第42話 神聖歴767年8
クマ獣人の二人はラルゴさんとハンナさん。
ご夫婦だそうだ。
あと落ち着いて部屋を観察したらボクが縛られていた部屋には壁際に数人のクマ獣人達がいた。
ラルゴの部下で同じ黒い毛皮服。
部屋隅の壁の絵みたいに整列して動かなかったから気づけなかったようだ。
起きる際の騒がしさは彼らだったのかも知れない。
そしてこの場所はアモロス帝国とランスロット王国の国境沿いの緩衝地域だそうだ。
緩衝地域とは国境が定まっていない地域を指しこの地はアモロス帝国とランスロット王国が領有権を主張する台地状の平野の外れになる。
エルフの里を抜けた山岳地帯の先に当たる場所なんだそう。
エルフの里?
「ありゃ、あたしゃあてっきりエルフの里から来たんかと思ってたさね」
「すいません、知らないです」
「そうだよな。その赤子は人族だ。エルフの里が受け入れるはずがない」
ラルゴが指指しした先にはいつの間にか眠ってしまったカズキの姿。
先程まで自身の揺り籠を揺玩具代わりに揺らして遊んでたんだけどいつの間にか吐息をたてていた。
うん可愛い寝顔だ。
だけどさっきのエルフの里の話。
ボクは多分エルフなんだろうけどじゃあ元々の故郷はそのエルフの里なんだろうか。
だとしてカズキを里が受け入れないとはどういう理由なんだろう?
「じゃあ、行ってくる」
「「「おかみさん、行ってきやす」」」
「ああアンタ、くれぐれも気をつけるんだよ。お前達も無理せず必ず戻ってくるんだ。いいね」
「ああ」
「「「わかりやした、おかみさん」」」
ガタンッガタンッ
バタンッ
「…………………」
「……………」
旦那と男達を見送って閉ざされたドアを今暫く見つめるハンナさん。
その後ろから見てたんだけどその表情は複雑な感情を見て取れる。
仕事に行っただけだよね?
それにしてはハンナさんの表情に不安の色が見受けられるのは気のせいだろうか。
もしかして仕事の内容に危険なものが含まれるという事とか?
くるっ
「さてお嬢ちゃん、旦那達も出て行った事だしやっと女同士になったんだ。つつみ隠さず事情を話てくれるさね」
「事情、ですか」
「そう、先ずはお茶にするからそこのテーブル席にお座りな。美味いアップルパイをご馳走するさね」
振り返りながらボクをお茶会に誘うハンナさん。
躊躇してたら彼女の腕に捉えられて椅子の上に座らされてしまった。
お茶会の押し売り有難う御座います。
ボクが案内されたテーブル席に座る間にハンナさんは奥からティーカップとアップルパイを運んでくる。
アップルパイは蜂蜜たっぷりでクマ獣人だから?とは思ったが彼女曰く砂糖が高級品で入手が難しいらしく蜂蜜は平民で唯一口に出来る甘味らしい。
それでもこれだけ用意出来るのはラルゴさんが野生の蜂の巣から取ってきてくれてるから。
甘味自体が平民には高嶺の花なんだそう。
まあボクはアップルパイは蜂蜜無しでもいける口だったけどご相伴にあずかる事にした。
カチャカチャ
「はい、アップルパイ」
「す、凄くいい匂い……あ」ぐー
「おや、お腹も鳴って丁度良かったかい」
「……恥ずかし、いです」
「あっはっは。お腹鳴ってアンタ、耳まで真っ赤にしてそこまで恥ずかしかったかい。その割には随分露出が激しい服だけど」
「あ、その、これは」
「あたしゃあ構わないよ。ただここは男所帯。いくらアンタが子供のつもりでもここじゃあ十分女扱いさ。ムラムラする男共も出てくるかも知んない。まあエルフは長寿らしいから経験があるなら止めやしないが風紀が乱れるのは感心しないさね」
彼女が指摘したのはボクのヘソ出しルックの事。
前後の服の破れを隠す為にサファリジャケットを絞って結んである。
当然ながら絞った分だけ布は短くなりヘソが丸見えになっているわけだ。
ハンナさんの落ち着いたワンピースからすると露出が大きいルックスになるわけで男所帯ならその指摘は正しい判断だといえる。
だけど経験って《《転生前も後も》》無いからね!
ってなんか虚しく感じるのは何故?
「服が破れてまして、これは応急処置にやってました」
「あら、そうだったのかい?そりゃ難儀したね。裁縫道具あるから後で直してやるさね」
「本当ですか?助かります」
「いいよ、お互い様だからね。それより事情を教えてくれるかい?」
「分かる程度ですけど」
「構わないさね」
そうして話た事はこれまでの経緯。
もちろん転生の話は出来ないから記憶喪失を前出ししてペンダントとカズキのもう一つの名前も封印。
泉から此処までの話を伝えた。
「そうかい。森の泉からの事しか分からないんだね」
「すいません」
「何で謝るさね。謝る事じゃないし簡単に頭下げるのは相手に舐められるからよしなメリアドール」
「あ、はい」
「しかし弱ったね。アンタの事もだがカズキの親はさぞかし心労が溜まっているだろうさね。しかし妙だね」
「妙、ですか?」
「ああ、ラナの実はエルフの森とこの周辺でしか取れないんだよ。だがこの付近に人族は住んでないさね」
「ラナの実?」
「あの揺り籠の事さ。あの使い方も含めラナの実の活用はこの辺りのやり方。ある程度の強度と加工しやすく使い勝手がいい。昔からこの辺りに住む獣人の有難い実なのさ」
と指で示したハンナさん。
指の先には色んな物入れとなっているラナの実があった。
カズキの揺り籠を半分にしたもので簡易の入れ物として重宝してる様子。
よく見たらアップルパイの皿もラナの実の切り出し加工品らしい。
なるほど。
「あとはエルフの里かねぇ。あそこは遠いけどエルフが守る森には沢山のラナの実があったはずさね。だがさっき言った通り人族は受け入れないからね」
「エルフの里……」
まだ見た事もないエルフの里。
そこにボク自身の過去、つまりメリアドールの出自に繋がる情報がある?
「元々エルフは閉鎖的民族でね。それでも嘗てはランスロット王国と細々だけど交易があった。うちの旦那が使っている古い街道はその時に整備されたもんでね。今じゃあアタシらしか使ってないんだよ」
「それが何でカズキを受け入れないんですか?」
「ああ、アンタやっぱりエルフの里出身じゃないんだね。もしかしてはぐれエルフかね」
「ごめんなさい、本当に何も分からなくて。気付いたらカズキと共に森の泉に居たんです」
「そうだったね。まずエルフは閉鎖的でエルフの民が里から出る事も戻る事も禁じているのさ」
「出る事も戻る事も禁じてる。じゃあさっきのはぐれエルフというのは?」
「その里の規則が出来る前に里から出たエルフさね。ホントか嘘かは知らないが規則が出来たのが100年前。その前に里を離れたエルフ達の事じゃないかと云われているのさ」
「ひゃ、100年前………」
100年前よりエルフの里は出入りを禁じている。
100年といえば人間の寿命以上だがエルフはラノベの通りに長寿のようで未だに戻れないエルフも何人かは健在らしい。
そしてそれは同族はもちろん他の異種族にも及ぶという。
ならメリアドールとは一体何者なんだろう?




