第46話 月の祝福ー善なる神の憂い編
世界中から多種多様な種族を受け入れるカーライル王国。
そのギルドにも当然、人に獣人系、エルフにドワーフと様々な種族の冒険者が集い賑わっている。
冒険者であれば誰もがクエストを求めて食い入るように見つめるであろう掲示板、その目の前で一つのクエストを指さす私に視線を寄せる仲間達の顔は未だに困惑しているようだった。
「なあ、事情は分かったけどよ。何でクエストが出ているなんて知っていたんだ?」
背の高い種族との間でもみくちゃにされ、早々にテーブル席の方へ避難していたヒューゴーが訊ねてくる。
それにザイラさんも頷くと、竜人族が物珍しいのか周囲からの好奇の目線に気が付くなり辟易とした表情を浮かべながらも睨みを利かせていた。
怯える周囲の囁きに耳を傾けると、怖いと言うよりも共に冒険をして噂の強さを目の当たりにしたいと言う好奇心からの願望が多いいようだ。
二人から集まる怪訝そうな視線に、私は掲示板ではなく壁に貼られた一枚の張り紙を指さす。
「本当にごめんなさい。この張り紙が町中に貼ってあって、祝福の儀の手伝いクエストを募集していると書かれている数枚を目にしたのよ」
さり気に周囲を見渡せば、町中の建物の壁に同様の文句が書かれた張り紙が貼られているのを発見した。
これは双方の勢力の動向を見守る為にも好機と勝手に判断し、焦って先走ってしまったと頭の中で猛省する。然し、二人からは想定外の反応が返ってくる。
「はあ?!ぎりぎりギルドとかクエストって読めるけど、これの何処から読み取ったんだい?」
ただの落書きに見えるとザイラさんは断言する。
「良くて達筆と捉えても正直、ナメクジが這った跡にしか見えないな」
否定できないが、この散々な言われよう。
確かに特徴的な癖字であるが、此処のギルドでクエストを受けるとなると必ずと言っても良いほど目にする文字だ。ただし、口は禍の元と言う点を考慮すべきだと思う。
するギルド内が騒然としたかと思うと、私達のテーブルに分厚い表紙に挟まれた紙束が重い音を立ててテーブルに叩きつけられる。
「そこの僕ぅ、ナメクジは文字なんて書かないわよ?」
驚き振り向く桃色の髪の兎の半獣人の女性が立っており、口元こそ笑みを湛えているが怒気を含んだ瞳でヒューゴーを見下ろしていた。
「俺は・・・むぐっ」
「それはいい、アンタはさっさと謝んな」
嫌味の応酬はザイラさんがヒューゴーの口を鷲掴みした事により防がれた。
口を塞がれた本人はそれでも反省の色は見せず、蟀谷に青筋を立ててながらザイラさんの手を剥がそうと藻掻いている。それを呆れながら横目にし、私はそっと視線を移す。
「御無沙汰しております、クリスティアナさん。それ、今回のクエストの名簿ですか?」
クエストはカウンターで受け付け済み、反応からして張り紙の作り手は受付嬢の彼女で間違いないだろう。怒りの表情は次第に緩み、何処か冷めた雰囲気に変わる。
「驚かせてごめんね。皆さんに説明しに回っているのよ。それとアタシと妖精ちゃん達の合作を二度と貶したら許さないわよ」
クリスティアナさんの顔は髪で隠れているが、その声色とヒューゴーの顔色からどれだけ恐ろしい顔をしているのか窺い知れる。
「よ、妖精が書いたのかよスゲーな」
ヒューゴーはクリスティアナさんと妖精を褒めるが、喋りが何処かぎこちない。
然し、お世辞どころかヒューゴーの声すらクリスティアナさんの耳に入ってはいないようだ。
「共通語の読み書きができる妖精なんて、この子達をおいて他にはいないわ!妖精は・・・愛らしく賢い隣人よ!」
如何やら褒め足りなかったらしい、クリスティアナさんは妖精達と戯れながら恍惚とした表情を浮かべていた。
何処か愛玩動物を愛でている様にも見えるが、当の本人が妖精に寄せる情熱は並々ならぬ物がある様に窺える。そういえばこの人、妖精オタクだったな。
「すみません・・・そろそろ、本題をお願いしても良いですか?」
ザイラさんと周囲は目を逸らし、懇々と妖精愛について語り聞かされるヒューゴーの瞳が死んだ魚のように濁り始めたので口を挟み話を中断させるとクリスティアナさんは周囲の反応を認知したとたんに頬を紅潮させて両手で顔を覆った。
「ご、ごめんなさい。本題だったわね・・・」
クリスティアナさんは慌てふためくと、呼吸と姿勢を整え小さく咳ばらいをする。
そして持っていた厚めの紙束の表紙を捲ると、パラパラと中身を確認しだした。
「なあ、此奴なんなんだ?」
ヒューゴーはクリスティアナさんを一瞥すると、本人に気付かれないよう声を抑えながら私に訊ねてきた。
「こいつ・・・いや、この人は誰だ?」
「受付嬢様よ」
私が紹介するよりも早く、クリスティアナさんはヒューゴーの肩を叩く。
「ひっ!」
ヒューゴーは情けない悲鳴を上げると椅子ごと仰け反るも必死に踏ん張り体勢を立て直す。
クリスティアナさんはそれを見て失笑すると、私たち三人に改めて向き直った。
「それではクエストの詳細を御話しますね。祝福の儀は教会の鐘が知らせる十の時に開催。よって貴女がたは九つの時までには広場に集合してもらい、支給される祭服へと着替えてそれぞれの配置につき案内と緊急時の避難誘導を行う事になります」
クリスティアナさんは紙束から視線を上げると、返答を求めるように視線を泳がせ私達が頷くのを見て一息つく。
「へぇ、キッチリしているね」
ザイラさんは頬杖をつきながら、大して気乗りしない様子。
「あと、武器は護衛をする兵士以外は持ち込み禁止。祭殿に預けて貰う事になります。まあ、武器が必要になる様な事態は滅多に置きませんからね」
探りを入れているに勢力ではなく、第三者の祭殿に預けると言う点は不幸中の幸いだが、魔族が残っているのも相まって不安は拭えない。
ただし、国側の騎士や兵士は武器の所持が許されている
「・・・承知しました」
旅立ちの先に感じた喜ばしい瞬間を再び目にするかと思うと胸が弾む気がする。
運が良ければ祖父達との再会、そしてケイトの晴れ姿を目にする事が叶うかもしれない。
「何で少し嬉しそうなんだ?給料も相応のもんだろ?」
不躾に、ヒューゴーからは気味の悪い物を見る視線を送られてくる。
「そう?ちょっと、懐かしい顔が見れそうで嬉しくて」
「ふぅん、家族か?」
「うん、義妹なんだ。人懐こくて良い子なの」
料理が壊滅的な所を除けばだけど。
「そりゃあ、楽しみだねぇ」
ザイラさんは笑顔で頷く。
クエストの説明も終わり、私達が歓談する様子を後目にクリスティアナさんは静かに背を向ける。然し、此処でヒューゴーが彼女を引き留めた、
「ちょっと良いか?国と教会って仲は如何なんだ?」
あまりにも露骨な質問に周囲だけではなく私とザイラさんまでも凍り付く。
「え、はあ・・・色々と有るでしょうね」
この質問にはクリスティアナさんも意表を突かれたようで、一瞬だけ動揺して固まるが、反応からして全く知らないと言う訳では無いらしい。
迷うが、私も少し踏み込んでみる事にした。
「その、色々が知りたいんです。何か知りませんか?」
そう迫りながら訊ねると、クリスティアナさんはポケットから一つの魔道具を取り出す。
風の魔結晶を使用した盗聴防止の魔道具だ。
ギルドにいる誰もが周知しているけど、誰の耳に入るか判らないからと言うと魔道具をテーブルに置いて魔力を込めて発動させる。
「そうね、教会が魔族が崇拝とする・・・別の神に傾倒していると言う疑惑があるの。でも、あくまで噂だから完全に信じている奴は一般にはいないわ」
一通り話すと、クリスティアナさんは魔道具に蓋を被せる。
噂と言うが、現に魔族の姿を見てしまった私達からすれば真実味しかない。
出所は不明らしいが事実か嘘か、何方にしても宗教が絡む揉め事となれば他の国へも影響が出兼ねない。
互いに無言で頷き合い、理解した事を確認するとクリスティアナさんは机に置かれていた紙束を小脇に挟んだ。
「それでは、次の方のところに参りますので此処で失礼いたします。皆さん、明日は九つの鐘が鳴る頃に宜しくお願いしますね」
そう言い残して立ち去るクリスティアナさんの背中が冒険者の中に消えていく。
テーブルの上には国章入りのギルドの受領印が押された紙が三枚。
外は相も変わらず賑やかで、窓越しに目にする多様な人々の笑顔には希望が満ちていた。
**************
黄昏時の王都は昼間のあの騒動と違う意味で賑わっている。
通りは人々で溢れ、物珍しそうに露店を眺めては目を輝かせながら燥ぎ、宿は軒並み満員御礼の札が下げられていた。
「うーん、私の時もこんな感じだったかな」
懐かしくも有るけど、当時は儀式やどの魔法を授かるのかで頭がいっぱいになっていて都の風景なんて気にも留めてなかった。
「えーっ!一室しかないの?!」
突如として甲高い声が通りに響く。
如何やら、宿無しになる寸前らしい。
「あー、あるある。大きい町なら一軒ぐらい有るだろうってヤツ・・うぶっ」
ヒューゴーは腕を組みながら肩を竦めると、小馬鹿にしたように笑う。
だが途端に盾代わりに前を歩かせていたザイラさんの尾が、ヒューゴーの脇腹を直撃した。
「やたらガタイが良い爺さんと・・・半獣人の女の子か。宿が取れないなんて、ご愁傷様だねぇ」
ザイラさんはヒューゴーの事を気にも留めず、人混みの先を覗き込む。
然し、その人物像には覚えがある。
「お爺さんに半獣人の女の子・・・」
祝福の儀が行われる時期なだけあって、その容姿に覚えがあり聞き流し難かった。
「くそっ、急に止まんなよ。俺達は船が有るし関係ないだろ、さっさと帰ろうぜ」
ヒューゴーは脇腹を片手で押さえ、ザイラさんの足を蹴ると早く歩くように促す。
「ごめん、勝手だけど先に船に戻っていて。その二人、知り合いかもしれない!」
私は二人に先に帰るように言うと、人混みを裂くように向かい側の通りへと進む。
すると、人が恐々とする声と共にザイラさんが声を上げながらヒューゴーと共についてきた。
「待ちなよ、どこに行くつもりだい?」
背後からザイラさんの慌てた声がする、人混みを縫うように進み宿屋の前で交渉する二人の姿を目撃すると立ち止まった。
私に加えて後から追ってきた二人の足音に、半獣人の少女の耳がピクリと此方へと傾く。
「やっぱり・・・ケイティー!」
もしも宿がとれていないのなら力になっても良い、帽子の魔族の存在を考えると放っておく気になれなかった。
「お、お姉ちゃん!?」
黄緑色の髪が風に舞い、振り向くなり青空のような色の瞳が驚き丸くなる。
その腰には以前に目にしたストライド商会製の投擲銃とは違う武器が腰に下げられていた。
「久しぶりだな、アメリア。なぁに、部屋が一つしかとれなくてな」
相も変わらず祖父は、背が高く岩の様な筋肉質な体をしている。
たっぷりと蓄えた顎髭を撫でると、チラリとケイティーに目配せをした。
「大丈夫!アタシ、爺ちゃんのお弟子さんと何時も一緒だし」
確かに祖父の剣術道場は男性ばかりだが、慣れてどうするのだ義妹よ。
「もうちょっと恥じらいとか・・・まあ、心配無用らしい」
祖父も同様に思ったらしいが、本人の能天気な反応に眉間を抑えながら早々に身を引く。
「お姉ちゃん、これを見て!ジェニー師匠の新作、結晶式魔弓!あ、説明は省くね。それと、コレあげる!」
それを許可されたと好意的に受け取ったのか、ケイティーは上機嫌になると腰に下げた魔道具を私に見せつけてくる。どの様な武器かは不明だが、師事を受けているジェニーさんの制作意欲は増している様だ。
そして最たる問題は久々のコレだ。
「・・・ありがとう」
手渡された贈り物の紐を解き、包み紙を開封すると薬の様な鼻に突き刺さる臭いが立ち込める。
それは動物らしき形をしたクッキーの様な物体だ。
「それじゃあ、俺達は失礼するな」
祖父は黙って待っているザイラさん達を気遣ったのかケイティーに先に部屋へ行くよう指示をする。
「ええ、またね!」
宿に入っていく祖父を見送ると、ザイラさんが興味ありげに掌を覗き込んでくる。
「何を貰ったんだい?」
「恐らく・・・クッキー?」
「疑問形なのは何なんだよって・・・・うげっ」
掌の包み紙を再び開くと、ザイラさん達の顔は一瞬で後悔の色に染まる。
「まあ、積る話がある上に明日は早い。ライラの船に戻って休もうじゃないか」
あの三叉路は騒動の痕は伺えず、ただ港へ続く坂道から眺める風景は不穏などを感じさせない美しい物だった。
************
十の鐘は、この世界の未来を祝うように鳴り響く。
私達は配布された祭服を纏い、参加者達は案内を受けて広場に集うと女神像を眺めては儀式の開始を心より楽しみにしている様だった。
武器の所持を許されているのはやはり騎士や諸々の兵士のみ、教会側も見る限りでは杖や鈍器の類を腰に下げている者はいない。
儀式は祝福の声で溢れ、恙無く儀式は執り行われていく。
昨日の昼間は何だったのだろうか、国別に参加者を整列させ直すと、女神像の許にある壇上台座に司祭と祭殿長、そして王太子が護衛に囲まれながら上がってきた。
他の者と同じく背筋を正し、三人の言葉に聞き入っていると、護衛の一人が女神像を見上げるなり震え出した。それは緊張しているのか、または他の何かか。
警戒するあまり、癖で腰に手を伸ばすも指先はやはり空を切るのみだった。
意気消沈し、その手をだらりと下ろすと冷たい感触が手に伝わる。
「誰っ!?」
思わず手を払い除けるが周囲は騒ぐ様子は無い、振り向けば黒いローブを纏った男性が立っていた。
その足元には様々な人の影が重なっており、ローブから覗く瞳は底の見えない谷底のよう。
人ならず者と気づくと同時に、その姿は弱々しく目に映る。
「どうか善なる神の憂いを断つ剣と成れ。混沌が闇を凌駕し、祝福の儀にて邪なる紫の月が顕現する」
それは予言、または願いなのか。
目の前の存在の正体に何となく気が付いてしまった。
「闇の精霊王様ですよね・・・それはいったい?!」
あまりにも唐突の顕現であり、言葉を呑み込むよりも早く、その姿は歪み靄のように消えていく。
「何を一人でブツブツ喋ってんだよ・・・」
如何も騒ぎにならないと思えば、どうやら私以外に見えも聞こえもしていないのだと知る。
「ほら、偉い人が喋ってんだから前を向く!」
ヒューゴーに焚き付けられ、ザイラさんに両肩を掴まれて強引に前を向くとガシャンと言う金属音と共に護衛の騎士の兜は脱ぎ捨てられると軽薄な笑い声が静まり返った広場に響いた。
「ふっ・・・くくくっ、こんな物の祝福なんていらねーっスよ!」
銀色の兜の下からは砂色の髪、痣だらけの青年の歪んだ笑顔が現れる。
「テッド?!」
「何でだ、憲兵に連行されただろ?」
そこに立っていたのは憲兵に捕えられた筈のテッドが立っていた。
テッドが剣を抜く動作を見せるなり、同席した騎士が咎めるように剣を喉元に突きつける。
その切っ先は擦り抜けたテッドの首を掠め、赤い筋が浅く引かれた。
「くっそ、痛ぇな・・・まあ、これも主の為っス!」
テッドは躊躇なく抜剣すると、先程の騎士の肩を貫き素早く抜き去る。
祝福の場は恐怖に染まり、それを愉快そうに嗤うテッドの標的は祭殿長と王太子へと向くが、小さな爆発と弾き落された。
「ヒューゴー、如何やって持ち込んだのか知らないけど良くやったわ」
炸裂玉に弾かれた剣は台座の上を回転しながら転がっている。
「炸裂玉ぐらい隠すのなんて朝飯前だっての」
褒めた途端にヒューゴーは腹部を撫でると、犯罪者まがいの悪い笑みを浮かべた。
「やっぱ武器が無いのは不便だね!」
成果を出したヒューゴーに触発されたのか、ザイラさんは深呼吸をすると剣を拾い上げようとするテッドへ炎を吐いた。
「炎なんて卑怯ッス・・・ガアッ」
手加減をされたようだが、嫌な臭いが漂う。
咄嗟に転がり落ちた剣を拾い上げて突きつけたが、私の剣より早くテッドの腹部から剣の切っ先が飛び出してきた。
その剣の主は王太子様だった。
「何をしている、この者を捕えよ!」
祭殿長と司祭は壇上から逃れ、王太子様の命でテッドは包囲されていく。
女神像の台座はすっかり色を変え、テッドは虚ろな目をしながら顔を上げた。
「血が足りないっスかぁ・・・我が神の力になれて俺は幸せっす」
テッドは像へ縋り付くと、自身の血で女神を穢すと引き剥がされるが直前に呟く。
邪神カーリマンへの祈りと感謝をと。
塗りたくられた血は穢れへと変じ、周囲が騒めき立つ中で女神像を黒く染め上げると同時に太陽が消え失せる。
人々の間に混乱が生まれる中で空は夜闇に染まり、ぼんやりと月が浮かぶ。
そこに一筋の線が入り上下に開く、紫の月の様なそれは異界でも目にした邪なる神の眼だった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
夢や希望を抱き集った人々に贈られるのは、女神の祝福か邪神の呪い?
国が混乱する中、始まりの地に訊ねて辿り着けるのだろうか。
次回までゆっくりと御待ち下さい。
■『お知らせ』■**********************
大変申し訳ないのですが、家の諸事情により執筆ができないので《6月1日、20時》
の更新を休ませて頂きます。
よって、次の話は6月8日20時とさせて頂きますので、如何かご了承ください。




