ギルザック虚無流の巻
ここはよくある普通の剣と魔法の世界、貴族と言えば華やかなイメージがあるが、実際のところそれは少数であり、貧乏な貴族の中には使用人もなく家屋もそこいらの農民と変わらず、畑を耕して生活をしている者もそれなりにいる。経営や商売は平民に許された特権であって貴族には許されない、そして官職などにもつけないのであれば畑を耕すしかない。
ここに貧乏な中年貴族がいた。
名はリョーダン・ギルザック、辺境伯の三男坊だったという話だが実際はわからない。
だが剣をとっては天下の名人と謳われ、鋼の剣で大岩をも両断し、飛んでいる蠅の翅のみを切断せしめる技前故、剣聖と呼ぶ者もいるが、ギルザックはこう答えることにしている。
「剣聖とはただ剣の扱いが上手い者ではなく、剣を通して悟りに至ったものではないかな? 俺にはそんなものはないよ」
これは彼の偽らざる本心なのだが、世間はそれを謙遜とみなした。
彼は確かに剣を振るうことが好きではあったが「剣鬼と言えるほど剣に魅入られているわけでもないし、精神性も哲学もない」といえば世間は「ただ無心に斬ることがあなたの哲学であり精神ではないか」と深読みする。
なんという虚無。
単に剣術以外のことはほとんど苦手だからそれしかできず、その性分ゆえに宮仕えもできないし領地で問題が起こったとして解決する力などない、幸いなことに領地といえるものがあるとしたら自宅の敷地程度であるから起こる事件など、鼠がかじっただとかその程度だ。
当然貴族の生活を支える小作人はおらず、税金も徴収できない……が、貴族には免税など経済的な特権や、官職に就きやすかったり国家のイベント参加できるなどいった社会身分や政治にかかわる特権もあるが……どのみちギルザックにとって有益な特権は免税くらいのものだ。
農民が暮らしているような茅葺屋根で土壁の粗末な家に住んでいる彼のような貧乏貴族は実際のところ少なくはないのだが、世間は彼をそれと同一とはみなさずストイックな求道者ゆえのこと、まことの剣聖であると称えるのだ。
ギルザックの許に久しぶりに手紙が届く、愛弟子からであった。
エリナ……!
近々訪ねて来るらしい、なんでも大切な用事があるのだという。胸が高鳴るような、男がらみの話だったら嫌なような複雑な気持ちになる。
天下無双の剣を学びに多くの若者がギルザックの門戸を叩いたが、彼は才能が天稟ゆえにほかの人間が何故できないのかよくがわからない、換言すれば操剣技術を人に伝えることができないのだ。
一応ギルザック虚無流なる流派を打ち立て王都で剣術指南をしていたこともあったが、弟子はまともに育たなかった……このエリナ・ウェブスターを除いては。当初指南していたのは彼女の兄だったが、見よう見まねで剣を振るううちにめきめきと上達してゆき、ついには若くして石を切断せしめる才能をみせる。しかもその美貌と利発さ、カリスマというのもあるのだろう、若くして出世街道をひた走っているのだ。
昔から可愛いし、頭もいいからな……
今の自分と出世した弟子を比較しむなしくなる、だが……彼にとってはエリナの存在は誇りでもあった、自らが編み出した剣を唯一伝えることができたのだから。
周りは剣聖とほめそやすものの、望んだものは何も手に入らず生きてきた、だが何も残さずに死んでゆくのではない……と自分を納得させることができる。だが同時に剣聖なんて周りが勝手に押し付けてきた仮面を捨てて楽になれない理由も彼女である、あの子に失望されたくはないな、と。
そんなことを考えながら畑をいじる、作物の生育は順調とは言えない。
貴族らしい生活とは豪華な暮らし……ではなく、たとえ貧しくとも金のために平民と同じ労働や商売をしないこと、貧乏貴族は貧乏な平民よりもできる職業は限られており、貴族は食わねど高楊枝が誇り高い生き方であるが、さすがに餓死してしまうので畑を耕し自給はするし、ギルザックもパン焼き窯も所有しており、それ平民に使わせる賃貸料、それと以前の戦争でや魔物の討伐で得た報奨金を切り崩しながら、それからたまに剣聖という名声により得られる細かなものもあり、何とか糊口を凌いでいる。
時代は流れて今や豪商などの富裕層が婚姻によって、或いは爵位を買い取って貴族化するご時世、既に貴族が商売をすべきではないという考えも古い価値観になりつつあったが、それでも由緒ある貴族は「貴族たるもの、金のための働くべきではない!」という矜持を持っている、領地を持っている上澄みはそれでいいが、貧乏貴族もその矜持に従わなければならない空気がまだ残っている。
だがどちらもギルザックには関係のない話だ、彼は貴族ゆえに働かないのではなく、働こうにもどうしたらいいかわからない、彼が唯一知っている働き方が剣を振るうことだけだからだ。
英雄を求める時代というものは不幸な時代である、英雄の剣は人々を守るためにあるという欺瞞、正しくは剣を振るい命を奪ってよい大義名分の一つとして、人々を守るというものがあるだけだ。
高い戦闘力に大きな価値が置かれる社会とはすなわち暴力が必要とされる殺伐とした社会である。
つまり己の剣が必要とされる時代は不幸な時代、世の中が不幸でなければ強く求められぬむなしきもの、ただ斬るだけでそこに精神も哲学もなく、そして人に教えることもできない仇花の剣、それゆえギルザックは己が流派を虚無流と名付けたのである。
彼は茶色いイモムシに集る蟻を見て思う。
はぁ……戦争でも起きてくれたら……
最近は魔物もすっかりおとなしくなった、世間を騒がせていた連中は大体エリナが討伐してしまったからだ。
戦いがあれば指揮官になる者は必ず貴族、今は文官も多いが本来貴族とは戦場に出て命を懸け土地と特権を維持する存在である。
ゆえに前線で指揮をする者は必ず貴族であり、それは傭兵部隊であってもかわらない、ギルザックは指揮などまともにできはしなかったが、平時は山賊まがいのことをやっている傭兵たちを率いた決死隊が大きな功績を上げ彼は英雄となった。
傭兵は大抵の場合同時に山賊でもある、基本的に困窮の果てにそうならざるを得なかった食い詰め者で、ある時は冒険者だったりすることもある、ギルザックはその辺に関してあまりこだわらない男であったから彼らを特に見下したりもしなかったし、とにかく強かったからならず者たちに尊敬されたのである。
実際はただ危険な任務を成功させ大勢の敵を殺戮せしめたことが功績となっただけだが、世間は後にそれを剣の道で人をただしたとみなし、山賊どもの生き残りは貴族に列せられ軍人となり、剣聖ギルザックと肩を並べ命がけで戦い、成り上がったことを今でも誇りとしているのである。
最近顔は見ていないが、会えば援助はしてくれる気のいい連中であるとギルザックは思っている。
兎角、自身の剣をむなしいものと思いながらも、荒れた不幸な時代を糧とし、剣術で名を上げることを望んでいる己がいながらも、自ら売り込むことはできない、俗物でありながらも、世俗の中で上手く泳いでゆけぬ哀れなる存在が己であると思うのだった。
読んでいただきありがとうございます、全六話どうかお付き合いください。
自分は剣士の話ならば派手な剣劇よりも、先に動いたほうが負ける……みたいな一撃で決まる静かな戦いのほうが好きだったりします。
あと、剣豪と言えば立ち姿が重要だなとも。




