第12話 昔の事1
神聖歴765年(帝国歴632年)
ザザザザザッ
ザザザザッ
ザザザーッ
大陸西方の荒野の先。
更に強風吹き荒れる草原地帯を抜けた先のエンポリア山脈。
その中で一際大きいエメレスト山の麓の森の中。
奥地には古の掟に従うエルフ族の住まう聖地がある。
その守人を預かりし里で一つの騒ぎが起きていた。
「巫女様!どちらにいらっしゃるのか?巫女様ーっ」
「どうしたというのか?」
「村長様、また巫女様が居なくなりました」
「また?ほんとにもう、とんだ巫女様よの。なんと落ち着きの無い」
「ですが敬うべき巫女様には違いありません。あの緑の髪はその証拠。たとえ下賤な彼の者から生まれたとしてもです」
「……エルフの掟を破りし彼の者。まだ村外れで生かされているのであったな」
「あのような者でも巫女様を生みし聖母。掟を破りし罪人でも捨て置く事は叶いませぬ」
「掟に背き里を離れ外の者と結ばれて戻りし者。生まれた子が巫女様でなければ掟通りに処理したものを」
「恐らく巫女様はまた彼の者の所かと。これ以上は」
「……潮時、か。このままにすれば世界樹様に害あるやもしれぬな。しかるべき処置をせねばなるまい」
「宜しいので?」
「我らはあくまで世界樹様の守人。世界樹様に害ある者は排除せねばならぬからな……」
「では里の境界を守る者達を向かわせましょう」
「だが暫し待て。巫女を我らに縛り付けるにはまだ母親の存在が必要であろう。今少し時間をかけるしか無い。あと数年は」
「かしこまりました。来たるべき時に御命じ下されませ」
「………うむ」
エルフの里に一際大きい家屋に住みし村長と呼ばれし美しいエルフ女は、その顔に似合わぬ算段を側近の側仕えと話をしていた。
何故ならこの地はエルフ族の聖地であり外部との交流は長らく絶たれた場所。
この地より他の地に赴く事も帰る事も禁忌とされ長らく守られていたのだから。
そして近年その戒律を破り戻りし者がいた。
それが彼の者であり本来は村の中に入れるのも憚れる者である。
通例では発見次第村外で処理される案件であったが、その彼の者が抱える赤子が問題だったのだ。
実はこのエルフの里には先祖からの口伝があった。
『世界樹が穢れし時魔獣が溢れ世界は終焉に向かうであろう。だが緑の髪を持つ世界樹の巫女を樹に捧げるならば再び世界樹はその穢れを祓い世界を平穏に導くだろう』
つまり掟を破りし彼の者が世界樹の巫女を生んだのである。
❇
バシンッ
キキーッ?!
ボサッ
ザッザッザッザッ
ガシッ
「取ったどーっ。なんちって」
森の中で木から落ちた鳥を掴み空に掲げて雄叫びを上げる10歳前後に見えるエルフ美少女。
貫頭衣のようなラフな服を着て腰まである長い美しい緑髪はエメラルドのようにキラキラ輝き特長の長耳を前後に器用に動かしている。
そして手に持つはこの世界では誰も知らないパチンコの道具。
普通エルフは魔法と弓術に長けているものだが彼女の得物は何故かパチンコ。
その製法を知るのは彼女だけだ。
そして彼女こそその世界樹の巫女に相違なかったのである。
タッタッタッタッ
バタンッ
「お母さん、大漁だよ!!」
「まあ、メリアドール。また村を抜け出したの?巫女なんだからあまり迷惑をかけては駄目よ」
「あんな奴らどうでもいい。いくらでも迷惑かけてやる。だいたいお母さんだけこんな場所に一人住まわせてボクらの事を本当は嫌ってるんだ。ボクが巫女だから村に置いてるだけなんだよ」
「……そう、ね。仕方無いわ。村の掟を破ったのは母さんの方だから」
村の外れ、エルフの結界の外。
その見窄らしい小屋は森の入り口にあった。
その小屋に住まう金髪エルフ女性は狩人のような装いで一見20歳前後に見えるが長命種のエルフでありその年齢は不詳である。
二人は親子であり母親は件の彼の者だ。
つまり世界樹の巫女の少女とその母親である。
そして頻繁に巫女の少女が村から抜け出すのは母親に会う為に他ならなかった。
「!」
「お母さん?」
「私の結界に誰かが触れたわ」
「小屋に誰かが近づいたって事?」
「そうみたいね」
「ボクが見てくる!」
「メリアドール!駄目よ、危ないわ。貴女は魔法が使えないのよ!?」
「大丈夫、ボクには秘密兵器があるんだからね」
そう言ってパチンコを掲げて自慢するメリアドール。
母親を安心させて出て行こうとした。
それをすかさず背後に抱きつき止める母親。
メリアドールは困ったような顔で母親を見上げた。
「お母さん?」
「貴女はまだ十歳なのよ。そんな子供を危険に晒す母親に私をするつもりなの?」
「お母さん、言ったよね?ボクには前世の記憶があって通算にしたらボクの年齢は」
「その妄想は何度も聞いたけど信じられないわ。だとしても聞いた年齢ならお母さんの方がずっと長生きよ。ここは年長者に任せなさい」
「……分かったよ、お母さん」
押し切られる形で攻守交代。
母親がドアを開け結界の異常を確かめに行く。
小屋の結界は半径50メートル。
その原因は結界の境界にあった。
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ
「これは………」
そこに倒れるは高貴な衣類を纏った一人の女性。
耳は丸く明らかに人間である。
その手には泣き叫ぶ赤子が抱かれていた。
「かはっ!」
「はっ?!もし?貴女!」
一瞬口を開け未動きした女性。
その一瞬で母親は倒れし女性に時間が無い事を悟った。
何故なら動いた彼女の胸からは止めどない赤いものが流れ出ていたからだ。
そして母親には彼女の素性に心当たりがあった。
信じたくはないが間違いなく知人だったのである。
「まさか、アリストテレス?」
「その声は、リリ、リリフルール?」
「テレス、どうして!!」
「おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあっ」
変わり果てた旧友の状況に思わず声を上げるメリアドールの母親リリフルール。
その叫びは当然ながらメリアドールに届くのだった。
バタンッ
「お母さん、大丈夫??!」




