第48話 精霊の願いー善なる神の憂い編
女神像を覆う穢れから幾つもの気泡が生じる。
それを気に留める者は誰もいない、人間は邪神の意のままに醜い争いを繰り返す。
淀み切った空気の中、魔族が憤怒の声を上げた。
「我等は世から隠された日陰の身なれど女神を信仰し、闇の精霊王様に眷族するからこその救済と信じていた。なのに何故!謀り、奴に傅く!利用された此の恨み忘れまじ・・・」
此処に魔族達を惑わし、カーライルに招いた誰かが傍観しているのかもしれない。
憲兵団は自国の都を護る為に結成された部隊、隊罪人の子孫を招く事ができるのだろうか。
今思えば、海上で目にした魔族の襲撃も謎だ。
驚くべきは嘘か誠か、こちら側の魔族が女神を信仰していた事。
魔族の口から恨みと呪いの様な言葉が紡がれるが、女神像から四散した穢れが彼らの憎しみに染まった顔も感情のままに振るわれた刃も全てを呑み込んだ。
無差別に襲い掛かる穢れにゴトフリー司祭はメイウェザー団長と共に、反射的に障壁の展開する。
おかげで身を隠す物が街路樹しかなかった私達もそれにあやかり難を逃れたが、これ以上は状況の把握に気がさけそうにない。
そして紫の月は相も変わらず愉快そうに目を細めては此方を見下ろしていた。
「ともかく走って!」
異臭と共に飛び散る黒く粘性がある穢れ。
止まる事が無く吹き出す穢れに必死に収まる時を待ちながら走り続けていると、騎士と共に城へ連行されるボウマン隊長の姿が目に付く。
その間近、魔族を呑み込んだ穢れが不気味に蠢くのを目にした。
「言わなくても走ってるっての!」
苛立ったヒューゴーの返事が飛んでくる。
ヒューゴーがそれを身軽に穢れを躱す一方で、その痕跡を辿る様に追うザイラさんは口から煙を吐きながら汗だくで追跡をしている。
「もう!なんだってんだい!ネチネチネチ!!」
ザイラさんは立ち止まり振り返ると、怒りのあまり火を噴いては飛んできた穢れを焼き払う。
おかげで、辺りの空気は気分が悪くなるほどの異臭に満ちて思わぬとばっちりを受けてしまった。
「う・・・」
呻き声に続く言葉は出ず、ザイラさんは申し訳なさそうに顔を青褪めさせた。
「り・・・竜化すれば」
「そもそも、面倒だし使うな馬鹿!」
慌てて弁解しようとするザイラさんに対し、ヒューゴーは口を押えながら怒鳴る。
女神像は穢れに覆われたままだが、飽きたのか何なのか気が付けば穢れは鎮まっていた。
しかし脅威が去った事に安堵した、その気の緩みが間違いだったのだ。
「なっ・・・魔物!?」
穢れの塊は薄膜のように膨れ、手足と顔が浮かび上がる。
爪が薄膜を突き破り、流れ落ちる穢れの中から現れたのは理性を失い、異形に姿を変えた魔族は騎士を振り切り逃げようとするボウマン隊長を捕捉。
「証人を護れ!攻撃に備えよ!」
騎士達が体制を整える。
そして魔族は、邪神に魔物に変えられようと恨みを心に深く刻んでいる様だった。
この事態を引き起こした鍵となるボウマン隊長を庇い、騎士達の大盾が魔物の接近を阻み、爪は弾かれて脅威は退けられる。
脅威は此れに止まらず、混乱に乗じて逃亡を図るボウマン隊長の体は魔物が口から放つ魔法で弓なりに反れて地面に転がった。
その生死を確かめる間もなく、魔族だった者達の瞳に宿るのは魔物としての本能と残った恨みの念だろうか。ボウマン隊長を襲った事を皮切りに、奴らは視界に入る私達へと向く。
「魔物化に魔法まで・・・完全に遊ばれているわねっ!」
皮肉な事に今の私にはボウマン隊長が握っていた一振りの剣しかなく、複雑な思いがあるも魔物を目の当たりにした状態で嫌悪も迷いもなかった。
鱗に覆われた筋肉質な蛇の半身を鞭のようにしならせるのを飛び越えると、肩から脇腹へと剣を振り下ろす。
今、まさに盤上は邪神の望むままの光景が広場で繰り広げられてしまっている。
「うぅ・・ぐありゅ・・ざ・・・・がっう?!」
尚も魔物は何かを呟きながら此方へ掌を向けるが、魔法を放つ隙もなく体は引きずられ顔面から地面に叩きつけられた。
「力自慢でアタシに勝てると思わない事だね」
ザイラさんは体を起こそうとする魔物の頭を踏み潰した。
残酷な光景に祭司達が騒めくと、メイウェザー団長たちに囲まれたゴトフリー司祭は瞼を閉じて女神の紋を手元で描く。
「持論ですが、自己犠牲は美徳では無いと思います」
ゴトフリー司祭は顔を青くする者達を諭す。
メイウェザー団長は目を逸らすと苦笑し、諭された者達はゴトフリー司祭と私達に頭を下げるとづ腰疲弊した表情を浮かべていた。
当のゴトフリー司祭は完全に浄化に意識が向いていて気に留めてすらいないらしい。
「彼女達に倣い、私達のなすべき事をしましょう」
ゴトフリー司祭は私達に心根が読めない笑みを向けると、私を理由に他の者へと浄化を執り行うように暗に命じると女神像を囲み円陣を組む。
その中でメイウェザー団長だけは私達へと振り向き、暫くの無言の後に頭を押さえながら溜息をついた。
「大変申し訳ない。要は浄化する間、俺達を護れと言う事のようだ」
如何やらゴトフリー司祭は直接的には言わないが、相手に意図を悟らせ意図を組むように誘導する性質らしい。
それをわざわざメイウェザー団長に説明させるところから、無視すればそれなりに私達も厄介な事になるのだろう。然し、それを伝えるだけと言う事も大概な気がする。
私もザイラさんも不満をは口にはしなかったが、何気に見たヒューゴーの顔が心情を隠せずに酷い様になっていた事には共感した。
「・・・護衛する立場のアンタ達も駆り出さなければならない程、あれはヤバイのか?」
ヒューゴーが皮肉交じりに訊ねるも、メイウェザー団長は静かに頷くのみ。
この何とも言えない空気にの中、ザイラさんだけは上機嫌な様子を見せていた。
「アタシは不満は無いね。まあ色々と鼻持ちならない連中の中でマシな戦力って事じゃないかい?」
自身の武力への確固たる自身が有るのか、魔物と化した魔族と戦う術が使用できる冒険者達を拳を握りしめて臨戦態勢の状態から誇らしく胸を張ると期待するような眼を私に向けてくる。
「何をワクワクしてんだよ。無賃で冒険者をこき使うなんて、とんでもない狸だぜ」
ヒューゴーは辟易とした様子。
「どのみち、何もせずに逃げる事はできないでしょ・・・」
この魔物が同じく女神の信徒である事や、利用されていただけと言う同情心は不要でしかない。
女神像を取り戻そうとする儀式の最中の教会の面々、務めを果たすと偽る為かボウマン隊長達を城に連行する騎士達も善戦を尽くしている。
「あ?逃げるなんて言ってねぇだろ。ただ、あのニヤつく目ん玉が気に食わねぇだけだよ」
ヒューゴーは眉根を寄せ此方を睨むも、邪神の瞳を目にしては自身の手持ちを確認しては苦々しい表情。
私は借り物の剣、ヒューゴーは忍ばせていた炸裂玉、そしてザイラさんは自身の肉体と炎。
不安は否めないが、そうせざる負えない。
「確かにそれには同意だわ。偉大なる光の王にて精霊を統べる者 我が剣に宿りて不浄なるものを・・・」
自身の剣以外で加護を使用した事は初めてだが、光の精霊王様の力は私の声に応えるかのように力を宿す。
安堵すると同時に穢れを飛び散らせながら、凶悪な二本の顎をキチキチと鳴らしながら薄羽を広げ魔物が飛び掛かってくる。
私を挟もうと伸びる顎への一閃でいなすと鎧の様な外皮に傷が刻まれ、力には押されかけたが深手は追わせられずとも続く一撃は関節部分を貫く。
絶命と共に血と穢れが流れ落ちる、元は恐らく昆虫族と思われるが藁にも縋る思いを利用されたのだろう。けれど彼らは邪神の眼をこの場に顕現する事に変わりはない。
邪神への手引きに異界からの入り口となった穴の先が闇の国の線が濃くなってきた。
浄化魔法の青白い光を受けながら駆けだす、魔物と化した魔族達に騎士や冒険者の判別がつかないらしく言葉にならない怨嗟の声を吐き出しながら武器を握る者を襲う。
単眼蛇が地面を滑るように這いより、赤黒い口を開き牙を見せつけると身を捩らせ宙を舞う。
「ぢゅ・・・ちゅちゅっ!」
不快な甲高い鳴き声を上げながら大鼠が背中からしがみ付く。
「へぇ、殊勝な事ね」
大鼠の足の甲を貫けば、悲鳴をあげながら血を撒き散らし体を反らした。
拘束を擦り抜けると、待ちわびた様にザイラさんの燃える様な赤い髪が私の横を擦り抜ける。
大鼠は一瞬で蹴り上げられ、体が浮き上がったかと思うと単眼蛇の喉に突き刺さった。
そのまま単眼蛇は大鼠の体を締め上げ、味わうようにゆっくりと呑んでいく。
「やれやれ、これじゃ本当にただの畜生じゃないかい」
理性が無く空腹をただ満たす本能による行為に従う姿は、元が人間には見えない。
視界に入れずとも邪神が私達が繰り広げる遊戯を楽しんでいる事が判る。
「理性の欠片も残されていないとはね・・・!」
へばり付く穢れを弾きながら巨大な鱗に覆われた筋肉質な首を叩き切る。
「世の無常に浸っている間があったら手を動かせ!」
ヒューゴーは迫る魔物の数に頬を引き攣らせた。
女神像の浄化は順調、邪神を祓う儀式がどの様な物か詳細は不明。
然し、こればかりは如何した物だろう。
「増えてる・・・?」
先程までの大立ち回りが他より注意を引いたにしては周囲を囲む魔物の数が不自然に多いい。
「そんな訳あるもんか、悪趣味な事に屍を使ってんだよ」
ザイラさんは苦々しい表情で顎で視線を誘導する、先程切り裂いた単眼蛇の首を穢れが埋めていくと喉の膨らみが胃へと落ちていく。
そんな光景を見ても尚、ザイラさんは緊張するどころか気分が高揚している様子。
「だからなんで・・・まあ、良いけどコレもつか?」
ザイラさんの様子に呆れる言葉すら出ず、ただ邪神の思惑の厄介さにヒューゴーは皮肉めいた笑みを口元で作る。私はヒューゴーの言葉に頷いた。
「ともかく、邪神を退散させる儀式が始まるまでだよ」
今のところ、邪神を王都から退ける手段は教会の神聖術が頼み。
媒体により生み出された穢れと邪神を祓らい、この日を待ちわびて集った人々に女神様の祝福が与えられる事を祈るだけだ。
「そうそう、そっちこそボンヤリしてないで黙って戦いな」
ザイラさんは襲い掛かる小鬼を蹴り飛ばしながら、ヒューゴーが投げた炸裂玉へと炎を吹きかけた。
耳を劈く様な音ともに視界を火薬と火の花が目の前の景色を紅く染め上げる。
それは異臭と炭化した魔物の死体が飛び散る最悪な光景を作り上げたが、幸いな事に死人のような扱いの魔物は減ったようだ。然し、それは悪い意味で注目を集めてしまう。
「おい、何か集まってんだけど?」
「それじゃあ、もう一回行くかい?」
目を輝かせるザイラさんに、冗談だろと言いたげなヒューゴー。
乗り気でヒューゴーに期待の目を向けるので此処で釘を刺すべきか。
「それは駄目、教会の人達の邪魔になるわ」
「だよ・・・なっ?!」
安堵するヒューゴの目が驚きに染まる。
目前の魔物の背後から火花を散らす矢が流星の如く曲線を描きながら降り注いだ。
しかも信じられない数が断続的に放たれ、内部から焼かれた魔物が火を纏いながら地に伏していく。
立ち上る煙に複数の影が浮かび上がると明朗快活な声が聞こえ、赤紫色の髪の自信に満ち溢れた女性が姿を現わす。王都、屈指の大商会の開発を担う一族の末子で義妹の師匠だ。
「ワタシが来たからには安心したまえ!ストライド商会の新商品である結晶式魔弓があればね!魔結晶が持つ属性魔力を鋼の矢に装填・・・」
呆然とする私達を自分の登場に感動していると思い込んだらしく、正々堂々と商会の名を出したうえで手にした弓の様な物を見せつけ説明しだす。
自身の発明に酔いしれる様に語る彼女を引き留めたのは義妹のケイティーだった。
「ジェニー師匠、商売は後にしましょ。お姉ちゃん、助けに来たよ!」
ケイティーの手にはジェニーさんと同じく、街中でも目にした結晶式魔弓が握られており、その後に続く私兵らしき人々も同様の物を手にしている。
そんな集団がはけると、更に見慣れた顔の人物が大剣を肩に担ぎ現れた。
「俺もいるぞ!歳はとれど、英雄と呼ばれた実力は衰え知らずだ!」
祖父は豪快にそう言うと、自身に拳を振り上げる巨人の体を両断する。
「ケイティー!それと爺ちゃんまで」
「諸悪の根源よ、覚悟したまえ!」
私が思わぬ助っ人に目を丸くすると、ジェニーさんは胸を張り、自分たちに任せろと言わんばかりに得物を仲間と共に構えだす。
それにしても奇妙だ、沈黙を続ける邪神を見上げた。
金の光塵が辺りに広がり、剥がれ落ちた穢れが足元に押し寄せるとゴトフリー司祭から歓喜の声が聞こえる。
「お待たせして申し訳ない。君達のおかげで、我らが女神と四精霊王の力を見せつけられそうだ」
振り向くとゴトフリー司祭達と、それを見下ろす邪神の眼が視界に飛び込んできた。
悍ましい眼は血走り、赤い液体が滴り落ちて像の周りの穢れと混ざると人型を象り紫色の瞳が開眼した。
「神は・・・非常に不快だと言っているッス」
聞き覚えのある口調から記憶を手繰り寄せる。
「テッド・・・!」
名前に応える様に口らしき部分が弧を描くと、足元から穢れが樹上に地面へと広がった。
神聖魔法で応戦する司祭達を押しのけ、私が剣を胸部に突き立てた。
「奴め・・・悪足掻きを。感謝するぞ剣よ」
瞬く間に姿も声が変わり、黒く長い髪が伸びると見上げた顔に私の口は名前を紡ぎ固く結ばれた。
「・・・闇の精霊王様?」
儀式の初めに聞かされた願いが何か此処で理解する。
突き立てた借り物の剣は光を失い、折れて地面に転がった。
今回も当作品を最期まで読んで頂き誠にありがとうございます。
此の度は更新が遅れてしまい申し訳ございません。
何か事情が無い限り間に合うように致しますので、これからも見捨てずに読んで頂ければ幸いです。
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次週こそ更新が間に合えば、6月22日20時に更新致します。




