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天下無敵の詠み人知らず  作者: 沢 一人
文字は民の笑顔のために
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第二十四話:【交錯】川原の野次馬

第二十四話:【交錯】川原の野次馬

 大納言・藤原国経の権力の根底には、下町の闇が深く根を張っていた。お上が公式の貿易を制限するなか、宮廷の貴族たちは唐(中国)の絹織物や香木、高級な漢方薬を熱望していた。 

 国経はその欲望を暴利に変える「密貿易」の巨大なカラクリを裏で支配していたのだ。

 その手口は巧妙だった。国経の息がかかった下町の商人や、ごろつきの組織が夜陰に紛れて難波津(大阪)や淀川の河口に私的な密輸船を引き入れる。通常ならお上の厳しい税関の検問が入るが、国経が宮廷の権力を使って役人をあらかじめ買収し、あるいは自らの威光で検問を通過させる。

 こうして税金を一銭も払わずに密輸入した極上の品を、下町の無頼の者どもが経営する闇市で貴族や豪商へ横流しし、国経の懐には莫大な裏金が流れ込む仕組みだった。

 これまでの立ち退き計画では、正式な手続きで役人を遣わして進めようとしたが、いずれも手痛い失敗に終わった。しびれを切らした国経は、ついにこの密貿易の実行部隊である裏の荒くれ者組織を初めて市井に解き放つことに決めた。

 国経から「麻呂をコケにしたネズミを炙り出せ」と厳命を受けた荒くれ者の貸元は、ギラついた身内の男どもを総動員し、凶器を懐に忍ばせて下町へと攻め込んできた。

 じわじわと殺気立つ下町。その包囲網は、鴨川の川原へと狭まりつつあった。しかし、そこに現れたのは、ごろつきだけではなかった。

 紀貫之が男の行方を突き止めるべく差し向けた、宮廷の生真面目な捜索人(検非違使の下役人たち)で組織する、覆面一団もまた同じ川原へと足を踏み入れていたのだ。

「おい、あそこの奴ら、目つきが堅気じゃねえぞ」

 川原の草むらで、男を探していたごろつきの一人が、貫之の捜索人たちを見つけて顎をしゃくった。

 着物の下に武器を隠し、鋭い目で周囲をキョロキョロと見回しているその姿は、ならず者の目には「俺たちのナワバリを荒らしにきた、別の組の者」にしか見えなかった。

「お前ら、どこの組のもんだ? ここは国経の旦那のシマだぞ。コソコソと何を探してやがる」

 ならず者の一人が凄んで、貫之の捜索人にドスをちらつかせながら因縁をつけ始める。

「な、何奴だ! 我らはお上の命により、ある不届き者を捜索している身だぞ! 控えよ!」

 生真面目な役人たちも引くわけにはいかず、刀の柄に手をかける。お互いに「こいつが国経の言うネズミか?」「こいつが貫之様の探す男か?」と勘違いしたまま、一触即発の睨み合いが始まってしまった。

 そこからさほど離れていない川原の柳の木の根元。

「おー、やってるやってる。どっちが勝つかねぇ」

 当の探されている男は、川の浅瀬で洗濯をしていた下町の女たちのなかに紛れ、のんきにしゃがみ込んでその大騒ぎを見物していた。

 男は先ほどまで川原の草むらでゴロ寝を極め、昼寝を満喫していたのだ。騒ぎに気づいて起き抜けにふらりとやってきて、今や洗濯の女たちからお裾分けしてもらった干し柿を齧っている。

「ごろつきの集団はともかく、もう一方も、お上のお役人が化けてるように見えるねえ」

「ちょっとお兄さん、危ないからこっち来なさいよ。お上の役人とごろつきが喧嘩始めたよ」

「本当だねえ、怖いねえ。どっちも物そうで引き締まった顔しちゃって、せっかくの昼寝日和が台無しだよなぁ?」

 男は女たちと顔を見合わせてケラケラと笑い、野次馬の一人として完全に風景に溶け込んでいる。

「痛ぇ! 殴りやがったな! お前ら、やっちまえ!」

 ついに荒くれ者の一撃が役人の頬を捉え、川原は怒号と悲鳴が飛び交う大乱闘の渦と化した。取っ組み合い, 川の中に派手に転がり込む男たち。

「うわ、泥仕合。おいおい、お役人サマ腰が引けてるぞー、頑張れー!」

 男は洗濯桶を太鼓代わりにポンポンと叩きながら、呑気に声援を送っている。

 血眼になって「宮廷を揺るがす天才」を探す貫之の部下たちと、「利権を脅かす黒幕」を探す国経の荒くれども。その両方の網が、男の目の前で勝手に絡まり合い、激しく潰し合っていく。

 夕暮れ時、疲れ果ててボロボロになった両者がお互いを捕縛し合いながら去っていくのを見送り、男は大きくあくびをした。

「あー、おもしろかった。さて、腹も減ったし、たぬき屋に帰って為蔵の飯でも食うか」

 男は汚れひとつない軽い足取りで、夕焼けに染まる下町の路地へと歩き出すのだった。






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