愛弟子の巻
エリナが訪ねてきた、最後に会ったのは半年ぶりだろうか、また美しくなったように思う。
「先生、お久しぶりです!」
「おお、エリナか……前に会ったのはいつ頃だったか……噂は聞いているよ」
「やだなぁ、最後にあったのは半年前ですよ」
「いやぁ歳はとりたくないもんだ、ははは」
この日が来るのことをどれだけ待ち望んでいたか、努めて落ち着いたふるまいを心掛けていたが、どうにもうまくいかない。会うたび美しくなってゆく愛弟子に何か気の利いたことを言いたいのだが、ギルザックはそういったことが不得手な男である。
世間話もそこそこにエリナは本題に入る。曰く、森を切り開き道路を作っている人々がドラゴンに襲われたとのことで、生き残った作業員曰く「これ以上領域に入らぬのならばそれでよし、歯向かうならば殺すまで」と忠告されたらしい。
「あそこは昔から赤竜が済んでいるからなぁ、だが……そんな犠牲者を出してまで作らなければならん道なのか?」
「流通路の確保は勿論、ドラゴンのせいで手つかずだった鉱産資源によってサプライチェーンが強靭化されます、これは人々に大きな利益をもたらすはずです」
「そ、そうか」
サプライチェーンってなんだ? と剣聖は思ったが、聞けないかった。
そして愛弟子は少し嬉しそうに言う「それに、ここと王都が一気に近くなりますから……」
「しかしだな、竜を退治するなんて、伝説の英雄でもあるまいし」
「先生の技前は伝説の英雄と比較しても遜色はありません、相応しい剣も用意してあります」
エリナが厳重な包みから取り出した得物はサーベル……に似ているが何か違う、刃には波のような紋が浮かび、何故か厚さを感じさせない妖しい鋭さを感じさせる、これは相当の業物だ。
「これは……」
「王級の宝物庫に収蔵された国宝の一つ、別れ風花、ご存じありませんか? あ、勿論持ち出し許可は得てますよ」
その剣は、東洋から流れ着いた剣に感銘を受けたドワーフの職人がその製法を何とか調べ上げ、打ったという逸品。風に舞う花弁が刀身に当たった際二つに分かれたという逸話からその名がつけられたというが、さすがにフィクションでしょうとエリナは笑う。
「おいおい参ったな……この剣の持ち主は悉く非業の死を遂げていると聞いているのだが」
「はい、持ち主は皆、斬りあいにて絶命しています……ですから今までは宝物庫に保管されていました」
見た目、逸話……ともに魔剣や妖剣そのもの、ギルザックは渋い顔をする。
「私は思うんです、持ち主が全て斬りあいにて死んでいるのは、己に相応しい使い手を剣が自らが求めた結果はないでしょうか?」
「いやまぁ、そうかもしれんな……」
「であれば、この剣は先生を待っていたと、私はそう確信しています」
正直とんでもないものを押し付けられた気がしてならないが、エリナのまっすぐで確信に満ちたまなざしを向けられると、そうかもしれないと思えてくるのだから不思議である。
「とはいえ、空を飛ぶドラゴンに剣は当たらんだろう」
「攻城兵器部隊と魔法兵団も同行させますから大丈夫ですよ」
「それで済むなら俺は要らん気もするがなぁ……」
「剣聖がいるだけで士気が違います、本当はヒッポグリフでも調達できたらよかったのですが」
「グリフォンと馬の相の子だったか? 馬は何とか乗れるが、それは」
「絵になると思うんですけどね、それに私は……その、先生が……、先生はもっと評価されてしかるべきだと思っていますから」
エリナを見送りに出ると、外で待っていたエリナの部下たちが一斉に敬礼する。
精鋭部隊であるし、部下たちのほとんどはエリナよりも年上だろう、普通小娘の下に就くなどプライドが許さないものであるはずだが、エリナは強いだけではなく魔物討伐において幾多もの功績も上げている優秀な指揮官なのだ、そして何より民衆からの人気もたかい若く見目麗しき英雄である。
彼らは英雄を支える親衛隊でもあり、非常に士気が高いことも伺える。
「剣聖ギルザック殿、胸をお借りしたく」
エリナより少し年上くらいの整った顔立ちの若い騎士、その目は静かだが敵意、いや対抗心のようなものに満ちている。
「岩斬剣は以前拝見いたしました……しかしながら所詮は陶物切り、実戦で生きるものでしょうか」
「リウス、無礼よ」
「いや……それは一理あるな、どれ」
ギルザックはおもむろに薪を手に取ると、空気が張り詰める。
先生……! エリナはこの立ち姿にずっと憧れていた、これほどまでに立っている姿が様になる男を彼女は知らない。
騎士も槍の代わりに長い棒を構える……こちらのほうがリーチは長く明らかに有利なはずだが、この冴えない痩せた中年男のどこを攻めればいいか全くわからない。
気が付くと若き騎士の服は汗でびしょびしょになっていた。
「参りました……」両者一切動かぬまま決着がついた。
「……無礼をお許しください」
「君は筋がいい、エリナほどではないがね」
「恐れ入ります……」
若いころは気に入らない相手に恥をかかせて気持ちよくなっていたが、この年でそれは格好が悪い、若き挑戦者に勝った上でその力を称える、それが年長者の余裕というものである、こういう姿をエリナに見せることが出来たのは気分がいい、そして思う。
二回り以上年の離れた娘に懸想するなどみっともない……
それも己を師と慕ってくれている娘に……だが、師への尊敬が異性への愛に変わることを期待もしているのだ、だがエリナには王国のアイドルともいうべき存在、異性に関するスキャンダルはご法度だろう。
仮にそこをクリアーしたとして、その伴侶になるとすれば相応の社会性を求められることだろう、剣聖という看板を理由に好き勝手生きられるものだろうか。
そして、独り身の気楽さに慣れてしまったギルザックは、己が良き伴侶にも良き父になれるとも思えないのだ。
そして気づいたことと言えば、自分を尊敬してくれる若く美しい女を己のものにしたいとは思いつつも、責任は取らず割り切った男女関係でありたいと願っている自分がいるということだ。
古の剣聖はこういった、剣は敵を斬るに非ず、己が内なる非を斬るものなり、と……ギルザックの剣は、己が内なる非を斬ることはできない。
やはり俺は剣聖なんかじゃない、買いかぶらないでくれ……




