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復讐者が征くゾンビサバイバル【第三章完】  作者: Mobyus
第五章 山梨編
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第83話 Painless

視点:村雨

 扇状地の扇頂(せんちょう)まで登り切って後ろを振り返る。ミキオくんとユウタくんが私のすぐ後ろに、向井さんはその少し後ろにおり、サユリちゃんを抱えた状態で付いて来ていた。


 周辺はモモかプラムの果樹農園で、扇頂からの見晴らしは良好だった。高校生の3人を保護した場所の辺りまで良く見える、結構歩いてきたらしい。

 前に向き直り、目の前にある急な下り坂を見る。かなりの急傾斜でつづら折りの林道のようだった。

 この急傾斜では人を抱えて降って行くのは文字通り骨が折れる。


「ここで少し休憩しましょう。周囲に感染者はいないようです」


 私がそう言うと少し疲れた様子を見せながら、ミキオくんとユウタくんは道路と果樹園を隔てる腰くらいの高さの擁壁へと座り込んだ。

 向井さんはその2人の隣にサユリちゃんを降ろし、自身はそのまま道路上に座り込んだ。流石の向井さんでも人を抱えて登るのは無茶だった様子…




 …あ


 私はすぐに道路に座り込んだ向井さんへと駆け寄って、バックパックから粉末状止血剤を取り出して封を切った。


「服を捲ってください」


 向井さんは一瞬、不思議そうに私の顔を見ていたが、粉末状止血剤を取り出したのを見て状況を察し脇腹辺りが見えるように服を捲った。

 銃創からの再出血、激しい運動のせいか傷口が開いてしまっている。向井さんはグレーのTシャツを着ていたため、血が滲み出ているのに気が付くのが遅れてしまった。


「少し我慢してくださいね…」


 私はそう言ってから向井さんの腹部に巻かれた包帯を外し、粉末状止血剤をガーゼに載せて彼の腹部の傷へと押し当てる。


「…」


 向井さんは目を瞑って、僅かに息を荒くするだけで、微動だにせずに堪えている。


 30秒ほど経ち、傷口を確認すると、粉末が血液と反応し凝固して出血は止まっていた。余分に付着した粉末状止血剤を払い除けて、新しい包帯を巻いていく。


「すみません、血が出てるの気が付かなくて…」


 包帯を巻いていると向井さんはそう謝った。


「いえ、私の方こそ、向井さんが怪我していることをすっかり忘れてしまっていて…」




 向井さんは狙撃で腹を射抜かれ、放心状態だった私を庇うようにして倒れ込んでいた。そこからすぐに薬剤を注射するように頼まれ、私はその通りにした。みるみるうちに出血が止まるのを見て驚いていたのも束の間、彼は私に逃げるようにと言って意識朦朧となってしまった。

 そこから向井さんの肩を持って、3キロも歩いた、3キロもだ。

 私とて成人男性を担いでそんな距離を歩くことなどできない、つまり彼はほとんど自分の力で立ち、私に肩を支えられて歩いていた。

 そこから丸1日昏睡していたが、起きてすぐに歩ける状態だった。最初は使った注射器に入っていた薬剤にヤバイ成分が入っていたんじゃないかと思っていたけれど、そうじゃない。

 向井さんはずっと痛みに耐えながら、既に8時間、ずっとここまで歩いていたんだ。

 なんてことない顔しながら老夫婦の家でお茶を飲みながら会話し、高校生たちに事情を聴き。

 さっきはマチェットで3体の感染者を排除し、今は10度近い傾斜地を少女を抱えて登っていた。


 異常なまでの精神力、バイタリティ。


 そんな彼の原動力は復讐。元凶への苛烈な復讐心が彼を突き動かしている。


「向井さん…」

「はい…なんです?」

「…」


 目を開いて、私の呼びかけに応じた向井さんと目が合う。こんな綺麗な瞳の奥に、苛烈な復讐心を抱いているとはとても思えない。


「…?村雨さん…?」

「…」


 復讐など意味はない、元凶を追うのをやめて療養するべきだ、そう言ってやりたい。

 それでも、私は彼と目が合うとそれを言葉にすることはできなかった。


「…30分は安静にしている必要があります。目的地までそう遠くはないですが、休憩していきましょう」

「…そう、ですね」


 向井さんは包帯の上から傷口を撫でるように触れて、そう答えた。




 周辺を警戒しつつ、向井さんから貰った缶コーヒーを飲む。常温で、苦くて、僅かな渋み。少しの甘さと少しのミルクがあれば、ちょうど良いのだけれど。

 向井さんも私と同じように缶コーヒーを飲んでいる。少し離れた草地に腰を下ろして、上がって来た道を眺めながらコーヒーを嗜んでいる。


「む、村雨さん…」


 向井さんに視線を向けていると、横から小声でサユリちゃんが私を呼んだ。


「どうかしましたか?」

「あ、あの、向井さんの怪我…」


 どうやら自分のせいだと勘違いしているようで、少し慌てている。


「あなたのせいではありませんよ。すみません、私が向井さんの負傷を忘れていたせいで…」

「で、でも私なんかを抱えてたから…」

「ふふっ、向井さんなら女の子の1人や2人軽々ですよ?」

「…え?」


 私は困惑気味なサユリちゃんに構わずに続ける。


「感染者が現れた日の翌日、私と向井さんは2人でビルの屋上に取り残された人たちを救助しました。その時、1人の女性が転落したんです」

「お、落っこちちゃったんですか…」

「はい、私はその女性を助けたくて無我夢中で手を掴んだんですが、その時は既に私の手足は空中にありました」

「…」

「そんな無茶苦茶なことした私の手を、向井さんはギリギリで掴んだんです。そして私と転落した女性の2人分を片手で支えていたんです。そんな人があなた1人を抱えて歩くくらい、なんてことないはずなんですよ」

「向井さんって、ヤバいんですね…」

「ええ、だからお腹に大怪我を追っていても平気であんなことしてしまうんです。私も、向井さんが怪我してることをすっかり忘れてましたし。悪いのは無茶してる向井さんと、無茶させてしまった私なんです」


 私がそう言い切ると、サユリちゃんは頷いて座ってジュースを飲んでいる2人の男子のほうへと戻って行った。

 納得して貰えたなら良かった。こんなことで自責の念を持つ必要はないのだから…





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