第45話 撹乱ー善なる神の憂い編
テッドは後ろ手に骨や筋肉が軋む音が聞こえそうなくらい確りとザイラさんにより締め上げられる。
手に握られた血濡れたメイスは逃れようのない罪の証、何故にこのような事態になったのか周囲も困惑の様子を見せていた。
「あだだだっ!折れるっス!もげるぅ!放してくださいよぉ」
テッドは怒るでも毒づく訳もなく同情を誘う様な声を上げ、大袈裟に身を捩りながら泣き叫んでいる。
それが止んだかと思うと、チラリと開放してほしそうにザイラさんの顔を覗き込む。
寧ろそれが仇となり、ザイラさんの拘束の手は一層強まっている様だった。
幸いな事に便乗して逃亡を図ろうとした魔族は、あえなく憲兵に取り押さえられて一安心。
「悪いけどアンタは誰がどう見ても罪人だ。こんな公の場で罪人を逃そうとした上に憲兵を殴るなんて、今以上の苦痛を味わうことを覚悟しな」
罪人の逃亡を手助けし、教会への裏切りを行ったのだとザイラさんが戒めるが、当の本人は項垂れたまま無言を貫いている。
「・・・気味が悪いわね」
先程まで、ただの話好きの青年と言った雰囲気だったので変わり様に驚かされていた。
憲兵からは一層、僧兵団への疑惑の目が濃くなっ気がする。
「何なんだコイツ・・・」
ヒューゴーは手にした小型ナイフを腰帯にしまい込むと、僧兵団へと疑念を込めて睨む。
「で、何時までコイツを拘束していれば良いんだい?」
ザイラさんは僧兵団と憲兵隊、双方にテッドの取り扱い方を問うがメイウェザー団長は人目を意識しているのか怒りに震えたまま口を堅く結び、ボウマン隊長に至っては何を言うでもなく憮然としたまま。
暫し間をおいてボウマン隊長はわざとらしく肩を竦めては大きな溜息をつく。
「これは如何いう事でしょうか・・・メイウェザー団長。まさか、彼が勝手にやったとでも言うおつもりか?」
ボウマン隊長はテッドの凶行を教会の差し金であるとメイウェザー団長を疑う。
その言葉にメイウェザー団長は息を吐くと、握りこんでいた拳を緩めてはボウマン隊長と向き合う。
「誠に申し訳ない。この不祥事はまさに青天の霹靂、されど俺の監督不行き届きに間違いない。当然だがテッドの処遇はそちらに一任する。負傷者には治療を施し、隊への謝罪は日を改めて謝罪に伺わせてもらう・・・」
部下達のテッドへの怒声が飛び交うのをメイウェザー団長は制すると、ボウマン隊長の前で深々と頭を下げた。
ボウマン隊長は下げられた頭をじっくりと眺めては失笑すると、力なく頭を下げたまま項垂れるテッドを一瞥する。
「ふん・・・団長とあろう者が身に覚えがないと。では聞く相手を変えよう、誰が御前に命じた?」
ゆっくりと皮肉めいた声音で話すと、ボウマン隊長は穏やかな声色でテッドに問う。
その一言にテッドは安堵の表情を浮かべ、弁解の機会を得たのだと目を輝かせているようだった。
「ちょっと待ちな。此処は人目が多い、そう言うのは自分の陣地でやる物じゃないかい?」
ザイラさんが怪訝そうに眉を顰めるが、ボウマン隊長は小馬鹿にして鼻で笑うのみだった。
テッドは拘束されたまま二人の顔色を窺うと、ボウマン隊長に対して何故か自信ありげに胸を張る。
その余裕の根拠は不明だが、何とも言い知れぬ不安が私の胸中を騒めかせた。
「え?そりゃあ・・・強くて絶対的みたいな?コイツらだけじゃなくて、皆を導く力を持つ真の神様ッス!」
張り詰めた息苦しい空気をテッドの底なしの明るい声が突き破った。
強くて絶対的、女神様へ抱く印象とあまり合わない。
テッドは目を輝かせたかと思えば、心酔するように恍惚の表情を浮かべた後、帽子の魔族達へと視線を向けては誇らしげにボウマン隊長に対して誇らし気に胸を張る。
「は?鞍替えしたのか?」
ヒューゴーは驚くと、間の抜けた声を上げる。
「落ち着いて、そんな訳ないじゃない」
察しが良いのか悪いのかヒューゴーの発言を一掃する。
仮にテッドが言う絶対的な神は邪神として何故に今、此処で疑念を抱かれる事をしたのだろうか。
「テッド!我らの神はウァルミナス様は、あの者達のような禁術に手を出す者をお許しになられていない。何が狙いだ」
メイウェザー団長は野次馬をはじめ周囲の反応に拳を握ると、テッドに詰め寄り問いただす。
「へ?何すか?団長、確りしてくださいよ。俺らの神様はソイツじゃ無いっしょ?」
テッドは呆気にとられた顔でメイウェザーを見上げると、次第に怒りで顔が強張り小石を蹴り飛ばした。
小石はメイウェザー団長の体に中り、弾かれては地面に転がる。
「おやおや・・・いつの間に、これはどう言う事ですかね?」
ボウマン隊長は二人の衝突に驚いた様子。
けれども、この状況を楽しむように二人の間で視線を泳がせているようにも見える。
「この背信者が・・・お前を救い、その懐に招いた主をソイツと呼ぶとは許されぬ!」
僧兵団の面々が不敬な呼び方に憤慨するメイウェザー団長を引き留めようと止めに入ろうとしたにも拘らず、その手はテッドの襟首を乱暴に掴んでいた。
「おいおい、止めなよアンタ。公の場で、それは不味いって!」
ザイラさんは咄嗟に拘束を緩め、メイウェザー団長の腕を掴んだ。
自分を挟み繰り広げられる問答に、テッドから軽薄な雰囲気が消失せた。
「はぁ?なになに?追放っスか?俺からすれば、弱い奴に縋る人間の方が悪いと思うんッス!」
一瞬でテッドの瞳は背筋も凍るような冷たい物に変わる。
推測は的中、女神様の名前を聞いて弱い奴と称するのだから間違いない。
蟀谷に青筋が浮かび上がり眉間に皺が寄せると、思わぬ事で拘束を解かれたテッドの片手が一瞬だけ腰帯へと伸びる。
それにザイラさんが気づいた時は既に遅し、小さな白銀が軌跡を画くとテッドは自身を捕える腕を切り付けた。
「くっ、僧侶の癖に刃物をなんて!」
宙に紅い花を地面に咲かせ、ザイラさんの顔が苦痛に歪むのを見てテッドは薄笑いを浮かべながらメイウェザー団長を標的に定めた。雇われた盗賊か暗殺者か、動きが僧侶ではない。
ザイラさんの腕が赤く染まるのを見て思考を止め、双方の兵士が動き出すのを横目に私は剣を抜きさりテッドの許へと駆けていく。
「ヒューゴー!」
テッドの短剣が振り上げるのを目にすると、振り返りもせずにヒューゴーの名前を叫ぶ。
「ああ、解ってるって!」
上手く察してくれたのか、威勢の良い声が飛んでくる。
走る私の横をヒューゴーの矢が追い越し、空気を裂きながら飛ぶ矢は短剣をテッドから奪った。
「もうっ・・・子供の悪戯にも限度があるっスよ!」
テッドの腕から短剣が弾かれるも隠し持っていた短剣は一振りではない、舌打ちと共に取り出された新たな短剣がメイウェザー団長を襲おうと取り出される。
「この無知の差別者が、誰が子供だ!勉強しろ!」
ヒューゴーからテッドへの怒りが込められた乱暴な言葉が飛ぶ。
「テッド、貴方は何者なの?」
私の問いにテッドは肩を竦め、その手は自然と腰帯に伸びる。
その手先に光る物を確認してからの抜剣、メイウェザー団長への殺気がこめられた短剣を掬い上げるように弾き飛ばした。
テッドの視線がそれた所で、私は剣をその首筋に突き立てた。
「嫌だなぁ、この世界の誰もが信仰する神様の敬虔な信者ッス!」
それでもテッドは周囲に視線を配った後、観念した様な素振りを見せたがメイウェザー団長の方を見ると満足そうな表情を浮かべる。これは強がり、もしくは挑発だろうか。
「おやおや存外、噂も間違いではなかった様ですね」
此の人は何故、他人事のように語るのだろう。
同時に国側が教会に抱く疑念が見えてきた。
さっきのヒューゴーではないが、邪神への改宗を疑われているのかもしれない。
「笑わせないで、貴方は敬虔な信者なんかじゃない」
テッドは私の言葉を耳にするなり、ニヤニヤと口角を緩める。
憲兵隊の視線は隊長へと向けられたまま誰一人、その場を動こうとしない。
「えー・・・まさか、こんな傷物なんて言わないっスよね?」
テッドは信じられないと言いたげに嘲笑すると、メイウェザー団長のマントの留め具を指さす。
女神様の象徴には斜めの傷が入っており、愉快そうにするその横顔にメイウェザー団長の拳が沈みこんだ。
テッドの体は紙屑のように吹っ飛び、地面へと何度も打ち付け転がる。
「これは神からの裁きの鉄槌だ。後は国に裁かれるがいい。我らは御前が崇める者に惑わされぬ」
テッドは顔を抑えながら何かを呟き体を起こす。
メイウェザー団長の言葉は教会からのテッドへの追放宣告だった。
恐らく、メイウェザー団長もテッドが神様と称する存在が何者か気付いるだろう。
気にすべき問題は、誰の差し金で僧兵団にテッドと言う狂信者を潜り込まされたかだ。
「何だよ、俺の出番がないじゃないか」
ヒューゴーは遅れて此方に近づいてくると、何気なくテッドが落とした短剣を拾い上げると不満を漏らした後にじっくりと其れを眺める。
メイウェザー団長は忌々し気にテッドが憲兵団に拘束されていくのを見届けていた。
「いやはや・・・そこの冒険者の御三方、罪人の取り押えにご協力を頂き感謝します」
終始、妄言を吐きながら暴れるテッド対しても、仕事を忘れたかのように何もしようともせずにいたボウマン隊長は感謝と共に胡散臭い笑みを私達に向けている。
ボウマン隊長は困ったように眉尻を下げては頭を掻くと、メイウェザー団長を冷ややかな目で見る。
「俺も異常者の相手とはいえど、した事は十分に犯罪だ」
メイウェザー団長はテッドに対する公の場での暴力を悔い、両腕を突き出してはボウマン隊長に自身を連れて行くように促す。然し、ボウマン団長はそれをじっと見つめるだけだった。
帽子の魔族は最後まで正体を伏せられたまま、今度は逃がすまいと確りと憲兵に拘束されて整列している。
平穏を一応は取り戻した広い三叉路に海の方から多くの笛の音と、港が多くの人々の声で賑わいだした。
「早くしろ・・・」
「それは何のつもりですか?女神の信徒を護り、導く立場にある貴方がとった止むを得ない行動をどうして裁こうものだろうか」
困ったように眉尻を下げると、ボウマン隊長は静かに頷く。
然し、メイウェザー団長は表情を崩さずに腕を下ろしては尚も眉間に深い皺を刻んでいた。
「・・・」
「では、祝福の儀が今年も滞りなく行われるのを期待していますよ」
ボウマン隊長は一言だけ投げかけると、何事もなかったかのように踵を返して去っていく。
不思議な事にあれほどの狂言を吐き続けていたテッドは抵抗をする事も無く、他の罪人達と共に城へと連行されていった。
「では、俺も失礼する。祝福の儀は九つの鐘の時に始まる。良ければ是非、見て行くといい」
暗い表情のまま、メイウェザー団長は微笑みながら団員達と帰っていく。
治癒術により傷が完治したザイラさんはすっかり、団長を信用をした様子だった。
怪訝そうに見つめていると、私の顔をザイラさんが覗き込んできた。
「何だい?あの優男の影響かも知れないけど一旦、それを捨てても良いんじゃないかい?」
一つの考えに凝り固まりすぎではないかとザイラさんは呆れたように言う。
どちらも帽子の魔族への対処は同様だが、双方の振る舞いには違いがある。
「今、必要なのは疑う事じゃなくて知る事ですよね」
「んで、如何するんだ?」
ヒューゴーは周辺の穢れを払い終えた僧兵団から港から押し寄せてくる楽し気な集団へと目を向ける。
そう言えば義妹のケイティーも今年の祝福の儀に参加するはず。
「そうね、ついてきて」
懐かしい雰囲気の賑やかな声が聞こえてくる建物の扉をくぐる。
「冒険者ギルドかよ・・・」
ヒューゴーは煩わしそうに人混みを掻き分けていく。
「ほら、有った!」
多くの冒険者が鬩ぎ合うように覘く、ギルドの壁には祝福の儀の案内役を求める真新しい張り紙が張り付けられていた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
投稿が遅れてしまい毎度、本当に申し訳ございません(^^;
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次回こそ無事に投稿できれば、5月25日20時に更新致します。




