第49話 邪悪の媒体ー善なる神の憂い編
闇の精霊王様の瞼がゆっくりと閉じていく。
その表情はかつて闇の国で対峙した時の様な冷酷さはなく、どこか安堵したような穏やかな表情を私の瞳に焼き付けた。
ただ呆然と眺めるだけだった曖昧な意識が徐々に鮮明となり、同時に悲しみより内から怒りが込み上げてくる。
「貴方が女神様を護るように言ったのは・・・・こう言う事ですか」
剣の柄を握る手が震える。
像から流れ落ちた穢れが折れた剣の先端ごと闇の精霊王様が居た場所を呑み込み、粘性の高い不定形の魔物のように蓄積していく。
「やけに盛り上がっているな・・・穢れって、こんなにブヨブヨしているか?」
小さな丘のように留まる穢れを遠巻きに眺め、ヒューゴーは放たれる異臭に嫌悪を現わす。
ザイラさんは首を捻るも、一瞬だけ動きを止めてはヒューゴーを見下ろす。
「まっ、不快なのは確かだね。まあ、焼却するなら任せてくれても良いよ」
ザイラさんは共感するかのように何度か頷いたが、冗談めいた返答をする。
そんな二人を見て、私は奮起を決意した。
脅威が今もこうして争い苛烈になり、人間の醜悪な姿を自身に見せてくれると嘲笑を浮かべているのだ。
喪失を嘆いている間が有るなら、邪神を退ける儀式を遂行させなくてはと。
この好機に気が緩む者は無く、神具を手に儀式の支度に駆けずり回っている。
「あーもう!我ながら情けないっ!」
後悔に呑まれそうになった自身の頬を片手で叩く、闇の精霊王様は私に女神様を救って欲しいと願っていた。この借り物の剣のように心まで折れてはいけない。
「人間よ我の欲を満たさずに逃れられると思うな」
広場に響く邪神の声、儀式の手は止まり人々は神具を握りしめ堪える。
呪いのような邪神の声に悲鳴と怒号が一斉に響くと、騎士や兵士に冒険者と次々と団結が脆く崩壊していく。それは邪神の望みを叶えんとしていた。
「・・・善なる神に何時まで憂いをもたらすなど許せん」
メイウェザー団長が掛け声をあげて陣形を組む、ゴトフリー司祭は頷くと女神様に祈るように固く瞼を閉じると杖を振り上げた。
「我らが主よ、貴女の子らをその腕の内でお守り下さい」
ゴトフリー司祭が神具を地面に突き立てる。
輝く金の天幕が天上に広がり、女神の慈悲が人々を包み込むように広がった。
だが邪神の瞳は弧を描くように不気味に歪み、紫の瞳の眼光が私達を睨みつけるように向けられる。
術に捕らわれた兵士や冒険者が、邪神を退けようとする私達に急襲を仕掛けてきた。
教会による結界は功を奏したが、欠点として邪神による猛威を退ける手が止まっている。
「いっその事・・・ちっ、まだ物足りないってか?」
ヒューゴーは悪態をつきながら道具袋へと手を突っ込む、探る手がピタリと止まると舌打ちをしては苦々しい表情を浮かべる。
私の借り物の剣は折れ、ヒューゴーの手持ちも危ういとなれば色々と祈る外はない。
そんな心境を察してか、ザイラさんは私達を庇うように立つと拳を鳴らした。
「じゃあ、アンタ等は真面に戦えないんだから、あそこにいらっしゃる王太子殿下と一緒に護られてな」
王太子殿下は一人の近衛騎士に護られ、何故か未だにこの場に留まっていた。
ヒューゴーの顔が一瞬で青褪める。
「この筋肉馬鹿!そんな失言をしたら胴体と頭がおさらばするぞ」
「馬鹿はどっちだい、そんな大きな声を出して」
ザイラさんの瞳孔が縦長に変化し、そのまま結界の外に向かい歩を進める横顔には鱗が浮かび上がっていく。
「待って!此処で竜化は本当に大惨事になりますから!」
竜化は確かに脅しにも、後範囲に炎を浴びせる事もできる。
どんな手を使う気か不明だが人が密集しているのもあるし、下手すれば死人が出る程の大惨事だ。
私とヒューゴーでザイラさんを力づくで引き留める。
防戦一方のこの状況から抜け出す為に、この考えに至ったのだろうかザイラさんは蟀谷に青筋を立てながら鼻息荒く怒り出す。
「アタシはまどろっこしいのは辛抱ならないんだよ!」
しばし無言の睨み合い、ザイラさんは口の際から牙を覗かせて怒鳴る。
「いや、しろよ!」
ヒューゴーはザイラさんを呆れ顔で見上げながら脛を蹴るが、言い合いになる前に爪先を強打して額に脂汗を浮かべて黙り込んだ。
これにザイラさんも苦笑するとし、留飲を下げて竜化が自然と解けていく。
一息おいて視線を穢れ溜まりに向けると、妙な気配を感じて振り向けば渋い顔の近衛騎士に付き添われながら静かに佇む王太子殿下と目が合う。思わず焦って目を逸らす。
こんな時に王族の人間が此の場に留まる理由も、それを許す近衛騎士も理解できない。
「ゴトフリー司祭、此処は我々が抑えます。如何か、神事の再開を!」
儀式の補助を担っていた祭殿長は堪り兼ねたのか祭司達と手分けをして陣を描き、決められた場所に魔結晶を並べていく。
ゴトフリー司祭は一瞬、祭殿長を見て戸惑う表情を覗かせると間をおいて低い声で了承すると結界が貼られると同時に体制を整えた。
神具の音と祝詞が聞こえ、儀式が再開される中で耳に涼やかな金属の音が届く。
祈りを捧げる瞼越しにでも感じる光、瞳を開くと陽の光の様な白銀の髪の下の空の様な青い瞳が杖から下がるカンテラに照らされていた。
「大丈夫。闇は光が存在する限り消えやしない。ほんの少し眠っているだけさ」
懐かしの祝福の儀への道中で出会った時と同じ、眩くも優しい笑みが私に向けられていた。
祭殿長達に力を貸す為に顕現したのだろうか。
「ひ、光の・・・」
「静かに。今、奴と教会や祭殿の者達に僕の存在を知られては、結界どころか儀式が中断されないからね」
光の精霊王様は穏やかな表情のまま、自身の口元に指を立てる。
周囲に目配せをしても、私以外に光の精霊王様に気付いている様子は無い。
私が言われるままに唇を引き結ぶと、光の精霊王様は満足そうな顔を覗かせると杖の先のカンテラを女神像の根元に溜まる穢れへ突きつけた。
カンテラの中の青白い火が勢いを増すと、穢れは焼き切れるかのようにジワジワと溶けて流れ落ちていく。そこには力強く脈打つ肉塊が穢れに護られていた。
「これは・・・心臓?」
誰の物か推測できるが、悪趣味なこれが邪神を維持しているのなら納得だ。
テッドのような狂信者の思考は理解できないし、二度と聞く事もできない。
「これは、あの者を呼び出した術者が媒体として奉げた物。このままでは儀式は無意味になる。そこで、君の出番だよ僕達の使い手・・・」
光の精霊王様はとんでもない物を私に押し付け、意味深な言葉を残して姿を消していく。
「僕達の使い手って、私は魔法使いじゃないんだけどな・・・」
恐らくは心臓を私に如何にかするようにと光の精霊王様は言いたいのだろう。
得物が無いなら、手っ取り早いのは踏み潰すか誰かに魔法で始末してもらうしかない。
邪神に気付かれないか用心する、術の媒体となっている物だと言う事も含めて実行する覚悟がいりそうだ。
「何を独り言を言ってんだ。きもっ・・・なんだよコレ!」
緊張の面持ちで足を振り上げようとした所で、ヒューゴーが私の顔を怪訝そうに覗き込み、視線を辿っては顔を顰める。その気持ちは解らなくはない。
「テッドが支払った代償で、邪神を顕現させる媒体だそうよ」
「うっ、これ脈動しているじゃないか。どうするんだいコレ・・・」
ザイラさんも相当、驚いたようだが儀式の雰囲気に声を潜める。
私は上げた片足を下ろすと、折れた剣を握り直した。
「・・・これで何とかして見せるっ!」
やけくそ気味に投げた剣は穢れの中で脈打つ心臓へ、到達するはずだった。
甲高い音を立てながら剣が回転しながら弾かれる。
心臓が目の前で勝手に裂け、紫の眼球が私を睨んだ。
「気付かれた!」
見上げれば結界越しに飛び込んでくる巨大な眼。
逃げ惑う人々の声と地響きのような衝撃、祭殿が作り出した光の結界は邪神の眼球から流れ落ちる穢れとに押し潰されようとしていた。
「儀式は中断するな、それこそ奴の思うツボだ!」
先程まで沈黙していた近衛騎士が叫ぶ。
その後ろから王太子殿下が此方へ歩いてきたかと思うと、自身の腰に下げた剣を抜き、向きを変えて傅く私に差し出した。
「剣よ、その役目を果たせ」
黒髪の下の銀の瞳が真っ直ぐ私を見詰める。
何処かで見た事がある瞳だった。
「・・・承知致しました」
剣へと震える手を伸ばし、恐々と剣を受け取る。
見上げる王太子殿下の背後には光り輝く翅を持つ妖精の群れが羽ばたいていた。
本日も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
ずるずると引き延ばして申し訳ございません。( ; ›ω‹ )
次こそ、この戦いは決着がつきます。
今回は話が短くなりましたが、次回までゆっくりと御待ち頂ければ幸いです。
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度々、お休みを頂き大変申し訳ございません。
次回の更新は29日を予定していましたが、諸事情により執筆ができそうにない為、7月6日20時に変更させて頂きます。見捨てずに引き続き、当作品を読んで頂けたら幸いです。




