第82話 Youth
南西に向かう狭い道路、民家が多く見通しが悪い。
稀に民家の中から感染者の呻き声が聞こえてくる。
国道に出るためこれまた狭い交差点を曲がると、道路上に3体ほどの感染者がいた。
そのうちの1体がこちらに気が付き、両手を向けながら近寄り始めた。すると周りの2体がその1体について行くようにして動き始めた。
「感染者だ。ちょっと下がってて」
俺は感染者の動きに違和感を覚えつつも、マチェーテを引き抜いて感染者に向かっていく。
3体いるが、それぞれが数メートルほどの間隔を空けているため各個撃破は容易だ。
何とか返り血を浴びることなく感染者3体を動かぬ屍に変えた。
倒れている感染者の衣服で刃に付着した血液を拭き取り、鞘に戻す。
振り返って村雨さんと3人の高校生に付いてくるようにジェスチャーを送る。
ミキオは少し引き攣らせた笑みを見せながら俺の方へと近付いてくる。
ユウタは少年のように目を輝かせながら早足で、サユリは明らかにドン引きしながら村雨さんに背中を押されてやってくる。
「向井さん、すげえ…一瞬でゾンビを3体も!」
少し興奮気味にユウタがそう言う。
「ユウタ、声がデカいって…」
落ち着いた声色でユウタを諭すミキオ。
「うげぇ…」
地面に倒れている腕やら首やらが外れかかった屍を見て吐き気を催しているサユリ。
三者三様な反応を見せるな…。
「いやぁ、こっちに付いて来て良かったかもなぁ…」
ユウタはそう言ってうんうんと一人で頷いている。なんだ、こいつ…。まあ、付いて来なければ良かったと言われるよりは随分とマシだが。
「ユウタは総合格闘技とか見るの好きなんですよ、本人曰く強い奴が好きなんだそうです」
とミキオは、不思議そうにユウタを見ている俺に教えてくれた。なるほど、まあ中高生ってそういうところあるよね、俺もそうだったよ。
そこからは、最初は不満そうに付いて来ていたユウタが俺のすぐ後ろにいるようになった。
なんというか、少しこそばゆい気分だ。
細い道路を抜けて国道140号線へと出る。1時間ぶりの再会だな、この道路。
国道へ出てすぐ、1件のコンビニがあった。
「このコンビニ、もう調べた?」
「はい、俺らじゃない班が4、5日前に来てるはずです」
俺が指を指して尋ねると、すぐに後ろにいるユウタが答えた。心なしか、言葉遣いもマシになった気がする。
「そうか…この辺の店とかはほとんど調べ尽くしてるの?」
「そうですね…まだゾンビがそんなに多くなかった時期に結構漁り尽くした感じです」
「ここら辺、感染者は多くないけど、住民がどこに行ったか知らない?」
「今も家に籠ってる人も多いと思いますよ、外に出なければゾンビは寄ってこないですから。あとは車で県外に向かって逃げようとした人たちが多いんじゃないかと思います」
なるほど。今まで通って来た道路の周辺にある民家の中にも、生存者が静かに暮らしている可能性もあるのか。迂闊に銃は使えないな…
その後も、順調に歩みを進めて行ったが、バイパスと国道の交わる交差点が見えてきたところで立ち止まった。
数台の車とバスが衝突した形で交差点に停まっており、その周囲には感染者が20体前後いるのが見えた。
「迂回しよう」
踵を返して迂回路を探す。
1つ前の交差点まで戻り、進路を西へ。
かなり遠回りになるが、感染者と戦うリスクは避けていく。
しかし、進んできたはいいが、こっちは入り組んだ集落になっており視界が悪い。道路と建物の敷地は石垣で高低差がある。
ただ、交差点にはきっちりカーブミラーがあるため、死角になっている場所は少なかった。
そんな場所を歩いていると…
「キャァッ!」
という悲鳴が聞こえた。
俺は咄嗟に振り返って89式を構える。
俺の視界に映ったのは、尻餅をついた状態のサユリと、蓋のない側溝から這い上がって来ようとする感染者の姿。
そして次の瞬間には、感染者の顔面に村雨さんのローキックが叩き込まれていた。
側溝から這い上がろうとしていた感染者の首はゴギリッという音を立てて、明らかに曲がってはいけない方向へと曲がって、そのまま側溝へと消えて行った。
咄嗟のことで固まっていたミキオとユウタは、側溝に消えて行った感染者を見送って、すぐに我に返り尻餅をついたサユリへと駆け寄った。
俺も2人について行き、サユリの状態を見る。
「だ、大丈夫、お、お、おお、驚いて、転んだだけだから…」
と言っているが明らかに動揺している様子だった。
「すみません、俺が見落としたせいで…」
「いえ、私も少し油断していました。こんなに深い側溝だとは…」
俺も村雨さんもサユリに怪我がないのを確認してから言葉を交わす。お互い肝を冷やしたな…
しかし、幅が30センチもない側溝なのに1メートルほどの深さがある側溝なんて危険過ぎる。しかも蓋のない側溝だ。底を覗いて見ると、首の折れた女性の感染者が横たわっているのが見えた。なかなかにホラーな光景だな…
「サユリ、立てるか」
「ほら、手ぇ出せ」
ミキオとユウタがそれぞれ手を出すと、サユリはそっと2人の手を取って立ち上がろうとするが、どうやら腰を抜かしてしまったのか、立ち上がることができなかった。
「村雨さん、先導できますか?」
「地図を貸していただければ…」
バックパックから地図を取り出して村雨さんに手渡し、俺が考えていたルートを教える。
「向井さん、さっきから一切地図を見ていなかったと思うんですが…どうしてそんなにすぐ説明できるんですか?」
「え?ああ、昔から地図を覚えるのが得意なんですよ、生まれてこの方道に迷ったこともないんです」
「確かに、向井さんが行動中に地図を見てるの、見たことなかったです」
少し驚いた表情の村雨さんに苦笑いで返答し、俺は未だに道路に座り込んでいるサユリに近付いて行った。
「ここはまだ危険だから、少しの間だけ我慢してくれ」
「え…?」
俺は彼女の返答を待つことなく、膝の裏と背中に手を回して彼女を抱えた。身長160センチほどでやや瘦せ型、両手でなら比較的軽々と持ち上げることができた。
「わ…わ…」
「2人も村雨さんについて行って、早く」
と少々取り乱し気味なサユリを無視し、こっちをじっと見てくるミキオとユウタに早口で指示する。
「あ、はい…」
「お、おう…」
2人は先に歩き始めた村雨さんを小走りで追いかける。俺もそんな2人に続いて歩き出した。
目的地まではそう遠くないが、途中で休憩が必要だな。




