第40話 海上のカクレンボー善なる神の憂い編
ヴォルナネン商会の船では穏やかな海原と裏腹に慌ただしい足音が内外問わず響き渡っていた。
当の船主は甲板の中央に木箱に腰を掛けてはマストに背を預けると、当然の如く自ら動く気は無いと言わんばかりに踏ん反り返ると私達を見詰めては呆れたように溜息をつく。
「何をボーっとしてるですかぁ、こう見えて忙しい身なんですよぉ。アタシは皆が報告しやすいよう此処で待っているからとっとと探しに行くですよぉ」
傍から見れば明らかに怠惰な態度としか見えないが、ライラさんは当然と言う顔をして頬杖まで突くと視線のみを動かす。確かに報告するにも、加えて広い船内で人探しは手間だと言うのには納得がいく。
然し、何とも憎たらしい表情と物言いだ。
「・・・了解」
辟易としながら視線を低くすると早々に話の輪を抜け、報告をしてきた船員の一人を引き留めながら熱心に話し込んでいるヒューゴーの姿が目に付く。
「如何やら小柄で俊敏な奴らしい。追いかけても、何時の間にか視界から消えちまうらしい」
ヒューゴーは面倒臭そうに肩を竦めると、ニタァと厭らしく口角を上げながら幽霊を思わせる仕草を私達に見せつける。
「小柄で俊敏・・・」
「まあ商会長が睨んでるし、後は移動しながらにしないかい?」
思うような反応が得られず不貞腐れるヒューゴーをよそに、思案する私にザイラさんはライラさんの顔が悪魔のような形相になっている事を様子を窺いながら知らせてくる。
ライラさんの方へとは振り返らず、三人で顔を合わせるなり叱責が飛んでくるより早く他の船員に交じり捜索の輪に加わった。
収集した情報や人の流れを充てに走り回れど、密航者の存在は確認できるが捕まらずに見事に振り回されてしまっている。
このまま闇雲に走り回ってもと考えを改めると、廊下の片隅で三人で一息をつく。
「タイミング的に日乃本の人間だろうけど、よくあの迎島の警備体制を潜り抜けたものね」
ライラさんの商会が迎島で唯一の異国からの来訪者であり、日照大御神からの神命なだけあって迎島の警備は神経質なぐらい厳重だった。
島外から潜り込み、迎島の警備を出し抜いたとしたら驚きだ。
「まあ、日乃本の連中を見てれば密航なんて危険な橋を渡るやつは早々いねぇな。つまり十中八九、考え無しのガキだろ」
好奇心からの衝動に駆られたのだろうと額を片手で押さえると、ヒューゴーは自身の前髪を掻きむしる。
これにザイラさんも浮かない顔、私が固まっている様子を不思議そうに覗き込んできた。
「やれやれ、アタシは子供が大の大人を振り回して此処までやるとは思えないけど。アメリアはどう思うんだい?」
「日乃本からの密航で間違いないと思うけど、断定はまだ早いと・・・思う」
船員達に割り振られた押し込まれるような狭さの寝室が並ぶ人気のない廊下、無人の筈の一室の扉が蝶番が軋ませながら僅かに開いた。途端に私の視線はその不自然な扉に釘付けになる。
不用心な船員の締め忘れか、窓から吹き込んだ海風によるものだとしたら余りに勢いが弱い。
「やっぱ、船員と一緒に犯人と鬼ごっこの続きをするしかないのかね」
ザイラさんは辟易としていると言わんばかりに嘆く。
「あー・・・そうだな、何としてもソイツの姿を拝んでやらねぇと」
ヒューゴーは意見を交換し合っても尚も難航する事態に、逆に火が点いたらしく拳を振り上げては大股で廊下を歩きだした。
床を打ち付ける足音、ワザとか偶然かヒューゴーは開きかけの扉へと近づいていく。
するとカチリと音を立てながら取っ手が回転し、扉がゆっくりと閉じ始めた。
「どうやら的中したようだね」
ヒューゴーを追い越し、素早く扉へ足を滑り込ませると靴鎧が挟まり金属音が小さく響いた。私の足を退けようと、扉を閉めようとする力も感じる。
「ふん、成程ね。アタシにまかせな!」
ザイラさんは扉と格闘する私の体を押しのけると、有無を言わせぬ腕力で軽々と扉を開け放ってみせた。
「・・・くっ、この!」
私は扉を避けて身を反らす、小さな悲鳴と共に開いた扉の先に逃すまいと腕を伸ばせば何か柔らかな感触が手に伝わる。
逃げ出そうとするのを感じながら腕を伸ばすと飛び出す相手を受け止め、床を踏みしめて受け止めた。
腕に加わる重量と僅かな空気を含んだ毛の感触、確かに噂通りに小柄な様だが何か変だ。
一瞬の油断から私の隙をつき、腕による拘束から逃れた密航者を追って振り返ると人の姿は無い。
代わりに此方を見上げながら立ち止まる、薄汚れた白い鼠の姿が目に留まる。
先程、捕えかけた者との明らかな質量の違いに困惑しながら鼠と見つめ合っていると、ザイラさんの豪快な笑い声が後方から聞こえてきた。
「あはは、何かと思えば大袈裟な」
ザイラさんは不審者の正体がただの鼠だった事で期待外れだと残念そうに苦笑する。
その横で踵を返し、鼠を捕えようとすると何か硬い物で手を弾かれた。
「はっ、害獣駆除もまともにできないのかよ」
乾いた音と共に取り逃した私をヒューゴーは嘲笑すると、腕を振り上げたナイフを鼠に向けて投擲する。
「ひいっ・・・!」
何者かの悲鳴と共にナイフが貫いたのは草臥れた布の切れ端だった。
鼠にナイフを突き刺したつもりが、突如として現れた布に三人で目を丸くする私達だったが、小さな体に似つかわしくない大きな足音を追跡する。
「疑って悪かったよ・・・でさアイツ、人語を喋ったよね?」
謝罪の言葉と共にザイラさんの戸惑うような声が飛ぶ。
「ええ、アレは鼠じゃありません」
そう断言するも、頭の中を過る陰と密航者が結びつかずに言い出せない。
兎も角、足元を駆け回る鼠の目の前に上階へ続く階段が。
「そのうえ、変身か幻術を使う面倒なやつときたもんだ・・・おわっ!」
ヒューゴーが苦々し気に顔を歪めたかと思うと、その顔面に破れた外套が覆い被さる。
突如として視界を塞がれた事に苛立つヒューゴーはそれを剥ぎ取ろうと藻掻きだす。
「あー、もう!立ち止まってんじゃないよ、上階へ逃げられちまったじゃないか」
ザイラさんは面倒なのか、ヒューゴーをそのまま小脇に抱え上げる。
「落ち着いて、ただの磯臭い外套よ。これで船員のフリをしようとしたのかしら」
ヒューゴーの頭に覆い被せられていた外套を取ると、表面のベッタリとした感触と共に生臭い海の臭いが漂ってくる。これは臭いに耐えられなくなったのかも知れない。
取り敢えず、それを階段の手摺に掛けて放置すると上階へと辿り着く。
そこで目にしたのは船員達が待ち遠しそうに話し合ったり、鼻の穴を広げながら匂いを嗅ぎながら賭け事をしている光景。
食欲をそそられる香りが漏れている調理室の前の廊下は空腹により、多くの船員が集まっており賑わいを見せている。
見失った密航者を追う道は二択、階段を上り甲板に出るか、人混みに紛れて身を隠したと見做すかだ。
緊迫する空気の中、地鳴りのような音が聞こえて驚くとザイラさんの頬が朱に染まった。
「此処を探そう。ほら!ここは海だけどさ、木を隠すのなら森の中って言うだろ?」
「・・・行こか」
正直、密航者の行く先を決定づける物は無し。
幸い他の船員も探し回っているうえ、此処は海の上だ。
「一理あるしな」
ヒューゴーは頷くと、私に続いて踊り場を出た。
「べ、別に腹が減っているとかじゃないよ!」
「うるせぇ、ちゃっちゃと奴を探すぞ」
誤解したまま、的外れな返答をするザイラさんにヒューゴーは苛立ちながら手招きをする。
賑やかな廊下や食堂で聞き込みをするも、色よい情報は得られない。
「成果がないね・・・」
ザイラさんは悔しそうに溜息をつく。
低い位置はヒューゴーに見て貰っていたが、此方も成果は同様だ。
漂う香りと調理の音に、ある事を思い出す。
「そう言えばライラさん、日乃本から食料を仕入れていたよね」
確か物珍しければ、それが誰かの需要に合致するかもしれないとライラさんが鼻息荒く荷物の前で熱弁していた事が思い浮かんできた。
「へえ、異国の食品なんて味覚の違いも有るし儲かるものか如何かだな」
ヒューゴーは一瞬だけ私の顔見て驚いた表情を浮かべるも、直ぐに目を逸らし素っ気なく返事をすと開いたままの食堂の扉の裏まで覗き込む。
「何を暢気な事を言ってんだい。真剣にお探しよ、別の買いを回っている連中と情報をすり合わすって言うのも有りだとアタシは思うよ」
急に雑談を始めた私達にザイラさんは呆れ交じりに廊下を引き返そうと振り返る。
船員達は妖精から目的地のフォンドールが在る島が見えてきたとの報せを受け、長机の上の食事を平らげると、慌ただしく食器を返却しては私達の横を通り過ぎていく。
その中、調理場からの悲鳴と何かが落ちる音で誰もが戸惑い足を止める。
数名の船員と調理場の前へと集まり、扉越しに何が遭ったのか訊ねるが返ってくるのは形振り構わずに声を荒らげる声だった。
「パントリーに逃げ込むとは間抜けだね。袋の鼠とはよく言ったもんだ、もう逃がしゃしないよ!!」
先程は恐怖から悲鳴を上げていたにも拘らず、野太く逞しそうな女性の声による鼠への勝利宣言が聞こえてくる。そろそろ鼠も年貢の納め時と言うところだろう。
「あ、掛ったね」
密航者の正体は大凡、見当がついている。
鼠が調理長のフライパンに潰される前に助けに行かなければ。
「何だお前も気づいていたのかよ・・・まあ、何になろうと変わらない奴は変わんないか」
ヒューゴーは意外そうな顔をすると、私の顔を見るなり納得したように頷く。
「ど・・・どういう事だい?」
ザイラさんは私達の顔を交互に覗き込み、焦りながら困惑の表情を浮かべていた。
扉の内側から聞こえるのは床が軋む音と、緊迫感を感じさせる足音。
「船を走り回るような鼠は白くはありませんよね。つまり変化した者が鼠が這い回るような場所に行った事がないか、地毛が白いからだと思います」
ザイラさんの瞳が見開かれる、驚きのあまりに大声を上げそうになったのか慌てて手で塞いだ。
漸くザイラさんも鼠の正体に気づいたらしく、その表情から困惑の色が伺える。
そして息をゆっくりと吐くと、そわそわと扉に腕を伸ばすも直前で首を捻り手を止めた。
「おいおい、それも可笑しいだろ。コウギョクは、今や人の身にあらぬ存在なんだよ」
「アイツは元から人間じゃねぇよ・・・と言うかあの偉い神様が言ってただろ?力を貸すって」
ヒューゴーは苛立ちながら日照大御神との約束を口に出す。
兎も角、ザイラさんにも理解を得たので扉を開けようとすると船が僅かに左右に揺れ、何かを叩きつける金属音が幾度となく響いてきた。
「さて、さっきから不穏な音がしていますし突入しますよ」
扉を開いた先で目に付いたのは美味しそうな料理では無く、小瓶からこぼれる大量の調味料と床を白く染める小麦粉だった。
そして部屋の一角、隣のパントリーへと繋がる扉の前に中を見渡すエプロンを身に纏ったふくよかな女性が目に付く。この人は料理長のマドリンさん。
元はこれから向かう船乗りの中継地にあたるフォンドールで夫婦で小さな食事処を営んでいた所を味を気に入ったライラさんにスカウトされたらしい。
おかげで適当に船員さん達で回していた時に比べ、料理の質が格段に向上したと喜ばれている。
「そこには、ヒノモトって言う島から仕入れた貴重な食材が有るんだ。食い散らかそうたって上手くいかないからね!」
マドリンさんはなかなか姿を現さない鼠に痺れを切らしたのか、肉叩きを振り上げてパントリーへと突入しようとしたので、すかさず旦那さんのクリフさんが止めに入る。
だが、細身の故にいつ振り払われるか如何かだ。
「マドリンさん!」
名前を呼びながら慌てて加勢すると、頑として振り上げられていたマドリンさんの腕が漸く下ろされた。
然し、立ち位置からは頑として動こうとしない。
「おや、アメリアちゃんかい。悪いけど今、鼠を始末しようってとこなんだ。用なら後にしておくれよ。あと、クリフは麻袋をとっとと持ってきな」
マドリンさんは肉叩きを握りしめたまま此方へ振り向き、クリフさんに指示を飛ばす。
指示を受けたクリフさんは腹を立てるのではなく顔を曇らせると、肉叩きを握るマドリンさんの手を握りしめた。
「マドリン、調理器具で鼠を片付けるのは止めてくれよ」
声色はあくまで穏やか、マドリンさんと対照的に冷静に宥める。
マドリンさんはクリフさんの言葉に自身の手に握られたものを見詰めると肩を落とした。
「旦那の言うとおりだぜ。此処は俺達が如何にするから婆さんは爺さんと調理場で待ってろよな」
パントリーの方から聞こえていた食材をあさる音も止まり、紅玉が飛び出してこないか目を光らせていたヒューゴーはマドリンさん達へ視線を移すとヘラヘラと薄笑いを浮かべる。
然し、それがマドリンさんの怒りの矛先を変えてしまった。
「誰が婆さんなんだい!もう一度、言おうものなら船で真面な物を食えないと思いな!」
「ひいっ!」
この気質ゆえに、船員の間ではマドリンさんを婆さんなど呼ぶ事は禁忌になっている。
その禁忌を犯したが故に、ヒューゴーは詰め寄られて襟首を掴まれて滾々と説教を聞かされる羽目になってしまい小さく悲鳴を上げた。
「ザイラさん、今のうちに・・・」
ヒューゴーの犠牲もあり、パントリーの入り口が手薄になる。
パントリーから再び荒らされる音を耳にすると、小声でザイラさんに呼び掛けた。
「あ、ああ、ヒューゴーごめんよ」
ザイラさんもパントリーを一瞥すると、状況を察したらしく小声でヒューゴーに謝罪をすると入り口を塞ぐように私の後に続く。
「それで・・・そろそろ、かくれんぼは止めない?」
そこで見たのは鼠ではなく、食材がしまわれた木箱を覗き込む見慣れた姿の神様の何とも恥ずかしい姿だった。
「なんじゃ!日照大御神からの名を受けたので張り切って、妾も神らしく陰ながらお主らを見守ろうとしたと言うのに」
コウギョクは木箱から目を離すと、顔を青褪めさせながらゆっくりと私達の顔を見上げる。
「・・・所でコウギョク。なんで乗船しているの?日乃本は?」
この神様、魔族から日乃本を護る様に命じられたのに此処にいて良いのだろうか。
日照大御神からは助力をすると聞いていて、何となく察したが式神の二人ではなく本当にコウギョクが船に潜り込んでいるとは思わなかった。
「む、だから神命を受けたからとしか言いようが無かろう。妾が何故、ヒスイを巫女に選んだと思う?」
コウギョクは気まずげな顔をして息を呑むも、次の瞬間には開き直り何時もの振る舞いをしだす。
「そんなの分かるわけないじゃない」
「間抜けじゃのうアメリアよ、神降しの天賦の才じゃ!里や国を護る為に体を借りる約束をしておる」
「つまり・・・本来の役目を押し付けるのね」
「う・・・」
コウギョクは脂汗を流しながら絶句する。
「コウギョク、あんた最低だね」
翡翠の負担がどれだけの物か、ザイラさんがコウギョクに止めを刺す。
「そりゃあ・・・妾も悪い。されど、本人にも許可はも得てるから心配は御無用じゃ」
コウギョクは震え声で苦し言い訳を口にする。
すると、ザイラさんを押しのけて誰かがパントリーに押し入る足音が聞こえてきた。
「成程、お仲間だったて訳かい。責任・・・とって貰えるかい」
マドリンさんは仲間なら一蓮托生と掃除道具を渡し、調理場を掃除するように命じる。
「はい・・・」
承諾しながら私とザイラさんでコウギョクを睨むと、当人は薄ら笑いを浮かべる。
やもえなくヒューゴーもそこに加わり掃除を始めると、船内がやけに騒がしい事に気付く。
「なんか海の治安が悪いらしくて、船を停めるのも一苦労らしいよ」
マドリンさんは首を捻り思案すると、鍋を掻きまわしながら船員から聞いた話を私達に聞かせてくれた。
「それって、検疫ですかねっ・・・」
船が数回の轟音と共に大きく揺れる。
その原因を知るのは、掃除を終えるよりも早く驚くべきものだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
慌ただしく呆れるような船内の騒動と比べ、船外では何やら暗雲が立ち込めている様子。
それでは次回までゆっくりと御待ち下さい。
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次週も無事に投稿できれば4月20日20時に更新致します。




