第39話 また逢う日までー善なる神の憂い編
日乃本の空は清々しいほど澄んだ青だった。
穏やかな風と温かく見守る太陽、迎島から眺める海は波も静かで穏やかそのもの。
入国時との違いと言えば、日照大御神からの神命のおかげで日乃本の人々の私達への態度が軟化したぐらいだ。まあ、急に掌を返して媚び諂われてもと言う物だけど。
未だに一部から警戒心からくる怪訝そうな視線を感じるが、今日の迎島はそんな人ばかりではない。
私達を見送る人々が集まり賑やかになっている。
「アメリア殿、此度は我らの国と里の為に尽力して頂き、この安部藤十郎・・・守り人の長にて里の代表として厚く御礼申し上げるでござる」
広場の中心で鎧を着こんだヤスベーさんは私達の前に片膝をつきながら深々と頭を下げる。
ヤスベーさんは前任者の死亡により、後任として守り人の長に返り咲いたのだ。
「そ、そんな、頭を下げないでください。ヤスベーさんも勿論、此処にいる皆さんの力を借りねば此の結果には辿り着けませんでしたから」
異文化を持つ見知らぬ国での旅路、神々に降り掛かる魔族の侵略と色々あったが、決して自分は何もできなかったとは思っていないが周囲の力添えあってこそだと思う。
だから誰か一人を称賛するのではなく、皆と称え合いたい。
「御謙遜を・・・」
ヤスベーさんは自嘲気味に微笑む。
ヒューゴーはそんな私達のやり取りを腕を組みながら不満そうに眉根を寄せた。
「ヤスベー、そこは素直に肯定しろよ。事実、俺達だけじゃ日乃本の事なんてからっきしだったしよ」
ヒューゴーは白い歯を剥き出しニヤリと笑うとヤスベーさんの背中を豪快に叩き、咽返るヤスベーさんを見るなり少し呆れたように肩を竦める。
「なんだい、このチビは。珍しくカッコつけちゃってさ」
ザイラさんは笑いを必死に堪えると、ヒューゴーを揶揄い脳天を指で突く。
「うるせー!お前も何か気の利いた事を言ってみろ!」
ザイラさんが高身長な為、見下ろされたのを含めて腹が立ったのだろう。
ヒューゴーはザイラさんの手を払い除けると、顔を紅潮させながら指を突き付けながら喚き立てた。
「そうだね・・・御前にもコウギョクにも色々、世話んなったね」
ほんの数秒、ザイラさんはヒューゴーの言葉に対して考える素振りを見せると、ヤスベーさんに向けて礼を述べると満面の笑みを向ける。
ヤスベーさんは二人のやり取りを黙って眺めていたが、ザイラさんの笑顔につられたのか短く息を吐くと低い笑い声をあげた。
「くくっ、真に皆の言う通りでござるな」
ヤスベーさんからは肩から力がすっかり抜けて顔も緩んでいる。
その様子に私は安堵し、辺りに視線を泳がせると、日乃本のもう一人の功労者の姿がそこに無い事に気付かされた。
「・・・やはり、コウギョクは来れなかったんですね」
日照大御神により下された神命により、五行の神々は魔族の侵略に対抗させる為に己が地を防衛を担っている。そして此の度の国交の断絶もその一環らしい。
それでもコウギョクの事だから何かしでかすのではと危惧していたが、如何やらそれも杞憂だったらしい。
「え・・・ああ、あの方は五行の一角を担う神であられるからな」
何故か急にヤスベーさんの顔色が変わり、左右に目が泳ぎ出す。
あからさまな動揺に、不安と共にじわじわとヤスベーさんへの疑念が募っていく。
此処は追及すべきかとヤスベーさんをじっとりと睨むが、周囲から聞こえる野太い泣き声に全てが掻き消されてしまう。
「うおおおん、薬師殿!!」
薄っすら土などで汚れた動き易そうな着物を身に纏った男性達が、誰かを囲んで涙の送迎会を繰り広げている。
「なっ、なんだあのオッサン・・・」
ヒューゴーはその光景に気圧され口角を引き攣らせた。
その集団が少し掃けると、見覚えのある金髪碧眼のエルフの姿が目に留まる。
「秘伝の書、皆さんも読めば同じ薬品つくれマス。だから安心!」
そこに居たのはライラさんから預かった商品の番を兼ねて土門様の里に留まっていたシルヴェーヌさんだった。どうやら里の住人に相当、気に入られてしまったらしい。
「秘伝の書・・・?」
シルヴェーヌさんとの別れを熱烈に惜しんでいる男性達の手には紐で綴じられた紙束が握られていた。
事情を知らないかヤスベーさんの顔を見ると、視線が合うなり顎に手を添えて唸り思案に耽る。
「拙者も詳しくは知らぬが、土門様の里で西国の技術を炭鉱夫に提供したのだとか」
「なるほど、それにしても凄まじい勢いですね・・・」
シルヴェーヌさんは治癒魔法も得意だが、薬品作りも得意にしている。
伝授したのは爆薬か治療薬か、日乃本で手に入る物で作る事ができるのだろうか。
此処でライラさんの商会と再会した時の事を思い出す。
ライラさんは色々と理不尽に叱責をされたが、荷車にかけられた布を捲った途端に態度が不気味なほど一変した。
何か商売の種になる何かが知識の御礼に贈られたのだろうと容易に推測できる。
「成程な、あのライラが上機嫌だった一因はコレか。大方、貴重な鉱石でも謝礼に貰ったとかだろ」
ヒューゴーも私と同様に考えていたらしく頷くと、指先で御金を示す形を作って見せつけてきた。
「商売人だものね・・・それは私も納得だわ」
多くの人に涙ながらに見送られるシルヴェーヌさんの影響で出航が遅れているが、ライラさんは怒るどころか日乃本式の計算機を片手に積み荷を凝視してはニヤニヤと気味の悪い薄ら笑いを浮かべている。
つまり、大きな利益をもたらしたシルヴェーヌを優遇しているのだ。
その代わり、港の封鎖を命じられている日乃本の役人からの刺々しい視線が仲間である私達に突き刺さってくる。
「ちっ・・・面倒だね」
未だに西方の人間への警戒心が残っているが神命がある為に無駄口がきけず、生真面目な性質もあり鬱憤が溜まっているようで迎島の空気は決して良くない。
その空気に充てられたのか、ザイラさんは舌打ちをすると計算に夢中になっているライラさんの襟首を子猫を持ち上げる様に摘まみ上げる。
その小さな体は軽々と持ち上がり、不意を突かれたせいで日乃本式の計算機がガチャガチャと音を立てながら石畳に転がった。
「な、何をするですかぁ。放すですよぉ!?」
ライラさんは短い手足をバタバタと振り回し、落ちた計算機を名残惜しそうに見つめると蟀谷に青筋を浮かべては猛抗議する。
「喋りは訛りだとして・・・商会長とあろう人間が私欲にかられて仕事を放棄するのは如何なんだい?」
ザイラさんは煩わしそうに眉を顰めると、ライラさんを正論で殴る。
これにはライラさんも図星を突かれ短く呻き声をあげた後に唇を固く結ぶが、次の瞬間にはふんと鼻を鳴らすと吊り下げられたまま腕を組み開き直って見せた。
「い・・・今、出航の報せをする所だったですよぉ」
「へぇ・・・じゃあ、とっとやっておくれよ」
ザイラさんが指を黙って放した為、油断していた事もありライラさんは無抵抗のまま地面に全身を打ち付けられてしまった。
「う・・うぐぅ・・・それじゃあ出航するですよ」
しかしライラさんは思うより頑丈だったらしい。
よろめきながら土埃を払うと半泣きになりながら背筋を伸ばすと、蟹股で甲板を歩き船員達に八つ当たりまがいの支持を飛ばす。
呆れ交じりに視線をシルヴェーヌさんに移すと、一人の鉱夫と熱い握手を交わしていた。
どうやら、広大な海を越えた友人との挨拶は良い思い出になったらしい。
「・・・シルヴェーヌさん、出航の時間ですよ!」
「ハイ!今、行きますヨ」
シルヴェーヌさんは満足そうな笑顔を向けて駆けてくる。
慌ただしくも全ての荷は船に積まれ、私達は日乃本から離れて行く事に若干の寂しさを感じながら甲板に集っていた。
「こりゃあ、随分と穏やかな船出だねぇ」
徐々に遠くなる日乃本の姿を陽の光で眩しそうにザイラさんは目を細めながら眺めていた。
先程まであの迎島に居て、お世話になったヤスベーさんと別れの際に交わした言葉を思い出しながら私は顔を上げる。それは、「また逢う日まで」と再会を願う言葉だった。
「きっと、日照大御神からの贈り物ですよ」
穏やかな船出を与えてくれた偉大な神様に感謝をしながら思い出に浸る。
するとヒューゴーが木箱に攀じ登り手摺を掴み、爪先を伸ばしながら私達の横に並ぶと船から見える景色を覗き込んだ。
無理してでも私達と肩を並べようとしているようだが、手元が震えており危なっかしい。
それはザイラさんも同様に思っていたらしく、手を伸ばしては引っ込めるを繰り返し、ヒューゴーの身を案じている様だった。
「はっ、お揚げなんざ食わなきゃ術が使えない奴が居なくなって俺は清々しているね」
しかし当の本人は思い出に浸る私達を鼻で笑うと、何故かコウギョクの事を小馬鹿にしだした。
「・・・誰もコウギョクの事なんて話して無いんだけど?」
日乃本では多くの人と関わったと言うのに、その中で何故にその名が出てきたのだろうか。
それにしても、幾ら本人が居ないからと言っても陰口は感心できるものではない。
「なんでソイツの名前が出るんだよ」
私の問い掛けに対し、ヒューゴーは蟀谷に青筋を立ててムキになって噛みついてくる。
その勢いが仇を成したのかヒューゴーは足を踏み外し、木箱から転がり落ちて顔面を強かに打ち付けた。
醜態を晒した事を恥じたのか、それとも痛くて堪らなかったのか甲板に両腕をついたままヒューゴーは顔を上げようとしない。
「そういやぁ。お前達、姉弟みたいだったもんね」
ザイラさんはヒューゴーのそんな姿を生暖かい視線で見守る。
するとヒューゴーは急に腕を伸ばし、勢い良く顔を上げては私達に向かって怒りだした。
「はあ?俺は半獣人でも元妖でもない、誇り高き自由を愛する民だぞ!」
ヒューゴーは鼻血を腕で拭うと、指を突き立て唾をまき散らしながら噛みつくように詰め寄る。
私とザイラさんはそれから逃れる様に後退し、ヒューゴーが落ち着いた所で呆れながら手摺に背を預けた。
「自由を愛する民か・・・私はライラさんの印象が強いな」
ヒューゴーの同族でよく知っている人物と言うとライラさんが一番に思い浮かぶ。
然し、どう思い浮かべても金儲けの話に鼻息を荒くしながら目を輝かせている姿ばかりだ。
「お前な・・・俺はあんな守銭奴じゃねぇぞ。それとザイラ、何時まで笑ってんだ」
ヒューゴーは私の顔を見ながら辟易とした表情を浮かべては手元で御金を現すジェスチャーをする。
何かが盛大に噴き出す音がした後、ヒューゴーは怒鳴るのも面倒なのか舌打ちをしながらザイラさんを睨みつけた。
「ぶふっ、か・・・揶揄ったりして悪かったよ」
ザイラさんの目元には笑いすぎて薄っすら涙が滲んでいる。
その緩み切った笑い顔は突如として凍り付く、ザイラさんは視線をゆっくりと下げるとヒューゴーと同様に此方を指さしハクハクと酸欠の魚のように口を動かす。
「どうし・・・うぐっ」
膝の裏に鈍痛と衝撃が走り前のめりになると、続いてヒューゴーの悲痛な声が上がった。
「いってぇ!」
原因を求めて振り向くと、そこにはライラさんが隣に立っており、筒状の望遠鏡を片手に満面の笑みを浮かべていた。
「誰が守銭奴の強欲チビですかぁ!」
茶色の癖毛の髪の下の瞳は笑っておらず、手元の望遠鏡が壊れていないか心配なのか用心深く撫でまわしている。そんなに大事なら使わなければ良いものにと思う。
「いや・・・誰もそんなこと言ってねぇって!」
癇癪を起して再び殴られまいと、ヒューゴーは必死に訂正をする。
それでも不機嫌そうに私達を見るライラさんの髪を見ると、日乃本で仕入れた簪が挿してあった。しかも、数ある中でも派手で豪華なデザインの物だ。
「素敵な簪ですね」
「・・・媚びてもビタ一文あげねーですよぉ」
ライラさんからは少し照れながらも、疑念に満ちた返答が返ってくる。
それを聞いて、強ち私達からのライラさんの印象は間違っていないのではと言う言葉を飲み込んだ。
「あはは、誤解ですって」
必死に胸の前で手を振り否定する。
「それより、お忙しい商会長様がわざわざ来たと言う事は何か用が有るんじゃないのかい?」
ザイラさんが用件を訊ねると、ライラさんは落ち着きを取り戻しては記憶を探るように視線を傾ける。
ザイラさんはその隙に私とヒューゴーに視線を向けると、こっそり笑いかけながら親指を立てた。
「そうです、忘れていたですよぉ。この船はフォンドールにて停泊し、補給を予定しているです」
「成程ね、日乃本じゃ手に入んないもんも有るしね」
ザイラさんは軽く溜息をつき、肩の力を抜くと適当に返事を返す。
「しかし!以前の様なごたごたは御免ですから、お前達の下船を禁止するですよぉ」
「嘘だろ?久々に西国の飯が食えると思ったのによ」
私だけではなく、ザイラさんも大凡の用件について想像がついたようだが、ヒューゴーは御腹を抱えてがくりと肩を落とす。
「黙らっしゃいですぅ。これは我が商会の信用に懸かっているですよ」
以前、あらぬ疑いをかけられて兵士に追われていた事をライラさんには話しておいてある。
理解しているが故に商会の為、慎重にならざるおえないのだろう。
「解りました。確かに疑いが晴れたかどうか不明ですものね」
「そこの泥棒崩れと違い、物分かりが良くて助かるですぅ」
ライラさんは満足そうに鼻を鳴らすと、ヒューゴーを一瞥する。
「な・・・ざけんな!泥棒じゃねぇ!」
何だかんだ此の二人は一言多いい所が似ている気がする。
船での留守番とはいえ、雑用は逃れられないだろう。
自由が許されれば教会に立ち寄り、創世期の伝承について訊ねに行きたかったが仕方がない。
目の前で繰り広げられるライラさんとヒューゴーの口喧嘩を呆れ交じりに眺めていると、船がなんだか騒がしくなってきた。
しかも一人二人ではない、船員同士で何かを話し合いながら焦った様子で甲板を駆け回っている。
入港の支度か何かとその様子を見ていると、一人が此方に気づくなり大きな足音を立てながら走ってきた。
「たっ!大変です会長!船で不審者が発見されました!?」
密航者か盗人か、順風満帆に思われた船旅は早々に瓦解するのだった。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
二つに魂を分けた神、ゆっくりと壊れ行く世界の秩序。
その世界の中で一隻の商船の乗員はどう翻弄されるのか。
宜しければ次回までゆっくりと御待ち下さい。
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次回も無事に投稿できれば4月13日20時に更新致します。




