第10話
ドドドドッ
グオオァッガオオオオッ
ウガアッ
クオオアアッ
「助、け、てぇっ!」
リーリの歩みが酷く遅い。
割れんばかりの雄叫びが圧倒的な暴力を携えて直ぐそこに迫っているというのに何故に彼女の歩みは遅いのだろうか。
そして間もなく全てがスローモーションのようにゆっくりになっている事に気づくのだ。
ああ、そうか。
これは極度の緊張に張り詰めたボクの主観だ。
これから行われるだろう彼女への凶行に対して現実逃避したい自分とそれでもなお無意識に立ち上がり彼女の元へ手を伸ばした自分。
その葛藤のような狭間にあってあらゆる視界が麻痺していくのだ。
それでも地獄のような日々を生き延びこの世界の常識に染まりながらも未だ前世の道徳観念を捨て切れないでいるボク。
目の前の助けを求める彼女に届かないと知りながらも一抹の奇跡に縋って物語のヒーローなら必ず助けられると信じていた転生したばかりの、あの頃を思い出して……。
ドシャッ
「!?」
次の瞬間ボクはフレインに押さえられ地面に伏していた。
未動き取れないほどに力強く。
「か、はっフレインッ??」
「メリアドール、手遅れです!」
ドッゴーンッ
ガオオオオッ
ズカガガガーンッ
ドガガガーッ
ギャオオオッ
ガラガラガラガラッ
「!!!」
「エルフ、伏せなければ死ぬぞ」
「メリアドール、奥に!」
フレインに穴の奥に引き込まれ後は落ちる瓦礫にずっと耐えていた。
連続する衝撃は作られた岩山にぶつかるモンスターの群れか。
激しい粉塵が襲い崩れ落ちる岩石に洞窟の入り口は忽ち塞がれ全ての視界は奪われていた。
沸き立つ土埃りに呼吸困難による息苦しさが加わりそれでも尚続く群れの衝撃にひたすら耐え続ける選択肢しかないボク達。
ドドドドッ
ズカガガガガガガッ
グオオァッ
ガラガラガランッ
「…………」
「……………」
「…………………っ」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーッ
❇❇❇
感覚で数十分。
だけど実際はもっと短いのだろう。
辺りに静寂が戻ってくる。
ボクの前で出口を塞ぐ二人が動き出しモンスターの気配に耳を立てる。
エルフであるボクは比較的耳は良いほうだ。
少なくとも人間であるフレインよりは聞こえる範囲は広いのだろう。
そのボクの耳を持ってしても周辺にモンスターの気配を感知する事は叶わなかった。
ならばもうモンスターの群れはいなくなったのか?
であれば外は安全という事だろうか。
そして彼女、リーリはどうなった?
瓦礫に入り口を塞がれ聴力以外の情報収集が困難な現状。
全く外の状況は窺い知る事は出来ず警戒しながら瓦礫を退かして安全圏を確保しつつ視界の回復を待つ事しか出来ない。
「汗だくだな」
「急ごしらえの穴に三人詰め込みです。致し方ないでしょう」
「…………」
この新ダンジョンは比較的外気より気温が高い。
温度計が存在しないから正確には分からないが体感として常に28度から30度くらいをキープしていると想像している。
でもこの気温が全てのダンジョンに当てはまるといえばそれは違う。
気温は一定ではなく発生ダンジョンや階層により千差万別あるというのが一般的な見解だ。
中には極寒極暑もあるらしくそこはダンジョン十色という事なんだだろう。
そして今の現状を言えば狭所な密閉空間に大の大人が三人も寄り添って密着している状況だ。
未動き一つ取れない中で汗だくは当然の帰結だと云えよう。
だけとやはり暑い。
クラクラする。
倒れるほどではないが汗でボクの服はびしょびしょだ。
更に接している二人も汗だくとか男所帯が飽和状態でどうにもこうにも気持ちが悪い。
挟まれた前後の理由を通り越しても早々にむさ苦しい背低ひげ親父と軽薄イケメンのサンドイッチは解消したいのが本音である。
それでもリーリの事が気になって冷静さが冷や汗に変わる。
彼女の生存は絶望的だ。
それでも僅かな奇跡を祈らずにはいられないのは助けられなかった罪悪感か。
ああ神様仏様アース教の女神様、どうか彼女に生存の祝福を与え給え。
「出るぞ。警戒を怠るな」
「わかりました」
「はいっ」
ついにゼンクトが出る決断をした。
背中の鉄斧を軽々と持ち上げると目の前の瓦礫に挑む。
依然として外に魔物の気配は感じない。
きっと出ても大丈夫………。
「ふんっ!」
ズガンッ
ゼンクトの一振は洞窟入り口に堆積した瓦礫を一瞬で吹き飛ばした。
何度見てもトンデモない破壊力。
ドワーフとは誰でもこれだけの腕力を持ち合わせているのだろうか。
とにかくフレインに続いて慎重に出口から頭を出せば辺り一面瓦礫が散らかり足場の確保が難しい。
多分これはゼンクトが作った岩石の山にモンスターが突入して散らかした瓦礫だと想像できる。
そして静まりかえるダンジョン三階層の薄暗い横穴の先は不気味なほど暗闇と静寂に包まれていた。
「リーリは………」
非常な現実を確かめるように彼女の最後の姿があった方向に目をやる。
その場所には弾け飛んだ瓦礫が散乱していたが直ぐにリーリの痕跡を見つける事が出来た。
「………………」
血糊に染まった衣類の切れ端。
これはリーリが着ていた貫頭衣と同じ布に違いなかった。
その布の下には明らかに多量の血が染み込んだと思われる大地があった。
彼女との縁は僅かに数時間。
これが冒険者の日常なのだ。
ポンッ
「メリアドール、アナタは最善を尽くそうと行動してました。その事はアース教の聖職者として私が証明致します。立派でしたよ」
「……………………」
その布を手に取りじっと見つめているとフレインが肩に軽く手を置いた。
分かっている。
この世界の価値感はかなりドライでボクのように一々人の死に反応するのは少なくともダンジョン内ではあり得ない事。
何故ならそうならざる負えないから。
即座の判断で生死を分かつのが冒険者の常であり絶対助からない仲間を瞬時に判断して二次被害を防ぐのは極めて当たり前な事なのだ。
事実ボクも今迄そうしてきたしそうでなければ生きてはいない。
だとしてもフレインの褒め言葉に後ろめたさを感じてしまうのは今だ前世の常識や道徳に縛られているからなのか。
こんな事はこの世界の何処でも日常茶飯時に起きている現実で一々思い悩む必要も無いと自分に言い聞かせていても人の死はいつもボクの心を波立たせて落ち込ませる。
そう、既に何度も沢山の人々の命が目の前で消えるのを目撃しながら手を差し伸べずに逃げてきた。
何を今更思い悩む必要があるのか。
全ては自分自身を生かす為。
ボクはどんな事をしてもこの世界で寿命を全うするまで生き抜いてやるとそう決めた。
どんな理不尽も乗り越え全て躱して生きてやる。
それがこのクソったれなゲーム世界でボクに出来る唯一の事なのだから………。




