第41話 密かな異変ー善なる神の憂い編
コウギョクは騒動の原因として居残りをさせ、私達は不満まみれの声を背に許可を貰って飛び出した。
幾人もの背を追い、泡立たしい足音を立てながら甲板へ続く階段を駆け上る。
差し込む陽光、潮の香に火薬と煙の臭いが混じり風に乗って船内に流れ込んできた。
国による取り締まりが強化されたと言う事は、他国との関係の悪化か又は異界より開いた穴の影響が看過できない程の物となっているのだろうか。
などと考えながらも、何処の船と揉めているのだろうかと怖いもの見たさもあった事は否定できない。
海風を浴びながら甲板へ躍り出た先で目にしたのは、フォンドールへの寄港する事を諦めて舵をきる船団。
僅かだが私達の船の様に状況が理解できず留まる船も数隻いるうえに、遥か先の視界は煙で不明瞭。
ただ、砲撃による威嚇を恐れずにフォンドールへ向かおうとする船が存在する事は間違いないだろう。
「検疫で何でこんな事になるってんだか。暴れたって逃れるどころか海の底で船と一緒におねんねする事になるだけってのにねぇ」
煙が漂い霞む視界の先をザイラさんは如何にか状況を探ろうと眉間に皺を寄せながら目を細める。
次第に風で視界は開け、薄れゆく煙の中に四隻の船影が見えてきた。
白い帆の中心に国章らしき物が画かれた三隻の船が黒い船を囲み、退路は混乱する船団の往来により阻まれている。
騒がしい甲板の上で、どこの船かと手摺に両手をかけてザイラさんと揃って海を睨んでいると上からヒューゴーの声が聞こえてきた。
「しかも、帆についている紋章からしてカーライルの軍の船だな・・・相手は駄目だ何処のか分かんねぇ」
ヒューゴーはマストに掛けられた縄梯子を途中まで登り、片手で日差しを遮りながら怪訝そうに眺めると面倒そうな声を上げる。
それにしても、恐るべしヒューゴーの視力。
「へぇ、よく見えるね」
それに思わず私が感嘆の声を上げる。
「これはだけは人や龍神族には無い、生まれ持った特権てやつだ」
ヒューゴーは此方を見下ろし誇らしげな表情御浮かべると、したり顔で耳を指さしてきた。
「べ、便利だね・・・」
あまりにも得意げな顔に思わず目を逸らして苦笑する、それに対してヒューゴーが何かを喚いていたが耳どころか空気すら震わせるほどの爆音に全て掻き消されてしまった。
「ヒューゴー、大丈夫?!」
心配してマストに駆け寄るザイラさんを目にして慌てて顔を上げると、両足でマストに足をかけながら縄梯子にしがみ付くヒューゴーの姿が目に飛び込んできた。
ヒューゴーは態勢を整えるなり、受け止めてあげようと下で両腕を構えるザイラさんを見ると目を逸らしては無視して視線を海原へと戻す。
「おいおい、何やってんだアレ。あの黒い奴、軍の船を撃ちやがった!」
再び空へ上る黒煙、包囲された船は逃れようのない事態に予想外の行動に出た。
「砲撃・・・!?」
軍の船に反撃をする不利益を厭わない挑発ともとれる砲撃、恐らくフォンドールへの上陸を諦めて逃走を図ろうとしているのだろう。
砲撃は一隻の船の左舷の甲板付近が抉り、遠目からでも酷く混乱していることが見て取れる。
「おいおい、それって宣戦布告じゃないか。船はどうなっているんだい!」
ザイラさんは手摺から身を乗り出し、後続の船の合間から船を覗き驚愕の声を上げると慌てて甲板を見渡す。
「こりゃあ巻き込まれる前に俺達も・・・って当然か」
既に船員達は船を旋回させようと動いている。
ヒューゴーは安堵したような声を上げると軽々と縄梯子を滑り降り、甲板に足をつけると同時にライラさんの怒号が船員達の足音や波の音に負けない声量で飛んできた。
「もたもたするなですよ!他の船に注意を払い、速やかに船の針路を反転させるですぅ!」
船員が帆を調整する中、ライラさんは冷や汗を滝のように流しながら操縦士の腕をポカポカと叩きながら急かしている。然し、あまりの執拗さにくっきりと操縦士の額に青筋が浮かび上がった。
「だーっとれ!素人が!ギャーギャー甲高い声で喚かずとも何とかするに決まっているだろうが!」
「ぴぇ・・・」
操縦士の迫力のある怒号につい、ライラさんも怯えて短い悲鳴を上げて震えあがる。
一瞬だけ何処からともなく笑い声が聞こえたかと思うと、ライラさんが睨んだところで何事もなかった顔で頷き慌ただしく作業に戻っていく。
されど、海の流通の要であるフォンドールなだけあり寄港する船は多く、左舷側も右舷側も次々と擦違いが起きる為に無暗に動かせないようで操縦士も苛立ちが隠せないようだった。
三隻の船から流星の如く弧を描き魔法が黒い船へと放たれる。
見るからにそれはただ投降を促す物ではない、三本あるマストの一柱が折れたりと動きを封じようとしているのだと解る。
「おら!俺達は此処にいてもクソほど役に立たねぇんだから船内に戻るぞ!」
旋回をし始めた船の中、目を奪われ立ち尽くす私とザイラさんの脛をヒューゴーは乱暴に蹴り飛ばした。
一瞬で我に返ると、互いに何か言うでもなく人の波を縫うように潜り抜け船内へ続く階段を目指す。
船は乱暴な操縦ながら旋回を無事に終え、ふらつく足で階段の手摺に手をかけた時だった。
背後から鼓膜が震える様な轟音が響き、人々の悲痛な声に振り向けば後続の船が次々と沈んでいく光景が瞳に焼き付く。
少し離れた場所では悲し気に船の最期を見送る数隻の小舟と漂流物にしがみ付く人々が確認できた。
黒い船は自棄になったのか、軍船からの攻撃を受けながらも一隻でも多く道連れにしようとしたようだが終に全てのマストがカーライル軍により折られる。
「へぇ・・・あんな事をしたにも拘らず生け捕りなのね」
折れた中央のマストは黒い船の船尾を巻き込みながら飛沫を上げて海へ落ちる。
海上が静まり返った所で階下から、ヒューゴーとザイラさんが私を呆れたように見上げながら登ってきた。
「なんだいそんな所で、物好きにも程が有るんじゃないかい?」
ザイラさんはそう私を揶揄うも、話を聞きたそうな表情を浮かべている。
船の方は徐々にフォンドールへの寄港を諦めてそのままの針路をとろうとするが、幾筋もの光が逃げそびれた船に降り注ぐ。小さな光り輝く翅、恐らくは国に所属する妖精による通達だろう。
その行く先は勿論、船主であるライラさんの許だ。
「うう、国家権力め・・・じゃなくて、人命救助の為なら時間も金も厭わねぇですと御伝えくださいですよ」
本音は逸早く別の港に寄り、日乃本で仕入れた商品を値を調べて売り捌きたいのだろう。
ライラさんは俯き震えながら何かを呟くと、急に満面の笑みを妖精に向けながら震え声で国の命令を承諾をする。
「まっ、商売は評判も信用も命だろうしな」
ヒューゴーは帰っていく妖精を目で見送ると、笑顔が崩れたライラさんの顔を見て腹を抑えながら背中を丸めて震えだす。
「ヒューゴー、何か忘れていない?」
「・・・あ?」
「救助に向かうのはライラさんじゃないよ」
私がそう告げると、ヒューゴーはあからさまに不機嫌になる。
それと逆に上機嫌なのはザイラさんだ。
「まっ、これは海の掟でもある。人助けも当然じゃないか」
船旅で鈍った体を久しぶりに動かす事ができるとザイラさんは浮かれている様子。
そして当然の如く、ライラさんの声に船は錨を降して救助に向かう事となった。
「とっとと、こちらも救助用の小舟を降し、魚人たちは海に落ちた船乗りを引き上げるですよ。残りは引き上げ役として小舟へ、後は魔物を目視しだい殺して援護するですよー」
ライラさんは支持を受ける私達を眺め、何時になく引き締めた顔を披露しながら頼れる主な自分に酔いしれている様子。
私とザイラさんは小舟へ救助者を引き上げる役に、ヒューゴーはコウギョクまで強引に巻き込み魔物の駆除に就いた。
魚人族の皆さんの活躍により、同じ救助を依頼された船よりも救助が捗っている気がする。
ただ、ライラさんの事を思い浮かべると誇らしさより辟易とした気分だ。
海は木材や積み荷などが障害となっていたが、誘導も終えるまで残り僅かと言う所までやり遂げた。
「ありがとうございます、おかげで助かりました」
「いいえ、当然の事をしたまでですよ」
祭服を来た聖職者を最後に引き上げ、用心の為に海を見渡すと波に揺られながら流れてくるのが目に付く。
「なんだ布かい。それにしてもコレって・・・」
大量の水を滴らせる黒い布をザイラさんは、いとも容易く引き上げては不快そうに顔を顰める。
何とも不気味な色合い布だ、折れた骨組みの様な物が縫い付けられており、厚みがあるが劣化の為か途中で千切れてしまっていた。
「あの黒い船の帆の一部だったりして・・・」
「うげ、あの違法船のかい。まったく、やな物を拾っちまったよ・・・」
ザイラさんは嫌悪感で顔を歪ませると布を丸め始める。
海に浸かっていた部分まで巻き上げられると、灰色の糸で刺繍が施されていた。
「待って・・・!」
思わず張り上げた声にザイラさんの手も止まり、小舟に乗る人々からも不思議そうな視線が向けられる。
布に刺繍された模様に確かに覚えがある、闇の精霊紋だ。
人により書かれた創世神話によると双子の神の争いに負け、光の精霊の眷族が住まうカーライル王国により外部から隔離されたと記されている。
つまり、闇の国がカーライル王国の目を盗み、船を繰り国を出て外界を旅していた可能性を示唆していた。
「これは・・・精霊紋と酷似していますね」
突如、視界に影が落ちる。
声を頼りに振り向けば救助した聖職者が背後から物珍しそうに覗き込んでいた。
ザイラさんは怪訝そう見詰めて眉を顰めるが、当人は気にしていないらしく物珍しそうな顔をすると口元に手を当て首を捻る。
「やはり・・・」
教会と祭殿は関りが有るので知識はある筈、故に彼も何か違和感を感じたのかもしれない。
闇の精霊紋である可能性は高いが、何にしろ不明瞭な部分が多く公言は差し控えておくべきだと思う。
無暗やたらと不安をあおる必要はない。
「精霊紋?あんた祭殿の関係者かい?」
ザイラさんは丸めた布を広げては畳み直すと、船からの合図に頷き視線を戻す。
私達が船にしがみ付くと、ゆっくりと縄が掛け声と共に引き上げられていく。
「これは失礼、私はロジャ-・スタンフィールドと申します。前任の者の代わりにフォンドールの教会に赴任を命じられた、ただのしがない聖職者ですよ。まあこの分じゃ、当分は就任する事は無理でしょうけどね・・・はははっ」
ロジャー神父は頼り穏やかな口調で自身の経緯を語ると、警戒網が敷かれた海を眺めては自虐的に笑う。
「そりゃあ、お気の毒なこっただね。まあ、あの見栄っ張りの商会長なら喜んで近くの港まで送ってくれるさ」
フォンドールへの寄港は国から許可が下りない為にザイラさんの憶測は的中、ライラさんは救助者の乗船を許可を出してくれた。
船はフォンドールを諦め、カーライル王国の首都であるエリューシオンへと寄港する。
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前に帰国したのは何時だったろうか、懐かしさと喜びで私の胸は高鳴っている。
商人ギルドに国にと忙しなくライラさんは相も変わらず休む暇が無い様で、当分は国を出ないとの事で用心棒の仕事も必要が無いと久々の休暇を与えられた。
そうは言っても故郷に帰る事ができるかどうかで、ロジャー神父を教会に案内しながら仲間達の観光に付き合っている。
「ワタシは此処で良いデス。船医として薬品の材料を勉強を兼ねて仕入れないといけないのデ」
シルヴェーヌさんは商店が並ぶ通りを通るなり薬品店の看板を見るなり目を輝かせる。
彼女は日乃本での活躍や元からの薬品の知識により、ライラさんから船医の職を与えられていた。
「ええ、構いませんよ。でも、スリや詐欺師には注意してくださいね」
私の返事を最期まで聞いているか如何かのところでシルヴェーヌさんはドアベルを鳴らしながら扉を開き店内へ姿を消していた。
「やれやれじゃな、妾達はとっとと教会とやらに向かうぞ」
コウギョクは呆れながらも見るもの聞くもの、全てが目新しいらしく視線を四方八方に泳がせている。
本当に神様なのかと目を逸らすと、見た事も無い姿の人の姿が通りに散見している事に気付いた。
同じ服に帽子、服装から兵士のように見えるが・・・
「なんで御前が偉そうなんだよ。此処じゃ御前の権威は通用しないぜ」
ふらふらと好奇心の赴くままに歩き回るあまりヒューゴーはコウギョクの襟首を引き寄せる。
「こら!ガキども、街中で喧嘩をすんじゃないよ」
二人の睨み合いに通りを歩く人々の視線が突き刺さり、見かねたザイラさんは二人が騒ぐよりも早く頭頂部を鷲掴みにして引き離す。
「すみません、此処まで来れば教会の位置も解りますし私もここで構いませんよ」
ロジャー神父は見上げると、はしゃぐコウギョクに遠慮したのか遠慮がちに微笑む。
屋根の合間から教会の屋根が覗いており、何時の間にか目と鼻の先まで歩いていた事に気付く。
「あの、世界の神様が初めて下りた地について何か御存じではありませんか?」
船では聞くか躊躇したが、これも好機だと意を決して訊ねる。
「えっ・・・?」
「あ、いえ、唐突ですみません!」
表情から困惑している事に気付き、可笑しな質問をしてしまったかと謝り倒すと、予想外にロジャー神父は考え込む仕草を見せる。
「そうですね、私の知る教義では神が降り立つ事により世界は生まれたとされています」
「つまり、明確には始まりの地は示されてないと」
質問には答えては貰えたが、やはり神書の通りの回答だった。
「・・・ええ。後は広く周知されている通りですかね。お役に立てずに申し訳ございません」
「いえいえ、こちらこそ貴重なお時間を頂きありがとうございます」
そう簡単に判明はしない事は解っていた、だから落胆は無い。
「おい!話が済んだなら早く来いよ」
笑顔でロジャー神父の背中を見送ると、何時の間にかヒューゴー達は買い食いをしながら私に手招きをしていた。
「あ、ごめ・・・?!」
慌てて後を追うも、何者かと肩が当たる。
相手の帽子が地面に落ちたので拾い上げ、渡そうと振り向くと目に映るその姿に息を呑んだ。
「・・・ふん」
帽子を差し出す私へと向ける瞳は光で鮮やかな紫色に見える、男は帽子を奪い取り被ると背を向けた。
それは魔族の象徴、フォンドールの海上で繰り広げられた戦いも合わさり困惑が隠しきれない。
「え?ま・・・」
動揺に言ってはいけないと解っていても、驚きが口から漏れ出そうとするが口を塞がれ路地へと体が引き込まれる。
「何をする?!」
「余計な事を口にするのは命取りになるよ」
薄暗い影の中、低く鋭い声が私に向けられた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にあいがとうございます。
今回は遅れてすみません、間に合うよう尽力しますのでお許しを!
世界をめぐり再びの船旅と思いきや不穏な空気、確実に世界に変化が齎されているようです。
それでは次回までゆっくりと御待ち下さい。
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次週こそ無事に投稿できれば4月27日20時に更新致します。




