第37話 神と剣ー善なる神の憂い編
日照大御神の神命により、新たに神格を授けられようとする者達への儀式が執り行われている。
ある者は恭しく、もう一人は目を輝かせ誇らしげに胸を張って見せていた。
ただ、私の意識は隣に立つ神様の存在に向けられていく。
日照大御神の記憶の一部に思えぬ姿があまりにも多く目に付くからだ。
コウギョクが神格を得る試練に、現れた意味は?何が狙いなのだろうか。
思えば日照大御神は顔を合わせるなり、このクリアーレと名乗る神様を端から忌み嫌い、拒絶していた。
それにも拘らず屋敷に招き接触したのは、日照大御神も探りを入れていたのかもしれない。
日乃本の主神である日照大御神の作り出した世界に干渉し、害をなす事ができる存在か・・・
「・・・邪神」
名を偽る神様と日乃本の旅路が頭を過ると、無意識にその名が口から突いて出る。
その呟きに応じる様にゆっくりとクリアーレの体が私の方へと向く。
それに思わず息を呑む、向けられる紫の双眸は戦を目にした時と同一に思えた。
「余の力に何時まで干渉するつもりだ?月の神、その半神よ」
日照大御神の事実を見透かすような声により、淀んだ場の空気が一変した。
月の神の半神と耳にし、私の推測が確信へと固まっていく。
神々のやり取りに口を噤むと、クリアーレはわざとらしく眉尻を下げては困惑の表情を浮かべる。
「我が信徒であり剣である、この者に創世の真実を伝えたく。この度は誠に勝手な事と承知のうえ、非礼を働いた事をお詫びいたします」
我が信徒。
クリアーレは日照大御神と向き合うと、偽る事がいまさら通じると思ったのか深々と頭を下げて非礼を詫びて見せた。
「それは、女神のつもりか?」
日照大御神の瞳は冷たく、しおらしく反省の意を示そうとクリアーレを鼻で笑った。
するとクリアーレは焦り、私の肩に手をかけては日照大御神と向き合う。
「決して私は謀ろうなど・・・」
冷たく突き放されても尚、縋り付くような必死の訴えは日照大御神の前に黙す外なかった。
「創世の時の姿で現れた事と言い、茶番は余には通じぬ。お前の眷族が日乃本の地を穢し暗躍しているなど、とうに知れている」
日照大御神はクリアーレを名乗ろうとゲネシスと偽ろうと、道化じみた茶番を幾ら繰り広げようと眉一つ動く事はなかった。
「・・・知っていたから何だと言うのだ。奴が必死に護り続けた世界は終焉の一途を辿っていると言うのにな」
一瞬だけ見せた悲しみの表情は消え失せた後に逆上、態度は打って変わり此方を小馬鹿にし女神様が護る世界を嘲る。
目論見を読まれ思惑が狂ったのか、焦燥感から私を捕えようと腕が肩へと強引に伸びていく。
刀の柄から手を離すと、その喉元に鋭く肘を打ち付ける。
続いて腹部を蹴り上げ、相手が膝をついた所で鼻先に刀を突き付けた。
「それは傲慢な邪神の戯言に過ぎでしかない。貴方の在るべき世界は此処では無いわ」
既にその正体を確信していた。
如何に誑かされそうになれど、邪神などに傾倒するつもりはない。
はっきりと告げる、邪神カーリマンは暫し切っ先を見詰めていたかと思うと短く鼻で笑った。
「人の世に広まる神話など都合の良い紛い物でしかない。お前達も半神に護られし世界が如何に脆い物か知らぬ訳ではなかろう。世界は我を必要としているぞ」
時折のぞかせた違和感は気のせいじゃなかった、御しきれない感情により本性が滲み出ていたのだろう。
邪神は紫の瞳を細め、ニタァと口角を吊り上げると薄ら笑いを浮かべた。
「何を出鱈目な事を・・・」
己が語る物が正史であり、邪神を憎み嫌悪を抱く感情は都合よく植え付けられた物だと言いたいのだろう。されど邪神が必要とされているなど在り得ない。
「・・・女神は我が蛮行を許している。現に世界は我を拒まない、それが何よりの証拠ではないか」
邪神は姿をそのままに、此方の反応など御構い無しに女神様を侮辱する言葉を吐き続けた。
然し、奴が語る神話だけは否定しきる事はできない。
「それで世界を創りし神様の姿を模している訳なのね」
「否、創世神は女神であり我でもある。お前も半神に護られし世界の脆さを目の当たりにしているはず。我はただ、在るべき世界を取り戻そうとしているのだ」
邪神からは自身が救世主の如く語られ、酔いしれる様に自己の肯定の為に言葉を繰り返す。
「そんな物に惑わされるではない!」
目が冴える様なコウギョクの叱責。
白く美しい尾は二つに増え、その背は少しだけ伸びたように見えた。
「・・・大丈夫、惑わされてはいないわ」
「どーせ、全て虚言に決まっているわ!退かせるのであれば、妾も手を貸そうぞ」
やはり好戦的な所は変わりない模様。
それは神格を得た事により勢いを得た故か何時もに増して血の気が多く、神をも恐れぬ威勢の良さは危うささえ感じる。
然し、その威勢も主神を前に鳴りを潜める事となった。
「ふむ、世界を創造せし月の神は確かに存在した。奴の中の邪なる者が万物を巻き込む大戦を引き起こしたが末、今の世が在るのだ」
創世の時を知る神だからこそ証明。
コウギョクは口を固く結び、姿を偽り接触してきた邪神は尚も私達を嘲る姿勢は崩さなかった。
「ふん・・・まあ良い。剣よ、お前が神に仕える身であるのにも関らず何故、神ではなく精霊を冠するのか教えてやろう。精霊が人の子に剣を与え、創造主を切り裂いた」
何かを貶めては惑わし、己の意のままに誘導するなど辟易とする。
それは嘘か誠か、事実としても邪神を正当化するには至らない。
「それは・・・精霊王様たちにそうせざる負えないと思わせる程、貴方が神である事より己の快楽を選んだからでしょ」
私が幾ら反論しようと、邪神は怒りもせずに皮肉めいた表情を崩さない。
邪神は態度は崩さず、されど声に怒りが入り混じってきた。
「お前の力は神を殺す事さえ可能だと言っている。半神による脆弱な世界は朽ちていく。女神から力も世界を奪取し、我に全てを委ねよ」
邪神は創造主の姿のまま、己の手伝いをしろと私に手を伸ばす。
自身の片割れを封じながら、綻びを生じさせては妖精達の力を借りて保つ世界を捨てろと迫る。
女神を亡き者にして神の力を奪い、創造主として一柱の神になろうとでも言うのだろうか。
「何故、私が貴方の手を取ると思った?」
その答えの代わりに、抜き放たれた白刃が光で動線を描き邪神を切り裂く。
漸く、邪神の傲慢な態度が崩壊する。
「その刃で・・・何に向けるべきか考えておくんだな・・・!」
他の神様に作られし世界に介入した邪神の姿は白い煙をあげ、枯葉のように散りながら痕跡すら残さず消滅していく。
「ふん、恨みがましい・・・。あの様な呪詛に耳を傾ける事はない」
日照大御神は忌々し気に眉を顰める。
「ええ、承知しています」
「ならば良い。ここは間もなく消滅する、現世に戻ったら余から話を聞かせてやろう」
視界に入る景色は次々と薄れ、仮初の世界は終わりの時を迎えようとしているようだった。
それは心の底に残る別れの悲しみをコウギョクの心に去来させた事だろう。
コウギョクは消えゆく狐護様を抱きしめ、腕が空を切る。
二本に増えた尾が揺れ、コウギョクは勢い良く立ち上がると振り返り、自信に満ちた顔で誇らしげに胸を張って見せた。
「待たせたの、妾の神としての初仕事。見守っておくれ」
コウギョクは地面を扇で突く。
フジとツガルが奏でる音楽と舞に合わせて一対の若芽が芽吹き、幹が天を目指して伸びると枝が寄り添うように伸びると青々とした青葉が芽吹く。
気づけば精霊による贈られし、神を裁く力かと心で呟いていた。
「・・・」
これは確かに呪いだなと苦笑する。
日照大御神は満足そうに木々を眺めていたかと思うと、私に向かって手招きをした。
「道が開いた。さあ、戻るぞ・・・」
コウギョクは足を止め、扇を閉じると鈴の澄んだ音色が響く。
青葉は朱色に染まり、鳥居の様な姿の木々の間から目が眩むような白光が溢れ出していた。
本日も当作品を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます。
邪神の影響は世界に開いた穴から、徐々に蝕み始めている。
邪神と善神、剣と盾は如何の様に奔走していくのか。
次回までゆっくりとお待ちください。
(ここの所、お休みを頂いたり遅れたりと申し訳ございません。^^;)
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次週も無事投稿できれば、3月23日20時に更新致します。




