第17話 昔の事6
「そんな事より霊薬を使わないと!」
「………携帯薬はありませ、ん。保管庫は、燃えました、から」
「えぇっ?!」
エルフの霊薬。
里に古より伝わる特別な材料と特別な製法でのみ作られる万能薬である。
その効果はアース教上級神官である白色神官の使う神聖術ヒールより上位の効果と云われていた。
レシピは村長と側仕えだけが知っており里の者なら一つは携帯を許されていた。
巫女であるメリアドールも一つ渡されていたのだがそれは彼女から母親リリフルールに渡り最終的にカズキの母であるアリストテレスに使われ消費されている。
「ごめん、ボクの分はっ」
「知って、ましたよ。私は、いいのです。巫女様、どうか、御身の安全を守り、なさい。それがアナタの責務。そして、私達世界樹の守人の、悲願」
「カステラーデ!?」
「……行き、なさい!!」ゲボッ
ドサッ
「!!」
一声叫ぶと側仕えは血反吐を吐いて絶命していた。
最後まで説教じみた彼女だったがその最後においても側仕えとして巫女たるメリアドールを気遣う事に終始していたと云える。
たとえそれがカステラーデの職責に対する責任感からだとしてもメリアドールにとっては家族を失ったような喪失感を味わう事となった。
「死、んだ?これが人の死……」
茫然とするメリアドール。
膝をつきカステラーデの手を取っていた。
それが冷たくなっていく現実に彼女の血の気が引いていく。
目前で見る初めての人の死。
カズキの母アリストテレスの遺体はリリフルールがメリアドールの目に触れる前に埋葬していたから遺体自体も初めてだし良くも悪くも十年近く身近で側仕えをしていたカステラーデの死に彼女がショックを受けない筈もない。
「っ」ダダッ
言いしれぬものが込み上げて止めどない吐き気が彼女を襲う。
同時に瞳から熱いものが滴り落ちてその感情はぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。
だが感慨に浸る間もなく母親リリフルールとカズキの為に体は反射的に出口に向かって走り出す。
本能に近いものだが二人がカステラーデのようになる事への恐れが激しい恐怖となってメリアドールを支配した。
もはや彼女が体を動かしているのか恐怖という潜在意識が体を乗っ取っているのか分からないが只々走らずにはいられないメリアドールであったのだ。
❇❇❇❇❇
タッタッタッタッタッタッ
ヒュウぅ〜っ
「はあっはあっはあっはあっ」
地下祭壇は村長の家屋数十メートル地下に作られ階段で地上と結ぶ通路は全体が堅牢な岩石を積み重ねて造られている。
地上に出るまでは数分を要するがメリアドールはそこを難なく駆け上がっていく。
彼女は伊達に里周辺を探索し冒険していたわけでもなく日々の鍛錬を重ねていた。
よってその持久力は同世代のひ弱なエルフの中では高い方であると云える。
しかし魔力制御が当たり前のエルフの前では魔力無しのメリアドールがいかに筋肉を鍛えようと高が知れているのだが。
それでも鍛えた事自体は彼女自身の体力向上に貢献しているわけで少なくとも地下祭壇の階段を息を切らせず駆け上がるだけの力にはなっていた。
ヒュゴオオォォ〜
「……熱い?」
地上への入り口が近づくにつれメリアドールはある異変に気付いていた。
地上からの風が熱いのだ。
《《暖かい》》ではなく明らかに熱い。
熱風とまではいかないが外からの風としては異常だ。
この辺りの気温は山の麓のせいか通年で15度前後をキープしており寧ろ肌寒いくらいが平年のはず。
なのに今感じる風はどう考えても体温を越えている。
間違いなく常軌を逸しているのだ。
ガタンッ
「こほっ!?」
地上への最後の扉を開けて眩しい光に目を細める。
舞い上がる粉塵はまるで炭の粉のような味がした。
そして最初の疑問が彼女を混乱させる。
無いのだ。
地下祭壇の上にあったはずの無駄にデカい村長の屋敷。
それが跡形も無かったのである。
「いったい何が起きてるの!?」
粉塵に慣れ視界がはっきりしてくると更に異常な状況が見えてくる。
焼け焦げだ黒い柱。
黒焦げの大地。
そして焼ける肉のような臭いが辺りに漂いアチコチに燻る人型の炭。
恐らく人型の炭は里のエルフの成れの果てか。
そう、エルフの里は跡形も無く燃え尽きていたのだ。
そして背後の森は真っ赤に染まって激しい炎に包まれていたのである。
一変した景色にメリアドールの混乱はピークに達っしたが燃え盛る森と変わり果てた里の状況が否応なく事態の深刻さを理解させた。
森の大半から火の手が上がっているという事はその森の外れに住まう母親リリフルールとカズキに重大な危険が及ぶと容易に想像できるからだ。
もはや混乱も驚きも思考停止も度外視して一刻も早く二人の元に辿り着かなければならない。
反射的な本能に近い思考だが考えるより先に行動が勝ったという事か。
なんにしても次の瞬間そこにメリアドールの姿はなかった。
❇❇❇❇
「はあはあはあはあ、お、母さん」
数刻後メリアドールは森の外れにいた。
外れまで数キロメートル。
十歳足らずの少女の足ではかなり早い。
だが、ふらつく彼女は立っているのもやっとだ。
その様は身体能力を限界まで使いこの場所まで辿り着いた証拠に他ならなかった。
外れの小屋は健在だった。
それどころか周辺の森も平静を保っており背後の燃える森とは一線を画している。
不思議な状況だがメリアドールにその疑問を問う余裕もなく地面を這うような格好すら気にせずに小屋の入り口に飛びついた。
ギィッ
「お母さん、無事…………?」
シーン………。
静寂がある部屋の風景。
見慣れた景色ではあるが燃える森が身近に迫るこの場所にあってこのギャップはあまりに奇妙だ。
そしてもっと奇妙なのは窓から臨む外部の景色。
あの炎に包まれた赤い森が見えない。
つい目前にあったはずのそれは窓の先には全く見えず平和な緑が見えるだけだ。
どういう事なのだろうか。
「だ〜う!」
「カズキ?!」




