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復讐者が征くゾンビサバイバル【第三章完】  作者: Mobyus
第五章 山梨編
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第84話 Fate

視点:村雨

 30分経ち、向井さんの傷口の出血が止まったのを確認して歩き始める。

 私が先頭に、その後ろに高校生の3人、最後尾に向井さんという隊列。少々向井さんの容態が気になるけれど、何かあったらすぐに教えるようにと言ってある。でも、何かあっても絶対に我慢して言わないと思う。

 それとなく向井さんの様子を時々見るようにサユリちゃんに頼んでおいた。たぶん大丈夫。




 とはいえ、そこからは順調に進むことができた。感染者の気配すらなく、30分ほどで目的地の公園へと続く登り坂に差し掛かった。

 今までに比べれば緩やかな登り坂だけれど、向井さんを気遣ってゆっくりと登っていく。


 人の気配を感じ、念のため持っている89式のセーフティを解除する。

 登り坂の先にあるカーブから、何人か生存者がやって来るのが見えた。向こうもこちらを視認し、彼らもまた大きく手招きする。

 拒絶されないことに安堵しつつ、私たちはその人たちへと近付いて行った。




「自衛隊の方、ですよね?」


 大きな声で話さなくても聞こえる距離まで来ると、向こうから声を掛けて来た。


「はい」


 私はその通りだと肯定するが、この後に続く会話を思って少し申し訳なさがあった。

 相手まで2メートルほどまで近付いて立ち止まり、軽く後方を振り返る。3人の高校生と向井さんはしっかりと付いて来ている。


「えっと、お1人ですか…?」

「ええ、自衛官は私1人です」


 何とも言えない顔をされるが、想定していたことだ。恰好と89式を持っているのを見て、自衛官であることに疑いを掛けられることはなかったのが幸いか。


「ってことは、救助ではない、ということですよね」

「残念ながら、その通りです。私は生存者に危害を加えようとしている集団を追っているんです」

「生存者に、危害を…?そうですか、とりあえず詳しい話は中でしましょう。ついて来てください」


 そう言うと、彼らは踵を返して歩き始めた。


 公園の目の前まで来ると、公園の外周に急造のフェンスが張られているのが見えた。金網のフェンスを廃材などで補強しているようだった。

 そのまま外周を歩き、駐車場の入口に辿り着く。フェンスと同じように、ここにも急造の開閉可能な門が取り付けられており、外と内から合わせて5人掛かりで開かれる。


 公園内に入ると、無数のテントが張られているのが目に入った。どうやらかなりの数の避難者がいるらしい。

 そのまま案内をしてくれている人たちについて行き、坂道を登る。5分ほど歩くと、公園に隣接したホテルのエントランスホールに通された。


「ここで待っていてください」


 そう言われて、待つこと2分ほど。まさにホテルマンといった感じのビシッとしたスーツ?のような恰好の初老の男性、そして従業員の服装をした女性が現れた。ここの責任者だろうか。


「…」

「…?」


 従業員の女性が驚いたように足を止める。見ると驚愕の表情で私を…いや違う、私の隣にいる向井さんを見ている。

 隣にいる向井さんに視線を向けると、彼もまた目を見開いて彼女を見ている。


「向井さん…?」


 私がそう声を掛けると、すぐに我に返った様子で「大丈夫です…」と小声で答える。

 驚いていた女性もまた、それで我に返ったのか、初老の男性と共に近付いて来る。


「私はここの責任者、支配人の赤岡です」


 初老の男性がそう名乗るが、私はその隣にいる女性の方に視線を取られていたが、すぐに視線を戻す。


「村雨です。現在、元凶と呼称されている、この災害を引き起こしたと思われる集団を追跡しています」

「…お1人で、ですか…?」


 支配人の赤岡さんは僅かな時間で話を飲み込んで、少々怪訝な顔をする。そんな集団を追っているのにたった1人なのかと言いたげに。


「いいえ、今は2人です。こちらの向井さんは自衛官ではありませんが、私に協力してくれています」

「…それでも、2人ですか。ところで、自衛隊による救助について教えて頂きたい。我々はあとどれくらい持ち堪えればよいのか…」


 やはり彼らは自衛隊が助けに来てくれる可能性に賭けていたようだ。私はどう答えるか一瞬だけ迷ったが、正直に答えることにした。


「現在、日本は政府機能を損失しています。自衛隊は北海道に大規模な避難所を設置しました。既に避難所の規模は20万を超えており、冬越えの準備すらままならない状況なのです」

「…」

「北海道の避難所が冬を越えることができたならば、来年の春頃には大規模な救助作戦が開始されると思われます」

「来年の春、ですか…つまり半年はここでやっていかねばならないのですか…」


 赤岡さんの声には絶望と僅かながらの希望が含まれていた。




「ところで、その、向井さん…お知り合い、ですか?」


 支配人の隣にいる女性と向井さんは私と支配人の会話を邪魔しないように、黙って直立していた。とりあえず話がひと段落したことを伝えるために向井さんに声を掛けた。

 向井さんは一瞬だけ、私を見てから、女性の方に向き直って口を開く。


「悠希さん、お久しぶりです…」


 彼の声は、今までに聞いたことないほど震えていた。


「淳くん、よね、2年半ぶりかな?」


 悠希と呼ばれた女性は、向井さんや私よりも何歳か年上。少しよそよそしさを含んだ口調ながらも、彼のことを下の名前で呼んだ。


「悠希さん、悠陽は…死にました」


 向井さんは振り絞るように声を出した。


「… … … そう、なの…」


 かなりの間をおいて答える悠希という女性。ここまで話せば、私にも状況が理解できた。

 彼女は向井さんの恋人の姉だ。


「…あの、これを」


 向井さんはバックパックから透明なガラス瓶を取り出した。中に入っているのは、遺灰…?

 悠希さんは震える手でそれを受け取って、胸に抱き留めた。


「これは親族のあなたが、持っていてください」

「ええ、えぇ…覚悟はしてたわ。2年前、両親と妹が姿を消してから。淳くん、あなたのことも探したわ。あなたの知人からご実家のことを教えてもらって訪ねたら、あなたもまた行方不明だって…」

「そう、でしたか…」

「何があったのか、話して、くれる…?」


 向井さんはそれに黙って頷いたが、そこで支配人が割って入った。


「失礼。積もる話があるようですし、こちらへ…」


 そう言って私と向井さん、そして後ろで唖然としている高校生の3人はホテルの中を通って、テラス席へと案内された。




「俺と悠陽は2年前から、山奥の施設に監禁されていました。そこで、俺は悠陽を人質に取られて、組織犯罪に加担させられていました…

 …

 …

 …

ようやく解放されたのが先月の、感染拡大が始まったその日でした。俺は急いで指定された渋谷の駅前に向かったんですが、悠陽は既に…感染して、ゾンビに…なってて、人を、喰ってて…」


 向井さんは今まで起こったことを要約しつつも、全て話した。最後の恋人が感染者になっていたという話をしている最中は、頭を押さえて苦しそうに。


「話してくれて、ありがとう。ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまって…」


 悠希さんはそんな向井さんに言葉を掛ける。自分の妹が亡くなったと聞かされ、内心穏やかではないだろうに、向井さんを気遣っている。強い人だなと、私は思う。


「いいえ、俺が、もう少し、ほんの少し、早ければ、悠陽は…助かってた、のに…」


 テーブルの上に置かれた向井さんの握り拳に力が入り、ミシミシと僅かに音を立て震わせる。


「ちょ、向井さん傷口に障るので、抑えて…」


 尋常ではない力が彼の身体に掛かっているのを見て、私は咄嗟に声を掛けた。彼はすっと力を抜いて、首を垂れる。


 2年間もの長い時間、軟禁されて、無理やり人殺しをさせられ、その挙句に恋人を殺された。

 それが彼の復讐の源。彼を復讐鬼に変えてしまうのも納得だった。


 向井さんと悠希さんの座るテラス席の隣で、彼の話を聞いていた私。そして高校生の3人。

 3人の反応はそれぞれだった。話を聞いて涙する者、怒りの表情を見せる者、そして苦虫を嚙み潰したような顔をする者。

 そして近くで立ったままそれを聞いていた支配人の赤岡さんも、額に手を当てて参っている様子だった。


 悠希さんは立ち上がり、向井さんの隣に移動して、彼の背中を摩る。小さな声で何かを話し掛けているようだったけど、私にはそれは聞こえなかった。

 向井さんは両肘をテーブルについて、頭を抱えるような体勢になり、僅かに背中を揺らす。たぶん泣いているんだろうと思う。




 それから支配人と話し、高校生3人を保護してもらうことになった。付近の高校に生存者がおり、高校生たちを使役している者たちがいるということも伝えておいた。女子高生相手に淫行を行うような外道であるということも。


 支配人から部屋番号のついた鍵を手渡される。とりあえず、客室を貸してくれるらしい。

 私は呆然としている向井さんを連れて、その部屋へと向かった。


 部屋番号を確認して鍵を使って扉を開ける。かなり広い部屋だった。たぶんかなりお高いお部屋なのでは…?

 向井さんはバックパックと89式を置いて、ふらふらと歩いて窓辺のソファーへと座った。少し腹部の傷を気にしている様子もあり、その顔はかなり疲労感が溢れていた。

 ここに来るまでで、私もかなり疲れている。大怪我をしている向井さんなら、なおさらだろう。


 窓の外には公園にあるたくさんのテントや盆地の街並み、そして富士山が見えた。こんな状況でなければ、素直にこの景色を楽しむこともできたのに。


「向井さん、お休みでしたらベッドのほうで…」


 私が声を掛けると彼は黙ったまま頷いて、椅子から立ち上がって、2つあるベッドの1つに倒れ込んだ。

 私は向井さんの89式を拾い上げ、まだ明るい窓辺の椅子に座って、小さなテーブルの上で整備を始めた。



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