第16話 昔の事5
巨大な厄災がリリフルール達に迫っていた頃、メリアドールは族長家の地下祭壇に閉じ込められていた。
ここは巫女としての祈祷の場でもあり彼女には知った場所でもある。
「お母さん……」
だからこそ脱出経路が限られている事は分かっていた。
この場所に閉じ込められた時点で正面のドアが開かない限り外に出る事は叶わない。
故にメリアドールは無力感に苛まれていた。
里の者達のあの場での振る舞いは尋常では無かった。
間違いなく母親であるリリフルールとカズキに危害を加えようとしていたのが容易に想像出来た。
なのに自分はここに居る。
二人の危機に駆けつけられない自分が情け無かった。
メリアドールが里から学んだ事はエルフは魔法適性が高く弓術に優れプライドが高い事。
そして巫女として敬いの姿勢を示しながらもその目の奥に魔法も使えない混ざり物という見下した悪意の光を湛えるのが大多数の彼らだ。
メリアドールにとっては同族というだけの価値感しか無い彼らに何の愛着も無かったが母親であるリリフルールがこの地に残る判断をしたから自分は従っていた迄でその彼らが母やカズキに悪意を向けるなら最早同族意識すら皆無である。
実はメリアドールは里の悪意には以前から気づいていた。
だから魔法すら使えない自分でも母親を守る方法を考えパチンコを作り技を磨いて一人でも戦えるよう日々努力を積み重ねていたのだ。
しかし………。
「火薬玉に鉛玉。胡椒玉と唐辛子玉と作っておいたけど肝心の得物のパチンコを取り上げられたらどうにもならないよなぁ」
腰に常時携帯したポーチの中を見て彼女には溜息しか出ない。
日頃から監視していたようで側仕えに真っ先にパチンコは取り上げられてしまった。
正直魔法に長けたエルフ達にパチンコが何処まで通じるか分からないが唯一の頼もしい相棒が手元に無いのはメリアドールとしてかなり凹む。
ズズンッ
「何?」
パラパラバラッ
得もしれぬ振動。
前世では地震という名前の自然災害があったと朧げな記憶で理解していたが不思議とこの世界でそれに遭遇した事は無かった。
もしかしたらこれが初めての体験かも知れないと彼女は思ったが、だとしても些か物足りない。
地震とはもっと揺れるものではないのだろうかと。
『……っ』
『何者だ?!』
『ぐああっがあ……』
『きゃあああっ』
『いやぁああああっ』
「え?何???」
ドアの向こうで叫び声?
悲鳴のように聞こえるものもあり妙に上が騒がしい。
何か不測の事態が起きているのだろうか?
メリアドールの疑問は尽きないが里が混乱している事だけは確かなようだ。
まさか母親のリリフルールが自分を取り返しに来たのだろうかとか魔物が里に侵入して被害が出たのかとか様々に思考したが何れも可能性が低いとの結論しかない。
だだ里が混乱してるならそれに乗じて逃げ出せないだろうか。
寧ろソチラの方が現実的行動であるとの判断だ。
ジャラッ
「火薬玉を使うタイミングかな」
メリアドールがポーチから取り出したのは粘土で包んだ火薬玉。
前世の知識で誰も知らない火薬を作り出していた彼女はそれを握り締めるとドアの前に置いてヒモを中から伸ばしていく。
いわゆる導火線からの爆弾である。
「まさか硝石や硫黄がこの地にあるなんてね。エルフ達は臭いから近寄らないけどさ。温泉もあったのにもったいないよね全く」
巫女として行動を抑制されていながら小さい頃から何度も抜け出し数多の冒険の末に森の外れに温泉地を発見していた彼女。
その後は母親のリリフルールを誘い家族水入らずの入浴を果たしていたりと里内からの疎外感の中でも楽しむ事に貪欲な彼女ならではの事。
この楽天的思考がメリアドールの前向きな原動力でもあった。
ギィッ
「……巫女様、ご無事で、すか」
「あ、?!」
間が悪いとはこの事か。
メリアドールが地下祭壇唯一の出入り口にせっせと爆弾を仕掛けていたらそのドアが開いて側仕えと出会い頭とか彼女には何とも戴けない展開である。
仕方ないので愛想笑いをしてしまうしかなかった。
「あ、これは、何というか、その新しい遊びを考えていて……」
「巫女様、急ぎお逃げ下さい」
「え?」
「悪しき人間達が、里を襲撃、う、してきて里は、大混乱、なのです」
「悪しき人間達!?」
ごほっ
「え」
エルフの祭礼服を常時身に着けていた側仕え。
メリアドールの目前でその祭礼服へ口から真っ赤な鮮血を吐き出した。
驚きの目で見つめる彼女の先にはじわじわと血がにじむ側仕えの胸元があったのだ。
側仕えは傷を負っていたのである。
彼女はメリアドールの前でズルズルと崩れ落ちていく。
「カステラーデ!!」
「……私の名、覚えてくれてたのですね」
思わず抱きとめるメリアドール。
側仕えとは良い思い出は無いが嫌な相手でも怪我人は別だ。
人道的配慮と嫌悪を取り違う事は断じてない彼女である。
「う、ん。なんかゴメン」
「何故、謝られるので、すか?」
「……いや、その、あまり良い関係を築けなかったから?」
「……ふ、巫女様らしい」
「………………」
メリアドールに抱えられ落ち着きを取り戻した様子の側仕えカステラーデ。
彼女はメリアドールに対して常に里内での振る舞いや巫女としての心構えを厳しく指導してきた強面の先生役でもあって打ち解ける事はなかったのだが、たった今のカステラーデからはそういった厳しい顔つきはなく穏やかに見える。
もしかしたら先程のメリアドールの行動がカステラーデと心通わす機会となったのかも知れない。
それはそれとしてメリアドールが謝ったのは普段の行いや彼女に対しての無礼では無い。
実はカステラーデの名前を覚えていた件についてである。
メリアドールは普段から里のエルフ達から距離を置かれている事に気付いていたので自分からも歩み寄るような事をしてこなかった。
よって殆どのエルフの名前を覚えておらず側仕えも同様の事と思われていたのである。
但し側仕えカステラーデだけは妙に印象深い響きとしてメリアドールの脳裏に刻まれていた為覚えていたに他ならない。
そして彼女の脳裏に刻まれた理由は凄く単純な事であった。
《前世の菓子の名前に似ていたから》
である。
故に覚えるつもりで覚えていたわけでは無かった訳で、あの謝罪は敬意や敬いからでは無かった事に対するカステラーデへの申し訳ない気持ちだったのであった。




