴り、触腕が抉れて四散した。
あまりの突拍子もなく危険な不意打ちに眉根を寄せると、ヒューゴーは舌打ちをしながら顎をしゃくる。
「解ってる。絶好の機会をありがとう」
私は露出した媒体を再び隠そうと形を変える穢れに向けて剣を振り上げた。
すると鈍い音が鳴る、短剣を身構えたままヒューゴーが吹き飛び地面を転がる。
苦し気なヒューゴーの声を聞きながら目にしたのはメイスを握り締めて立ちはだかるは見知った人物、それはメイウェザー団長であり瞳には紫の光が私を見据えていた。
結界外の人々と同様、邪神の術に魅入られた瞳だ。
「奴の加護を受けていようと愚かな娘よ。迷わず貫けば我を止める事も容易かったろうに」
メイウェザー団長の口を借り、邪神は愉快そうな声を上げる。
空も地上も、二つの邪神の瞳が嘲笑を含み弧を描いたかと思うとメイスが振り下ろされた。
火花を散らし軌道を反らせ様にもメイウェザー団長の一撃は重い。
それが私の脳天に下ろされるよりも早く、柄頭を相手の肘に叩き込む。
僅かに腕がぶれる、メイウェザー団長の脇腹を蹴り飛ばすと横を擦り抜けると邪神の瞳に剣を突き立てる。脈動は徐々に鎮まり、媒体となったテッドの心臓は動きを止めた。
「良くやったよ!」
「へっ、馬鹿か一時凌ぎに決まってんだろ」
ザイラさんとヒューゴーの弾む声が耳に届く。
せめてもの情けと短く冥福を祈ると剣の柄を固く握り引き抜く、テッドはどのような経緯で狂信者となり実行犯となる意思を固めたのだろうか。
「本当に悪趣味ね・・・」
苦々しく思いながら穢れが纏わりつく残骸を眺める。
空は相も変わらず憂鬱な色のまま、しかし呼ばれた当人はさぞや口惜しく思っている事だろう。
見上げと紫の眼球は錨に歪むどころか、愉快そうに弧を描いていた。
「思い知らせてやろう、我が世界を一柱を担う唯一の神だと言う事をなぁ!」
邪神の声が、メイウェザー団長の口から私達の慢心を嘲笑う声が響く。
此の地に定着できずとも、留まる手は残していたのだろうか。
剣を深く突き立てられた媒体となった心臓に穢れが収束して中へと流れ込んでいったが、それはすぐさま尽きてしまう。
「残念だが、それは御前の妄言に過ぎない。妖精がただ傀儡の者を制する為に現れたと思ったか?」
忠告をする近衛兵の言葉を受け流すと、王太子殿下は意味深な顔で傍観者気取りの神を見上げる。
見間違いと思っていた殿下の瞳は自身を囲む数人の妖精の光に照らされ銀色に光っていた。
誰か確信めいた記憶が過る、数多に浮かぶ断片の中に何故か無関係な筈の小さな影まで浮かんだ。
「レ・・・」
思わず振り返り、その名を口にしようとした所で近衛兵の鋭い眼光が突き刺さる。
容易く王太子殿下と口を利かずに立場を弁えるようにと制されてしまったらしい。
口から出かけた名前を息と一緒に呑む。
珍しく酷く動揺した声が空から降ってくる。
「小賢しい・・・この地を新たな始まりの地にしてやろうと言うに!」
邪神の怒号が飛ぶ。
出鼻を挫かれ腸が煮えくり返っていると言う所だろう。
しかも、女神様と精霊王が集う日に狙いを定める所が自身を神として知らしめるに相応しいと踏んでいたらしい。
女神像を囲む儀式の列から光の柱があがり、王都の五方向からもあがると精霊王様が顕現し、邪神の目玉は囲まれた事に気付いたらしく紫の光を帯びだした。
メイウェザー団長と数人の団員が脱力し、その場に膝から崩れ落ちる。
如何やら私達への妨害をする余裕も無いらしいが様子がおかしい、ゆっくりとその瞼が閉じられていく。
「祈りは主の許に、我らが願いは間もなく叶う事だろう」
ゴトフリー司祭達が祈りの姿勢のまま頭御下げると、淀みの世界に光輪が現れ邪神を拘束する。
もがき暴れる邪神の上空が裂け、目が眩むほどの光の柱が地上へと降り注いだ。
白銀の長い髪をなびかせ、三対の翼で女神様が人類の前に顕現する。
「我々が分かたれ理由も、異界へ封じられた意味を理解できていないとは愚かな。故に唯一神による世界は叶わぬ」
女神ウァルミナスは邪神を冷やかに金色の瞳を細め侮蔑の視線を送り手を振り上げる。
六柱の精霊王はその手に集い、一振りの剣となり邪神へと振り下ろされた。
邪神の瞳の視点は定まらず乱れながら抗うと、光輪を砕き拘束から逃れ急降下すると地面を滑るように急襲を仕掛ける。
その進行方向には私達だけではなくゴトフリー司祭達が術を維持し続けていた。
「負け惜しみの最後っ屁なんて、ふざけんじゃないよ!」
ザイラさんは折れた結晶灯を振り上げ投擲する。
唸る様に風を切り、結晶灯は砕け魔結晶からは稲光を放ち粉砕。
迫る邪神の姿は弱っても尚、狂気を宿した瞳は止まらずに接近するのを目にして歯を食いしばり剣を手に私は駆けだした。
「させるかあぁ!!」
何と言う執念、嘗て世界を生み出した神の半身であれど度し難い。
接近するほどに濃くなる瘴気、それでも恐怖より強い力が胸に満ち、精霊の群れが私を星々のように瞬たたき突きつけた精霊の力を帯びた剣は深々と邪神を貫いた。
邪神は滅すると同時に瘴気へと変わる。
「・・・逃げられたか。然し、御前の功績は十分に称賛に値する」
気付けば隣に王太子殿下が立っていた。
眩しいほどの輝く鱗粉、王太子殿下の周囲を舞う妖精達が瘴気から私達を護ってくれたらしい。
やはり、これは思い違いじゃない。
「レックス・・・?」
此方へと向けられる銀色の瞳が僅かに揺れる。
然し、返って来たのは近衛兵から喉元に突きつけられた剣だった。
本日も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
『何度も反省の弁を述べながら、懲りずに遅延を繰り返ししてしまい申し訳ございません。
今後からは早めの報告と告知を心がけようと思います。』
本文の方は如何にか邪神を退けたように見えますが、不穏の種が世界に植え付けられたに過ぎません。
運命はどう転がっていくのか楽しんで頂けたら幸いです。
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次回の投稿は7月13日20時を予定しております。




