第38話 神格の儀ー善なる神の憂い編
大きな尖った三角の耳、爛々と輝く紅色の宝石の様な瞳は自信に満ちている、特に二本に増えた尾は彼女が妖から神格した事の象徴であった。
人も神々も集う緑と花々に彩られた神域は暖かな陽の光に照らされ、新たなる五行の一角を司る者の誕生を祝す宴により神域を戦場から別世界へと変わる。
その主役たるコウギョクは何時もに増して誇らしげに胸を張ると、主神である日照大御神の前に静かに傅く。
日照大御神は神職の者から神鏡を受け取り、丁寧に祭壇に飾るとコウギョクから雫が滴る一振りの青々とした小枝を受け取った。
コウギョクは周囲を見渡し舞うように枝を振るうと、枝葉の間には蕾は膨らみ、白や赤など愛らしい花が咲き誇り祝いの席に彩を添える。
日照大御神は満足そうに頷き、コウギョクはそれに応える様に膝をつき、枝を抱えながら祈る様に首を垂れた。
「汝に日乃本における八百万の神の一柱にて、五行の木を司る神格を授けよう。名を紅玉より改め、紅花玉枝姫命の名を授けよう」
日照大御神は神名を授けると共にコウギョクに金色の紐に緑の石飾りがついた扇を与える。
「御拝命を賜り、心より感謝申し上げると共に木を司る神として、五行を司る一柱として身を賭して大御神にお仕えする事を此処に誓います」
コウギョクはふわりと袖を風に靡かせ腰を折り首を垂れると、顔をあげて扇を開き舞を披露する。紐の先についた鈴の音が音楽を奏で、扇は光る木の葉の中を舞う蝶のよう。
それはコウギョクの足運びと共に、戦いにより傷ついた神域を癒し、青々とした草花と紅白の花々が木々を色鮮やかに染め上げる。
新たな息吹を与えられた景色、人とも神とも、どちらの物ともつかぬ祝福の声が一斉に上がった。
儀式は恙無く執り行われ、一柱の神となったコウギョクの顔は自信と誇らしさで輝いている。
日乃本の儀式が生み出す独自の雰囲気に無性に惹かれてしまう。
それは異文化に対する憧れか、希少な儀式が醸し出す雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。
「・・・」
物思いに耽る私の隣でヒューゴーは瞼を閉じ、腕組をしながらコクコクと舟を漕いでいる。
鼾こそかいていないが、神聖な儀式に水を差す行為に器用な寝方をしている等と暢気な事は口には出せない。
次第にザイラさんの口元に悪い笑みが浮かんでいく、。
「まったく・・・アンタとコウギョクが戻るまで忙しかった訳でも無いって言うのに」
ザイラさんは小声で話しているつもりの様だが、基より声量がある為にその効果は出ていない。
故に周囲の人々から刺さる視線も相当なものだ。
気まずさでザイラさんの頬が引きつり、原因となったヒューゴーの背中が理不尽にも叩かれ前のめりに傾く。
「ふがっ!」
とヒューゴーから間の抜けた声が漏れる。
体勢を崩したヒューゴーはその場に踏み止まる事は叶わず、ふらつく足元に注意を配り姿勢を整えようと身を捩るが持ち直すには運が足りない事だって有るだろう。
「・・・翡翠!」
ホタルさんが驚き交じりの声でヒスイを呼ぶ。
「居眠りって何なの信じられない・・・」
最後まで足掻き、ヒューゴーが咄嗟に手を伸ばしたのは、姉妹で参列していたヒスイの袴だった。
ヒスイは半泣きになりながらヒューゴーを袴から引き剥がそうと蹴り飛ばすと、軽蔑の瞳で顎を抑えるヒューゴーを見下ろす。
暫し、呆然としていたヒューゴーだったが自分の置かれている状況を把握すると、顔色は蒼白になり後退りをして距離を取っては必死に言い訳を探して唸り声をあげる。
この状況では言い訳より先にヒスイに謝る事が先決なのではと思うのだが、当の本人は居眠りについて咎められているのだと思ったらしい。
「め、瞑想だ・・・新たな神さんに祈っていたんだ」
ヒューゴーは決して神聖な場で不謹慎な事はしていないと自己主張する。
ヒスイはそれを唖然とした顔をしながら訊いた後、此処で自分も騒いでは自分も同じ穴の狢と諦めがついたのか無言で睨みつけている。
実際にヒューゴーの事に関しては、本人が居眠りを認めなかろうと如何でも良い。
あまりにも下手な言い訳に呆れ、ヒューゴーに少しばかり罰を与える事にした。
「そう殊勝な心掛けね」
ヒューゴーの種族は容姿から勘違いからの偏見を受けやすい、それ故に子供扱いをされる事を嫌う。
言い訳をし終え、目を泳がせるヒューゴーの頭を撫でてあげた。
悔しさか羞恥心かヒューゴーは怒りで顔を染めるが、儀式の中央を指し示すと苦虫をかみつぶした顔で黙り込んだ。
此処で静寂を取り戻し、コウギョクへ多くの神々や人間からの祝福の声と共に儀式へと視線が集まる
つられて視線を戻すと、神様らしく振舞うコウギョクが此方に得意げな顔を見せつけて何かを言おうとしている所だった。
「此処にて妾の巫女を紹介しようかのう!」
コウギョクは声を高々に言い放つと、私たち人間の参列席へと腕を伸ばしては指さす。
此方には様々な神社の巫女や神職として仕えている者ししかおらず、誰を指名するのだと軽く混乱となり騒めきだした。
然し、コウギョクの態度は揺るがず、その反応を面白がっている様に見える。
浮遊する薄布を両腕にかけてすっかり神様としての自分に酔いしれているコウギョクは帯に刺した扇を引き抜くと広げた。
「え・・・これって」
扇からは光る木の葉が舞い、それはとある人物の前で動きを止めると花を象る。
コウギョクの扇が指し示す先、そこには目を見開き想定外の指名に戸惑うヒスイがいた。
姉妹で驚愕するも、ホタルさんは良い事が思いついたと言わんばかりに笑顔を取り戻す。
「もう!待たせては駄目よ」
自身は土の神である土門様に仕えていて等と繰り返し困惑する口にするヒスイに構う事はなく、姉であるホタルは強引に背中を押して呼び出しに応えるよう促す。
「お主の神卸しの術は実に見事!それに、姉を出し抜き実力を発揮したかったのであろう?」
コウギョクは無遠慮にも、ヒスイの過去をいじり挑発するように畳み掛ける。
「しかし・・・」
ヒスイは一瞬だけ顔を顰めるも、心中には複雑な思いがあるのか、縋る様に土門様が居る方向を一瞥した。
それに気づいたのか、コウギョクは土門様を見て困り顔を浮かべては土門様に気づかせようと扇で掌を打つ。
コウギョクの立てた音に土門様は気づくが、事情が分からず戸惑いを見せる。
「|紅花玉枝姫命は眷属を変えさせてまで、お前の眷族が欲しいそうだ」
日照大御神は事実を告げながらも、二柱の反応を試すように顔を覗き込む。
すると逸早く土門様は反応を示し、紅玉に向かって叫んだ。
「ただの人間に神の座を奪われかけた神など・・・・格が低い御前などに眷族はやるわけにはいかないな!」
コウギョクを一瞥したかと思いきや、大きな身振り手振りを交えて儀式の場が凍り付くような芝居がかった迫真の振る舞いを見せつけた。
「え・・・?」
ヒスイはホタルさんと共に短く声を漏らし硬直すると、それに対して土門様は得意げな顔を向ける。
次第にホタルさんは言葉を失い、ヒスイの方は神々や人々の反応を見て顔を赤く染めていく。
多くの神々だけではなく、日照大御神の前で土門様は何を考えて発言されたのだろうか。
「ほう!されど妾は日乃本唯一の木の神ぞ!されど妾とて無理強いはせぬ・・・ヒスイよお主は如何したい?」
コウギョクは格が低いと言われた所が気に障ったらしく強調するが、ヒスイの顔色を窺うにつれて声は先細りになっていく。
「ヘタレが・・・」
ヒューゴーはコウギョクを見ながら苦虫を噛んだような顔をしながら呟く。
それでもヒスイの口は堅く結ばれたまま。
「翡翠、土門を支える役目を二人で支えられたらと思うわ。でも、貴女はその立場に甘んじて後悔しないのかしら?」
ホタルさんはヒスイに優しく微笑みかける。
「姉さん・・・」
「眷属の変更は縁を断つことを意味する。前にも言ったが、俺はお前達に巫女として仕えてほしいと考えているんだからな」
土門様はヒスイの瞳をじっくりと覗き込む。
コウギョクはそれを見ると何かを察したように口元を扇で隠しては、目を伏せて小さく溜息をつく。
「鬼に唆されていたとはいえど、自身の才を示したいと言う思いは確かなのであろ?」
コウギョクは口角を僅かに上げると悪い笑みが浮かべる。
ヒスイの瞳が迷うように揺れる、唇を固く結びながら息を呑むとコウギョクに向けて叫んだ。
「紅花玉枝姫命様、ご指名賜り恐悦至極にございます!」
ヒスイは土門様へ深々と頭を下げると、コウギョクへと申し出を受けると宣言した。
些細な小競り合いは一瞬で止み、自分で指名しておきながらコウギョクはヒスイの返答に驚き目を白黒させている。恐らく、自信があるようで断られる覚悟もしていたのだろう。
自身の巫女候補にと考えていたヒスイに振られた土門様は肩を落とすも、何処か安堵したような表情を浮かべていた。
「う、うむ・・・思いの外、潔いようじゃな」
恙無く巫女は決まったものの、やはり彼女の眷属先は土門様である事に変わりない。
そこは選んだ側としてコウギョクもそこは解っている。
「あーあー、眷属の変更って君が思うより大変なんだよ。力の源の一部を譲るようなものだし」
土門様は肩を竦めると、少し不機嫌そうに見上げるコウギョクを見てほくそ笑む。
「ふ、ふむ!腹は括ろう」
コウギョクは閉じた扇を口元に添えた。
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日照大御神が一柱と一人を一瞥すると、日の光が神域を暖かに照らす。
逞しい大地に淡く萌える新緑、景色を彩る花々、山から流れ落ちる滝とそこに集う神々と人間。
新たな神を迎えた日乃本はどう変わっていくのだろうかと、期待に満ちた声が飛び交っていた。
コウギョクの神格化の儀式は滞りなく終わったかと思うと、日照大御神はその場に残っていた者の前で呟いた。
「このめでたき日を迎えられた事を余も幸いに思う。されども安穏なる日は訪れぬ、余は此の国の門を再び閉じようと思う」
祝いの席は一瞬で騒めき立つ、それは人間達のものだったが特に木の神社の神主は困惑した様子で周囲を見渡し誰かの声に耳を澄ませているようだが求める答えはそこに無いらしい。
おどおどと何度も逡巡していたが、唇を固く結び意を決したような顔をしている。
「あ、あの、それはぁ・・・西国が我らの国を侵略しようと言う動きがあると言う事でしょうか?」
震える声で日照大御神に訊ねるも、その顔面に水が浴びせかけられ咳込み咽返していた。
「・・・口を慎め」
碧玉様は断りもなく日照大御神に許しなく問い掛けてきた神主の事が気に障ったらしい。
木の神主は顔を手拭いで拭き終えると、顔面蒼白になり肩を震わせていた。
「あー、無理する出ない。お主は社に戻っておれ」
コウギョクは顔面蒼白の神主を帰らせると、「妾は大丈夫なのだろうか」と頭を扇で掻く。
「碧玉、そう怒ってやるな」
日照大御神は苦笑する。
「出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません」
日照大御神は碧玉様を窘めると、何故か矛先は私の方へと向けられた。
「西国などよりも脅威となる者が日乃本に毒牙を立てようとしている。アメリアよ・・・」
本名を口に出され心臓が跳ねたが、創世期から存在する神様であり主神だ見抜いて当然だろうか。
木の神主の問いに西国の名があがった為だろう、より詳しい私に白羽の矢がたったらしい。
西国との交流は浅く、悪感情が少なくはない人々が集まる神域は別の意味でさざ波が立った。
「・・・はい」
恐らくは邪神の話を求められているのだろう、そう身構えるも、日照大御神の口から突いて出た言葉は労いの言葉だった。
「先ず、お前の尽力により大事に至らず済んだ事に対して礼を言おう」
「いえ、決して私だけの功績ではございません。コウギョクと仲間達の協力があってこそです」
「ふむ、謙虚なのだな。では・・・さっそくだが、起きた事を皆に伝えてやってくれ」
一頻り私を褒め称えたところで、日照大御神は先程と違い静まり返った神域に満足そうな顔をしたかと思うと、日乃本で起きた魔族関係の一連の事を語る様に命じられる。
そうは言っても情報共有の様なもので、それに邪神の事も付け加えると神々の顔にも動揺が見えた。
「そうか奴が・・・脅威は鬼のみに非ずと言う訳かい」
華焔様は腕を組むと、唸るように呟き眉間に皺を寄せる。
「ええ、そうです」
ふと精霊の剣に関する邪神の言葉が頭に過り、無意識に刀の柄が指先に触れる。
「剣か・・・奴がわざわざ勧誘の真似をしてきたのだ、アレが偽りだとしても何かしら有るやもしれぬな」
日照大御神もコウギョクの試練に干渉してきた邪神の言葉を思い出したのか不快そうに顔を顰めると苦々しい顔をする。
「つまり・・・剣と盾について調べる必要があるのかもしれませんね」
「神さえも切る剣、その対となる盾か。女神として現れたアヤツはとある場所の話をよくしていたな」
日照大御神は懐かしそうに目を細める。
「ある場所・・・?」
「初心なる地を探して見せよ。神や精霊が下りた場所、唯一となる筈だった始まりの地だ」
神が初めて天から降りた土地、途方もない旅が待っていそうだ。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
先週はお休みを頂きありがとうございます、おかげで完治できました。
今後もできうる限り投稿できるよう努力しますので、これからも宜しくお願いします。
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次週も無事に投稿できれば、4月6日20時に更新致します。




