第83話 Vineyard
暗闇が迫る盆地のいくつかの地点に光源が確認できた。
まず高台の真正面にある山肌から割と強めの光源が目立った。確かあの場所は盆地から少し上がった場所にある大きな公園のはず。おそらく生存者が多く集まっている大規模な避難所となっているのだろう。発電機などで明かりを確保するだけの規模だ、相当な数の生存者がいるのだろう。
そして俺たちから見て左下方、1.2キロ程度離れた場所に怪しげな光源が見えた。何かの建物内で、頻繁に光源が動いてる。規則性はなく、明らかに人間が何かをしている様子だった。
「村雨さん、あそこ」
「怪しいですね。行ってみますか?」
「元凶の奴らかも知れません、警戒してください」
俺はそう言って、その怪しげな光源を目指して下り坂へと踏み出していく。
中央線のアンダーパスを抜けて、目的地へと向かって行く。ほぼ暗闇に近いが、僅かな月明かりを頼りに進んで行く。未だに怪しげな光源が動いている様子で、時折上空に向かって伸びる光の筋が見える。
やがて俺たちは目標地点まで300メートルほどの場所にある高台に出た。ここからなら何が動いているのか見えるはずだ。
俺は89式をガードレールに立て掛け、バックパックから高精度オプティカルスコープ付きの.30-06口径の半自動狩猟ライフルを取り出して、構えてサイトを覗く。
隣では村雨さんが双眼鏡を取り出して、同じように目標地点を偵察し始める。
光源の正体はフラッシュライト、そしてそれを持っている人間が別の人間のライトに照らされる。
「白服…」
間違いなく、元凶だ。何かを探しているのか、ライトの向きが頻繁に動いている。
そのライトが、一瞬建物の看板を照らす。Vineyard Ogidaira…ヴィンヤード扇平…ワイナリーか?
再度、白服の元凶たちを観察していると、その手にはワインボトルが握られているのが見えた。
そのボトルを手にした白服が建物の外を移動し、ワイナリーの隣にあるカフェのような建物へと入って行くのが見えた。
「元凶の奴らがワイナリーで略奪してるみたいですね」
「一体、なぜ…」
村雨さんは不思議そうに言いながら、双眼鏡で索敵を続けている。
「理由は知りませんが、あれは明らかにこれから酒盛りするって雰囲気ですね。かなり油断しているようです。もしかして俺たちが追っていることに気が付いていないのかも…」
「なるほ…あ、奴らまさか…」
なるほどと言いかけた村雨さんが何かを見つけたように、言葉を詰まらせる。
「何かありましたか?」
「奴ら、ワイナリーにいた生存者を殺しているようです。遺体が2人分、敷地内に放置されたままです」
そうか、ワイナリーを襲撃し、生存者を殺し、ワインを略奪して酒盛りか。随分舐め腐ったことをしているな。おそらく下っ端の連中だろうが、何かを知っているかもしれない。1人か2人ほど残して、全員ぶっ殺すか。
「奴らが酒盛りを始めたら、夜襲を仕掛けましょう。1人か2人だけ残して、あとは殲滅。生き残ったやつを尋問して、奥秩父から逃げ出した本隊の行方を聞き出します」
「了解しました。このまま私が偵察を続けるので、向井さんは周辺警戒をお願いします」
俺は狩猟ライフルをバックパックに戻し、ガードレールに立て掛けていた89式を拾い上げる。
1時間後。どうやら奴らは本格的に酒盛りを始めたようで、既に酔っぱらって千鳥足状態の白服が、さらなるボトルを求めてワイナリーとカフェを行き来している。
「そろそろ行きましょう」
村雨さんがそう言って双眼鏡をしまう。
「ワイナリーとカフェに標的がいます。荷物はこの辺りに置いて、身軽な装備で行きましょう」
「そうですね、敵は1個小隊程度の人数ですが、泥酔しているなら武器は最小限でいいでしょう」
俺はバックパックを地面に降ろし、ショットガンを取り出して、89式をしまう。そしてマチェーテを鞘から抜いて確認する。依然として刃毀れはない、奥沢井のじいさん、業物をくれたんだな…
村雨さんもバックパックに89式をしまい、拳銃とサバイバルナイフを取り出した。刃渡り12センチ程度のサバイバルナイフだが、人を殺めるには十二分な刃物だ。
ヴィンヤード扇平に近付いていく。気配を殺しながらワイナリーの建物へと辿り着く。かなり暗いが、村雨さんにハンドサインを送る。ここからは別れて、敵を少しずつ暗闇に引き込んで殺していく。
ワインのボトルを求めて歩いてくる千鳥足の男、ワイナリーの入口から建物内に入って行くのを見て、俺もその男に続いて建物内に入る。
ライトを片手に、並んでいるワインボトルを照らし、品定めしているようだ。どうせガブ飲みしてんだから、味なんてわかってねえだろうに。
足音を消しながら真後ろまで近付き、鞘から抜いたマチェーテを男の背中に向かって突き立てる。横にした刃があばら骨の隙間を取って反対側へと突き抜ける。
白服が一瞬で真っ赤に染まっていき、男は僅かな呻き声を出しながら絶命する。
しかし、男が手に持っていたワインボトルが地面へと落ち、ガラスの砕ける音が響き渡る。
「オーイ、おめえ、酔っ払いすぎだろ、勿体ねえ、割るんじゃねえよ…!」
酔いどれ声が近付いてくる。そっちから来てくれるのは好都合だな。
俺はすぐ近くにあるワインの樽の影に身をひそめ、そいつが近付いてくるのを待つ。
「おおい、まだ2本目ぇで寝ちまったのかぁ?おおい、おきろぉ!」
そう言いながら、死体になっている男を揺り動かそうと腰を下ろした。その瞬間、樽の影から飛び出して首元を狙ってマチェーテを振るう。
刃の先端から後端までを使って、深く切りつける。声を上げる暇もなく、血液が噴き出し、必死に首を抑える男。
「ゴォエ、ヴェエ、ボゴ…」
必死に何か叫ぼうとするが、出て来るのは血が喉を塞ぐ音だけ。
その場にはあっという間に、2人の死体と血溜まりができた。割れたボトルワインと混じり合って、鉄錆のような臭いと芳醇な香りが鼻を突く。




