第21話 昔の事10
「ぶぎゃあぶぎゃあぶぎゃあ」
泣き叫ぶカズキ。
それは到底泣き止みそうもなく寧ろその事がより事態を悪化させた。
痛みを堪え必死に男の視界から自身の背後にカズキを隠すメリアドール。
いつもであればあやしたりでカズキが泣き止むのを待ってからラナの実のフタを閉じるのだがフタが全開の状態では黒装束から守れない。
もはや一刻の猶予も許されなかった。
「ぶぎゃあぶぎゃあぶぎゃあぶぎゃあぶぎゃあ」
「………………………」
(ごめんっカズキ)バタンッ
ラナの実のフタを強引に閉じるメリアドール。
それでもカズキの籠った鳴き声は続き彼女はその罪悪感に苛まれたがやがて彼の声は沈静化していくのである。
『『ぶぎゃあぶぎゃあぶぎゃあ……きゃあ………きや……………』』
「…………………っ」
ついには眠りの魔法効果が勝り鳴き声は聞こえなくなったが、その事がより彼女の心に懺悔の重く苦い気持ちを泡立たせた。
「閉めた……か」
「くっ!」ブンッ
《誰のせいで!》
振り向きざまに男を睨むメリアドール。
男はまるで二人の絆を試すように槍を持ったまま見下ろしている。
睨む彼女には無反応で返していた。
だが男が二人のやり取りを傍観者の如く眺めていたように見えたが実際は違う。
彼女は知らなかったがカズキのラナの実はフタが開いている時こそ守りの魔法が強く発動するリリフルールの会心の付与が施されていたのである。
どうやら魔法適性者である黒装束の男にはそれが分かっていたようでそうでなければフタが開いている絶好の機会を百戦錬磨のような人物が見逃すはずはなかったのだ。
結果として彼女の行為は意味をなさなかったのだが、それでも閉じた行為自体は後々のカズキの生存に大きく貢献するに違いない。
(まだだ。まだカズキを守れる。ボクには切り札があるのだから)
この時メリアドールはある日の事を思い出していた。
❇数カ月前❇
『リア、今度は何を作っているの?』
『お母さん、これは武器だよ』
『そんな小さい丸いのが武器?前もそんな事を言って作ってたわ』
『パチンコは武器にもなるかもだけど本来は狩猟用。今度のは正真正銘の武器。まだ試作段階だけどね』
『剣や弓なら使い方分かるけどその小さいのが武器だとしてどうやって使うの?』
『ピンを抜いて投げるだけ』
『ぴんをぬいて?投げ……??』
『お母さんにはイメージし辛いよね。これは前世で本当に運用していた武器なんだ。でもこれは魔力無しの武器。付与無しの剣や弓と同じだけど投げれば数メートル先を吹き飛ばす威力があるんだ』
『魔力無しなのに強力な武器。それなら相手は油断するわね!凄いわリア、あなた最高よ。それでその武器は何て名前なの?』
『ええと名前は………』
❇❇
ゴソッ
メリアドールはまだ諦めてはいない。
背後を取られ槍で重傷を負わされ保護対象のカズキの存在を安々と知られてしまった彼女だがそれでも挽回出来ると信じていた。
実はその根拠となる物がポーチにある。
すかさずポーチに手を入れソレを握り締めた彼女は反撃の機会を伺っていた。
敵は自身より体格が大きく力も強い人族の成人男性。
しかも完全にアドバンテージを握られ武器も魔道具も持っている。
更に魔道具を持っているという事は魔力を持っているわけで全く魔力無しのメリアドールと違い魔法が行使可能なのかも知れない。
ググッ
ズブブッ
「ぐっ」
「惜しいな。亜人でも希少価値があるエルフの娘。しかも珍しいグリーンの髪色は連れ帰ればかなりの価値を生むだろう。どうだ?命乞いしないか」
「ごほっい、命乞い……?」
「そうだ。応じればお前は助かる。見ろ」
少々意外だが男が話かけてきた。
それは男の隙を見極める絶好のチャンス。
メリアドールは暫し男の話に付き合う事とした。
ゴソッ
「これはアース教神官しか作れないポーションだ。大抵の傷を治す事が出来る。その深い傷も治せるだろう」
「!」
黒装束の男は小さな青色の液体の入った小瓶をポケットから取り出して見せた。
ポーションとはアース教神官だけが持つ神聖力を特殊な水に満たす回復薬。
その存在についてメリアドールは母親からは聞いてはいない。
だが前世の知識にその用語がある事で理解したのである。
因みに何故リリフルールが教えなかったかだが、それはこの地が古のエルフの里でポーションよりも効果があるエルフの霊薬があったからに他ならない。
「このまま槍を抜けばお前は出血多量で死ぬ。だが俺に従うなら助けてやろう」
「何、を従えば」
「簡単だ。そのラナの実を開いて手渡せ」
「!!」
「守りの魔法が掛けられているだろう。解除対象者しか触れないはずだ。お前が開けて手渡ししない限り解除出来ない魔法、そうだな?」
「………………」
成る程とメリアドールは理解した。
これが男が話かけてきた本当の理由という訳だ。
恐らくだが前段の話はその話をする為の布石に過ぎない。
どちらにせよ男は彼女の命を助けるつもりなど微塵も無いのだ。
「A級冒険者が掛けた守りの魔法は一般解除魔法では外せない。だが解除対象者が触れていれば俺でも触れる。もちろんフタが開いた状態でなら」
「ごぶっこの子は、ボクの弟だ。家族を、売る、わけないだ、ろ」
「エルフと人族が姉弟のわけないだろうが。何故そのガキに拘る?お前には関係無いだろう」
「家族なん、だ。渡さない」
「………馬鹿なエルフだ。自分の置かれた立場が分かってないようだ」
ズボッ
「ぎゃっ!!!」
男は強引にメリアドールに刺した槍を抜いた。
それは傷口を開き激しい痛みとなって彼女を襲う。
おびただしい鮮血が覆う手の間から止めどなく溢れ出ていた。
ドクドクドクッ
「あ、あああ、ああ」
「あースマンな。一気に抜いたから傷口が開いてしまった。お前、もう時間が無いぞ」ニヤッ
まさに絶対絶命。
流れでる血の一滴一滴はメリアドールの命の時間に他ならない。
このままでは確実に出血多量で死に至るのは必然。
その光景に高みの見物を決め込む男。
近くの岩に腰をかけた。
「お前が死んだら赤子は餓死だ。俺はどっちでも良かったんだよ」
「……………」
「もう答える気力も失せたか?最後にいい事を教えてやろう。お前の母親はまだしぶとく生きているよ。信じられないがあの赤竜に単独で戦えてる。時間の問題だろうがな。因みにこの森や里の火事も赤竜の息吹のせいだ。お陰で俺の仲間も大半は死んだ。リリフルールめ」
「?!」
どうやら男は最初からメリアドールの正体について知っていたようだ。
恐らくだがずっと家族で住んでいた小屋を監視していたのだろう。
だがメリアドールは安堵した。
お母さんが生きている。
そして赤竜という最悪のモンスターと今も戦っているという。
ならば自分も戦おう。
戦って勝ち取ってカズキの命を救うのだ。
それが今の自分に課せられた使命だとメリアドールは決意した。
幸い敵は自分を侮っている。
そして槍を抜き自分の苦しむ姿を鑑賞して楽しんでいるのだ。
その姿は隙だらけ。
先ほどまで感じた張り詰めた緊張感は完全に消え去りリラックスすら感じるくらいに隙だらけだ。
そして最大の隙は自分から距離を取った事。
そう、その距離こそメリアドールがずっと望んだ隙だったのである。
ヒュンッ
「カズキは渡さない!」
「何!?」
カンッ
コロコロコロッ
メリアドールが伏せながらも必死に何かを投げた。
それは転がり男の足元まで届く。
黒装束の男は一瞬警戒したが投げた物からは魔力も無く全く脅威を感じない。
つまり男には只の石ころの《《認識》》しかなかったのである。
「何のマネだ。断末魔で幻覚を見ているのか?こんな石ころが何だと」
「終わ、り、だ」
「は?」
ドカガンッ
ズカガガガーンッ




