第19話 昔の事8
北東の渓谷。
母親リリフルールが示したランスロット王国へ続く北東の渓谷は彼女メリアドールが発見した温泉地帯を越えてその先にあった。
至る行程は冒険家を自負する彼女にとって確認済。
元々母親二人とエルフの里を出ていく為に何度かリリフルールに提案した道筋である。
「さてと……」ガチャリ
メリアドールは側仕えに無理矢理着せられていた巫女服(煌びやかな刺繍の足元まで隠すロングローブ)を脱ぎ捨て、ベージュ色の半袖半ズボンに丸ツバ状の帽子を身に着けている。
足元もサンダルの様なエルフ民族靴からロングブーツのようなものに変わっていた。
いわゆるサファリ服コーディネートだ。
通称サファリハットはトップの丸い部分を小さいラナの実外皮半分を使ってビスヘルメットを再現。
ロングブーツはパチンコのゴムと同材質のゴム長靴。
ゴムとはいっても地球のソレとは違う材質で原料はスライム。
スライムとは魔物の一種で比較的容易に見つかる魔物。
幾つかのスライム種を混合した《スライム合成ゴム》を作成。
それを材質としたロングブーツはこの世界では画期的な発明でありつつ全体は防汚と形状安定を主とする母親リリフルールの魔法付与付き。
発想作成メリアドール+魔法付与リリフルール合作は世界で唯一のレアなサファリアーマーの完成である。
更に彼女作成の背負子にカズキが眠るラナの揺り籠をチャイルドシートさながらにセットすれば脱出準備完了だ。
ここまで僅かに数分足らず。
この日の為に母娘二人が普段から取りまとめておいた成果である。
「さて行くか」
メリアドールが小屋を出ると見計らったように背後で燃え落ちる住み慣れた小屋。
やはり小屋は限界だったらしい。
それを無言で見送って足早に燃える森を避けつつ一人北東の渓谷へ向かうメリアドール。
その動きはまるで野武士か隠者さながらである。
「お前、エルフか?」
「?!」
早歩きで温泉地帯を抜けた頃、背後から呼びとめる男性の声。
断定を込めたその声はサファリハット端から覗く長耳を見られたか。
だが何となく躊躇するような呼び止め方だ。
何かをためらっている?
もしかしてこのサファリアーマーに躊躇しているのだろうか。
ならば回答は否定がベスト、そうメリアドールは判断した。
「違います」
「嘘をつくな。その長耳はエルフ特有のものだろうが」
「よく間違いられますがボクはエルフ以外の種族です」
「……確かにそのキテレツな衣服はエルフ共が着るものからかけ離れている。種族文化にプライドを持つエルフがそんなキテレツを着るはずは無い……か」
「ソウデスネ」
キテレツを連呼されて些か気分が悪くなったメリアドール。
このサファリアーマーは母娘の合作で最高傑作とも自負する自慢の服だ。
それを貶されて気分を害されたのは腹立たしい思いである。
とはいえこんな場所で呼び止める輩がマトモな人物の筈もなく当然ながらメリアドールは逃げる算段を考えていた。
「だとしても人族には見えん。今回の作戦には関係無いかも知れんが貴様には念の為死んて貰う。悪く思うな」
チャキッ
予測通り最悪の展開である。
背後の人物は言動から人族優位主義者に違いない。
そして金属音は何らかの刃物を鞘から抜いた音だ。
つまり背後の人物は完全な殺意を持ってメリアドールに対処しようとしている。
すかさず動いてポーチの中に入れた手は既に選択を済ませていた。
「っ」シュッ
ボフンッ
「何だと?!」
振り返らないままポーチから取り出したクラッカー式煙玉を足元に投擲。
丁度足元は硬い岩石で投げた煙玉は容易に破裂し煙幕を張っていく。
駆け出し一瞬背後を目視。
その影がまだ煙幕中を確認後一目散に渓谷に向かうメリアドール。
《一撃一逃げ》これは彼女の十八番である。
「はあはあはあはあ」
とはいえ里から小屋まで数キロメートルを走破し小屋で少し休んだとはいえ直ぐにカズキの揺り籠を背負って燃える森を抜けた。
そしてここはその森外の温泉地帯を抜けた先。
追手を巻いてから3キロメートルは駆け抜けていた。
連続する駆け込みは著しくメリアドールの体力を削っていて既に限界近かった。
ザーザーザーザーザーッ
「ゼーハーゼーハーゼーハーッ」
それでも渓谷近くまで辿り着いた彼女。
嗤う膝に座り込むしかなかった。
もはや一歩も動けない。
安全圏まで来れた事を信じて暫しその場に潜む事とした。
幸いカズキは今だスリーブ状態が継続していたから近くの岩場の隅に間借りする。
ザックッザックッザックッ
「!!」
直後リリフルールの潜む岩場に現れたのは全身真っ黒いツナギ服を着込んだ正体不明な人物。
性別不明、人種不明、目的不明で何かを探すようにキョロキョロしている。
流れ的に先ほどの人族優位主義追跡者しか連想出来ないが正直その人族優位主義者は振り向かずに対応した為実際には目視確認していない。
よって同一人物かは分からないが明らかに怪しいのでこのままやり過ごすのがベストだとメリアドールは判断した。
ザックザックザックザック…………。
「行った…………」ぷはっ
足音が遠のき黒装束の人物はメリアドールに気づく事なく去ったようだ。
文字通り息を殺していた彼女は尻もちをついて大きく呼吸した。
どうやらこれで最大の危機は乗り越えられた。
メリアドールはそう安堵する。
「だぁ~」
「カズキ!」
その時である。
ラナの揺り籠が開きカズキが目覚めたのだ。
付与されていたスリープ効果は一定の周期で解除される。
いわゆる安全装置というものだ。
ここでカズキにミルクをあげオムツ換えを行うのが決まり事。
緊張の糸が切れたメリアドールは苦笑しながらお世話を始めるのだった。
カズキは彼女の顔を見てよく笑う。
メリアドールの顔がカズキの精神安定剤なのは不動のようだ。
そして乳幼児の笑顔ほど癒やしになるものは他に無い。
まさに今メリアドールは癒やしの空間を満喫していた。




