第85話 The Price of Intelligence
視点:村雨
暗闇の中、隠していた自分の荷物を確認し、89式を取り出す。抜いていた弾倉を差し込んで、薬室内に弾を送り込んでおく。
振り返ると、月明かりに照らされている道路を歩いて来る向井さんが見えた。何か、大きい物を持っている。
「向井さん、なんですか、それ」
「奴らが持ってたAKを鹵獲しました。サプ付きで、亜音速弾も確保しましたよ。川崎の私物ですね」
「し、私物…?」
私物のAK…?ここは中東ではない、日本だ。という突っ込みを入れるべきか迷って、言葉を飲み込む。
向井さんはライフルケースを地面に置いて、中身を取り出す。AKS74U、短銃身と折り畳み式銃床のおかげで89式の半分くらいの全長に収まっているコンパクトカービン。滅音機を取り付けても、比較的取り扱いやすそうなサイズ感。
月明かりしかない中で、銃口に滅音機を取り付け、バックパックにAKを入れる向井さん。だいぶバックパックの容量が厳しそう。
89式、ショットガン、狩猟用ライフル、AKS74U、既に4本もの長物を持っている。銃器関連だけで重量が20キロ近くになるはずだ。
「向井さん、私のほうは重量に少し余裕があります。どれか1本は私が持ちましょうか」
「え、いいんですか。じゃあお言葉に甘えて…そうだな、AKをお願いします」
そう言って向井さんはバックパックにしまっていたAKS74Uを取り出して、私に手渡す。
受け取った銃を確認する。
まずマガジンが装着された状態のため、マガジンの根元にあるリリースレバーを押し込みながら弾倉を引き抜く。
そのままチャージングハンドルを引いて、チャンバー内に弾薬が入っていないのを確認する。
チャージングハンドルを離し、マガジンを引っ掛けるようにして挿入する。AK系統の操作には少し慣れが必要だ。私はこの銃を使いたくはない。
慣れていない銃を使うのは、あまり得策ではない。おそらく向井さんは私よりも様々な銃器の扱いに長けているはずだ。川崎という元凶側の人間に訓練を受けたため、彼らの使う銃器の取り扱いはお手の物だろう。
しかしこの人、つい先日脇腹をライフル弾で撃たれたとは思えないほど動き回っている。今回の戦闘でも、私より多くの敵を排除しているし、私が撃たれている時に助けてくれてもいる。
あり得ないほどタフだ。彼のバイタリティーの根源が復讐にあるためか、際限のない力でも湧いているかのようだ。
そんな風に向井さんを観察していると、おもむろにワインボトルを取り出した。いつの間に…というかどこから…?
私の疑問をよそに、素手でコルクを引き抜いて、ワインボトルにそのまま口を付けた。まさかのラッパ飲み…?
ぐびぐびと何度か喉を鳴らし、ボトルの2割ほどを一気に飲んだ。
いや、待て。まずい。
「向井さん、ダメです。傷口が開きます。アルコールの摂取は控えてください」
「あ、すいません。奴らが持っていた1本をかっぱらって来たんです。良かったら飲みますか?」
正直、ワインは好きだ。だけど、今それを飲むわけにはいかない。この状況下で酔うなんて自殺行為に近しい。
それにあんな惨状を見た後で、勝利の美酒に酔えるほど私は豪胆な人間ではない。
彼の手からワインボトルとコルクを奪い取って、栓をする。
「これは預かっておきます。落ち着ける場所なら飲んでもいいので」
「あ、はい…」
向井さんは何とも言えない顔でこちらを見る。ワインが飲めなくて残念という顔にも見えるが、それにしては…
ん…?
違和感を覚えて、私はすぐに視線を降ろした。月明かりに照らされている向井さんの腹部に、血が滲んでいる。遅かったか…
「向井さん、再出血しています。止血するので、服を捲り上げてください」
「え?あ、ほんとだ。気付きませんでした…この様子だと、ちょっと前から出てたみたいですね」
あくまでワインのせいではないと言いたいのだろうか…いや、そんなことはどうでもいい。
メディカルキットから粉末止血剤を取り出して、向井さんの腹部を見る。包帯からかなりの量の血が滲んでいる。
ゆっくりと包帯を取り払い、粉末止血剤の封を切って、傷口へとまぶす。綺麗なガーゼを取り出して、粉末止血剤を傷口に押し当てるように圧迫する。
向井さんの表情をチラりと見る。普通であれば悶絶するような痛みが伴うはずだが、彼は目を閉じてやや深めに呼吸をしているだけだ。
先日使った強力な止血剤に、特殊な鎮痛成分でも入っていたのだろうか…いや、いくら特殊とはいえここまで効果が続くような物はないだろう。
向井さんはもう、痛覚が機能していないのかもしれない。
危険な兆候と言える。体は既に限界を超えてしまっている。そんな肉体を動かすには、痛覚を遮断するしかないだろう。これは意図的に行えるようなことではない…心の底の部分まで復讐に染まってしまっている証拠だ。
このまま元凶との戦いを続けていれば、間違いなく彼は死んでしまう。それでも、今はお互いに頼らざるを得ない。結局のところ、私たちの目的は同じく、元凶の壊滅なのだから。




