アイドルと親友の巻
王宮に戻ったエリナは第8魔法大隊の若き隊長、ウミエラの元へ行く。
元宮廷魔術師で彼女の部屋は小さな書庫と化しており、そこの主に相応しい眼鏡をかけた地味で几帳面さを感じさせる女だ。
畑を耕し村の子供たちに読み書きを教えて暮らしていたような貧乏貴族の長女故なのだろうか趣味は料理で、エリナが来ると言えば食事を用意してくれる、宮廷の豪華な料理ではなく母から娘へ伝えるような庶民のそれだが腕はいい、現在の社会的地位を鑑みれば結構変わり者だ。
「ええ……道路開発は中止じゃないの?」
「ドラゴン退治を進言したら通っちゃった」
「また? わたしの預かり知らないところでそういう話、勝手に進めないでくれる?」
「ええー私とウミエラの仲じゃないの~それに上にはちゃんと許可とってるし」
友達だからという理由でしょっちゅう部隊を巻き込んで魔物討伐事業に付き合わせるのも、ウミエラなら大丈夫という甘えがエリナにはあるからだ。
「まったく……どうしてそんな部隊の私物化を周りは許すんだか……」
エリナは見目麗しく剣の腕も一流であるから男女問わず人気があり、その上コミュニケーション能力も高く、指揮官としての能力も若い者の中では相当優秀な部類、何よりエリナは景気の悪い時代に彗星の如く現れた英雄なのだ、彼女の活躍は人々に元気を与え、その熱狂は失政への不満も緩和する。
だから上役は部隊を私物化も大目に見ている、いや英雄を体よく利用しているのだ、ウミエラはそのことに「これじゃ道化じゃない」と憤りを感じているが、どうにもならないことである。
「道路建設もドラゴン退治も公共の利益でーっす、ドラゴン自体貴重な素材の塊だし、住処の近くは貴重な金属や宝石の鉱脈があるんでしょ」
「そうは言われてるけどね……」
「言われてるって、あそこから流れてくる川の砂に砂粒みたいなサファイアとかガーネットみたいな宝石とか魔石の類が混じってるの、ウミエラが前に見せてくれたじゃない」
「そうだけど……ドラゴンだよ? それも樹海の赤竜よ? 先方は縄張りに入らないなら何もしないって言ってるんでしょ? 大体伝説の英雄じゃあるまいしドラゴン退治なんて」
「大丈夫だって、軍資金は潤沢にあるから」
確かに竜の領域を征服できればその利益は大きい。
ちなみに、貴族や王族は領地の資源を資金源にすることはできたが、飽くまで事業者に資源の利用権を貸し、土地の使用料ととるという格好で、直接経営にかかわるわけでない。
この厄介な事業があっさり通ったのも、無邪気なエリナに妙なことを吹き込んだであろう資本家たちの後押しも大きいのだろう……とにかく、動き出した以上は止められまい。
「むぅ……」
「私はウミエラの実力を評価してるんだけどなぁ」
「大昔から生きてる赤竜だよ、どうやって勝つの?」
「まずは攻城兵器部隊で攻め込んだりとか?」
「そんな都合よくいくもんかな……実力だって未知数だよ」
エリナが率いている騎士団には騎兵隊や攻城兵器部隊など様々な兵科が含まれ、彼女はそれらをうまく運用し、時には神がかりとでもいうべきか大胆な戦術で何度も大規模な魔物討伐を成功させてきたが、そのエリナを支えてきたのが親友であるウミエラ率いる第8魔法大隊、英雄エリナが絶大な信頼を寄せる右腕として箔をつけるために与えられたポジションではあるが、なんとかやっている。
要するにそんなことがまかり通るくらい平和であるともいえる。
「ウミエラたちは防御魔法主体でみんなを守りつつ隙あらば雷とかで攻撃したりしてさ」エリナは指を立て満面の笑みを浮かべて言った「そ・れ・にぃー……伝説の英雄って話なら、比肩する人を知ってるし」
うわぁ来たよ……とウミエラは思った「ああー……例の先生のこと?」
「そう、先生はすごいの! ウミエラも前に見たでしょ? 大きな岩を真っ二つにするの、それに」
「ああーうんうん、確かにすごいね、刃渡りよりも幅のある岩を斬るとか」
エリナはギルザックが如何に素晴らしい人物であるかを語り始める、その目は恋する乙女のそれであり、ウミエラはいつもそれを冷めた目で見ている。彼女にはあの中年男のどこがいいのか、さっぱりわからない。
やれやれ、みんなのアイドルが剣だけはすごいおじさんに夢中だって知ったら、ファンのみんなはどう思うやら……
ウミエラはエリナの勝手なところにウンザリしているところはあるが、彼女が若くして精鋭部隊の隊長を務めているのもエリナが彼女を推し、その無茶ぶりにも応えてきたのが非常に大きい、そして無茶ぶりに応えられたのもエリナがいたからだ、不思議なことに彼女と一緒に何かをやっているとなんだかできる気がしてくる。
そして、宮廷魔術師の人間関係と派閥争いで疲弊していたウミエラに転属そ勧めたのも彼女、自分独りでは絶対にそんな決断はできなかった。
ウミエラもエリナと同じで部下のほとんどが年上、部下の魔術師からは「隠れ巨乳の癒し系、みんな気づいてないけど、自分はウミエラ隊長の良さをわかってる」と思っている者は結構多いのも実はかなり助けになっていることだろう。
そして、妹が有力貴族令嬢の侍女になったり、弟にも有力貴族の侍従の話が来ているというのも、案外エリナのおかげで名前が売れたからもあると思っている。
そう言った利害の話だけではなく、ウミエラとしてもエリナのことを可愛い奴だと思っているし、かなり好意を抱いているのも本心だ、ポジティヴで成功もみんなのおかげだと本心から言える屈託のなさ、人を振り回すところも愛嬌だと思えるから付き合っていられる。
宮廷魔術師を目指す学生だった頃、エリナは剣で石を切断する天才美少女剣士として既に話題となっていて、その美貌と強さから女子からは黄色い声援を浴び、男子からも野太い声援を浴びていた。
自分と関わることのない人だと思っていたが、ある時、闘技場で使うため捕らえられていた魔物が逃げ出す事件があり、そこにウミエラは巻き込まれてしまう、その時颯爽と現れたのがエリナだった。
「サポートして」
恐怖に怯えていた魔術師見習いの前に立つ姿に、いつもなら「えっでも……」と言ってしまいそうなところを、何故か「はい」と答えてしまった。
そして二人で協力し魔物を打破した。当時の自分の未熟なサポートでどの程度役に立ったかわからないが「ありがと、君のおかげで上手くいったよ」などといって手を差し出す笑顔が眩しい。
そして、何事もなかったように立ち去るエリナになんとなく、あとから小走りでついてゆく。
ところが、彼女は人気のないところで立ち止まり、座り込んでいった……緊張の糸が切れたのだろう、その時彼女は小さくつぶやく。
「うあああ……おなかすいた……」
そして財布の中を見て、ため息をつき財布をしまおうとしたとき、ウミエラに気づいてバツが悪そうに頭をかいて笑う。
その親しみやすい姿にウミエラは、柄にもない誘いをしてしまう。
「あの、お口に合うかどうかはわかりませんが、簡単なものなら作れます……けど」
料理とは言っても庶民の家庭料理である、それを彼女に……でも、仲良くなりたいと思ったのだ。
エリナはウミエラの料理を気に入った、何より全く似ていないふたりだったが妙にウマが合う、互いの足りないところを埋めあう友なったのである。
彼女は貴族社会にひしめく、虫も殺さぬような顔をしながら、己を溺愛する立場ある男のの力を使い、手を汚さず障害物を排除してゆく無自覚な邪悪さを秘めた女や、物語の悪役かというくらい人を陥れるために生き生きと動く腹黒い女とも違う、前向きな方向で夢を叶え幸せになろうとしている女の子だ。
なお、ウミエラは願い事なんて叶うものではないし、捨ててしまえば幸せになれるよなぁと思いつつ、捨てることも叶えることもできないでいる憂鬱な女だ、だからエリナは眩しい。
そして、その身勝手さに振り回されながらも、エリナがこんな顔を見せるのは自分だけだということが彼女にとって喜びでもあるのだからどうしようもない。




