第47話 邪神の遊戯板ー善なる神の憂い編
見上げる空は暗く陰鬱な雰囲気を漂わせ、際立つは光る紫の眼球。
邪神はぐるりと広場を見渡すと恐怖に泣き叫ぶ人間達の歪む顔や姿を、混乱を引き起こし争いだす様を楽しんでいるかのように瞳を細めた。
小さな光の筋が広場を飛び交ったかと思うと、各所に設置された結晶灯が広間を照らす。
それに一瞬だけ人々は我に返るが、空に居座る冒涜的な存在に誰もが絶望を思い出し震えあがった。
しかし混乱の中で僅かに戻った冷静さが、別の争いの種に火をつける。
「護衛が女神様の像を、よりによって祝福の儀を穢すとはなんだ!」
女神像を穢す護衛、つまり訳が分からず狂った騎士の謀反と判断した誰かと判らぬ声が兵士達を攻め立てた。
その声は数を増し、恐怖は徐々に護衛への憎悪と摩り替わり広場は人間同士の感情が絡み合う混沌を生み出す。
「静まられよ!背信者が誰か忘れたか?」
聞き覚えのある声に振り向けば、ボウマン隊長が芝居がかった大袈裟な身振りで自分たちに向けられた民衆からの矛先を反らしにかかる。
姑息な誘導は成功し、騎士や憲兵や反れた悪意は司祭や儀式に関わる教会の人間へと向けられた。
テッドを近衛騎士として儀式に紛れさせる事を含め、教会や祭殿は参加者に掛かりきりで不可能。
それにさえ気づく者がいない程、祝福の儀の場で起きた悍ましい光景は人々の正気を奪っているのだろう。
「これは如何いう意味でしょう、貴方がたがすべきは民をこの場から遠ざける事ではないのですか?」
ゴトフリー司祭は不愉快そうに眉を顰めると、淡々とした口調で騎士や兵士達を諫める。
騎士は動揺し、つられて一部の兵士が参加者の避難に動くが、戯言と言わんばかりにボウマン隊長はそれを鼻で笑った。そんな様子に王太子がボウマン隊長を睨む。
国の教会の所業を暴く為に作り上げた舞台における失態か、テッド自身が貶める為に潜入していたのか判断しかねる。ただ、この場に何も手出しができない立場がもどかしい。
ボウマン隊長は怯えた表情を一瞬だけ見せるが、一言も発しない様子に安堵したのか媚びを売るような笑みを王子に向けるとゴトフリー司祭と向き合い眉を吊り上げた。
「こ、この通り、貴方が言わずとも我々は民の命を第一にしている」
ボウマン隊長は後方へ振り向くと、呆然と立ち尽くしたままの兵士に避難を急ぐよう焚き付けた。
教会側はそれを憐れむように眺める。
「何者の入れ知恵か定かではないが、詰めが甘かったようですね。この事態は教会が、我々が治めましょう」
ゴトフリー司祭はメイウェザー団長と共に失笑すると、目の前で憤慨する奮闘するボウマン隊長を背に女神像の許へ歩を進めた。それに祭殿長も頷き、周囲に指示を飛ばしている様子。
教会と祭殿は手を取り合う、二つの力が邪神を顕現させる為の媒体と化した女神像へと捧げられる。
「殿下、ここは王城へお戻りください」
近衛騎士が呼び掛けるが、王太子は何を考えているのか女神像を離れようとせずに首を横に振る。
「・・・私は此処に残る」
そう一言告げて。
理解不能と言う顔をしながらも、騎士は拳を固く結びながら立ち尽くす。
私は参加者の誘導に加わわらず物陰から覗き込んでいたが、その膝裏を誰かに蹴られて危うく転倒しかけた。
「おい、馬鹿!覗きよりもっと重要な事が有るだろうが・・・」
「なんだ、ヒューゴーかぁ」
思わず植木にしがみ付き、間抜けな声を出すとヒューゴーの眉間の皺がより深くなった。
「でっ、何があった全て吐け」
「何がもなにも見ての通り、勢力が真っ二つと言う所だよ」
儀式は着々と進み、憲兵達は動き次第と言う感じで教会や祭殿の動きを見張り続けている。
それよりも、空に浮かぶ邪神の瞳はひたすらに地上で蠢く人間達を静かに見つめたままな事が不気味でしょうがない。
「煙に巻こうとしようと此方には証拠があるのですよ」
ボウマン隊長は黙々と浄化を行うだけの沈黙が堪えきれなかったのか、ゴトフリー司祭に詰め寄り喚き散らす。
「・・・それは、この者の事か?」
妨害でしかないその行為にメイウェザー団長は人の大きさ程の布に包まれた何かを手が空いている者に運ばせ、ボウマン隊長の前へと丁寧に横たわらせた。
布には赤褐色の染みがいくつもできており、それが何か口にせずとも誰でも察する事は出来るだろう。
「うぇ・・・晒し者かい」
ザイラさんは口元に指を立てながら背後から現れると、目に映る光景に顔を顰めて呟く。
ゴトフリー司祭が祈る仕草をすると、メイウェザー団長は周囲に配慮しながら布をはぎ取り、顔をボウマン隊長に見せつけた。
当然、ボウマン隊長の顔が引きつる。
「まあ、死体を見せられては当然ね」
「どれ・・・・って。アレって、テッドって奴じゃ」
ザイラさんは長身を生かし覗き込むなり息を呑むと、それを後悔しながら口元を手で覆う。
「いいか・・・俺の頭の上で吐いたら承知しねぇぞ」
ヒューゴーの脳天に、余計なお世話と言わんばかりの拳が落ちる。
テッドは教会に属しており、あの三叉路でも邪神に対する信仰心を見せつけており、そのうえ儀式の場にて女神像を穢して邪神の眼を召喚した元凶。
ボウマン隊長は水から不利な証拠を差し出したゴトフリー司祭の顔を見て、これが動かぬ証拠と言わんばかりに嘲笑する。
誘導する月と、その眼下で踊らされ、醜く命を奪い合う盤上の魔族達。
「相変わらず悪趣味ね・・・」
真の元凶は明白。
災いの種は撒かれた、よりによって女神様の祝福の儀の日になんて。
「ふっ・・くくくっ、とんだ失態かと思いましたが運が味方しました。まさか邪神の配下だったとはね!捕えた連中も同族、つまりは教会は女神への信仰を捨てて鞍替えされたのですね!」
邪神の瞳がテッドの死体へと向くと、ボウマン隊長は墓穴を掘ったとゴトフリー司祭を追い詰めに懸かる。
「ザイラ、俺を抱え上げろ」
「良いけど・・・」
「二人して、そんな趣味がみたいな顔をするな。状況を把握するためだよ」
ザイラさんはしゃがみ込むと、ヒューゴーを肩車する。
ヒューゴーが視力を生かして覗き込んだ結果は、ボウマン隊長は虚言ではなく事実を口にしているとの事だった。
「マジだ・・・」
「そうなると、コウギョクも使う幻術の様な物かも」
街中で見たテッドは確かに人間だった。
村などに近づく度に、耳や尾を隠す術をコウギョクが使用する姿が思い浮かんだ。
「さあ、どうした?自ら証拠を出してきたのだから言い逃れようが有るまい」
拳を震わせるメイウェザー団長をゴトフリー司祭は手で制すると、怒るどころか憐れむような表情をボウマン隊長に向けた。
「気付かなかったとはいえ、確かにこの者を教会へ迎え入れたのは私の失態。されど、捕えた罪人を逃した挙句に凶行を止めやしなかった其方の方が疑わしいのでは?そもそも・・・」
その言葉に教会との立場が逆転したボウマン隊長はゴトフリー司祭の言葉を遮り声を上げる。
「うっ・・・煩い!教会が邪神に傾倒していると聞いている、何をおいても悪の芽を摘むべきなんだ!」
ボウマン隊長は体裁を保てない程に感情を乱すと剣を抜く。
取り乱すボウマン隊長に賛同する声もあったが、それ以外は冷やかな物だった。
「くだらぬ・・・こんな事の為に我等を招き、利用しようとしたのか」
吐き捨てるような言葉と共に、一人の男性が祭服を脱ぎすてる。
冒険者と兵士の活躍で儀式の参加者は広場から逃れていたが、その姿に周囲は騒然とした。
「ま、魔族!?」
これも教会を貶める罠なのだろうか。
どの様な目で見られようと堂々と姿をさらすと、無言のまま何かを呟きボウマン隊長の手に握られた剣を弾き飛ばした。
飛ばされた武器は宙で何度も回転すると、前のめりに覗き込んでいたヒューゴーの鼻先を掠めて地面へと突き刺さる。
「ひっ!」
「よりによって、なんでこっちに飛んでくるんだい!」
驚きのあまりにヒューゴーもザイラさんも大声を張り上げる。
これはもう誤魔化しようがない、メイウェザー団長が此方へと詰め寄ってきた。
「冒険者か・・・此処で何をしている?」
メイウェザー団長は眉を顰め、物陰から様子を窺う私達に不愉快そうに眉を顰める。
「我等をいかように言おうと構わない。だが、闇の精霊王様を蔑ろに邪神をこうも易々とのさばらせるとは聞いていないぞ」
私達がメイウェザー団長に応えるよりも早く、魔族の一団が騎士や兵士に向けて声を荒らげた。
教会も私達も邪神ではなく、闇の精霊王様を蔑ろにした事へ憤る魔族に視線を向ける。
少なくとも異界の者ではない。
一人が姿をさらしたのを切っ掛けに、次々と憲兵を裏切り魔族が次々と姿を現わしていく。
「げ、幻術・・・これこそが教会の手口です。こいつ等を捕えなさい!」
ボウマン隊長を除き、既に他の憲兵には観念したように瞼を閉じる。
すっかり、憲兵隊が独断で教会を貶めようとしていたという空気になっていた。
王太子が何かを囁くと、近衛騎士は必死に訴えるボウマン隊長の前に立ちふさがり、剣の柄に手をかけた腕を掴み上げる。
「ボウマン隊長・・・否、デレク・ボウマン。大人しく、魔族ともども来てもらおうか」
「何で私が!これは教会が・・・!背信者が!貶めようとしているんだ!」
ボウマン隊長は如何にかして魔族が祭服を身に着けていた事を根拠に食い下がるが、近衛騎士は眉一つ動かさずに切先を突き付けたまま風の妖精達を呼び出し伝令に走らせた。
「お前達に魔族をどのようにして招いたのかを含めて色々と訊きたい。言い訳は騎士団でしてくれ」
馬に乗った数名の騎士が取り囲むように此方へ接近してくるのが見える。
ボウマン隊長は目を見開き硬直するとブツブツと呟き、部下が魔族ともども囲まれる姿を眺めながら絶望の表情を浮かべると取り囲んだ騎士たちを睨みながら取り押えられていった。
「お勤めご苦労様です。この地は神と精霊が集う始まりの地。しかも今日ならば尚更、邪なるものを退けてみせましょう」
ゴトフリー司祭は祭殿長と言葉を交わした後に近衛騎士にこう伝えると、沈痛な面持ちで穢れに塗れた女神像を見上げる。それにしても、ゴトフリー司祭の確信じみた振る舞いは何処からくるのだろうか。
神と精霊が集う地と耳にし、闇の精霊王様が姿を表した時を思い出す。
空に雷雲が立ち込め、巨大な紫眼が私達を見下すと低く地を這う様な声が響き渡った。
『やれ、我が妙案をくれてやったと言うに不甲斐ない・・・人間は与えられた物すら真面に扱えないのか』
邪神が災いの種を人間に与えた事は間違いない、それを受け取ったのが本当にボウマン隊長なのだろうか。
慌ただしい足音と共に祭司達が馬に荷車を引かせて走ってくる。
「世界に女神ウァルミナスの加護があらんことを・・・」
ゴトフリー司祭は穢された女神像に祈ると、されど静かな怒りを声に滲ませながら僧兵団や他の聖職者と共に儀式の支度に取り掛かる。
『原初の時の再来か。同じ半神の身にあれど、摩耗した力で抗えると考えるとは笑止千万。猶予をやる、崇めるべきを見誤らぬようにな』
邪神は自身を寛容な存在と酔いしれる様に語り掛ける。
女神像は既に原形を留めずに穢れの塊の状態、ゴトフリー司祭達は邪神の内心を表す様に荒ぶるソレに構わず浄化魔法に詠唱し始めた。
「教会の連中は如何にかするつもりみたいだが、俺はこの場を離脱するに銀貨5枚な」
武器を持たずまま、不穏な空気の中にいる事に耐えかねたのか、ヒューゴーの口から弱音が漏れる。
此処は首都であり、国からの増援に任せるのも一つの手だ。
現に勇敢な事に場に留まっていた冒険者も少しずつ広場から離れていく姿が目に付く。
「他の冒険者もヒューゴーに同意みたいだけど・・・私は此処に残るわ」
理解に苦しむ行為とも解る、吹き飛ばされたボウマン隊長の剣を拾い上げると膝裏を蹴られた挙句に脳天に拳骨を浴びせかけられた。
「ふざけるな、正気か?ザイラ、此奴を引きずってでも離れるぞ」
ヒューゴーは蟀谷に青筋を立てると、鬼気迫る空気に苛立ちながらザイラさんに同意を求める。
「アタシも残るよ。此処から逃げたって命の保証は無いしね」
ザイラさんは拳を鳴らし、丸腰だろうと構わないと言わんばかりにヒューゴーに見せつける。
「あ・・・あんなモノを此処に呼び出して教会どころか俺達のせいにでもして言い逃れるつもりだったのだろう!」
魔族達は邪神への恐怖に震えながらも、連れ去られていく憲兵団へと怒りを吐き出す。
世から隠していた国の民を呼び寄せた犯人は未だに不明。
粘性のある黒い液体が邪神の瞳から零れ落ち、嘶き声と共に馬が呑まれて祭具を積んでいた馬車が横転する。
御者は命からがら馬車から這い出すと、腐臭を漂わせ横たわる馬の亡骸を目にして顔を蒼白にさせた。
「ひいい!!!」
悲鳴を上げながらも横転した馬車から飛び出した荷物を護ろうと浄化魔法を唱える。
他の者が駆け寄るよりも早く、私とヒューゴーが祭具を拾い上げるとザイラさんが馬車を引きずり穢れから引き剥がす。
『やはりつまらぬ、やはり遊戯板は自ら楽しまねばな・・・!』
邪神の声に、徐々に悦が満ちた笑いが混じる。
女神像を覆う穢れは泡立ち膨張すると、浄化魔法すら凌ぐ力で飛散した。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
更新が遅れて大変申し訳ありません。
次週はいよいよ、邪神が作り出した遊戯板の上で人間による反撃が開始する予定です。
※新たにブックマークの登録を二件頂きました!ありがとうございます。(ꈍ꒳ꈍ)
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次週こそ無事に投稿できれば、6月15日20時に更新致します。




