第5話
◆銭湯
かっぽーんっ
銭湯は娯楽の少ないこの世界において庶民に与えられた癒しの空間である。
そもそも風呂に浸かる行為は貴族の特権の一つであって十数年前まではその有難みを庶民が知る機会は殆ど無かった。
それを時の王が国民への福利厚生として銭湯業を奨励し以降は冒険者ギルドがある一万人以上の町には必ず在るという今の形が形成されたのである。
その結果砂まみれ泥まみれ危険まみれ3Kが定番だった冒険者の生活水準を一定程度向上させ冒険者離職を少なからず軽減させる効果はあったらしい。
もっとも一獲千金が狙える職業は冒険者しかないから新たに入ってくる若者の求職者は絶える事はなかった。
相互通信が整わないこの世界においては全体冒険者数にどれ程貢献したかについて測る事は叶わない。
結局のところ各地の冒険者ギルドでの評価によるところが全てという事になる。
「お待たせ、フレイン」
ぴょん
「誰です?」
「ボク、メリアドールだけど」
「なんで全身タオルで包んでいるんですか。髪の毛しか見えなくてミイラみたいですよ」
「寒いから」
「銭湯内は暖かいのに?」
「………え、どうしてかな?」
「質問に質問で返さないで下さい」
「う、あ、うい」
ぴょん、ぴょん、ぴょん
「何をやっているんですか?」
「タオル巻き過ぎでジャンプしか出来な、い……」
「メリアドール、遊んでます?」
「遊んで、ない。ほら、こうして『手を出せ足出せ頭出せっと、これで歩ける、よ」ググッ
ババーンッ
「…………カタツムリですか」
手足頭出しアピールしたらフレインに浴場から追い出された。
何で?
「おりゃー、ふふんどうだ。俺の筋肉量は。俺の勝ちだな」
「いや殆ど変わらん。むしろ筋肉の美しさは俺の方だな」
「なにおーっ?!勝ちは俺だ。だいたい筋肉に美しさを求めるのは間違っている」
「筋肉は美しくなければならない。美しくなければ筋肉とは言わない」
「むぅ、確かに否定は出来んか。俺も毎日オイルで磨いてるからな」
「そうだろう。やはり俺達は兄弟なんだ。筋肉で勝ち負けを競うのは間違っている。これからは二人、筋肉美で仲良くやろう」
「そうしよう」
脱衣場の片隅でタオル越しに着替えてたら迷惑なツル禿げ男達が筋肉の見せ合いをしていた。
おい、ボディビルダーかよ。
あと変な出っ歯な鼠男とかシャケ背負った熊とか何かとこの銭湯出入りが激しい。
シャケ背負った熊?
ま、まあ冒険者は色々だ。
そうして辺りを警戒しつつ誰の目にもとまらぬ速さで服を着る。
シュバババッ
うん、完璧だ。
しかし性別誤魔化す為に用意したタオルは10枚。
持ち帰るのはかったるい。
と?
ジーッ
「………」
「……?」
気づくと素っ裸の鼻垂れ小僧がボクを眺めていた。
背丈はボクの肩ぐらいの幼児?
ドユコト??
「じーっ」
「あー?お父さんは何処かな?」
「◯ンコ無かった」
「………なな?!!」
「じーっ」
「ぼ、ぼく、下品だな。知らない大人をからかったら駄目だよ」
「◯ンコ無かった」
「ち、??!」
「◯ンコ無かった」
「あるよ!」
「◯ンコ無かった」
「うおおおい、黙って!」
「◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かった◯ンコ無かったチン」
「ぎゃあああ?!!!!」
ボクを指指しながら◯ンコ無かったを連呼する鼻垂れ小僧。
止めてやめてヤメてくれぇーっ!!
「メリアドール『◯ンコ無かった』んですか?」
「ぶふっ?!!」
背中越しに投げかけられた『◯ンコ無かった』の合言葉。
振り返ったらフレインが興味深げに腰巻タオルで立ってました。
いや、そんなん合言葉にしないでほしい。
❇❇❇❇
◆宿屋
ドサッ
「ふぇーっ酷い目にあった」
今日は本当にクタクタだ。
ボクは宿屋の部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。
銭湯の事はどうにかこうにか鼻垂れ小僧のイタヅラという話で決着。
幸いフレインが来る前に着替え済みだったからそれ以上の進展も無い。
鼻垂れ小僧は一発頭撫でたら番台のくそババァにドヤされた。
孫だったらしい。
いや孫なら放し飼いは禁止してちゃんと教育して欲しい。
❇
「結局お風呂入れなかったな……」
❇
「明日は朝にギルド前に……」
❇
「すぴーっ………」
❇
❇❇
❇❇❇
❇❇❇❇
❇❇❇❇❇
パチパチパチパチッ
ゴォーッ
真っ赤な森。
真っ赤な村。
燃え広がる炎。
炎はその全てを焼き尽くす。
わーっ
うわーっ
きゃああーっ
ドドドドドドドドドッ
ズカガガガガーンッ
逃げ惑う人々の阿鼻叫喚。
その恐怖に彩らたであろう彼らの顔は炎の中で黒い影しか分からない。
やがて悲鳴は激しく聞こえる轟音に掻き消され何時しかその黒い影も地に落ちて消えていく。
地獄絵図。
恐らくこれがそうなのだろう。
立ち登る黒煙が虚しく空を焦がしていった………………。




